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137「番外」2012,1,25

 1月9日の日高見聖地巡り番外編は7人で巡りました。昨年来、このみちのくの地を見る視点のキーワードは、伊達正宗・支倉常長、坂上田村麻呂・アテルイ、アラハバキ・スサノウ・縄文、の3点です。同一地での時間軸で折り重なる複層的、階層的、深層的な物語の真相を明らかに出来、更にそれらの諸々を無しにでき、ひとつに出来る意識がこれからの新しき時に始点として展開できるようなことを思っていました。
 前のブログでお伝えしたように今回の訪問地は誰にも知らせておらず私しか知りません。9時頃ホテルで中山博さん達と合流してミステリーツアーの始まりです。初めに伊達家の霊屋(おたまや)のある瑞宝殿を訪れました。

 朝はまだ観光客もまばらです。瑞宝殿は伊達正宗公、感仙殿は二代藩主伊達忠宗公、善応殿は三代藩主伊達綱宗公の霊屋です。瑞宝殿( http://www.zuihoden.com/ )の資料館も見学しました。そこで中山さんに頂いたお言葉は以下です。

「あれから多くの事々、みな無しとなりて、真の心情は伝えられず、型のみ残り来たり。大きな目的は、この地に大帝国を作り、北の民を安んじることなり。この地の民の心情、真に麗しきものなり。ここにこの心残す為に大きな力を残し保つことを思いておりたり。いつ果てることも無き力の争いを止めることぞ。」
 
 伊達正宗の想いが今蘇ったようです。この北の地の民を思うこころ暖かき広い心の方の様でした。次の目的地に向かう車中に更に頂いたお言葉は以下です。

「語れば長きにわたりまするが、この地は古き、麗しき時、暖かきに恵まれ、花咲き乱れ、多くの方々、心優しきでありました。やがて進み行きて、移り行き、この嬉しきは崩れ行きました。この事、語りて参りても詮無きことなれば。」

「是よりの事について申す。今より始まる事々によりて、厚き心情を持つ大きなる地となしゆくなり。先の大きなる災害についても、大きなる進みなり。よくよく人々、思いを巡らし、新しきへ向かいて、下されたきなり。」

「月桂冠を付けて、その中心と成されませ。この意味は、全てに中心があり、それを皆が分かることが大事なり。中心とは纏まり行く渦の中心にあり。皆の思いの中心、一点に集まること。ここにある人は、この冠を付けて、皆の思いの中心と成られませ。」

 次の目的地は仙台から北へ40キロほどでしょうか色麻町にある伊達神社です。だて神社と読まずに、いだて神社です。古い時代この地を治めた方の円形古墳の上に鎮座する神社です。五十猛命 經津主命 武甕槌命 大日靈命 火産靈神をお祀りしていますが、坂上田村麻呂の東征の時の勧請の様です。伊達正宗がこの地の国主になり伊達神社の名を憚り、塩釜香取神社に改め、明治になって伊達神社と戻ったようです。こじんまりした境内は凍てついています。(伊達神社 http://www.genbu.net/data/mutu/idate_title.htm )
あわ歌を響かせ頂いたお言葉です。

「(拍手)大いなる身をここに、遥かなる大き身元の光は届けたり。今よりは、この地の真を出して、ここより発して、元へと参られよ。この響きと、ひかりは届きたるや。(拍手)移りて参りたり。参るぞよ。(拍手)直ちに参られよ。(拍手)」

 伊達神社の北にある鳴瀬川を越えると川沿いにすぐに鹿島神社があります。茨城の鹿島、香取神社のあり様に似た配置です。ここも坂上田村麻呂の所縁の神社で、建御雷之男神をお祀りし要石があります。要石は日本を取り巻く「リュウ・龍」(地震ナマズ)を鎮める国家鎮護の石剣とされます。(鹿島神社http://www.kashimajinja.org/ )
寒風が吹く中、要石の前であわ歌を歌いましたがその時のお言葉です。

「肝心成るは、我らの思い固めて、定めて、動かぬことが要なり。光をその身にしっかり入れて、参りて下され。これからも。」
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  仙台に戻り泉区にある山の寺、岩谷観音を訪れました。岩窟があり観音様が祀られています。慈覚大師が中興した古いお寺で大蛇伝説があり、又、坂上田村麻呂にまつわる伝説もあります。
その内容は以下のサイトでご覧ください。
(みちのく悠々万歩計 山の寺(洞雲寺)
 http://www.pacs.co.jp/hist_walk/walk_miyagi04/senizu_yamatera_temp/index.html )
 山懐に囲まれて、暖かい日差しが差し込み、解放感とホッとする場です。その岩谷堂であわ歌響かせましたがそこでのお言葉です。

「大いなる響きをありがとう。ここに在りしは、その昔、人々集めて、真を説きて、大きなる仕事成したる場なり。これより始まる新しきにても、この様なる場は嬉しきなり。」
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 いずれ、仙台テンメイでもこんな場が出来たらいいねと中山さんとも話がようやく通じました。 途中昼食を頂きましたが、これも丁度良いお店で嬉しきなりです。心身満たされて次は程近い利府町の菅谷不動尊、横穴古墳群です。(気ままな歳時記 菅谷不動尊と道安寺横穴古墳群
http://blog.goo.ne.jp/nowhappy_goo/e/9e5fd9de3497770ecf1731f13882a7be )

 不動尊のお堂に光が輝いています。裏山の古墳群に登ること5分ほどですが、これまた別世界です。光が降り注いでいますが、古の時に、この地、岩の横穴に暮らし、集落を構え、自然の中で営みをしていたのでしょう。明るく穏やかな和みの暖かい空気が感じられます。政りと祭りと祀りが程よく纏り合って天地人の和合のエネルギーがあります。あわ歌もとても響きあい身体が躍るような感じです。そこで頂いたお言葉です。

「どんと向かうと、どんと来る。響きて、打ちたるこの場所は、皆々喜ぶ住まいぞよ。移りて、移りて、参り来て、楽しむ場所なり。手拍子で、輪になり、踊りて(拍手)、どん、どん、どん、歌いて、楽しく、楽しく、(拍手)皆々、たん、たん、たん、皆々嬉しき暮らしぞ(拍手)。知りたら、皆々集まりて(拍手)、どん、どん、どん、たん、たん、たん、たんと(拍手)。」

 言葉にも全てが現れています。理屈抜きでこの様な営みが人間の原点なのかと思います。歌い、踊り、愛であい、祭りあう日本人の遺伝子がスイッチオンさせたようです。
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 時間が過ぎ、日暮が気になります。先を急ぐことにして、すぐ近くの伊豆佐比売神社はパスして松島町の富山観音に向かいました。伊豆佐比売神社は坂上田村麻呂の伝説がある処です。次回のお楽しみです。

 富山観音は国道から細い山道をくねくねと登ること10分程で富山頂上に着きます。丁度太陽が雲間から輝き、光の柱を海に下しています。この富山は松島四大観と言われる展望所の一つです。皆さん初めて訪れたようで松島の絶景を堪能しました。
富山観音は奥州三観音のひとつで他の2つは石巻市の牧山観音・涌谷町の箟岳観音で、どちらも既に中山さんと訪れています。観音堂は坂上田村麻呂が創建したもので、伊達政宗の長女五郎八姫(いろはひめ)が改修しています。
(富山http://miyagitabi.com/matusima/tomiyama/
 観音堂の参拝もそこそこに、展望所で太平洋を望み、太陽の光を全身に頂いてあわ歌を歌いました。その時のお言葉です。

「響きと、光を持ち来る。楽しき、嬉しき、共々と。共に開きて、新しき、嬉しきを移すは、これよりのこの大きなる地を、大、大、大の宇宙へぞ。」
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 次なる目的地は松島の瑞巌寺、天麟院、円通院です。車を急がせますが夕暮れが迫っています。ようやくたどり着いたら既に閉門でした。これも次回の楽しみという事で瑞巌寺の参道を散策して終わりとしました。富山でのお言葉も既に完了形の内容でしたし、皆さん心身満たされて思い残すことはありません。瑞巌寺は伊達正宗の菩提寺、天麟院は五郎八姫の菩提寺等です。

 今回の番外編は殊の外密度濃いものでした。そして、番外編ならぬ、ミステリツアーが楽しそうで、これからもしようとリクエストありました。まずは次回3月10日からの陸奥開闢の旅が楽しみです。


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 大久保直政
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