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60.「師走2」     2010年12月17日

 11日はTHDの中山博さんの講演会でしたが予想を越える160名程の参加で盛会でした。
 冒頭、中山さんがあわの歌を歌われてお言葉がありました。
「新たなる御世に向かう大きなる時、皆々様 迎えたり。
 是より移り行きます時に、しっかりその身に宮打ち立てて
 揺らがぬ思いで過ごし行き 新しき嬉しきへ参りましょうぞ。」
 お話は中山さんのあわ歌に出逢うまでの経緯、その後の活動、そして如何に歌うかでした。そして会場の3名の希望者にあわ歌の体験していただき、最後は皆さんであわ歌を唱和しました。会場の皆さんはほとんどあわの歌がはじめての方々でしたが、歌う中にふっと皆さんが受け入れ、収まった様な感じでした。和して繋がり柱が立ったようです。質問もいろいろありましたが新たな拡がりが始まった感じです。

 中山さんは大学卒業後、大阪の松下電器に10年ほどお勤めに成りましたが、その間原因不明の体調不良にあい退職、その後10を優に超えるいろいろの職業を経験、経営され、最後は神田で居酒屋ふくるるを営まれていました。そこで働いていたパートの方とのご縁で真光の手かざしに逢い、不思議な体験をして自らのヒーリング能力を会得され、一時期入会し、免許皆伝を得ます。そこの道場で手かざしの相手をした方があわの歌を歌っていたのを聞き、初めてあわの歌を知ります。その時何故か自分であわの歌を歌わなければと思ったそうです。
 それから会を辞めて、あわの歌を自分でやる事にし、毎日都内の方々を仕事の合間の2時間半程を歌って歩きました。1ヶ月半程でしたが何処でも平気で歌える為のトレーニングをさせられたようです。具体的にどこどこへ行けとメッセージが来るようになり、やがて自動書記が始まり止まらなくなります。基本的にこのような事は好きではなく、嫌になって歌うのを止めてしまいました。
 しかし1994年12月にメッセージが来ました。「この地が動く準備しろ」、家を探して仕事を辞めて出ていけと言われます。そして仕事を終えた夜に奥様と飲んでいたら、奥さんに向かって急に自分の口から「この者を借りるが良いか?」と言葉が出、奥様は咄嗟に「はい」と答えます。奥様が何時までかと問うと修行が出来るまでとの答えがありました。家賃3万円の平屋の借家が見つかり、そこに1994年1月17日から入居します。前日から家に入り、早朝あわの歌を仲間と歌い終わってテレビをつけるとそこには何と、阪神淡路大震災が発生しその映像が延々と映されているではないですか。
 その家に4カ月いましたが結局上手くいかず、歌う人も増えず、家を出てはだめというのですが、一向に良くもならないのでこれは騙されたと思い、住むこと、歌うことも止めてしまいました。その時の仲間が10人ほどいましたが続けた人の多くはガンになったり、精神に異常を来したりほとんどがいなくなりました。その後は誰にもあわの歌を勧めないでいました。
 程なくして三重県の霊能者が店に訪ねて来て、あなたはあわの歌を歌っているでしょうと言い、三重に来て助けてほしいと頼まれました。2年ほど勉強に通いました。当時中山さんには色々な事が見えたり、聞こえたりしていて、その人の代わりに依頼者の情報を得てその人に伝える様なことをしていましたが、やらない方が良いと思い2年程で辞めて店に戻りました。
 店には色々な精神世界の人達が集まってきていました。自動書記したものを解釈して人に伝える気が無かったのですが、これまで3人の方が審神(さにわ)してくれましたが、皆さんあるところまで行くと変わってしまいます。結局、皆さんが自分の都合の良い方に行くと止まってしまい、その方々との縁が切れてしまいました。
 あわの歌は歌ってはダメ、危険といわれていましたが、2009年の3月にあわの歌を特別なものにしてはダメだ、皆で歌うものだと思いました。そして4月15日に皆で歌って良いとお言葉があり、希望する方々に歌っていただくようになり、今に至っています。
 あわの歌を歌う人は天地を繋ぐ人で、イキイキ生きる喜びを頂きます。これまでのいろいろな組織、仕組みを変えること、それらは皆新しくなります。今までの世は終り、次に変わって行きますが、昔の古い体制があるのは皆に気付いてもらうために演じている役割です。この世では善い悪いはなく、善悪の思いを無くする事が大事です。一切無しにし、付け加えるのでなくどんどんはずして行き、やわらかい考えにして何でも受け入れる。これまでのものを無くして新しいものを受け入れて変わる。否定でなく、これまでのもOKだがこれからは違うような行き方です。
 今、皆であわの歌を歌うようになっていろんな光が降りてきていて、それが強くなるに従って真を現わすようになります。早く自分の真を出して、更に本当の真が入って来て変わります。今身につけているものをすっかり脱ぎ捨てて、新しい自分に変わることで世の中は変わります。兎に角、自分が変わると周りが変わります。
 そして嬉しい、楽しい人に成ると周りにそういう人が集まって来ます。あわの歌を歌っているといろんな事を忘れて変わって行き、嫌な、悪い、怖い、悲しい、辛いと言う想いが無くなって来ます。でもそうなろうと思うと欲に成りますから、ただただあわの歌を歌うことです。

 あわの歌のCDも飛ぶように売れていました。THDのあわの歌の個人セッションも好評でキャンセル待ちとか。講演会後の懇親会も嬉し、楽しでした。
(※関連記事、Sさんのブログはこちらをクリックすると開きます)
2010.12.11THD中山さん講演会

 12日は藤原直哉さんの講演会でしたが濃厚な内容でしたのでこれは改めて紹介します。
 14日はスピリチャルテレビなるものに出演してきました。テレビには以前THDの近藤洋一会長が出演していましたが、今回はチャレンジPPKの活動紹介ということで私も駆り出されました。PPKは近藤会長と宇宙僧の杉浦静始導師のお二人が代表をしており、私が代表世話人をしています。
 PPKとはピカピカ輝いて生き、還ることを目指して4年ほど前から活動を始めましたが中々面白い視点、切り口があります。何しろ杉浦導師はガンから生還してから一段と輝きを増して宇宙僧に進化しましたので宇宙と直結のお話が飛び出し、地球クラブには翻訳が必要ですがとても楽しい世界です。
 実は私はスピリチャルテレビは一度も見たことが無く、良く状況が分からないままに会場に伺いました。3人で2時間ほど雑談をしながら本番を待ちましたが、放送は生中継で対談1時間半、質問30分で2時間の放映です。私が司会者のようにお二人にお話をしていただくようにコーディネートし、PPKの基本の考えやお二人の素晴らしい情報を引き出す感じで進みました。適当に楽しめましたが生放送で世界中に放映されるこの仕組みはこれからいろいろな使い道がありそうです。PPKでも今回の内容は使えそうで、DVDに編集して活用する予定です。
(※「スピリチュアルTV」チャレンジPPK紹介放映分はこちらからどうぞ)

 15日午後は千賀一生さんのわの舞に参加しましたが30名を越える大勢で楽しく出来ました。2度目の参加でしたが、舞を楽しむ熟達には程遠いのですが、身体の中に何か呼び戻される反応を感じます。身体の中心軸を整えることで天地と繋ぐエネルギーの流れを身体に感じます。それは個人を越えた民族や国民の記憶を呼び戻し、大和民族の本質を甦えさせ、そしてさらに人間として国際的価値を得るものかもしれません。わの舞のわは輪、環、和、倭を現わしているようですが、あわの歌にも通じるものがありそうです。
 盆踊りに近いのですが縄文の頃の世界をビジョンで観て千賀さんが創作された世界です。千賀さんは自分からは動かない、相手に求められて、大いなる存在の働きが満ちて動くというスタンスで生きているようです。10年以上前からあったわの舞のビジョンが、この1年足らずで全国に拡がってきたことは今まさに時を得たのでしょう。仙台天命塾でも2011年3月27日に千賀さんに仙台に来ていただきわの舞を開催しますので、是非参加下さい。

 15日夜はカルキディクシャのギバー養成講座の3回目でした。ディクシャは5年半程前から仙台のKさんから毎月受けていますが、ついに機が満ちてKさんが養成講座をして下さいました。1回、4時間半程の濃厚な研修内容を3回受けて晴れてギバーとお認めを頂きましたが果たしてこれからは如何になり、目指すべきあり様は何処に?
 今、この世界の変容が不可欠な時に個人レベル、集団レベルで如何なる貢献が出来るのでしょうか。周りに影響力を及ぼす立場の私達は、まずは幸せであること、精神的豊かさ、優しさ、思いやり援助、愛情、感謝一杯の世界にあることです。幸せな人が幸せな人を生みだし、不幸せな人は不幸を広めてしまいます。まずは自分自身が幸せであることですね。とKさんはお伝え下さいました。マインドを無くし、存在、意識、至福の世界です。

 多方面な探訪ですが歩んでみれば同じ質、次元のようです。すべては己の世界、手のひらで遊ぶ孫悟空の世界かな?それもまた嬉し楽しでした。

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Author:仙台天命塾長
 大久保直政
http://genkiup.net/

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