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143「祝賀会」2012,3,17

 3月は卒業式真っ盛りです。卒業ソングランキングではレミオロメンの3月9日という歌がランキング1位です。なぜ3月9日という曲名なのか調べてみたら、メンバー3人の共通の友人の結婚記念日が2003年3月9日でそのお祝いの歌でした。卒業とは関係ないのですが旅立ちでの想いに共感するものがあるのでしょうか。2004年3月9日にそのシングルを発売していて、2005年3月9日にはアルバム発売し、3月9日武道館コンサート開催していて、彼らにとって3月9日は特別な日の様です。私にとっても3月9日は特別な日かな、何しろ今年の3月9日は私の誕生日で本掛返り(ほんけ)、還暦でした。

 3月9日はあわ歌会、あわ歌50回の開催でした。私も中山博さんにあわ歌を歌って頂き以下のお言葉を頂きました。

「あなた様と共に、この北の地、大変化いたす。その身の想いを一つとなして、この時この地に想いを伝え、揺るがし行きて変えなさりませ。」 3月9日

 私と共に北の地が大変化する。己の想いを一つにして想いをこの地に伝え、揺り動かし変えて行くようにとのことです。私はあまり自覚なく、気軽に流れに乗って楽しんでいるので実感がありません。でも、お言葉はありがたく受け止めさせて頂きましたし、これからも楽しみで、翌日からの陸奥開闢の旅がまずは初仕事ならぬ本掛帰りの初イベントです。

 あわ歌会に引き続きあわ歌50回は28名で開催です。参加者27名が円陣を組んで中央に中山さんが座ります。中にいる中山さんと1人ずつ対面して2回ずつあわ歌を歌いましたので正確にはあわ歌を54回歌いました。凄い響き、共鳴共振して倍音が起き、全身が打ち震わされた感じでした。これまでにないエネルギーが充ち満ち、各自に光が注入されたようでした。私の本掛返りで再スタートに相応しい、大きな支援を頂いたようで強烈に身心活性化されました。
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 早めに終了したので早々懇親会で祝杯と思っていたら何やら様相が違います。私に部屋の外に出ているようにとのことで、Sさんにエスコートされて外に拉致されてしまいました。あっ、私の還暦祝いで何か企画してくれているのか、と直ぐに了解です。10分ほどでしょうか、呼び戻しの電話があり部屋に入るとなんとやはり還暦のお祝いに模様変え出来ていました。

 私はエスコートされて、拍手とクラッカーで祝福の言葉を浴びながらひな壇に案内されました。席に着くとお祝いの言葉と60本の赤いバラを皆さんが2,3本ずつ手渡しに来て下さり、祝福、感謝のハグです。引き続きケーキが運ばれてきます。ケーキには60本のロウソクが灯ってケーキを覆い尽くし、照明の落とされた部屋に炎が煌々と輝いています。私が目の前の灯を吹き消してまたまた拍手喝采を頂きました。
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 太古の水の入った水で皆さんと乾杯です。そしてあわのシャンパンです。是で終わりかと思ったら私はまたまた拉致されて強制的に衣装替えです。舞台裏に用意されていたのは赤いふんどしと赤い靴下、そしてなんと赤い帽子とちゃんちゃんこではないですか。かろうじて赤いふんどしはズボンの上からで許して頂きましたが、何とも只々、皆さんの成すがままです。
 衣装替えして再登場してひな壇に進む私にはやんや、やんやの喝采です。何故か赤いちゃんちゃんこは重く感じられて私の姿勢は背中が丸くなり、年相応の姿になっていたようです。最後に皆さんと写真撮影ですが果たして如何な姿、様であったのか、些か恥ずかしい感はぬぐえません。
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 数日後には皆さんの寄せ書きと写真を張った色紙を頂きました。ありがとうございました。後で伺うと数日前からお祝いを何かしようと声が上がっていたようで、最終的には前日に決まり、各自に役割が割り振られ準備が成されたようです。そして当日参加者の方々に私に感ずかれないように根回しがされていたようです。何とも思いがけないことで、すごく驚きましたし、この様にお祝い頂けて嬉しい、ありがたいの一言です。
 しかし、当日30分ほどのお祝い会の中で予定していて実施できなかったことがあったようです。それは私が衣装替えしている時に「3月9日」の歌を皆さんで歌うことでした。結果的には歌える人が少なくて取りやめになりましたが、皆さんには歌詞が配布されていたようです。

 正直、私は祝い事は何も無しで、ただ懇親会で乾杯して頂けたら嬉しいことと思っていたのですから。そして実は、当日は驚きでお祝い会の状況をあまりはっきり覚えていないのです。後でどんなだったのかを聞いてこのブログを書いているのです。お蔭様で、全てお任せの役者を演じさせて頂き、初体験を通して、遊びの世界を又一つ広げることができました。
 そして懇親会のことも酒を飲んでいないのにあまり覚えていないのです。歳相応にぼけが始まったのかもしれません。都合の良いように忘れる能力は必要かもしれませんし、これからはますます能天気で生きます。数々のこれまでの至らなさにお詫びすると共に、皆様のご厚誼に感謝です。ありがとうございます。これからも宜しくお願いします。

 翌日から陸奥開闢の旅でしたがそれについては別の機会にお伝えしますが、仙台に戻ってきた翌日3月12日はKさんの送別会でした。仙台テンメイ発足時から事務局として、農場の作業にも絶大な活動で貢献し支えてきてくれた方です。これまでの活動、その存在に多くの方はありがたく思われており、その人柄、人間性、一生懸命で、無私の努力の姿が皆さんにはしっかり伝わっていたようです。
 居酒屋の送別会場を20名で予約したのですが結局24名の参加でぎゅうぎゅうでしたが嬉しい会でした。皆さんからのお花をお渡ししましたが、農場長からは手作りの蔓の籠にお花、野菜の花葉盛りを送られました。いつも農場長の元で一緒に作業した想いが想い出されたのでしょうか感涙を頂いていました。全員の寄せ書きの色紙もお渡ししましたが、名残惜しいお別れ会でした。皆さんと写真を撮り、個々に挨拶をしてお別れ会は4時間程続きました。
 お店を出て、見送りましたが、Kさんは転居しても仙台テンメイからは離れることは無いでしょう。サイトの管理もこれまで通り継続してくれますし、いろいろな形で毎月何度かは帰ってきて勉強会、セミナー、農場との係りはきっと続きます。本人も皆さんもそう思っています。
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 7年半ほど前から真向法でご縁を頂き、やがて天命塾とも繋がり、色々な学びと実践を通して、大きく成長した姿は皆さんが認めるところです。そして想いの実現法を身に付け、多くのことが難なく適当に程よく迎え、過ぎて行く日々を生きています。仙台テンメイでは5年の長きに亘って、農作業、事務作業を通しての無償の行為の中で培われた徳積みがそうさせるのでしょう。すでに代役が効かない大きな存在です。今回もお子さんの高校卒業、大學進学で転居と成ったのですが見事に第一志望校に合格できたのもKさんの環境作り、心が導いたことと想います。見事ご自分の進級実力試験に合格したような感じです。きっと新天地でも自分で自分が自分をして楽しく過ごされることでしょう。お蔭様で皆さんで深い感謝を込めてKさんの門出をお祝い出来ました。

 見送った後、まだ名残惜しい面々8名と何故かカラオケに行くことになりました。1時間のつもりが2時間半も皆さんで熱唱です。そしてその席でレミオロメン「3月9日」を歌って頂き、とても良い曲でした。これでシナリオ通りの私の還暦会も完結しました。
 外は雪が深々と降り積もっていました。お蔭様で帰りは午前2時近い濃厚なお祝いで、嬉し楽し幸せな9日から12日までの4日間の祝賀会でした。

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仙台天命塾長

Author:仙台天命塾長
 大久保直政
http://genkiup.net/

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