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178「陸奥開闢追補」2012,10,26

 10月8日に陸奥開闢の旅を終える事が出来ました。最近は旅の翌日は中山さんとこっそりの旅をしていますが、9日は長野松代で15時から10日に向けての集いがありそれは叶いません。
 それではと、もう一つの目論見ではテンメイ大和農場に建設中の小屋の完成を10月9日にして、中山さんに開所式をお願いしようと思っていました。工務店さんにそのように完成引き渡しをお願いしていたのですが、天候等諸事情でかなり遅れてしまいました。
 しかし、仙台を11時半前に出発するまでの時間で大和農場にお越しいただくことが出来ました。
 大和と書いて「たいわ」と読みます。大和は「やまと」とも読みますが、宮城県大和町はまほろばの里でもあります。
「まほろば」とは、「素晴らしい場所」「住みやすい場所」という意味で、美しい日本の国土とそこに住む人々の心をたたえた日本の古語です。古事記には、倭建命(やまとたけるのみこと)が、懐かしい故郷のすばらしさをたたえて詠んだ「国ほめ歌」とされる「倭(やまと)は 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠(やまこも)れる 倭しうるはし」が「まほろば」の代表的用例として知られています。
 将にそんな素晴らしい処に私達の大和農場があります。

 仙台市内と北部を遮る北山を抜ける北山トンネルは2012年3月23日に開通しました。伊達正宗が仙台の街造りで六芒星、グランドクロスを活かした設計をしていますが、3月12日に中山さん達とこっそりの旅でその封印を解きました。(詳しくはブログ145「番外2」2012,3,28、146「開通」2012,4,4を参照下さい)
 トンネルが開通して既に半年以上になりますが、その北山トンネルを中山さんは初めて抜けて北の大和の地に向かいました。

 そのトンネルを抜けて程なく走って行くと中山さんから私にお言葉がありました。
「あなた様の思いは、日高見を開くへ繋がりてまいる。 この事とあわうた結び、光を配りて渦作り行う事ぞ。 それぞれの地に、多く人作りだされて、あたらしきへ繋ぎてまいられませ。」

「北の大きなる身へ、光をうみていただく身をその中に加えませ。」

 9時頃にまほろばの里につきました。大和農場では大工さん達が作業をしています。小屋は屋根が上がり工事は着実に進捗しています。
 テンメイのO農場長の他数人のメンバーが来ていて農作業をしています。皆さんに挨拶をして見学して頂きました。
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 農場の端に赤い鳥居がありそこを下るとほどなく小川が流れていて、川を渡ると小さな滝があります。そこに小さな不動尊が祀られています。中山さんとそこにお参りしました。そこで皆さんとあわ歌を歌いましたがその時のお言葉です。

「たちまち見えくるこの地の事ごと、ご油断なさるな。光は大きく変わり来たり。美しき地をここに現すためには、移りて、留まり、一人にて、ひたすらの祈りと作業の日々なしゆく事なり。心得ませ。ありがたきなり。この水守りて、この地を守るは大きなる喜び。これよりも頼みます。」
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 大和農場の所有者のGさんは25年程前にこの地に移り住み、一人農業者としてこの地を耕し、守ってきました。縁あって私達に使用を許可して頂き、この度は小屋の建設まで認めて下さいました。中山さんとも4年前に仙台にお越しいただいた初めの頃にお会いしていてあわ歌も歌っておられます。
 Gさんも農場にお出ででしたので皆で畑の梨の木の傍であわ歌を響かせました。その時のお言葉です。
「大きなる地に集いていただきありがたき。これよりのこの地を開きゆく光の柱をうみ立てて定めましょう。
 建物の南に3つの円を組み合わせ、石を置きて、その円囲みて響かせてくだされ。 光を集めゆく、頼みます。」
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 ありがたきお言葉です。私達は新幹線の時間があるので10時過ぎには農場を後にしましたが、農場長達はお言葉にあった小屋の前に3つの円を早々に作って下さいました。そこであわ歌を響かせてくれたようです。
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 陸奥開闢の旅で頂いた北の光、エネルギーを翌日早々に、まず大和農場で響かせ、この地に印を頂けたことはありがたいことでした。これから事あるごとにこの3つの円であわ歌を響かせて光を集め、大きな柱を建て、まほろばの里として縁ある方々との喜び、やすらぐ、素晴らしい、安住の地にとして行きたいものです。
 お蔭様でまた一歩進めたようです。

 中山さんも予定通り長野松代に向かう事が出来、10日10時に大きなる儀式が恙なく執り行う事が出来ました。私もそこに参列して第三段階点火式を体験させて頂きました。そして10日夜には仙台に戻り、あわ歌39会を皆さんと集う事が出来ました。皆さんと共に新たなあわ歌を歌い、明らかに光と響きは変わったようです。只々、ありがたきことです。

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Author:仙台天命塾長
 大久保直政
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