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33.「天空 2」           2010年8月12日

 日高見の国は関東地方の沿岸部から岩手県地方まで占めた地域で歴史の推移で狭められていきますが、タカミムスビ(高皇霊産尊)とは日高見の統率者の意で「ホツマツタエ」にはその名が初代から第八代まで記述されています。第五代のタカミムスビが伊勢神宮の外宮に祀られている豊受大御神で現代伝えられている日本国の歴史はこの豊受大御神から始まったと言えるようです。タカミムスビは日本国の最大の首長でその影響力は日本全土に及んでいました。イザナギ、イザナミの婚姻は陰陽和合によって宇宙の森羅万象が生じることを寓意した物語でホツマツタエでは単に女男でなく、あらゆる物質の中の陰陽の存在を説いていて、天地・陰陽の道がホツマ思想、天成る道の根本哲理と説かれています。
 
 イザナギ・イザナミは日の精を受けて生まれた天照大神の養育を父の豊受大神に託していますが、このイザナギ・イザナミの交わりの歌であるアワウタを今にとどめる痕跡が岩手と宮城の境、室根山麓の室根神社の祭りで知ることが出来ます。日高見は今でも宮城県石巻周辺を言いますが、岩手県から石巻に流れる北上川の古名は日高見川です。又、日本武尊の東征の上陸地点は石巻と言われ、そして石巻周辺にはホツマツタエに出てくる古くてもっとも重要な神々を祀る延喜式内社が非常に沢山あります。かつてのタカミムスビの本拠地、日高見の中心は今の多賀城でなく石巻周辺にあったのではないでしょうか。
 
 次の目的地は日和山を下った北上川沿いにある住吉公園の巻石と大島神社です。御島近くの巻石は川の流れと海からの潮流によって大きな渦が巻いていていたと言われますが、訪れた時は干潮でしたが渦を見ることが出来ました。かつて御島は男島で巻石は女岩と考えられていたようで大島神社はメオ島神社と呼ばれていたとも言われています。大島神社の裏手の高台にはかつて灯台が設置されていた様で、今は鹿島神社が鎮座していました。そこであわ歌を頂きました。
 「この地にありて 川 海 水守りたる 大き島ありがたき
  これより新たに この地 開け行く これよりも守りたまえ。」
 
 
 次は北上川を渡り少し北上した牧山の零羊崎神社です。社殿奥の相輪塔でのあわ歌です。
 「ぐるりと巡りて これより参る この地を
 大きなる地となす開き これよりぞ。
 皆々共々 心して響きて下されませ。」


 次の訪問先は石巻市渡波の私達の仲間の佐藤造船所さんです。太平洋に東に延びだした牡鹿半島の付け根に万石浦がありますが、その入り口で対岸との最短距離の辺りに造船所があります。そこから数分ほど海沿いにサンファン館方向に行ったところに赤い鳥居があり、10mほどの橋を渡した突き出た岩の上に鬘(かつら)神社が鎮座しています。正午の儀式は鬘神社で行われる事になりました。

 神社正面に私を含め3名が立ち、その後ろ、橋の上に中山さん達が並び儀式が始まりました。快晴の中、灼熱の太陽が照りつけますが海風が心地良く、強烈なエネルギーが足に感じられ地に引き寄せられるよう力が働いています。そこで頂いたお言葉です。
 「皆々様には ありがとう
 お集まり頂きたる 多くの方々に ありがとう。
 これより我らが参る 光の新しき 嬉しきへの道開く
                (柏手打ち続けつつ)
 共々参りて下されませ。
 ここにこの地の縁深きご三人方 天空結び 開き行かれませ。
 本日お集まりの皆々様には あい 持ち行き
 それぞれの場に繋がりますよう お願い申す。
            (柏手打ち続けつつ)
 嬉しきなり。ありがとうございます。」


 儀式を通して何が起きたのか言葉に出来ませんが、あうわ が整った、結ばれたのでしょうか。あわは天地・陰陽、うは無限に開かれた宇宙空間を意味します。天地を結ぶ役割を果たすのが人、ここで天地を結ぶ柱が立った、この地に縁深い3人を柱、中心として幕開けが行われたのでしょうか。そして3人を中心核として外に10方向3層に放射状に広がるように、30人があいを持ち行きそれぞれの地に繋げ拡がる。大大大の3つの次元がひとつ宇宙として治まる。そんなイメージです。終わった後、佐藤さんと強く握手させて頂きましたが、日焼けし清々しい海の男は晴れやかに皆さんにこの地を通して道開く覚悟を示されました。造船所の中を見学させて頂き、御両親に御挨拶をしてお暇しました。

 その時、佐藤造船所さんには5、6艘の船が修理で陸の線路上に上げられていましたが一番大きな舟の船名番号が33と書いてありました。ここも33で昨日から3つ目です。
 
 近くのサンファン記念館の駐車場に停車したバスの中で昼食を頂きましたが、身体が鎮まり、治まるまで少々時間がかかりましたが皆さん元気で明るいです。程良い時間バスに揺られ、心地良い睡魔に身を委ねているうちに石巻市和渕に着きました。此処は仲間の木村さんの住む町で、昨年から木村さんの田んぼを使わせて頂きお米作っています。まずは和渕神社に参拝しあわ歌を頂きました。些かうらぶれた感じですが式内社です。
 「届きたるなり 皆々に
 大きなる みもとのあいは 直ぐに参る
 嬉しきぞ。」

 
 町を見下ろす小高い丘を下りて無人の和渕駅を過ぎ程なく歩くと、木村さんの自宅と私達が田植えした田んぼがあります。稲の生育は順調で稲の花も咲き始めていました。強い日差しを避けて自宅の前の倉庫の日陰で木村夫妻を中心に輪になってあわ歌を歌いました。その時のお言葉です。
 「広き野に立ちて 天地結びて 柱と成して この地に喜び
 これよりも続けて 続けて 嬉しき。」

 
 歌い終わったら二人は感極まり、奥様は涙しています。木村さんのお母様も家から出てきて挨拶をしてくださり、揃って写真に収まりました。奥さんはそのことで又涙が溢れ出ます。日頃の嫁としての思いが喜びに、感謝に変換して現われたのでしょうか。我々も喜びを頂きました。素晴らしい言葉を頂き、これからも大きなお役目を果たす自覚がお二人には頂けたようです。

 今日最後の訪問先は石巻市前谷地の龍口神社です。山裾に鎮座する社は立派な作りで良く整備されています。地元出身の経済で成功を収めた方の大きな寄進があった様です。本殿から少し登った奥宮であわ歌を頂きましたが、元気者は更に上の池に陣取り唱和です。
 「昇りて 昇りて 皆々の響きは 大きく拡がり行きて
 この大宇宙 新しきへと 参るなり。」

 
 龍口神社は参道から左右にうねるように登って本殿が鎮座し、更に登って奥宮です。さながら龍神が地から天に昇る感じの陣容です。そこで今日の聖地巡りを予定通り終えることが出来たこと、そして今日のお参り先はあらかじめ決められた事のように全てが整い、達成感、寛喜が湧いてきます。人として天地を繋ぎ、この地を開く役割の1日目は笑顔で終わりました。

 近くの上品の郷で温泉に入りすっきりさっぱりして帰路のバスの中で中山さんにもビールを飲んで頂き、楽しい語らいの内に綺麗な夕日を頂き、やがて夜の帳が下りました。

 この原稿は私がブログを書き始めてから33番目になります。今回のあわ歌、聖地巡りのキーワードは33のようです。
巻石 大島神社(住吉公園) 大島神社(住吉公園) 零羊崎神社(牧山) 鬘神社 鬘(かつら)神社 佐藤造船所 和渕神社 和渕神社 田んぼと中山さん 中山さんと木村夫妻とお母様 龍口神社(前谷地) 龍口神社でアワの歌 2010.8.8夕陽


 


 



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 大久保直政
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