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21.「鏡石」             2010年5月21日

 5月15日からの中山博さんと訪れたあわ歌の青森ツアーは最高の日よりと自然に恵まれ、天の祝福の数々を頂いた素晴らしい時空間を堪能出来ました。

 新緑の奥入瀬渓流は見事でした。清き水が舞い踊り流れ、木々の葉の緑なす光は太陽と多様な光彩を発し、茂りだした葉々の生命エネルギーが目を捉えて心輝かせます。対岸の岩壁の岩肌も見え隠れし、川に鎮座する岩にある古苔の濃い緑は深い長い時間を感じさせます。それらのコントラストが素晴らしいのです。自然の織りなす美はいのちの原点、己が心の映し鏡のようで、心身が洗われます。

 先に訪れた青森市の小牧野遺跡はかつて先祖たちが縄文の時代、豊かに平和に長きに栄えた暖かさを頂きました。自分は何処から来たのか、そして何処へ行こうとしているのか、
今の心の置きどころを光で満たす嬉しい出逢いでした。
2010.5.15~16青森ツアー 122(写真提供S氏)

 皆さんであわ歌を歌い中山博さんから頂いた御言葉です。
「大きなるこの歌をここに頂き 誠にありがたきなり
 この地も新たに力を発して参る
 共に参りましょうぞ  あいふかき あいふかき あいふかき」

 十和田湖畔、休屋の十和田神社の奥山にある青龍神社でのあわ歌は、神社と70メートル程崖を下った湖面の占い場と、20メートル程上がった山の頂上の岩場の3か所で分かれて同時に歌いました。これはフトマニ図の中心円のあうわで、頂上があ、神社がう、湖面がわに相当するのかなと一人思っています。きっと天意(あい)深き光の柱が天地を繋いで立ったのではないでしょうか。

 その時頂いた御言葉です。
 「あいふかき あいふかき あいふかき
  大きなる歌 再び響きて広がりたり ありがたき この地守りゆくなり」

 宿泊先の田子町の大黒森ロッジは720メートル程の大黒森山の中腹、東斜面にあります。仲間のKさんが昨年、町から借り受けて一人で切り盛りしていますが、素晴らしい地場で、彼女がこの地で情報発信したいと思うのも納得、しかし冬場の厳しい天候やら色々な条件で御苦労と楽しみがおありと思いました。夜は美味しい手料理を頂き早めの就寝。翌朝は晴れ、早朝の雲海は日本的な穏やかさ、山里、畑、山々を遠望し心地良い風が吹きました。5時からの頂上への登山は往復1時間ほどでしたが、爽快な汗を頂き360度の眺望は格別で、あわ歌も嬉しく遍く響きわたりました。その後、6時半からの25名全員参加のあうわの人文字も成功でした。ホツマツタエに記されているオシテ文字のあうわを人文字で作りました。横に配置した人文字でのあわ歌、十和田湖での縦のあわ歌を歌いましたのでこれで縦横のあうわが出来、四方八方そして十方に光をこの青き森の地から発する事が出来ました。
大黒森山からの眺望(写真提供S氏)

 大黒森山頂で頂いた御言葉です。
 「あいのみもとの 大きなるみよ
  是よりこの地を大きく進めて
  皆皆嬉しきへ参る
  光は遍く 降り注がれたまへ」

 昨年12月のツアーでは訪れることが出来ずに再チャレンジの大石神ピラミッドは暖かく迎えてくれました。私は何度も訪れているのですが今回は是までで一番嬉しい訪問でした。少し下ったところにある10畳程もありそうな巨石の鏡石に全員が登り立ってのあわ歌は四方八方、十方に響きわたり、何かが腑に落ちました。
鏡石

 そこでの御言葉は以下です。
 「大宇宙に発して 大きなる響き 皆皆ひとつと成りて参る 響きたれ」
 
 ハーモニーが各自の発する声を一つにし同調共鳴共振して響き、自他同然を感じます。現実の個々の違いは幻か、大きなエネルギーが各個に注入され違いを越えて素晴らしさが溢れ出るということでしょうか。各自が己の神に気付く、そして他者も神々であると。生まれた時から持っていて気付かなかった世界が鏡の石の上で明らかにされた、そんな感じです。

 「鏡石」、石は何万年も静かに坐して三次元の不動の姿。鏡(鏡の語源は「かが(影)+み(見)」)とは影を見る、姿を見る、あるがままそのままを見る、自分自身を見る物。しかし単なる物質でなく霊的な存在で多次元的なものと言われます。[蛇を古語ではカガチ、あるいはハハと言いますが、これらを語源にする言葉に鏡(ヘビの目)、鏡餅(ヘビの身=とぐろを巻いた姿の餅)がありますが、神(カミ=カ「蛇」ミ「身」)もヘビを元にするといいます。]

 鏡は世界の「こちら側」と「あちら側」を分けるレンズのようなものと捉えられ、鏡の向こうにもう一つの世界がある、という観念は通文化的に存在し、世界各地で見られている様です。多次元世界と三次元世界を繋ぐものが点であり、鏡、鏡石はまさに天と地のリフレクションの機能を果たしていて、天に繋がる岩戸。天照大御神はアマテラス、オオ、ミ、カミと分解すると「太陽、大いなる、見る、蛇身」。天照大御神は岩戸隠れして世は暗闇となり、岩戸開きで光が戻ったと言われます。各自に内在する宇宙、神にアクセスして根源的情報を三次元に下ろし投影するのが鏡。カガミ(鏡)のガ(我)を取るとカミ(神)とは良く言われますが、我を取り除く、岩戸を開く方法が中々ありません。

 今回は鏡石でのあわ歌は岩戸を開いた様です。そして同質の方々もその光に気付くことで解放されていくようです。

 「灯台下暗し」と言われますが今回、鏡石は台。そこに立った皆が灯でそこが繋がり全てが光を頂いたのでしょう。米国紙幣に書いてあるフリーメーソンシンボルマーク、台の上に目が入った三角形が浮いている図がありますが、それは台が三次元世界でヘビがとぐろを巻いていること、浮いた目の三角形が多次世界で選ばれたものだけが支配する象徴の様ですが、これからはしっかりした三角錐になり、各自が内在する三次元世界と多次元世界を統合できるようになる、これがある意味覚醒の様です。

 八戸の種差海岸では空に完全な大日輪が現れました。思わず気付いた皆さんであわ歌を歌いましたが、今回の旅への天からの何らかの徴だったように思います。
種差海岸での日輪(写真提供S氏)

 その時の御言葉です。
「あい あい あいと この宇宙 皆皆 あいへと 共々に」

 八戸から帰りの高速道路のバスの車中から珍しい雲が現れました。天駆ける鳳凰ならぬ烏賊かな?そして帳が下りた頃には三日月に近接して金星が綺麗に見えました。嬉し楽し、喜びの旅でした。
青森帰り車中からの雲
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Author:仙台天命塾長
 大久保直政
http://genkiup.net/

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