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159「法蔵地蔵2」2012,7,5

 午後は法蔵さんがリクエストしていた「でんでら野」です。かつて老人を捨てたという伝説があり、遠野物語にも登場するところで、村外れにあるところです。私達が訪れた時、炎天下のさなか隣の草原は野焼きをしていました。当時を再現したような茅葺の円形の小屋があります。
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 でんでら野の紹介です。
「遠野では60才になった老人をデンデラ野に捨てたのだが、老人たちはすぐさまここで死を迎えたのではない。老人たちはデンデラ野で身を寄せ合って暮らし、日中は里に下りて農作業を手伝い、わずかな報酬を得てデンデラ野に帰り、日々を送りながら本当の別離を待ったのだという。かつての山村の悲しい習いをうかがわせます。」
姥捨てでしょうが信州のものとは少し違うようです。
 お二人ともこの地もそれなりにお気に召したようです。もう沢山の地を巡りエネルギー的には満腹状態です。予定していた他の個所は全てなしでもう十分とのことです。それではと、帰り道の途中で私のお勧めの場所に最後に案内することにしました。

 その地は北上市にある丘陵地で北上川を見下ろし、焼山連峰を眺める縄文の樺山遺跡です。この地もお二人とも大喜びです。一日いても良いというほどに気に入っていただけました。
 法蔵さんんは身体を動かし、倒立したりして満喫しています。身体がこの地のエネルギーに強烈に感応していてすこぶる楽しそうです。丁度我々が寛いでいる天上にはイーグルが一羽飛んでいたようです。「イーグルに訊け」は天外さんの著書ですが、イーグルが天上を舞ってくれたことは、この地、このツアーはインディアンの叡智でいくと「良し」と最後にお認めを頂いたことのようです。そして青森方面に向かう法蔵さん達を水沢江刺駅で降ろし、予定通り仙台駅に到着して無事にツアーは終了しました。
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 この旅で天外さんとバスは同席でいろいろお話出来ました。訪れた各地が殊の外、気に入った様でなんでこんなところ知っているのと言われてしましました。改めて又の機会にじっくり味わいたいようです。宮沢賢治の世界でもありいずれ又楽しめるチャンスがあることでしょう。法蔵さんにも「今度の旅、大変良かったです」とお言葉を頂けました。私も天外さんと法蔵さんの旅は居心地が良く楽しい気づきの連続です。またお越しいただきたいものです。
 この陸奥の地は皆さんにとって自然に、日本の古き時代のエネルギー、文化が感じられる世界なのでしょう。それは「自分の物語を生きる」為に心の深層に持っている郷愁、日本人の自然と向き合う原点があるのかもしれません。天外さんが持つというインディアンの価値観と共通するものかもしれません。樺山遺跡でイーグルが現れたということは、「自分の物語を生きる」ためには、将に「イーグルに訊け」ということかと思いました。ちょっと長いですが寄り道して天外さんの「イーグルに訊け」の本の中で述べているインデイアンの叡智、そのエッセンスを紹介しましょう。

「イーグルに訊け」
■インディアンに学ぶ八つの世界観
1.他力
「もっと大きな力に身をゆだねる」という生き方を説く言葉。インディアンは、この世のありとあらゆるものに創造主ワカンタンカがかかわっていると信じている。ワカンタンカは今も世界を創造し続け、人間もその移りゆく世界の一部であり、一人一人は「創造主の子ども」。自分の頭で「何をしたい」「何をしなければ」と考えるのは浅はかで、エゴを手放してワカンタンカの意志にゆだねて生きることが大切。
2.感謝
創造主ワカンタンカに始まり、スピリット、先祖、太陽、月、大地、石、水、そして地球に存在するすべての生き物に感謝することが、インディアンの主な祈りです。彼らにはたくさんのセレモニーがあり、そこで心身や人間関係を癒したり、大地とのつながりを回復したりしている。
3.受容
自分の身の回りにあるものや、自分の身に起きることすべては創造主からのプレゼントと見なし、全部を受け入れていこうという思想。外側に働きかけるというよりは、自分自身の内面を深く追求するという姿勢。不平不満を抱きにくく、心は常に平安に満たされる。
4.平等観
インディアンは、この世に存在するすべては創造主の子どもであると考え、人間だけではなく、動物、植物、鉱物、水、火といった存在するものすべてが、私たちの親戚であり、兄弟で、
すべての生命が同格であり、つながっている。
5.尊重
インディアンは人の立場を尊重するということを大切に考えている。年齢や性別や身分で差別することが一切なく、すべての人を尊重する。
6.ギブアウェイ精神
自分の持ち物を人々に分かち与える風習。インディアンの村では、とても貧しい人でも、何かあるたびに他人に惜しみなく贈り物をする。
 分かちあえば分かちあうほど 神はわしらに分かちあうためのものを 与えてくれる
 わしらは他人と分かちあうとき 本当は神と分かちあっているんだ(ノーブル・レッド・マン)
7.平和
インディアンは心の平和のことを大切に考えている。宇宙の中心は、宇宙のいたるところに同時に存在しているということ。私たち一人一人の身体の中にも宇宙の中心があって、ワカンタンカとつながって、住まっているということ。各人が自分の中のワカンタンカとつながることが、真の平和であるということ。この教えは、般若心経の教えやあらゆる宗教や永遠の哲学と同じ。
8.循環
自然とは本来、全体のバランスの中で息づいているもの。動物の死体は土壌で分解され、それをもとに植物が成長し、その植物を草食動物が食べ、それを肉食動物が食べ、そして再び動物が土に還る。それが自然の仕組みであり、インディアンはそういった全体の循環のようなものを、強く意識していて、彼らは生き方そのものがまさに自然と一体になっている。
■ 世界とのつながりを取り戻す
インディアンが儀式の中で、母なる地球とのつながりを強調する。自分を超えた大いなる何かとつながっていたい、そして自分が大いなる存在に守られていること、母なる自然に生かされていることに気づければ、心の安定が得られる。
■ 自然は語りかけてくれる
自然の一部として生れた私たちは、それだけで存在価値があり、自然はそのことを教えてくれる。
そのことに気づければ、私たちは本来、決して一人ではないことがわかるはず。
■ 奇跡は自分の中にある
インディアンは「いま生きていることは奇跡なのだ」という考えがしっかり残っているので、自然に宿る神をとても強く意識して、いつも感謝の祈りを捧げている。朝起きると、まず生きていることの奇跡をグレート・スピリットに感謝して一日を始め、朝から晩まで感謝の祈りを捧げ続ける。そもそも生活そのものが、感謝を捧げる儀式。
■ 感謝する生き方
今日も太陽が地平線から昇る奇跡。仲間がいる奇跡。仕事がある奇跡。今日も生きぬいた奇跡。
私たちは、まさに奇跡のただ中で生きているといえる。
今の私たちは、お金をだしたらある程度欲しいものが手に入るのが当たり前。それがうまくいかないと、そのマイナスにばかり焦点を当て、「なぜうまくいかないんだ」と腹を立てている。
すべてが当たり前だと思っている私たちと「ない」というところから出発し、いま生きていることはかけがえのないプレゼントだと考えている彼らと、人生の味わいの深さが違う。
■ 幸せになる能力とは
「幸せになる能力」とは、どんな扱いをうけても、どんな環境にあっても、その中でそこそこ楽しめること。成功や自己実現というのは、足りない中で足りていると気づくこと。そもそも、外側の条件は状況が変われば簡単に失ってしまうもの。
■ 人間も自然の一部
私たちは物事を進めるとき、計画を立てることを当たり前と考えて、自分の自由意志ですべてをコントロールできると考えている。果たしてそれは本当のことか、錯覚にすぎないのではないか。
目に見えないレベルでは、人間の浅知恵を超えたはるかに遠大な計画があり、大きな流れがあり、
その流れにうまく乗っているときは、幸運なハプニングの連続で物事がうまく進む。これを実践している人はまるで「運を味方につけている」ように見える。これはまさに、仏教の説く「他力」と共通する。
■ 生きにくい世の中を生きるためのヒント
日本人のルーツにもインディアン的なところがある。木や石にもスピリットが宿っていて、その中で人間は調和を保って暮らしていた。自分の国のスピリットを掘り下げ、それぞれの生活の中にある幸せを見つける「達人」になることが大切。そういう人たちが増えてきたら、社会は変わり、競争は減る。画一的な教育から、それぞれの個性を尊重し、それを伸ばす文化に変わっていくはず。そのときに重要な役割を担うのは、情報手段。雑多な情報の中から、一人一人が自分のハートに響くものを自分らしく取り入れるようになれば、個人のレベルから社会は変わっていく。
■ 幸福はすぐ隣にある
インディアンから、たくさんのことを学ぶことができる。単純なことに興味を持つこと。歩くこと。笑うこと。生きていることに感謝すること。幸福は私たちに発見されるのを待っているこということ。特別な何かがなくても、幸福は私たちのすぐ隣にある。

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Author:仙台天命塾長
 大久保直政
http://genkiup.net/

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