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91.「黄金」         2011年5月10日

 黄金週間の半ば3,4,5日は仙台で過ごしました。ここ数年は青森の実家の墓参りに行くのが恒例でしたが、震災もあり地元で必要なことを楽しんでいました。
 先日の長野ツアーへ行く車中でメガネの支えの部分が不可抗力?で壊れてしまいました。安曇野のコンビニで接着代を求めて講演会場に行き、接着しているときに開会の挨拶をすることになりメガネなしで登場しました。その後は接着して取りあえず使用に差支えありませんでしたが、3日は新しいものを買いに出かけました。メガネが完成して使用したらきっと世の中の見え方が一変する予感がします。

 さて本題です。テンメイ仲間のGさんは20年以上前から仙台近郊の七つ森の山里に移り住んでいます。3反の田んぼと畑を耕作する農業者として女手一つで続けてきています。もちろんご家族の協力があります。Gさんはこれまで精神世界に深くかかわり、ご自分の転機を直感してこの地に呼ばれるように新天地を開かれたようです。その地は大和町にあり、まさにヤマトです。古の文化の中心がこの東北、みちのくの地で栄えた頃の所縁の所のようです。
 Gさんのお宅の5キロほど手前に石神山精神社(いわかみやまずみ)があります。
石神山精神社(いわかみやまずみ)
天命塾で中山博さんのあわ歌会でも参拝し、私も好んで何度もお参りしていますが、今回もまずもってお参りしました。震災の影響で狛犬やお稲荷さんの社が壊れていましたが、風の通りが良くなり、以前感じた淀んだ重さが抜けてすっきりして心地よく落ち着いた感じです。かつてこの地はアイヌの豊かな里でしたが大和朝廷の侵略で支配されたようです。玉光神社の本山博先生の縁者の方々が毎年この地、神社を訪れて浄化のお祈りを捧げていると聞きます。それだけ重要な地の様で、Gさんも本山先生のご縁、ご助言を頂いたとお聞きしました。

 O農場長と合流してGさんの農場を訪問しました。我々が今求めている理想的な山間の里山の空間、世界でした。これまでの数々の苦労をお聞きしましたが、自然体で楽しく自分の行として、農作業の中で黙々となされている姿は、禅であり瞑想であり、祈りです。信仰心を深め、人に尽くし、その後全てを無くして、この地で究極の自然を通しての学びをされています。自然を守り育て使わせていただく中で恵みを頂ける、自分の役割を果たして、自分に向き合い、深め、後は感謝で天にお任せといいます。自然も人も心洗われる喜びです。
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 農場には鶏舎あり、ハウスあり、ユンボや耕作機械もあり、大きな納屋の二回にはヨガをし、瞑想が出来る瞑想室まであります。農場の下には沢が流れ不動尊がお祀りされています。そこは集落の皆さんでお祀りする大事なありがたい世界です。小川の中の岩の中に小さなご本尊様が鎮座していました。心静まる穏やかな場です。
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 熊や獣と知恵比べがかなりありましたが、どうやら熊とはお話合いがついて最近は被害が無いようです。人も獣も仲良しで必要な協力が得られている平和な自然と調和のとれた世界です。地震の数日前に畑の木に鳥が異常なくらい集まっていて不思議で、何かあるのだろうかと思っていたそうです。穏やかな山郷の夕暮れの声を聴いてお暇しましたが、これからも善きご縁になれば幸いです。

 4日は石巻の佐藤造船所の片づけです。テンメイ関係者、生体エネルギー関係者等22名の支援者が参加して朝から行いました。水道が使えるようになり、ユンボも借りられて今日は一気呵成に片づけです。私達が到着した時はすでに作業が始まっていましたが自宅の被災した物の取り出し、選り分け、処分です。後は泥の掻き出し、掃除。瓦礫で埋まっていた工場わきの道も片付いて、流れ着いた船も1艘引き出せました。山になったごみ袋と整理されたものを眺めて皆さん喜びです。果たしてどうなるかと思いましたが夕方には収まるところに収まり、まずは大きな1歩前進です。皆さん冗談や笑いが出てすっきりさっぱりして満足気です。
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 Sさん兄弟、ご両親も元気で何よりです。お母様が自宅を片づけようにも何をどうしてよいやら茫然自失していたそうです。数十年の間に溜めこんだ着物、衣類や諸々も綺麗さっぱり捨てさり、床の泥も掻きだされ、玄関先も水で洗い見違える世界です。隠れていた道筋が見えたようで明るい笑顔が戻ってきました。朝の様子とは大違いで、おかみさん(女神)が収まる処が整い掃き清められると家が落ち着くのでしょう。
 帰り道のサンファン記念館の脇を通るとバウテスタ号のマストが折れています。果たしてどうしたのかと思いながら帰路につきました。今回も大潮で渡波地区は海水が路面を覆っています。高速道路も渋滞で帰りはかなり遅くなりましたが充実した1日でした。
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 5日朝は早めに名取農場に行き、野菜を収穫していたO農場長と合流し一路、福島県南相馬市原ノ町に向かいました。こどもの日ですから車中皆さんで柏餅を食べました。高速道路の名取インター以南は震災後初めて走行しますが、海側は瓦礫や倒れた樹木が散乱し悲惨な状態が続きます。常磐線山元駅の駅舎が茫漠とした世界に無残な惨形を示しています。福島県に入っても様相は同じです。高圧電線の鉄塔が折れ曲がっていますがいったいどれほどの力が働いたのか想像を超える惨状です。火力発電所が見えますが停止したままの巨大な構造物が異様です。
 原ノ町の街内は閑散としています。JR常磐線はいまだ亘理駅以南は不通状態で復旧のめどが立ちません。原ノ町駅近くのSさんのお店に予定通り11時過ぎに到着しました。Sさんは地震時自宅にいて被害もほとんどなく、お店もグラス、瓶が少し壊れた程度でほとんど無害で、ライフラインも問題なく支障がありませんでした。しかしテレビを見ていたにも関わらず、津波が来ている認識が2日ほどなかったようです。しかし原発事故で様相は一変しました。集団疎開をして会津若松、猪苗代の温泉宿、ホテルでの避難生活を1か月以上して、少し落ち着いた状況の中、戻られました。この場所は原発から約25キロほど離れた屋内退避地域です。仕事も含めて町を元気にするしかないと覚悟を決めての帰宅でした。
 実は前日4日に、隣接する浪江町の住民が東京の某高級ホテルに避難されているので、その激励の日帰りバスの企画に参加してきました。しかし、そこでは思いがけない対応があったようです。結果的に住民の皆さんに会わせてもらえずに、ホテルのトイレの使用も制限の中でようやく使ったとか、福島への風評被害がいろいろ取り上げられていますが、まさか、なぜそんな扱いを受けなければと思われ、忸怩たる、行き場のない気持ちに駆られたようです。それなりに久しぶりの豪華なランチバイキングを頂いたようですが、それでは補いきれないものです。いろいろお話を伺いましたが地震・津波・原発事故・風評と4重苦の世界に過ごされてきています。

 正午を期して円卓を5人で囲み、あわ歌10回歌わせていただきました。倍音も現れて場と共に人も響きの中で調和し、整った感じです。Sさんもお話している内にどんどん変わっていきて、最初会った時の緊張感、暗さ、がだんだん抜けて明るさが戻ってきます。本人もそんな変化を感じて、これまでおかれていた状況での在り様に気付いています。持参した支援物資の説明をしましたが特に生体エネルギーのお水には納得して喜んで頂けました。
 この正午のあわ歌の時に中山さんから以下のお言葉がありました。
「あめふる 大きなる地 ここより生まれ来るなり。光はふる ふる ふり来たりて 共々に 是よりは 響き ともに この地を満たす。光 響きてあいとなり 見事なる新しき真の地となられますよう 皆々様参りて下され。」

 昼食を食べた後はSさんの案内で市内を巡りました。海の方にと案内してくださいましたが道路が至る所で通行止めがあります。危険区域につき入ることが制限されているのでしょう。数日前には通れた道も今は封鎖されています。ゲート封鎖された向こう側の家は無人ですが隣接したこちら側の家には住んでいる様子が確認できます。この境界線はいったいどんな意味があるのでしょうか。人間の愚昧さを、科学性の虚構性を、人間知の限界を垣間見ました。検問所もありそこを通る車両には白い防御服とマスクの人達が乗っています。検問所近くまで行きましたが異様なまさに異形異質世界です。近い将来そんな姿の人間が巷に溢れないことを願うのみです。
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 原町火力発電所は津波被害を受けて、石油タンク火災も起こして現在停止中です。近くの北泉海水浴場に行きましたが瓦礫で無残です。そこから見える発電所は巨大で、焼けただれたタンクが異様です。途中の海岸近くの住宅街は全て津波にのみこまれて跡形もないのですが家屋の形を留めているところで鯉のぼりがたなびいています。被災者の大きな願いを受けて天空を泳いでいましたが、端午の節句ならではの思いだにしない光景でした。そこで生体エネルギーの環境改善の機器試作品で反応を検査してみましたがすこぶる良好でした。さすが優れものです。
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 Sさんの是非見てほしいという場所を巡り終わり、市内に戻り相双保健所に寄ってスクリーニング(放射能表面汚染検査)を皆で受けました。皆さん基準値(100kcpm)以下で私は0,2 kcpmでした。しかし検査会場で申込書を書くとき後頭部から強烈な眩惑感を受けました。とっさにあることで改善しましたが初めての経験でした。いったい何が起きたのかという感じです。スクリーニングも初体験でしたが、まずは全員被爆もなく無事で何よりです。もう一人の仲間のお宅を訪問して物資を届け夕刻には南相馬を後にしました。
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 現在、Sさんの息子さんを中心に「つながろう南相馬!“ありがとう“からはじめよう!」(http://minamisoma311.web.fc2.com/index.html)の運動を展開しています。今回の災害で多くの方の支援を頂いて、今あることにまず感謝して街の再生を図ろうとしています。
「皆さんに”ありがとう“の気持ちを伝えるとともに、みんなが手を取り合い、つながることで郷土の誇りを取り戻し、一度は人が居なくなった街を、感謝の気持ちが溢れる街に変え、活気ある街を取り戻すため情報発信することで、ふるさとを再生していきます。子どもたちに未来を!子どもたちが戻ってくる場所をつくるために”ありがとう“からはじめましょう」と呼びかけています。
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 Sさんと会って話し始めた時、自分はいろいろ学んできたと思っていたけど、自分が何もできなかったと嘆きの言葉を発していました。しかし、そんな思いの時期を経ながらも息子さん共々再生の旗振りを始めています。きっと彼女の思いの根底が息子さんを通して現れたのでしょう。
 人間万事塞翁が馬という諺がありますが、何が幸いし、禍するかは分かりません。四重苦の瓦礫の中から黄金が輝いてきた、そんな善き人の心の光、輝きを感じたゴールデンウィークでした。

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Author:仙台天命塾長
 大久保直政
http://genkiup.net/

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