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203「繋がり1」2013,3,30

 三寒四温、暖かさを感じた後の極端な冷え込みが身体を縮みあげますが確実に春を感じる今日この頃です。骨折後の養生も程々に元気に活動しております。睡眠が身体には必要なようでどんどん夜が不得手になって来ています。私の部屋は生体エネルギーのトワXで壁が塗られたことで更に回復を促進しているようです。全てお蔭様です。

 3月22日は中山博さんのあわ歌会でした。私もあわ歌を歌って頂き、質問をしてお言葉を頂きました。春彼岸ですので、「先祖の想いと私の誓願は如何か」とお尋ねしました。その答えは以下です。
「本当のところは大いに離れています。何処かと申すと、あなた様に先祖の多くの方々おられます。その方々、この地の是までの仕組みの中にて成し行き、残されたる思い数々なり。あなた様には只今、此処にて成し行くは、この北の地、平らかにして嬉しき事、そのこの地の嬉しきことを発し行き、大きなる光と共にこの日の本へ伝わり行くことなり。この北の地の古き時、只々平安、只々嬉しきが、只々続いておりました。」
 改めてかつてのこの北の地のあり様、平安で嬉しき世界を思い描きました。

 あわ歌の後のあわ歌唱和会の最後に頂いたお言葉は以下です。
「さてこの時に歌響き行き、この北の中心に参られて、大きく膨らんだその山の気を光の中へと送りて下され。急ぎて参られませ。」
 北の中心は栗駒山です。24日の日高見の聖地繋ぎの旅no2の訪れる地へ促し、果たすべき内容を知らせて下さっています。
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 先立つ3月13日と20日に私が頂いていたお言葉は以下です。
「さてこれよりの日々に起こり来る事々にその身は如何なる事成すでしょうか。いちいちそれぞれ成し行くは真に多くの事となり、この事には向かぬなり。まとめて一つの思いを持ちて事に当たりて下されませ。」13日
「ただただ保ちて、ただで参る。その道、健やかに大きな拡がり、ただただ参る。明日より始めて参られませ。」20日
 明日からとは3月21日からでしたのでこの歌会から旅にかけて最初のお役目です。

 3月23日は私達の仲間のTさんのお子さんの結婚式でした。中山さん始め、あわ歌繋がりの方々も沢山披露宴に参加頂けて喜びいっぱい、感動の素晴らしい時空を共有でき感謝、感謝でした。若者たちがこれから織りなす新しい世界に私達は何が出来るのか、しなければ成らないのか、改めて無形の世界での想いのあり様を感じました。
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 子供は我が先祖と頂きます。披露宴での子から親への感謝の言葉を聞きながら、素の心からのいのちの繋がりへの、ただただ、ただただの想いに改めて深い感動を頂き涙してしまいました。血縁を超えたいのちの繋がり、響き合いです。会場はその感謝と愛の波動を受けて拡がり行く歓喜の世界に包まれました。先祖からの縦糸、人としての今生きる縁者と拡がる横糸。その経緯の中心にいる己に春彼岸の祝宴に改めてふっと何かが肚に落ちたようです。
「この北の地、平らかにして嬉しき事、そのこの地の嬉しきことを発し行き、大きなる光と共にこの日の本へ伝わり行くことなり。まとめて一つの思いを持ちて事に当たりて、ただただ保ちて、ただで参る。その道、健やかに大きな拡がり、只々参る。」

 24日はとても冷え込みました。仙台駅に21名の皆さん集合して7時半丁度に予定通りバスは出発し、一路、北の中心、栗駒方面を目指します。最初の目的地は大和町吉田のテンメイ大和農場です。雪もほぼ消えた農場は寒風にさらされて在りましたが確実に春の動きを感じさせます。大和亭の建物を内覧して頂き新たな拠点の活用法を提案いただきました。
 私達の活動拠点は仙台市内のあわの里天命舎です。伊達正宗は仙台の街創りで、星の街六芒星、グランドクロス等の風水、呪術を駆使しましたが、その中心点にあわの里天命舎があります。そして北の拠点は大和のテンメイ農場、大和亭です。繋ぎの旅の始まりは大調和の大和からとの想いです。沢にある不動尊の鳥居の前であわ歌を響かせました。
「晴れてこの時、この北の中心に参るは大きなること。光と共に参られて共々、皆々一つ
と成りて、暖かき豊かなる地へと戻りましょうぞ。この時大事に響かせたまえ。」
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 バスは東北道を北上して金成インターチェンジをおりる頃には、右手に雪に覆われた大きな荘重感ある栗駒山が遙かかなたに鎮座しています。栗駒山は宮城、岩手、秋田県の三県にまたがり山頂は宮城、岩手県の境界になる霊峰です。
 次の訪問地は栗駒市金成町にある奥州五観音の一つ小迫観音です。五観音は坂上田村麻呂所縁のもので、征服した後に殺戮した土着のまつろわぬ民の憤怒した御霊を鎮魂する目的でお祀りされています。観音堂の脇の小高い山に白山神社がありそこであわ歌を唱和しました。ここからはあわ歌一唱の後に「あいうえお」を唱えさせていただきました。その時のお言葉です。 
「申す。
 ここにて多くの方々は散りじりになりて打ち取られ、安すけきなる地を乱されし。大きなる事がそのままに打ち捨てられて永き時過ごし来たり。(拍手)
 よくよく申した。是よりは光と共に新しき広きへ参りて嬉しきと成られませ。(拍手)
 あい、分かりたり。大きなる光を頼みます。(拍手)
 光りをこれより降り来る。ここにあるは是までにいたし、参られよ、光へ。(拍手)
 あ~」    
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 次は栗駒町の奥州五大観音のひとつ清水寺観音堂です。穏やかな日差しが山懐の聖地に暖かく導き入れてくれます。響きの後のここでのお言葉は以下です。
「大いなるかなこの響き、この大きなる地に響きたりて見事なる元へと導きて、皆々様の新しき嬉しき地と成さん。嬉しき発して共々に参りましょう。」
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 栗駒町には、九戸の乱で秀吉の軍に敗れ投降した九戸政実が処刑された首塚があり、九ノ戸神社として祀られています。九戸政実は、九戸城落城の後、羽柴秀次のいる旧大崎領まで連れて来られ、この地で斬首されましたが、その時、岩出山城から伊達政宗が羽柴秀次の陣に参陣しています。九ノ戸神社向かいの石碑の前であわ歌を響かせました。そこでのお言葉です。
「ありがたきこの光を写されたるは真に嬉しき。是より参りて共々に、如何なる事も皆々流して参ります。」 
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 栗駒町の洞泉院には鬼庭(茂庭)綱元が生前に造ったという石仏があります。これは綱元自身が合掌している姿と言われています。鬼庭綱元とは伊達成実、片倉景綱と並んで伊達三傑の1人に数えられており、綱元は「吏の綱元」と言われ、政治に通じていて、内政や外交に秀でていただけでなく、茶道、和歌、書も得意とする文化人であり、負け知らずの猛将でもあったようです。また、政宗が参勤交代で仙台を留守にする際には、政宗の代わりに藩政全権を委ねられていて、当時としては異例の長寿で92歳で死去しています。この洞泉院は政宗の仙台の街創りのグランドクロスの北の点を成しています。その石仏の前であわ歌を響かせました。そこでのお言葉です。 
「この度のこの地には、ある事大きく成り行くは、我等皆々が心砕きて永きに作りあげたるを無に致す事と成り行くや。(拍手)
 いやいや、そのようなる事にあらず。この地の方々の思い平らかに成り行けば、動きは定まり小さきと成ります。共にこの地の全てを平らかに致して参りましょうぞ。(拍手)
 あ~、ありがたき。」
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 同じ栗駒町で洞泉院から程近いところににある駒形根神社は栗駒山頂の奥宮に対して里宮として鎮座しています。そこには4年ほど前に中山さんとあわ歌日高見巡礼の旅で訪れています。ここが今回の旅の中心です。そこでのお言葉です。
「今この時を、この地にて生き行くは大きなる道なり。光を受けてその身と成れば新しき広き道なり。是までとは違いてその身は大きく開き行く。この地も光て開き行き、共々に新たなる時を迎えます。歌いて響きて、天地繋ぎて一つと成られませ。」
 歌い終わって参道を下る時に下りたお言葉が以下です。
「正して参られ是よりも。古き多くの事々はこの地に跋扈いたしたり。これ取り除き、大きなる新しきと皆々が向かう新たな地と成し行かれませ。尽きせぬ思いの大巫女達は古きを無しと致されよ。進は我等光と共に。」
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 宮城の県境にある岩手県一関市の自鏡山はピラミッドを思わせる綺麗な山容をしています。かつては霊山として山伏、修験の地で多くの信仰を集めていたようで、坂上田村麻呂所縁の地でもあります。山道の裏参道をバスで登ります。駐車場の二の鳥居から階段の参道を暫し登ると吾勝神社が鎮座しています。山頂には吾勝神社奥宮、保呂羽神社がありますが中腹の吾勝神社の磐座で響かせました。そこでのお言葉です。
「大きなるなりこの地は。皆々様のご覧の地はその一部。この北の中心の山は大きく天地に拡がりて、しっかり支えを成しておる。この山揺らぐは大きこと。皆々様の想いをここに向けられて、平らかなるをお頼み申す。」
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 普賢堂は自鏡山吾勝神社の守護神として祀られています。自鏡山の南にありますが山道をバスは枝や悪路に難儀しながら進んでくださいました。程なく田んぼの中にある小山に祀られている普賢堂に着きました。西日がキラキラと光を振り下ろしている中であわ歌を響かせました。そこでのお言葉です。
「立ち上り行く皆々様へこの光と共に参りて、このあわ歌、我等皆々と共に響かせこの地を平らかに、人皆々を平らかに成さりて嬉しきと成されませ。」 
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 バスが悪路を進んで頂いたお蔭でショートカット出来て予定より時間はかなり余裕です。一関の骨寺村荘園跡にある岩手県側の駒形根神社が最後の目的地です。坂上田村麻呂所縁の地で、平泉中尊寺経蔵別当の所領だったところです。岩手宮城内陸地震で被害に遭いましたが修復が終わり境内は綺麗に整備されていました。まだ雪が残っていて寒風吹く中あわ歌を響かせました。
「このあわ歌の音と響きは、「あ、い、う、え、お」の響き共々成したるは、大きなる新しき光へ繋ぐ道なり。是より生み出だし伝え行く皆々様が光と成り行く道なり。」
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 今回、あわ歌を歌った後に「あいうえお」を響かせましたが、新しい光へ繋ぐ道の様です。そして今回も日高見の聖地を繋ぐ目的を達成出来ました。お蔭様で嬉しきことです。

 今回は、栗駒町出身の千葉県在住のSさんが今回の行程表を見て鳥肌が立つ程に驚き、行動を促せられて即申し込み、参加して下さいました。そして出身地でありながら今回訪れたところは全て初めての処でした。あわ歌を通じてご自分のお役目に気付かれたようです。これから栗駒を繋ぐ役割をきっと果たして行かれることでしょう。
 同じように一関出身で仙台在住のSさんも参加頂きましたが、今回訪れた一関の聖地は初めてでした。しかししっかり郷土とのご縁を認識され、これから一層ご自分は当然のこととしてその地が光輝くように励まれることでしょう。嬉しき繋がりを頂いた旅でした。
 締めはいつもの平泉温泉ですっきりさっぱりして仙台に戻り、反省会を楽しく頂きました。

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Author:仙台天命塾長
 大久保直政
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