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87.「爽快」         2011年4月19日

 NGO仙台テンメイの定時総会が4月16日に開催されました。議案は原案通り可決いただきました。ありがとうございます。また新たな気持ちでスタートです。今回は震災直後でいろいろありましたが、それはそれなりに事業内容も検討されてテンメイならではの役割を果たしていけると思います。兵庫のAさんがひまわりの花をお送りくださり、まさに総会に花を添えていただきありがたい限りです。
 今回の震災で連絡網の整備が必要と痛感しました。ライフラインが止まり、固定電話も不通、携帯電だけがどうにか繋がりましたが、直後は制限が入りなかなか難しい状況でした。その中で携帯メールは時間がかかっても相手に届くので緊急時には有効と認識を新たにしました。しかし、充電できる環境を常に準備しておく必要があります。これからは必要な方には、必要な時に情報を共有できる体制が出来ていくことと想います。
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 総会後の研修はO農場長の昨年度の農場の取組を、写真を写しながらお話しいただきました。実践に伴う反省を加えて今年は更なる目的達成ができていくことでしょう。新たな覚悟を語っていました。楽しいだけでなく、野菜のいのちをしっかり育てて、会員や、ご縁の皆様に食べていただき、いかなる環境でも健康になる野菜を作る。生態系生体システムプログラム農法をさらに進展、進化させていくことでしょう。
コピー ~ P1080067
 名取農場は毎年土壌分析をして必要なミネラルバランスをしっかり把握して、エネルギー資材も含めてミネラル等も必要量投入し、栽培してきて丸4年目です。農場が奇跡的に津波の被災を逃れたこと、テンメイのこれまで行ってきたこと等が有機的にその意味が理解されていくための更なる工夫、努力が必要です。まずはいのち野菜を食べていただければと思います。そしてこれから賛同して、農業に共に取り組んでいただけ仲間を募ります。農業、野菜栽培に興味がある方は参加ください。

 引き続き木村農園のKさんの新たな農業への視点をお話しして頂きました。彼の町には115件の農家がありますが、お米だけの専業農家は彼のところだけです。専業農家は2件でコメ以外にキュウリなど畑作も手掛けていますが、それ以外は全て兼業農家です。今の農業では高額な農業機械を揃える必要があり、その支払いに追われてコメだけでは採算がなり立ちません。彼のところが米専業で長年継続してこれたことは、稀有なことです。
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 それは彼のお父さんが30年来無農薬栽培をしてきていて、独自の販路を開拓したり、彼も就農して7年の間に色々な工夫を重ねてきています。これからは大規模を志向するのではなく、小規模で成り立つ方向を目指すべきだと言います。今、後継者の問題をどこの農家も抱えているのが実情です。赤字の農業を継承する引き継ぎ手はいないのが実情です。このままでは日本の農業は破たんすると危惧しています。
 かねてより、彼は研修生を受け入れて指導して、同じ考えで取り組む人材育成を目指しています。昨年も高校生も含め延べで100名以上の方が視察や研修に来たと言います。今回の震災で被害を受けた方で、研修を希望されるのであれば受け入れていきたいといいます。経営の採算を度外視して、自分の役割と思っています。だから、我々の活動に協力して、テンメイ米の栽培に取り組んでいただけるのです。グループで楽しい農業を目指しています。
 また、加工食の取り組みも試作しています。味噌、甘酒、干し芋など手掛けていますがこれからは発酵がキーワードといいます。お米の栽培に生体エネルギーも取り入れていますので、エネルギーの高いお米と発酵食品の食べ物が加味されて健康に直結です。農業とは消費者の健康を高めることで成り立ちます。常にプラス1していく、大きな視点で総合的に取り組む姿勢が必要です。
 彼の色々な人脈の中でも自然農法に取り組むSさんは異色です。今Sさんからサバイバル農法を学び、実践してその技術を広めていくことにも彼が中心になって取り組んでいます。今年も楽しみな農業にしていくようです。

 研修会の後は震災後初めて、いつもの行きつけのお店に繰り出して食事会です。秋田から参加のKさんも一緒に楽しい話に輪が広がります。久しぶりの2次会にも流れて嬉し楽しです。翌日はかねてから予定していた石巻行ですが、皆さんも希望され、花見の陽気をいただきながら励ましに行くことに決まりました。

 まずは石巻の旭山で集合です。桜の花はまだでしたが、吹き抜ける風は心地よく石巻を一望して、燦々と輝く太陽のエネルギーを頂きました。それから石巻市内を抜けてSさんの造船所に向かいました。市内は1週間で目に見えて片付いたエリアとまだまだほとんど手つかずのエリアがあります。町に入ると目や首が反応しますが、ヘドロなどがかわいて風で舞っているようです。造船所への道を塞ぐ船はまだでんと鎮座していますが皆さん片づけています。
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 造船所内の発電機と室内のクレーンが少し使えて作業がはじめられるようになったとのことです。しかし、彼の片腕の弟さんが、咳き込み、粉じんで呼吸器が不調になり、さらに津波で逃げた時に天井をけ破った足が腫れてきたようで治療が必要になったようです。でも明るい兆しを彼の顔からは感じられます。
 お話を伺い、今日こそは近くの岬の産土の鬘神社に参拝したいとお願いしました。神社は歩いてすぐなのですが狭い道沿いの家々は津波の被害を受けていて道が家財や、洗濯物などがあり、我々のような部外者が通るには憚る感じです。彼を先頭に神社に行きましたがお社の石碑が津波で倒れています。彼も戻そうとしたようですが一人ではなすすべがなく今日に至っていました。丁度男7人衆がそろっていますので復元できました。
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 社で皆さん打ち揃って、あわ歌を歌わせていただきました。社の背は旭山の方向です。東京であわ歌100回の集いがあり、時間も終了時間が同じような頃合いでした。明るく、温かい太陽の光と、海風と、歌の響きがベストに調和して爽快です。彼も毎朝ここにお参りしてあわ歌を歌っていましたが、社を再建できたことで彼の道への明るさが見えてきました。そしてその場でこれまで皆様からお預かりした義援の志をお渡しすることができ、さらに大きく彼も前に進める実感を頂いたようです。今日も1歩ですが、大きな歩み出しが出来ました。支援いただいた皆様に深く感謝申し上げます。
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 まだ日が高いうちにお暇しましたが、帰り道のサンファン号に、太陽が強烈なエネルギーを降り注いでいました。帰り道はいつもの道を通りましたが、満潮時に当たり、海水が道路を覆いその中を抜けていきました。いかに地盤沈下が進んだのか実感です。日和大橋からの光景も悲惨です。やはりかなり海水が陸地に上がっています。
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 帰りは松島の仲間のところに寄りましたが、途中通った野蒜の町は全滅状況です。何もかもがなくなっています。車で通るだけで体が固まってきます。岬の爽快感は吹き飛んでしまいます。
 帰り皆さんで食事しましたが、彼の清々しい顔が浮かび、みんなで今日は善き日だったと笑顔で別れました。次回は5月連休にみんなで片づけです。着実に前進中。皆様ありがとうございます。

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Author:仙台天命塾長
 大久保直政
http://genkiup.net/

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