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48.「未知拓く2」  2010年10月18日

 みちのくの未知を拓く2日目は天気予報がはずれ良い天気に恵まれました。バスは予定の8時丁度の出発です。皆さん何かがつき揃って、今日の巡りに向かう意識がぴったりとカミ合った感じです。最初の目的地は遠野の続石ですが、10時に儀式をすることが決まっていますので果たしてその時間までに到着できるかどうかが問題です。走り出してあわ歌サロンは直ぐに開店ですが、途中のトイレ休憩もそこそこにバスは高速道路を快調に走ります。そんな中、車中で今日もお言葉を頂きました。

「皆々様へ 本日は
 このみを通して お渡し致す 光は大きな進みなり
 しっかり捉えて 頂きたし。」

「古き時より この日高見の地の 
 大きなる岩は ゆかり深き場なり
 皆々 それぞれ 繋がりて 
 この大きなる宇宙の思いを 下ろし伝える場なり
 よくよく感じて 確かめ 覚えて下され。」

 今日の頂きはとても大事なものと受け取れます。

 バスは高速を下りて一般道を走りますが、田舎道はのんびり走行の車が多く時間はどんどん過ぎていきます。続石に10時到着は明らかに難しい状況です。もし着いたとしても岩に辿り着くには山を登らなければなりませんので岩での儀式は無理です。中山さんにお話して、どこか降りれるところがあればそこで儀式をする、無ければバスの中でということになりました。
2010.10.10ルート396

 私は最前席で目を凝らして、これはという処を探しますが見つかりません。大迫の町を過ぎて時間がどんどん10時に迫ってきます。すると道沿い左手に小さな鳥居が目に入りました。運転手さんに急ブレーキをかけて頂き、どうにか格好の場所を10時3分ほど前にお与えいただきました。八幡様をお祀りした小さな社ですが木立に囲まれ、皆さんが集まって円を作れる程良い場があり、願ったり叶ったりです。改めて此処を最初かお与えの神計らいだったと思いました。
2010.10.10.10儀式の小さな社

 そこでは皆で円を組んであわ歌を歌いましたが、素晴らしい響き合いで天に抜ける感じです。中山さんは中央で皆さんに光を送る様に私達に手をかざして周ります。光が降り注がれて空気がすっきりして気が高まった様で、身体が軽く清々しさを感じます。その時のお言葉です。

「ありがとうございます
 ここに皆々様へ 光をお渡し出来ました
 これより それぞれの御霊と共に この光進み行きます
 これよりも 響きと光とあい深き
 続けて 続けて 参られませ。」
 
 皆さんにはこの場に集えた喜びが溢れていて、幸運を素直に頂き、これからの道を新たな確信を持って進めそうです。
2010.10.10.10アワの歌 2010.10.10.10儀式後集合写真
 
 続石は駐車場から400m程昇った山の中腹にありますが他の観光客もいました。ここでは儀式は難しかったことを改めて皆さん確認できたようです。全てはみんな丁度良いようです。初めて訪れた方々はその石組の有り様に感嘆しています。他の方が居なくなった時を見計らい岩を囲んであわ歌を歌いました。しかし、その後に来た新たな見物者は我々に遠慮して遠巻きに眺めています。申し訳ありませんでした。そこで頂いたお言葉です。

「只今の 響き賜りたり
 これよりこの響きにて 繋がり行きます
 響きを続けて 光を続けて 繋がりて参る。」

続石案内図 続石 続石にてアワ歌

 次の羽黒岩は程なく到着です。こちらは私達だけで他の観光客はいません。400m程山を登り、羽黒神社の後ろにある巨石と遭遇、圧巻です。岩を囲み、ゆっくりと大きな光とエネルギーを頂き、響き合いました。Sさん始め沢山の方がミラクルな光を写真に撮られました。そこでのお言葉です。

「響きを発して 響きを響かせたれば
 この大宇宙の多くが参りて 力となり行く
 歌いて響きて 下されませ。」
羽黒岩 羽黒岩にてアワ歌

 昼食は遠野ふるさと村ですが、沢山の方々で賑わっていました。私達は特別に曲がり屋の古い民家で岩魚かで飯という郷土料理を頂きましたが程良い味付けで、すいとんも格別です。皆さん美味しいとすこぶる好評でした。良い天気に恵まれ、良き場でありがたい食を素晴らしい仲間と一緒に頂けて大満足の笑顔でした。
遠野ふるさと村、曲がり家 岩魚かで飯

 昼食後の目的地は早池峰山麓の早池峰山神社で、御祭神は瀬織津姫です。
早池峰山神社
 
 古来、遠野には閉伊族という蝦夷がいてその首領の岩武の伝説があります。蝦夷征伐の坂上田村麻呂が綾織町寒風の羽黒堂(羽黒岩にある羽黒神社)に隠れ住んでいた岩武を発見して弓で射殺したという。その真偽は別として818年に閉伊族の反乱があり蝦夷最後の抵抗戦争があった様です。最後まで大和朝廷にまつろわぬ者が遠野に住んでいたことは確かのようです。田村麻呂は蝦夷への勝利を毘沙門天の加護と信じ、平泉の達谷窟や水沢の黒石寺など各地に毘沙門堂を建立し蝦夷地を鎮護し、蝦夷の怨霊をも調伏し鎮めようとしたようです。

 東北地方、岩手は大和朝廷のある京都からは東北、鬼門の地にあたりますが、田村麻呂がもたらした毘沙門天像とは別に瀬織律姫という謎の女神が運ばれていたようです。それは鬼門の地に住む蝦夷を恐れて、鬼門を押さえる強い意思があった現われです。

 瀬織津姫は天照大神の荒神であり、穢れ祓いの神であるとともに水と桜を司る神です。水の流れや瀧そのものが瀬織津姫ですが、そこに不動明王も祀られているため不動明王の影に隠れてしまって知られていません。瀬織津姫のなす穢れを祓うシステムは、まず瀬織津姫が罪や穢れを川から大海へ流し運び、速秋津姫を経由して根の国に住む速佐須良姫がそれを呑み込むというものです。その穢れ祓いの三女神は遠野に光臨していて、遠野三山に祀られています。早池峰山に瀬織津姫、六角石山に速秋津姫、石上山に速佐須良姫がいて、その遠野三山で三角形を形成し浄化システムを成しているようです。

 遠野を流れる早瀬川は桜並木が連なる名所です。桜には直接的な水の流れと間接的に人の罪と穢れを溜め込んで川の流れに戻す役割があるようです。桜は人の病気や怪我だけでなく罪や穢れ、呪いや魂まで吸い取り浄化していると言います。ですから桜には死者への鎮魂の意味もあり、瀬織津姫には生と死の狭間に揺れ動く魂の平定の役割もあった様です。

 また遠野盆地はエネルギーの流れ、龍脈があります。エネルギーが流れ始める太祖山(早池峰山を中心とする三山)から気のエネルギーが龍穴に流れ、そこには沢山の水源があります。鶏頭山と呼ばれ水源を有する薬師岳は早池峰山と並んでありますが、太陽信仰の早池峰山と共に、薬師岳は水、瀧、桜の神格化した水信仰の霊山です。その地は太陽と水という命の源の信仰が深い処なのです。水場には龍が無数に発生すると言われますが、多くの水源を有していて、龍穴の沢山ある遠野盆地はまさにエネルギーの発生源、風水的な地形に於いては絶好の力の源といえます。

 記紀以前の古書ホツマツタエによると、男神としての天照大神の后神として瀬織津姫が登場します。それがいつの間にか天照大神が女神とされて瀬織津姫が消えてしまいます。

 丑寅の鬼門に位置する遠野は蝦夷の力の源と考えた大和朝廷は、瀬織津姫を山龍、水龍、龍穴を押さえるために早池峰山の麓に早池峰神社として鎮座させ天照大神と共に祀り、早池峰山を中心に広がる水龍を朝廷側にとって穢れ祓いの為に祀り、鬼門中の鬼門を押さえようとしたのでしょう。蝦夷がおり馬産地で金、銀の産地であるこの地を治めるために施した二重、三重の呪法システムでした。

 早池峰神社では映画の撮影がされていて社殿前では郷土の獅子舞が演じられていました。
早池峰神社社殿下 早池峰神社社殿前獅子舞
早々に我々はお参りだけさせて頂き、神社山門近くの小高い丘にある末社で集うことにしました。社殿の左手に天の鉾のように木が折れて2mほどそそり立っています。そこをみんなで囲んであわ歌を歌わせて頂きました。その時のお言葉です。

「よくよくこの地へ参られた
 この時あるを お待ちいたしたり
 皆々様 そのうち揃い 響きて頂きありがとう
 これよりは この地共々参ります
 歌は響きて 大きなる天に繋がり行きました。」
早池峰神社末社にてアワの歌

 次の目的地は山崎コンセイ様ですが、途中バス車中で頂いたお言葉です。
「たゆみなき思いを 続けて この地をこれまで守り来たり
 これより 新たなる地は 皆々の新しき思いによるなり
 皆々嬉しきへと成られませ。」

 コンセイ様への道は木の枝が迫り出していてバスが通れなく途中から歩きました。天気に恵まれ爽やかな空気と精気を沢山頂きました。コンセイ様は性器、男根形の石神を崇めてお祀っていますが、御神徳は子宝の神、婦女子の病気平癒、馬の息災を願うと言われています。男女の二体の性器の石が並ぶ処で歌わせて頂きました。その時のお言葉です。

「只今 大きなる響きを ありがとうございます
 この地にありし 地の大きなる気を 皆々様に注ぎたり
 是よりも 共々ひとつと成りて
 大きなる道へ 進みましょうぞ ありがたき」

山崎コンセイ様 山崎コンセイサマ境内の陰陽石

 バスは花巻方面に進みますが、あわ歌サロンは快調です。バスに揺られて心地良く昼寝をする方もいますが皆さんそれぞれで全てが順調です。車中でのお言葉です。
「この日高見に 響き渡り行く あわ歌にて
 皆々是より 目覚め行き
 新しき嬉しき地と 成り行くなり 嬉しきなり。」

「遥かに望む この大きなる地に
 精一杯の響きを発せられませ。」

 丹内山神社に到着の頃には夜の帳が下りてきました。急いで社殿奥の御神体のアラハバキ大神の巨石、丹内石を皆で囲みあわ歌を響かせました。その時のお言葉です。

「永きにわたり 広き地守り
 この時迎えるは 大きなる喜び
 是よりも この大きなる地守りて
 共々参り 真の地を拓き行かん 共々参ろうぞ。」
丹内山神社案内板 胎内石にてアワ歌 丹内石案内板

 歌い終わると陽は沈み、足元がはっきりしない程ですが、元気に下りてきてバスは出発です。次に予定していた冠山蝙蝠岩はキャンセルです。今回はどうやら必要なかったようです。一路花巻の渡り温泉を目指しますが、途中、新花巻駅からKさんが帰るので皆さんとお別れです。皆さんからあわ歌を歌って頂き、中山さんからKさんが頂いたお言葉です。
「あい深きを 持ちて 天地結び 家族ともども ひとつとなりて
 その やわらかき ますます 喜びの地と なされませ」

 宿では懇親会、二次会と楽しい輪が深まります。中山さんの誕生日が10月15日ですので一足早い誕生祝いも出来ました。深夜の露天風呂ではあわ歌合唱でしたがうるさいとお叱りを受けてしまいました。

 お陰様で今日もあわ歌歌い、響かせて楽しい1日を過ごしました。そして、大きな光を頂き、新たな真の未知を拓く力を頂きました。身も心も魂も嬉し楽し幸せです。

※引き続き、参加者S氏のブログもご覧下さい。こちらから

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Author:仙台天命塾長
 大久保直政
http://genkiup.net/

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