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131「開闢の旅1」2011,12,25

 陸奥天地開闢(みちのくてんちかいびゃく)と大それた名の旅を思いつきましたが、12月10日の木内鶴彦さん中山博さんの座談会を聞いてこれはまさに時宜にかなった企画内容と想いました。講演会前に木内さんと打ち合わせを兼ねて食事をしましたが、最近の木内さんの動きの中で、みちのくが大きくクローズアップされていて、今回巡る予定の地とその意図をお伝えすると、驚きをもってまさにピッタリな内容とおっしゃっていました。木内さんは未来を見てきていますが、あるプロセスの部分が抜けているようです。
 
 過去は今に連なり今が未来に繋がる時間の中に生きる私達ですが、過去は未来を作り、今私たちが過去、未来を読み解く時、おのずと過去が蘇り、未来が拓けます。
 
 私には3,11東日本大震災の前後に支倉常長の存在を知らせるメッセージが何度かありました。どう読み解いたらと思案していましたが、まずは所縁の地を訪れる中で見えてくるものがあると思っていました。7月に仙台で講演して頂いた、はせくらみゆきさんも支倉常長所縁の方で、いろいろ伺い知ることができました。
 更にはかねてより興味の対象であったアラハバキ、スサノウ、坂上田村麻呂の存在を鍵に、みちのくの所縁の地を訪ね、秘められた事蹟を繋ぎ見る試みと、天地自然の中に立ち、人としての自覚、役割を体感すること、そしてその前提が整う事で開けることがある。そのような意図を持った旅です。
 稀有な能力をお持ちのお二人と巡る今回の旅は大きな意味と意義がありました。参加出来た方々はそれに同行できとても幸運なことでした。

 定時に仙台駅集合した20名の方々は3台の車に分乗して出発です。最初の目的地は川崎町ですが、途中、テンメイの里山の候補地になりそうなところをさっと見て頂きました。中山さん木内さんからも良さそうではないかと評価頂きましたが、果たして今後どのようになるか楽しみです。

 支倉常長の領地は宮城県川崎町支倉にあり、常長のお墓がある円福寺、その裏山は居城だった上楯城址です。まずはお墓をお参りして、城址へと山を登り、本丸跡の杉林の中で皆さんであわ歌を歌いました。その時のお言葉です。
「ゆらり ゆら ゆら ゆるりと参る。この響き、光を受けて参ろうぞ。 皆々ここに集い来て。(拍手) この地を離れ行かれませ、大いなる悲しみ苦しみを、ここより持ち行きて、参られよ、皆々引き受け申すなり。(拍手)本日ここに皆々と、ひとつと成り行き参ります。(拍手)喜びなり。(拍手)あーい。(拍手)」
 朝日を燦々と浴びて、更に光輝いたその地は、天へ向かってすくっと立ち並ぶ木立の中で、天地つなぎ過去の思いは晴れたようで、すっきりした風が吹きました。
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 上楯城址のある山を降りた西側に熊野神社が鎮座しています。
 熊野神社は家都御子神、速玉男命、熊野夫須美神を御祀りしており延暦十六年(七九七、平安)征夷大将軍坂上田村麿が創建したとあります。そこを参拝しましたが、中山さんから上楯城址と対になっているところで大事な神社だったようです。そこであわ歌を歌いましたが、頂いたお言葉です。
「皆々様の暖かき響きと光をありがとう。この地を再び大きなる地と成し行かんと、皆々はここ支えて、大きなる思いの倉 打ち立てん。共々働き力を添えて参るなり。」
 ここを支えて、大きなる思いの倉打ち立てん、とあります。この地の地名、支倉が歌われていますが、これからの大きな思いを打ち立てる幕開きの様です。
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 後で分かったのですがこの支倉の地には前九年の役に係る新羅の地であったようです。
 以下その内容を紹介します。
 ※東北地方における新羅神社(3)
http://www.shiga-miidera.or.jp/serialization/shinra/110.htm
「新羅の郷」の説明文(川崎町教育委員会)
「現在支倉の字名がついているが、古くは長谷倉とか馳倉(はせくら)と呼んだ。それ以前は新羅であったという。永承六年(1051)安倍頼時が平泉によって反乱を起こして勢力を張ったので、朝廷は源頼義、義家父子に征討を命じた。前九年の役である。その折、源氏の武将新羅三郎義光が新羅(朝鮮)の帰化人三十七人を率いてきた。二十人は槻木の入間田に、十七人をこの地に住まわせた。支倉に住んだ新羅人は優れた技術を持っていたので、砂鉄を精錬して武器と農具を作って戦役の用に供した。それ以来新羅の郷と呼ぶようになった。それを証明するように、ここ沼の橇(そり)をはじめ、この森一帯に金屑が見られ、何時の頃からかこの森の奥に供養碑も建てられている。遠く故郷を望んで没した新羅の人々の冥福を祈ってやまない。昭和五十八年十二月」

 川崎町の隣町の村田町にある白鳥神社は10分ほどです。境内には樹齢約1000年といわれる巨木群が悠然とそびえ、特に藤の木は、大杉に巻き付く姿が大蛇のように見えることから、「奥州の蛇藤」と呼ばれています。又、白鳥神社の地は古来、日本武尊が東夷東征の際、陣を構えた地と言われ、創建は日本武尊を偲んで景行53年(123)に勧請したといわれています。空海もこの地を訪れ境内に定龍寺を開山し、前九年合戦の際には源頼義、義家が戦勝祈願し、康平5年(1062)に奉じた義家の寄進状が残っています。同時に義家には戦局が苦しくなった時、大蛇に姿を変えた境内の大藤(奥州の蛇藤)に助けられたという伝説も伝わっています。これらの伝承から文治5年(1189)には源頼朝が宝鏡と太刀を寄進し奥州藤原氏との戦いの戦勝祈願しています。
 白鳥神社本殿の裏の欅の巨木を囲んであわ歌を歌いました。その時のお言葉です。
「長きにわたりて この地を守り来りて この時大きな光を賜りた、ありがたき。皆々様には この地を供と成し行かれ、篩たる新しきへと参りましょうぞ。嬉しきなり。」
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 次の目的地は名取市にある雷神山古墳です。東北地方最大の規模を持つ前方後円墳で、4世紀末~5世紀初頭に造られ、広い地域を統括した、きわめて大きな権力をもった首長の墓と言われています。古墳の上であわ歌を歌いましたがその時のお言葉です。
「(拍手)讃えまする。この地 永きにわたりて、広く大きく嬉しきと成されておられたるは、真に嬉しきなり。これよりその時の思いに立ち返り、今より大きなる 新しき 嬉しきの地を作り行きます。大きなるご支援を生み出だされませ。共々参りましょうぞ。(拍手)ありがたきなり。」
 歌の途中から強風が吹き荒れましたが、何者かが呼応して起きたのかと思います。
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 昼食は10分ほどの処にあるテンメイ名取農場の高柳亭で美味しくお弁当を頂きました。休憩もそこそこに、一路北上して仙台市の通り抜けて、大和町の石神山精(いわがみやまずみ)神社に向かいました。
 神社拝殿の後方に杉の大木がありその陰に本殿があります。左手には、巨大な屏風岩があり、石と木の神を祀っています。明治以前は石神大明神と称していたようです。当社の由緒は不詳ですが、坂上田村麿の勧請との説もあり、本殿前の杉は、田村麿御手植だと伝えられているようです。しかし、続日本書紀に桓武天皇790年に陸奥ノ国黒川郡石神山精神社が官社に進められ、すでに大和朝廷の信仰厚く奉幣が行われたようです。
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 杉の巨木を囲んであわ歌を歌いました。その時のお言葉です。
「支えて参る、この大きなる身を 降り注ぐ大き身元の光を受けて、大きなる伝えを表し行かれよ。本日この時 伝えられよ。(拍手)お~お~ いただきには、この上無き光を持ちてある 新しき光をひとつと成すその時は大きなる動きあり、大いなる力となりて西に向かう。(拍手)お~承りたり、急がれよ。(拍手)」
 大いなる力となりて西に向かうとありますが果たしてどんな意味があるのでしょうか。
 神社を降りてきたら強烈な太陽が光を発していました。
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 石神山精神社から舟形山方向に少し進んだところにGさんの農場があります。今度テンメイで農地をお借り出来ることになり、その圃場を皆さんに見て頂くことになりました。
 農場は七つ森の山懐に囲まれたところで、東には皆神山の形にそっくりな山が見えます。太陽が暖かい光を送ってくれます。皆さんであわ歌を歌いましたが、その時のお言葉です。
「たゆまず、この地で働き行きて 大いなるこの地の気を発しなされ。光と共に皆々に 配られる日を迎えてまする。ありがとう。」
 テンメイ会員のGさんとは大きなるご縁を感じていましたがこの度、古の文化花開いた蝦夷所縁の地で大きな気を発して行くことになる様です。ありがたいことです。
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Author:仙台天命塾長
 大久保直政
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