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49.「未知拓く3」  2010年10月22日

 みちのく、未知を拓く旅の3日目はとても素晴らしい天気に恵まれました。皆さん元気にバスに乗り込み8時少し過ぎて出発しました。最初の目的地は縄文樺山遺跡です。
あわ歌サロンは待っていましたとばかりに直ぐに開店です。サロンでの最初のお言葉は以下です。
「皆々で守り来る この山川は 
 これよりも大きなり この地を踏まれて
 その大きなる力 頂き 新しきへと参りませ」
2010.10.11バスサロンアワ歌

 樺山遺跡は北上市の桜の名所、展勝地のすぐ近くで北上川の東側の高台にあります。西に開けて北上川と奥羽山脈を遠望できる最高の場所で、草が綺麗に刈りこまれ、そこに縄文の家屋が点在し、下方にはストーンサークルもあります。朝の太陽が輝き、光がきらきら舞い、風が心地良く、心身が喜ぶ感じが嬉しいです。皆さん大きくエネルギーを頂き身体を伸び伸びさせて寛喜が溢れています。自然の恵み、人間はそれに生かされている事が実感できます。そこで円を作り大きな声で歌いましたが、その時のお言葉です。

「嬉しきなるぞ 嬉しきなり 
 このあわ歌が 響き渡りて 皆々喜び
 この地がいきいき 皆々楽しき 嬉しきとなる
 ありがたき ありがたき。」
樺山遺跡 2010.10.11.8:45


 中山さんの拍手が古しえのリズムを奏で、お言葉の一言一言の間に打ち鳴らされます。きっと縄文の当時はそのように神仏然と交信していたのでしょう。名残惜しい氣を振り払いバスは出発です。車中でのお言葉です。
「夢みたる この時を越えて 皆々参られよ 面白きに出逢う」

 素晴らしい、嬉しい言葉です。この先には夢に見た、時を越え、面白きに出逢い、巡り合いが待っています。次の目的地は源休館跡です。

 源休館跡は源義経が平泉から北行して蝦夷地に逃れたとされる義経北行伝説の縁の場所でもあります。小学校の裏手の林の中に3つの巨石に囲まれた中に祠があります。バスから先に降りた一人の女性が、こらえきれずに花摘みに岩屋の奥に走り消えましたが、すっきりさっぱりして笑顔で戻ってきました。その地は南に開けていますが、太陽が眩しく輝いていて、そちらを向いて皆さんとあわ歌を唱和しました。頂いたお言葉です。

「遠き昔に この地にありし方々 ここにて天地結び
 嬉しき世を 作らんと 夢みたり
 大きなる仕組み 違いて 今に至りしなる
 是よりあわ歌 大きなる響きと成りて 新しきを成す
 此処にそのこと申す。」
源休館跡
源休館跡

 かつてこの地にて成された仕組み違いを、これから新たに成すとのこと。果たして如何にこれから進むのでしょうか?心に何かを残しながら、バスは出発し、程なく車中で頂いたお言葉です。
「大きなるぞ この地は 光降り来る 天地の地なり
 響きて 皆々 それぞれ 繋ぎて 出されませ」

 次なる目的地は種山高原です。この地は宮沢賢治の創作の原点、視点、感を伺える、原風景です。馬の放牧地として利用された、なだらかな高原の中にはキャンプ場やロッジが点在し、物見山頂上近くにあるモナドノックス(残丘)へは駐車場から500m程昇ります。
2010.10.11.10:59

 風になびいたような二つの巨岩や波打つ段違いの巨石がモナドノックスです。「この高原の残丘(モナドノックス)、此処こそ、その種山の尖端だ」と賢治が描いた世界です。初めて見た時に、ここから銀河鉄道が出発したのだと直感しました。岩の上から天空は間近に感じられ、360度の眺望は心を豊かに、満たされた幸せな気分になります。きっとこの地が、先ほどバスで頂いたお言葉の、光降る天地結ぶ地なのです。さぞや満天の星を頂く夜は、想像が創造して何か貴重なものが生み出されていくことでしょう。この地を賢治は幾度となく訪れて、「牧歌」「銀河鉄道の夜」「風の又三郎」など種山が原を舞台にした作品を多く残しています。

 全員がモナドノックスの上に上がってあわ歌を天空に響きわたらせました。歌と共に太陽が雲間から現われ光を降り注いできます。天地人が供応し結ばれた一体感です。その時のお言葉です。

「只今のただの響き 大きく成りて届き行く
 皆々様はこの事忘れず 続けて 繋ぎて 参らせませ。」
モナドノックス 種山高原での空と太陽

 有志が物見山頂上まで登りそこでも頂きました。
「この天の全てはあいぞ 皆々様へ 配る光 あいなり」

 種山は原は高山植物の宝庫です。思い思いに花を愛で、高原の空気を満喫して下山しました。昼食会場はバスで山を数分程下りた種山遊林ランドです。予定時間から大分遅くなり問い合わせの留守電が2度も入っていましたが、モナドノックスは近くて遠い世界で、圏外で音信不通でした。カレーライスを食べて急いで次なる地を目指して出発です。車中でのお言葉です。
「続けて続けた この地の 元々 皆々変わりて 新しきへ参る
 知らぬ事々 起こり来る 
 そのみの思いを やわらかきとなさりて 受けなされ」
 
 大東町の続石は国道の道路沿い、中学校に隣接してあります。「続石山大原寺跡・続石」が正式名称で民家の庭に大原神社(古峰神社碑)があり、その周りに巨石が沢山ありますが、なぜ誰が、こんな処に集められたのか??です。太陽が頂点から傾き始めた頃合いで、強烈な光が降り注がれる中、あわ歌を歌いました。その時のお言葉です。

「響きと光 持ち来たりたるぞ
 この大き岩より発して 繋げて結びて
 大き地へ続けて 伝えて参るなり
 これよりこの地の役目を成すなり。」
大東町の続石 大東町の続石

 次は室根神社です。今日は3日間の中でも盛りだくさんでかなりの強行軍ですがこれまでのところ順調な走りです。室根山への登り道も狭いので迂回しなければと心配したのですが、名ドライバーが難無く切り抜けてくれます。ありがたいことです。
 室根神社は室根山の8号目に鎮座し、瀬織津姫に縁がありますが今はそのことが消されていて本宮の御祭神は伊弉册命です。由来には、西暦718年に鎮守府将軍・大野東人(あずまんど)が蝦夷を降伏させるための祈願所として、和歌山県の紀州熊野大社より霊を迎えて建立されたとのこと。蝦夷討伐が終った後、室根山周辺の集落の鎮守として崇められ、坂上田村麻呂や源義経も祈願したことがあると言われている神社です。新宮も後年、紀州熊野速玉大社より霊を迎えて建立したとのことです。
室根神社鳥居
 
 本宮には大きな金の鈴、新宮には銀の鈴がありますが二社が並んで配置されています。何処で歌うかと尋ねますと、二社の間の山裾の林が良いことになりました。気になる木が光輝いてその地を知らしめています。私もそう感じていましたので、皆でその方向を目指して歌いました。その時のお言葉です。

「集いて頂きありがたき この地に響きは大きなり (拍手)
 出でませこの地の皆々様よ
 その扉開きて 皆々様方 新しきへの道へ 参りませ (拍手)
 この時なり 光と共に参られよ (拍手)」
室根神社1 室根神社アワ歌 室根神社2

 参拝後は室根山山頂展望台に行きその地を一望しました。東には太平洋、気仙沼市街が見えます。山頂には、神社の静寂とは違い、沢山の観光客の方々がひしめき合っています。
室根山展望台からの眺望

 皆さんすっきりさっぱりしてバスは出発です。来た道を引き返し目指すは水沢の黒石寺です。最前列でナビゲーターをしていた私も、運転手さんに同じ道を戻って云々とその旨お話して、ちょっと隣席の方と光の写真を見たり、お話をしていました。ふと前を見ると道を間違えています。北に下るのに南の方向に下っているではないですか。時すでに遅しです。止む負えず国道を山裾を半周する形で遠回りすることに成りました。運転手さんは何処で道を間違えたのか怪訝そうに首をひねっています。車中はそんな事も意に介せず、サロン組と睡眠組と思い思いに楽しんでおります。そんな車中のお言葉です。
「更なる伝えぞ
 この時に この地にありて いまだしなる 多くの方々
 この時御用意なされませ 光と響きを届けましょうぞ」
「止まりておれば これよりは大きなる
 ひらきとなりてまいる 進みなされよ
 この響きと光と 共に嬉しきなる道なり
 せまりて来るぞ その時は」

 黒石寺は正月の裸参りで有名な蘇民祭が開催される古寺です。729年、奈良法相宗(ほっそうしゅう)薬師寺五代行基和尚が東奥に行化(ぎょうげ)し、この地に至り渓山の幽秀を喜び、一堂宇を造り、薬師如来像を一刀三礼のもとに手刻安置し、次年に寺を建立し、東光山薬師寺と号して開山した、とあります。古の頃、この地は蝦夷が住む肥沃な地で、阿弖流為(あてるい)や母礼(もれ)を族長として栄えていた。しかし、やがて坂上田村麻呂の制圧を受け支配下に収められ、黒石寺は神宮寺的な存在として灯明を灯し続けてきています。今回のみちのくを巡る旅で唯一のお寺ですが、この地に此処は欠かせないかなという気持ちがありました。本殿の裏山の不動尊の館であわ歌を歌わせていただきました。その時のお言葉です。

「訪ねて参り来たり このあわ歌の 響き持ちて届けたり
 この響きを聴きたるや この響き 
 これよりこの地 この宇宙に響き 満ち満ちて
 全ては変わり行く時ぞ
 この響きと光と ひとつに成られたれば 元に帰る
 その時に出でませ 参りませ 進み行きませ
 多くの皆々進みておるなり 参りませ お待ち申す
 永きにわたり御苦労でした ありがとう (拍手)」
黒石寺 黒石寺 黒石寺での空と太陽
 

 場は非常に重く、淀んだ感じです。本来は住職はじめお坊様のお役目なのでしょうが、多くの御霊にあわ歌響かせ、非常に長く問い聞かせて決意、行動を促すお言葉です。中山さんによるとこの寺を訪れることを出来るだけ遅らせようという動きがあった様で、それが道を間違えさせられたことの真相のようです。

 バス車中で頂いたお言葉です。
「終わりたる時 全ては無しとなさりませ
 なお残る思いあれば 喜びとして そのみに受けられ
 ひたすら歌いて ひとつと成られませ お願い申す これよりも」

 水沢市内の駒形神社を目指しますが、既に16時半を過ぎています。途中バスの給油があり又時間が過ぎています。果たして夕暮れまでに愛宕神社まで辿り着けるかぎりぎりです。

 駒形神社は陸中一の宮で、水沢市内にあります。本殿を参拝しましたが、光が差し込まれていて納まりが良い感じです。ここでは歌を歌わずに失礼しましたが、中山さんは最後の予定地の愛宕神社に必ず伺うと約束をされているようでそちらに急ぐことにしました。参拝済んで駐車場に向かう時、空には鳳凰と垂直に昇る龍が現れました。これはこの旅での巡りへの目出度き、大きなサインを頂いたようです。皆凄いと感動です。
駒形神社奥宮の遥拝の宮 龍と鳳凰
 
 目指す愛宕神社まで30分程ですが日の沈みがどんどん早まります。既に暮れてしまった17時15分を過ぎに到着です。神社は高さ15mの巨石を積み上げた超巨石・祭壇石の岩山の頂上にあります。足元が暗くて、歩くのもおぼつかないのですが3人が昇り、上下に分かれてあわ歌を唱和しました。この歌が今回の旅の最後の歌です。その時のお言葉です。

「あいと 共なる 響きと光をありがたき
 皆々様よ ありがとう 共々 参りましょうぞ。」
日暮後の愛宕神社

 全ては、あい、響き、光、感謝です。全てを終えて帰路につきましたが、遠方の方々は水沢江刺から新幹線で帰りますので、その時間に間に合うようにバスは駅を目指します。車中お別れの言葉を皆さんから頂きましたが、とても皆さん満たされ、充実した時空間を体験できたと嬉しい言葉が沢山です。駅ではハグ、握手で皆さんとお別れです。そして仙台まで帰る私達はサロンで交流会を密度濃くできました。仙台には20時半到着し、有志は更に食事会です。

 超ハードなスケジュールのみちのくの未知を拓く3日間の旅も全て終わりました。しかし皆さん元気で、笑顔で、喜び一杯です。みちのくの新たなる道を開き、己の未知を拓いた時空間は、当たり前に次なる世界、宇宙の扉開きだったようです。果たして次元上昇でしょうか?同じで違う、あい深き、道行き、これからもますます楽しみです。

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Author:仙台天命塾長
 大久保直政
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