FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

158「法蔵地蔵1」2012,7,5

 天外伺郎さんと野口法蔵さんの講演会後の質問も沢山頂きましたが、参加の皆さんにとってタイムリーな善きテーマのお話を頂けました。きっと腑に落ちたことでしょう。作並温泉での宿泊懇親会も濃厚な集いでした。
 そして今回のスペシャルイベントは講演会でも紹介された岩手県大槌町に震災後、法蔵さんが寄贈したお地蔵様を訪ねる旅です。
 24日は素晴らしい好天に恵まれ、宿を8時半の定時にバスは出発しました。大槌までの道のりはかなりあります。途中昼食の弁当をバスで頂き現地に到着は13時過ぎでした。
法蔵さんは昨年10月12日に50体の地蔵様を贈呈していましたが、その時の記事が以下です。(http://www.asahi.com/special/10005/TKY201110140260.html)
(http://guruttootsuchi.blog.fc2.com/blog-entry-4.html)

 現地のNPOのスタッフの方々のお迎えを受けて、3か所の仮設住宅を訪れて法蔵地蔵に御参りしました。それぞれの地蔵はいろいろな衣装で着飾られ花を供えられて大切にされています。仮設住宅の中での無形の心の支えとなる中心的存在として皆さんに大切にお祈りされている姿がありました。住民の方々の大歓迎を受け、お茶やお手製の団子をごちそうになり、お土産迄頂きました。
IMG_0051.jpg IMG_0032.jpg

 私達はそれぞれのお地蔵様の前で般若心経を上げさせていただきました。法蔵さんがお話になる様にお地蔵様の顔がそれぞれ違うのです。沢山お参りされ、お祈りされている地蔵さまは穏やかな和らぎの姿です。不思議な世界です。全ては己を映し出す鏡。向き合ういのちの想念がエネルギーとして石に変化をもたらしているのです。写真でその様子をご覧ください。
 津波で被災した入居者の方のお話を聞き、励ましと感謝の言葉です。そして仮設の中でわかめを販売している方から購入し、仮設商店街でいろいろ買い物をして少しでもの支援です。予定の時間を大幅に超過して夕方、皆さんに見送られて大槌を後にしました。
201206241435000.jpg 201206241451000.jpg IMG_0059.jpg 201206241601000.jpg
 
 今日の旅まで参加の方を新幹線新花巻駅に降ろして、宿泊先の花巻市の健考館に19時頃の到着と成りました。健考館は医療施設の付属施設でホリステックな統合医療を目指していて、天外さんのホロトロピック医療施設としても共通するものがあります。ヨガ等の色々な健康指導を行い、宿泊しての断食も指導しています。食事もマクロビの菜食で、美肌のぬるぬるの温泉があり、なかなかな素晴らしいものでした。院長先生等施設の幹部の方々も会食を共にしてくださり、いろいろ情報交換できました。和気藹々2次会まで楽しく交流をしました。
IMG_0063.jpg IMG_0064.jpg

 25日は花巻、遠野の聖地、エネルギースポット巡りです。予定の行程は取りあえずで、法蔵さんと当日相談して決定です。まずは法蔵さんが訪れたことがある成島毘沙門堂はキャンセルです。終わってみれば結局は全ての訪問地は法蔵さん天外さんも初めての場所になったツアーです。全て臨機応変に私のナビゲーターでバスは進みます。
 最初の訪問地は冠山蝙蝠岩弘法大師霊場です。バスを降りて鳥居から先の様子を見た瞬間に天外さんは良いところだと言葉を発し、法蔵さんも気に入ったようです。
 朝日が木の葉に響き合って輝いています。お堂への参道も緑の絨毯が敷き詰められて何とも言えない風情があり、とてもエネルギーが高い、気の充溢を感じます。大師堂の裏の大きな磐座の奥には大日如来、不動明王、弘法大師が安置されています。そこで皆さん般若心経、観音経を唱えました。
IMG_0065.jpg
201206250929001.jpg 201206250929000.jpg IMG_0068.jpg IMG_0070.jpg

 次なる訪問地は直ぐ近くの私のお気に入りの丹内山神社です。ここは予定にありませんでしたがトイレ休憩を兼ねて訪れました。広い境内を奥に進み、本殿奥のアラハバキ神を祀る巨石を拝し、皆さん胎内くぐりをしてそのエネルギーを味わいました。法蔵さんはあまり神社を好まれないようですが、奥様の方は大好きで、どんどん目当ての処に進んで行きます。この場所は法蔵さんも天外さんも良い印象のようでした。
IMG_0071.jpg IMG_0072.jpg

 丹内山神社とアラハバキについては以下のような記述がありますので紹介しておきます。
「この丹内山神社は、高橋克彦の『火怨―北の燿星アテルイ』で、蝦夷(えみし)の首領・阿弖流為が、アラハバキ(荒覇吐、荒吐、荒脛巾)神の御神体の前で、巫女により祝詞をうけ、21年後の坂上田村麻呂との決戦を予見するシーンの舞台となっている。想起される方も多いのでは。
 小説では、東和の里が物部氏の本拠地となっている。蘇我氏との戦いに敗れ都を追われた物部は、物部の聖地であるこの地に潜み、金を採掘し、蝦夷を経済面でサポートする。アラハバキとは物部を繁栄に導く、鉄の山を支配する神だとされている。
 アラハバキという耳慣れない神の名を一躍有名にしたのが『東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)』という奇怪な古代文書だ。昭和22年、青森県の和田喜八郎氏の自宅改装中に天井裏から発見されるや、本物説偽作説が入り乱れ大論争となった。現在、判定は偽作説にほぼ固まっているが、そこに描かれた古代津軽の荒吐(あらははぎ)族と大和朝廷の抗争の歴史は、真贋を超えた面白さがある。
 そもそもアラハバキは荒い脛巾(はばき)で、ハバキはすねに巻きつける脛巾(きゃはん)のこと。すなわち足にまつわる神に由来し、旅の神とか道中安全の神というあたりになる。しかし、実態となるとまったく正体不明。あの柳田國男でさえ「神名・由来ともに不明である」(『石神問答』)と言わしめた謎の神だ。その起源等については、高橋氏の『火怨』説を含めて様々な説がある。
 アラハバキの名称は荒脛巾に由来するが、その実体は蝦夷の神であった。蝦夷の神をもって外敵である蝦夷を撃退させようとした。それは異族である隼人に宮門を守らせ、朝廷のために吠声をさせるのとおなじ心理であった。アラハバキももともと名前をもたない蝦夷の神であったのが、やがて門客人神として体裁をととのえられ、アマト朝廷の神杜の中に摂社または末社として組み入れられていったのである。
 物部の神をアラハバキとみることも、あながち見当外れとは言えまい。丹内山神社に見られる磐座(いわくら)信仰は、神籬(ひもろぎ)信仰とともに神社の原始形態と言われている。アミニズムでは、石にはいろいろな神や霊が宿ると考えられていた。縄文期には死者の霊の宿ると考えていたが、しだいに「物」が宿ると拡大され「八百万の神」となって神道が形作られていく。
「物の中に神が宿る」とする思想こそ、物部氏(モノとは武器、または物の怪) 的発想であり、磐座信仰は物部氏抜きには考えられない。」

 バスは花巻から遠野に向かい、不思議な巨石のモニュメントの続石を目指します。快晴の中、駐車場から10分ほど山を登ります。ここも法蔵さん、天外さんともに大いに気に入り喜んで頂きました。月曜日で私達以外の見学者はいませんので、何の気兼ねなくしばしその巨石の前でくつろぎタイムを楽しみました。法蔵さんは続石のすぐそばの巨石の上に坐って坐禅を始めてしまいました。皆さん大満足です。
IMG_0073.jpg 201206251122000.jpg

 続石の案内には以下のように記されています。
「小高い杉林のなかに、古代巨石文化がのこしたものといわれている大きな石があります。二つならんだ石の一方の上に、幅7メートル、奥行5メートル、厚さ2メートルほどの巨石が笠石としてのっています。
 弁慶がそばの石に笠石をのせたら、位の高い石なのに大石の下になるとは残念と嘆いたので、いまの石の上におきかえたという話を、『遠野物語拾遺』第11話が伝えています。」
 予定のないバスの旅ですが全ては順調に進みます。丁度お昼時です。午前の巡りを終えて昼食会場の遠野ふるさと村に向かいます。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

仙台天命塾長

Author:仙台天命塾長
 大久保直政
http://genkiup.net/

RSSリンクの表示
最新記事
最新コメント
検索フォーム
リンク
月別アーカイブ
カテゴリ
QRコード
QRコード
FC2カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。