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195「大寒」2013,2,12

 暫くぶりのブログです。長いお休みをいただきました。1月19日に長野で、生体エネルギー関係の組織、生体システム実践研究会の定期総会を終了して、お蔭様で役職を解いていただきました。本部の幹事、部会長を6年、宮城支部の支部長を12年、お世話させて頂きました。支部は2月16日の支部総会で全て完了です。

 総会終了後、長野から名古屋に向かい久しぶりに息子と会い、我が良き友のYさんと新年の歓談を大いに楽しみました。2次会に繰り出し、時を忘れ午前を迎え、大いに飲み楽しみ絶頂の時、将に急転して何故か怪我をしてしまいました。
 有頂天から地獄とは将にこのことでしょうか。ホテルに連れて帰っていただき、朝目覚めるとかなりな痛みです。酔っていたのが幸いして朝まで熟睡したのですが、痛みで目覚め、これはただ事ではないなと思い、予定を早めて帰仙しました。荷物を背負い、新幹線を乗り継いでの長旅ですが、背中の痛みはかなりなもの、呼吸法と意識の活用をしてまんじりともせずに過ごす、些か大変な道中でした。

 20日昼前に仙台に戻って少し休息し、午後からの真向法の修練会、定期総会です。修練会は小一時間お話をしましたが、体操指導は他の教師に変わっていただきました。総会は会長として議長を務めてどうにか無事に済ませたのですが、新年会は到底無理です。
 お話していてだんだん呼吸が苦しくなって来てこれ以上はギブアップ、限界です。失礼して帰り、鎮痛剤を飲み、色々な処置をして休みましたが、寝返りすら出来ず、大変な思いで朝を迎えました。
 これは自力では到底無理と観念して、21日月曜日朝一番に近くの整形外科に受診しました。その結果は左肋骨骨折で左肺が潰れているとのことで、緊急に総合病院の呼吸器外科に紹介と成りました。整形外科の先生からは良く名古屋から帰ってきましたね、よくも3日目まで我慢していましたねと言われました。納得の診断です。確かに辛いものがありました。

 転移先の病院に向かい、更に検査をして頂き緊急入院手術となりました。左肋骨4本、7か所の骨折で血気胸でした。3本の肋骨が2か所ずつ折れていますので、その所が陥没しているのです。なぜ転んだだけなのに、外傷も無くそのような骨折が起きるのか不思議ですが、天の計らいなのでしょう。
 生まれて初めての入院で、30年以上使用したことのない保険証を初めて使い、恩恵を受けました。西洋医術は緊急時には即効性があります。病室に持ち込んで使用した、独自の生体エネルギー活用の各種手当等と相まって、日に日に回復して9日間の入院で退院できました。そして先日、抜糸も出来ました。未だ鎮痛剤を常服しての生活ですが、順調に回復しています。歯科の仕事は娘に任せて暫くお休みをいただいて、今は養生に専念しています。
IMG_1668.jpg 201301232.jpg 201301231.jpg

「災い転じて福となす」との諺がありますが、心境としては将にその状態です。もし名古屋で受診していたら、即入院で仙台での諸々の支援や各所への業務の連絡、引き継ぎも出来ないまま大変な事になっていました。身体の状況が分からない故に仙台まで帰ってくる決断が出来たことは今考えると幸いでした。
 又、肺が潰れていなければ入院とは成らずに外来での対応で済んだので、強制的に入院休養をさせて頂き、ご褒美のバカンスを過ごすことが出来ました。
 大寒の日に怪我を頂き、節分まで2週間はしっかりその期間として自分と向き合い新たな人生への流れに切り替えることと出来ました。1981年開業以来一度も病気したことも無く、これまで休まず働き?、色々なお世話役もさせていただき、昨年還暦を迎えて一区切りを付けて、お蔭様で人生の変換点を頂いたようです。

 前のブログで紹介した杉浦清始宇宙僧の今年の言霊「面白年」を面白く、楽しく、嬉しく始める事が出来ました。SOS法則(そう思えばそうなる)で私の指導霊様との合意のもとに何とも不思議な状況で骨折を現象化させて頂き、有無も無く状況変換を余儀なくさせる大変換を頂きました。これは還暦の節目、母の33回忌直前でのお与えでした。
 今考えてみると、将に大難を小難で済ませることが出来てありがたいことです。そして身近な方々、縁する多くの方々の支えを頂いて生かされている幸せを感じ、ただただ感謝です。
 身体の自然治癒力の発動で骨折は3か月ほどで繋がるようです。我が身体を貸し与えられて使わせて頂く中に、改めてお詫びと感謝をさせて頂き、新たな視座、視点で未知の道を開き、今の時代を面白く、天命を淡々と楽しみながら生きて天寿を全うしたいものです。大還暦への第一歩です。
 
 私の机の脇に日めくりカレンダーが15年程同じ言葉のままにあります。今は亡き小林正観さんのカレンダーで12日の処です。そこに記されている言葉は以下です。
「覚悟 災難に遭いそうになったら、逢う。病気になりそうになったら、なる。死にそうになったら、死ぬ。それが災難よけの最良の方法。良寛和尚の言葉」

 2月1日にあわ歌の中山博様へ、「大寒から立春までの変化について」お尋ねした時に頂いたお言葉です。
「生み出しいく時なり。皆々持ち来り事々と真の思いをこの時に出されて、ご自分の大きなる身をしっかりと知り行き、春たけなわに向かう時、更にその身を軽きと為さり、大きなる新しきへ向かう為なり。
 この日本の土地には疑いも無き、大きなる光注ぎ来て戦の外にあり。皆々様にはその身と向き合う大事なる時ぞ。身に変化のある方々、喜び為さりてしっかり見つめる時なり。届く光はこの時のものなり。この光は如何なることも現し行くなり。大いに光受けて、流し行かれませ。」


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仙台天命塾長

Author:仙台天命塾長
 大久保直政
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