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97.「充氣」        2011年6月17日

 6月12日は恒例の木村農園のささにしきテンメイ米の田植えでした。木村さんの田んぼは1週間前に全て田植えが終わり、周囲のほとんど田植えが済んでいる中、昨年よりも2週間遅れでしたが、苗の生育も気候も丁度良い頃合いの様でした。
 良い天気にも恵まれ、風も心地よく絶好の田植え日和です。大人が20数名の参加でしたが幼児、子供も10人と沢山でした。子供達の賑やかな、明るく甲高く通る声が響き、若いエネルギーが充ち溢れて田のエネルギーも数段高まったような感じです。

 木村さんからは毎年いろいろ工夫をして準備頂きますが、生体エネルギー資材を活用して苗作りをして、田んぼにも生体エネルギー資材を投入して頂いています。そして今年は田の半分は田植え機で植え付けて、残りの不耕起のところだけ手植えです。
 初めに木村さんが機械で植えると、ものの10分ほどで終わってしまいました。引き続き、昨年の稲の切り株が残る不耕起の処に20名程で田植え開始です。裸足での生暖かい水、土の感触は1年ぶりです。足底から氣、エネルギーが入ってきて活性化されます。オタマジャクシがそこかしこ沢山元気に動いています。カエル、ザリガニ、ドジョウもいます。最近は田んぼでは皆無となった多くの生き物が溢れています。そんなエネルギーが充ち満ちた田んぼで、充氣、和気藹々、笑いあり、語り合いながら、1時間半ほどで綺麗に?田植えは終了しました。その後、田には水が程よく入れられます。
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 皆さんと田んぼの脇に車座でおいしい昼食会です。石巻で自然農の活動をしているSさんも参加していました。天命塾でもサバイバル講座で貴重なお話を伺っていますが、話題が豊富で多岐にわたります。話が福島原発事故のことになり、メンバーが放射能測定器を購入して今調べ始めている事や、福島県川俣町での放射能汚染土改善実験の話題になりました。放射能汚染の土壌に光合成細菌が有効なようですがSさんは米ぬかを使って既に用意していたようです。彼はこの時代を見越していろいろ準備をしてきています。
 Sさんは地震の時は南三陸町の海岸近くで調査の仕事をしていましたが、これは大きな津波が来ると直感し海抜40mほどの高台に避難して様子を覗っていたそうです。そこで津波の来襲の一部始終を見て、住民の方々と避難先で夜を過ごし、彼が陣頭指揮を執って諸々の困難を克服してどうにか山道を迂回して彼の農場のある北村の家にたどり着いたようです。(石巻市街の港地区にある自宅は街の6割以上が水没した状況からあきらめていましたが1階が津波で抜けていたようです。彼はこの様な事態を予測してか、やがて来る災害の時には津波を逃れ、食糧を確保し自給自足が出来る山間地が必要と思って15年前に山を購入して自分で小屋を建てたり、福岡正信さんを師と仰ぎ自然農法を始めていました。)

 翌日、友人の依頼でカヌーを持って友人の家族の救助に向かいます。(津波になると交通手段がなくなるのでカヌーが有効だと10年前から用意していました。)カヌーを漕ぎ出すと石巻の市街地は水没していて、至る所で孤立し取り残された方々が救助を求めています。病人等緊急を要する方々を何人も助けてはピストン輸送をしました。その時に保育園に取り残された子供達も救助して安全な小学校に輸送していました。そんなことでその日は目的地に結局たどり着けずに終わりました。友人の家族にたどり着き救出できたのは翌日だったようです。

 実はSさんを中心に活動しているひたかみ自然農学校がありますが、そのサポートをしているMさんがいます。Mさんもお子さん2人をお連れして家族で田植えに参加していました。Mさんも石巻市内に住んでいて自宅は無事でしたが、奥様の勤務先やお子さんの保育園は被災しました。そしてMさんのお子さんが孤立していた保育園からカヌーで自衛隊に救助されて小学校に退避できたと聞いていました。(彼の家族はそれぞれバラバラになり、お子さんに会えたのは4,5日後だったようです。)
 MさんがいろいろSさんの話を聞いていると、お子さんの保育園の子供を救助したのは実はSさんだったことが判明したのです。(カヌーに乗っていた二人の服装が自衛隊の服装に見間違えられたのでしょう。自衛隊がゴムボートで救助活動を開始したのはもっと後だったようです。)なんという縁なのかと顔を見合わせていますし、聞いている我々も驚きです。この時期に出逢い、縁して、同じ志、目的を共有出来る方々は深い繋がりがあり、必要とされるところで色々な配慮、救いの手が差し伸べられるのでしょう。

 Sさんは今回の震災で石巻の被災時の状況や現状をいろいろ調査しています。その中で気づいたことは人間としての生命力が劣化していることだと言います。戦後の教育、食生活の変化、文明化、情報操作でマインドコントロールされていて、自分で判断できず、行動がとれていない。
 例えば、車の渋滞の中で車を捨てて逃げれば助かるのにそれができない。津波が来るのを分かっていて2階に逃げないで1階で死んでいる。時間が無い中、身動きできない人を皆で連れて逃げようとして全員が死んでいる。(取りあえず家の中の高い処に避難させて退避すればよいのに。)荷物を背負い両手にも持っていて助けの手を差し伸べても大事なものなのか持っているものを手放すことが出来ずに流されている。等々。
 手放すことが出来ない、色々なものへの執着が強いことも被害を大きくしている原因の様です。後、被災して孤立した方々の中で糖尿病など持病を持つ方々が薬が無くて大変だったようです。いずれにしろ、健康で、自立できること、その為の日ごろの心構え、準備が不可欠です。

 午後は田植えを終えて感謝、喜び、祝福の餅つきです。テンメイ農場長のoさんの田舎では恒例行事だったそうですが、木村家では初めてです。昨年、テンメイ名取農場で収穫したもち米をつき、楽しい掛け声、合いの手でヨモギ餅が美味しくできました。少し味見して、片付けて、今日の田植えは中締めです。皆さんお餅をお土産に持ち帰り解散です。
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 しかし、それから元気のある面々は、他の田んぼの草取りのお手伝いです。1町歩、3000坪の田んぼは大きいです。木村さんの栽培する田んぼは広大です。そこには満々と水が満たされていますが除草機なくては不可能です。人間の都合でなく、植物の生育を見ながらの栽培は手抜きができません。手抜きをすれば後が何倍もの仕事が増え、ひいては収量や作柄にも影響します。
コピー ~ P1080592

 夕方には切り上げて近くの涌谷町の箟岳(ののだけ)観音に行きました。奥州三観音の一つ・奥州三十三観音第九番札所に数えられています。無夷山箟峯寺は宝亀元年(770)、鎮守府将軍大伴駿河麻呂の草創と伝えられ、坂上田村麻呂がこの地に堂宇を創建したといわれています。この地において蝦夷を討った時の敵味方の戦死者を葬り、京都清水寺の十一面観音を勧請、僧延鎮を以って開山したと言われています。
 お寺の奥に進み、大きな杉の木を抜けると結界を抜けたようで、山頂からの見晴らしはホッとします。お寺のエネルギーとは全く別もので、田園風景、遠くに太平洋を見る眺望は心地良い世界でした。縄文時代には石巻は海、広大な湿地帯でこの山近くが入り江で半島のように突き出て、一帯を一望できたようです。なぜか古き時代の景色を髣髴させるものがあります。かつて蝦夷の時代もさぞかし重要な場所として大切にされたエネルギーポイントだったと思われます。だからこの地を大和朝廷が祟りを恐れて観音様を祀り封印したのでしょう。

 夕暮れ迫り、山の麓の温泉、わくや天平の湯に入りました。初めての温泉でしたが、つるつるした肌触りが気持ちよく、気に入ってしまいました。一日の疲れや諸々を洗い流し、ゆっくりできてすっきりさっぱりです。木村さん家族、Sさんはじめ皆さんも癒されたようで笑顔です。後は、少しアルコールも入って楽しい夕食反省会です。
そんな中、和気藹々の場で、テンメイが里山探しをしていることを話したらSさんの農場の奥の土地をひょっとしたらテンメイで上手く活用できるかもしれません。楽しみな夢が広がります。生体エネルギーの高い田んぼでの田植え農作業、餅つき、自然のエネルギー、人の温かい心遣い、心身共に氣が充ち満ちた1日でした。お蔭様で私はすっかり日焼けして、足はほてり程よい良い加減で、夢心地で帰り着きました。

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100日

皆様、これまでやってこられたこと、新しい時代への種まきをされていること、ブログで拝見していました。
18日は、震災から100日となりました。
お知らせしていなかった皆様、震災後、京都に来ました。仕事場に近く、縁あって、宮本武蔵悟りの地といわれる一乗寺の八大神社、詩仙堂の真前のお香も香るところにいます。天空を眺め、下に京都を望み、薪風呂のあるところで生き生きとした地です。
震災、3ヶ月目の11日は、地球暦、わの舞、全国〈世界)一斉ピースウォークと。。。
18日は、鞍馬参りにいってきました。
足をお運びの際は、寄って、泊まっていってくださいませ。
また、笑顔でお会いできますように。
プロフィール

仙台天命塾長

Author:仙台天命塾長
 大久保直政
http://genkiup.net/

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