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95.「変転」        2011年6月3日

 6月になりました。断食会が終わって全てが忙しく過ぎている感じです。
 5月18日には(社)真向法協会の定期総会が開催され、役員改選があり、私も理事として2001年以来7期目の再任がなされました。私が1985年設立以来お世話している宮城真向法体操会は震災被災地支部会という事で協会本部に寄せられた義援金の中から多額なお金をお送りいただきました。宮城真向法体操会の会員の中には津波で亡くなられた方、自宅が流失全損の方、地震被害の方、原発事故で強制避難されている方等おられますが有効に活用させていただきます。その上、なぜか今年11月開催の真向法全国研修大会で私がお話させられることになったようです。
 又、4月末に開催された東北大学歯学部同窓会定期総会ではやはり役員改選がなされ、私がこれまでの常務理事から副会長への認証を頂きました。5月には東日本大震災対策委員会が立ち上げられましたが、私が委員長を拝命して諸々を統括するお役目を頂きました。同窓生の中にも亡くなられたり、行方不明の方等多くの被災者がいる状況です。すでに委員会を開催しましたが、同窓生にお願いして集められた善意の義援金の配分、それに伴う前提の調査や規則の制定やら早急な取りまとめの方向性を決める作業に着手しています。義援金も桁が一つ違う額が寄せられていますが、与えられた役目を淡々と果たさせて頂くだけです。

 仙台テンメイに寄せられた多くの方々からの義援金もすでに被災者の方々に順次お渡ししています。皆様に深く御礼、感謝申し上げます。これまでも物資、金銭、片付け支援、笑顔励まし等々あり、支援の仕方も色々ありますが、有形無形の諸々のもので出来る事、望まれていることをこれからも継続的にしていきたいと思っております。
 そんな中、今回トータルヘルスデザインの近藤会長から、被災地での健康支援が出来る現地指導者養成のボランティア・フィットネス開催の提案を5月中旬に頂きました。仙台天命塾主催ですが、ありがたく開催を引き受けさせていただきました。この企画でなんとインストラクターが全国から15名も来て下さり、2日間に集中的にバンクシア・フィットネスを指導して頂けます。誠にありがたいことです。
 会員の中に津波で家屋を流失して取りあえず親戚宅に借り住まいしているお母様と大学生の息子さんがいますがお二人とも参加いただけます。彼は計り知れない体験の中で学業へも意欲を失っていたように伺いましたが、目的をもって新たな可能性を感じて前向きに取り組んでいただけるきっかけになりそうです。定員20名ですが既に大方の申し込みを頂いています。

 これまでの天命塾サロンとむつう整体院の賃貸契約がこの4月で切れるので移転先を模索していましたが、3月の大震災で動きがストップしていました。取りあえず1か月の延長でお願いしていましたが、5月7,8日の神人さんの後に急速に動き始めました。8日の神人さんとの食事会の会話の中で我々スタッフにいろいろ具体的なお話を伺うことが出来ました。その時に仙台天命塾のことも話題になりました。
「少し天命塾の活動の内容も変わってくるようですね。仙台天命塾の仙台は必要ないですね、仙台は無くなり、塾も変わるようですね。」という事でした。具体的なことは分かりませんが、興味深く、どうなるのかなと思いながら伺っていました。
 翌日9日に不動屋さんにこちらの希望条件の賃貸ビル物件を探して頂きました。その日に何件か見学した中で、最後のお勧めの貸事務所を借り受けることに決めました。仙台市心部で市役所近くのビルです。5階ワンフロアー31坪で東西に長い長方形で東西南北の4方に窓があり、隣接ビルが無く景色も良く、全ての窓から採光が得られ明るく開放的なのです。いろいろと打ち合わせがあり、その後少し時間を要しましたが11日には大家さんと大筋の契約の合意ができました。そして既存のビル契約を正式に5月末退去を連絡しました。
 そしてその日に近藤会長からバンクシヤ・フィットネスの開催提案の電話を頂きました。30名を超えるバンクシヤ・フィットネスの研修会にはそれなりのスペースが必要ですが、現在、仙台市内の主だった公共施設の会場は地震の影響で使用不能が続いています。こちらの移転の決定を見越しての電話の様で、これは何か計らいがあるのだと直感しました。そして30日、31日でテンメイの皆さんの協力を頂き無事に引っ越し移転が出来ました。すっきりさっぱりした広々空間で何かが新たに始まるようです。
 そしてこれまでのむつう整体院と天命塾サロンを一体化して新たな拠点とする意味を含めて、「あわの里 天命舎」と名称変更して6月1日からスタートすることになりました。天と地とを結び、調和する人々の天命の学び舎、交流、活動の場です。
 実質の天命舎のこけら落としは6月4日の中山博さんのあわ歌会です。予期せずに開舎の日和がすでに決まっていたあわ歌会にどんぴしゃりとタイミングが合うこともありがたいお徴かと思います。
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 話は前後しますが22日には石巻の佐藤造船所さんの片づけ支援に15名程で行ってきました。前回は5月4日でしたので久しぶりでした。重機も動員して大物はかなり整理がつきました。かなりすっきりしてきましたが工場については公の機関の大きな支援が必要です。まずは出来るところから少しずつ前進です。その時、以下の新たな可能性をお伝え出来ました。
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 17日は長野に生体エネルギー産業講座の勉強会に行きましたが、佐久平駅で船井本社社長の船井勝仁社長と一緒になり生体エネルギー研究所まで同行させていただきました。昼食の蕎麦を頂きながらいろいろお話しましたが、面白い展開がありました。
 船井社長が4月に石巻に行き牡鹿半島の谷川浜を訪問したというではありませんか。人間クラブ5月号の佐々木重人さんの記事の中でその詳細は後で知ったのですが、佐々木さん達と同行して現地の漁業者の方々の支援活動を開始するという事です。
 それは佐々木さんが地震後に女川原発の状況視察に現地入りした時、牡鹿半島にある旧大原中学校で被災者の方々と一夜を過ごした中から支援の物語が始まっていました。詳細は省きますが今度支援する為に一般社団法人三陸海産再生プロジェクトを立ち上げるそうです。そして6月1日のNHKテレビ、クローズアップ現代でその取組が放映される。
 実は、旧大原中学校でご縁した漁師の方々は谷川浜の方ですが、テンメイの副代表、農場長のOさんの出身地がその谷川浜なのです。皆さん旧知の方々で、Oさんが震災1週間後に現地に入った時すでに誰かが支援物資を運んでくれていて、現地の写真もサイトで見れていたので誰なのかと思っていたそうです。それが佐々木さんだったのです。佐々木さんは船井総研にも勤務されたことがあり、船井社長と人間クラブの活動も一緒にされていてその縁で船井社長を石巻に誘われたとのことです。これは何か機縁があると感じて、その活動に是非とも佐藤造船所さんも仲間に入れてもらいたいとお願いしました。佐藤造船所は牡鹿半島の付け根、万石浦の河口にありますから通り道なのです。船井社長は今度また6月上旬に現地に出向くという事でしたので佐藤造船所にも寄って頂き、相談に乗っていただけることになりました。更なる進展が得られることを期待したいものです。

 そして28日は長野出張の帰りに那須を訪問してSさん達と楽しいひと時を過ごしました。そして29日にはかねてより気になっていた福島県の南会津にある昭和村を訪れました。何か所かの聖地を巡り、雨の中で皆さんとあわ歌を響かせてきました。とても豊かな自然の中で素晴らしい時間を過ごせました。大山祇神社のある山は明らかにピラミッドです。田んぼの水鏡に写像が綺麗に写し出されて実虚反の世界でした。からむし織が名産の昭和村はあわの歌が木霊するあわの里でした。きっと引っ越し前に訪れておく必要があったのでしょう。
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 転居した翌日6月1日朝に中山博さんから頂いたお言葉です。
「晴れやかに 涼やかに ふるふる光は 皆々を
 新しきへと誘いてうつすは 遥かなる旅路なり
 来る日 待ちて響きなされませ。」
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 歌の声、響きも変わり、優しい導きの世界への誘いでした。明日4日が「あわの里天命舎」のスタートです。嬉し、楽し、幸せ、ありがたしです。

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Author:仙台天命塾長
 大久保直政
http://genkiup.net/

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