FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

120.「女神」        2011年10月31日

 2011年10月28日はマヤカレンダーのコルマンインデックスの最終日でした。その夜は私が毎月お話しする「意叡の会」の勉強会で少しそのことに触れましたが、何事もなかったかのように日が過ぎて行きました。
コルマンインデックスでは、愛と全体性の黄金時代への幕開けで人類の意識進化が完成し、統合意識が出現する日で具体的に以下の変化が起きるように記されていました。
・意識の変化
1)将来の計画を志向する目的合理的な行動が希薄になり、生きている「いま」に最大の幸福を感じる意識に変化する。
2)物欲や他者の支配を欲する権力欲が衰退し、人間関係に最大限の喜びを見いだす意識状態になる。
3)競争で勝利し権力を追い求める強い自我を持った権力型の人格から、多くの人を対話で説得できる対話型の人格へと変化する。
・社会システムの変化
4)ピラミッド型の階層構造やそうした構造に基づく権力型の組織が崩壊し、メンバーの協調によるフラットなネットワークの組織が社会のあらゆる側面を担うようになってゆく。
5)無限の物欲の再生産と、無理な成長を強いる消費社会から、社会の実質的な必要性に基づいて生産する実質的な経済へと移行する。
6)根拠のない幻想的な価値に基づく金融資本主義から、必要なものとサービスの生産を中心とした実体経済に移行する。
7)第6意識に基づいた古い社会集団への帰属意識の衰退と、国家の弱体化と消滅に向かう流れが出現する。
・思想の変化
8)特定の民族のアイデンティティーに過度に固執する民族意識や国家主義が衰退し、普遍的な人類意識が出現する。
9)左翼と右翼、保守と革新というように二極に分化した見方から、どんな対立した見方にも共通点を見いだし、対立を統合する総合的な知へと移行する。

 ここに記されている変化が起きることが現在の諸々の問題解決の方法へ向かう可能性を感じますが、あくまでも個々人の意識変化の総合に寄るのでしょう。果たしてこの時に無形の世界で如何なる変容がおきたのでしょうか?そして29日から新たなスタートが開始されているのかもしれませんが、私には真偽はわかりません。
又、時事評論家の増田俊夫さんは時事直言で2011年10月27日の欧州首脳会議は「ユーロ体制崩壊を決定付けた記念日」として記憶すべきだろう。と述べていましたが現象界でも変化があるようです。

 10月の木内鶴彦さんのセミナーのお話で2014年、2015年にイスラエルで皆既月食、皆既日食があり、その年になんと6回も日食、月食があり、ユダヤ教やキリスト教の預言に何にかそのことに触れた文献があるかもしれないとお話がありました。そして2014年で、あることが閉じて終わり、そこで反省し、2015年であらたな始まりかもしれないとのコメントもありました。
 そして私はこの時期がキーポイントになると思い、少しそのことを調べてみましたが、そこでは以下のことが記されていました。(「2014年ユダヤの大預言」久保有政著)
  
    太陽暦         ユダヤ暦           現象    ユダヤの祭   

1)2014年4月15日 5774年ニサンの月15日  皆既月食 過越の祭初日
2)2014年10月8日 5775年ティシュリの月14日 皆既月食 仮庵の祭前夜祭
3)2015年3月20日 5775年アダルの月29日  皆既日食 宗教暦新年前日
4)2015年4月4日  5775年ニサンの月15日  皆既月食 過越の祭初日
5)2015年9月13日 5775年エルルの月の26日 部分日食 政治暦新年前日
6)2015年9月28日 5776年ティシュリの月15日 皆既月食 仮庵に祭祝日
(※表はこちらのサイトを参照下さい。)

 2014年4月~2015年9月のわずか約1年半の間に、ユダヤの祭の日に合わせて、月食と日食がたて続けに起こることはきわめてまれなことです。そしてユダヤの重要な祭りの初日に月食があり、新年前日に月食があるのです。かつて20世紀に新年の前日に日食が2度ありましたがその時は、1948年、1967年でイスラエル共和国独立の年、イスラエルがアラブに圧勝しエルサレムを奪還した、きわめて重要な歴史的な年です。
 それは聖書の預言にある「人類は終末の時代に、しばらくの間「患難時代」と呼ばれる試練の時を経験する。だが、世界はキリストの再臨を迎え、キリストは地上の悪を一掃、ご自身による世界統治をお始めになる。そして苦しみも悪もない至福の「千年王国」を、この地球上に樹立されるとしている(ミカ4章、イザヤ35章、同65・19-25、黙示録21章)。」にあたるのかもしれません。

 先日、10月19日に木内鶴彦さんと中山博さんと信州女神湖でお会いしました。あることの祝賀会でしたが新たな面白い展開も頂き、ゆっくり楽しく秋の女神を満喫できました。その時のエッセンスを少し紹介します。
201110191456000.jpg
201110191542000.jpg 201110191543000.jpg

 2014年4月15日の皆既月食は審判の時です。契約通りに国造りが出来たか、出来ないとしたらどうするのかを問われる時です。そして反省して2015年3月20日の皆既日食に新たな誓いを立てる時です。人間は地球の生態系を作り、循環型のやり方、1品持ち寄りで参加して地球の村作りをする。思想が入ったり、共同体ではだめです。各自がやりたいことをして、良心で行動し、規則を作ることなく行い、文章で書いてはだめです。そのような村がいくつできるのか。
 かつて12000年から13000年前に日本から和人が移動して、ヨルダン川の地にその村作りを伝えました。イスラエルではモーゼが神の言葉を聞いて行っていました。その当時は日本ではアラハバキ信仰として行われ、青森の三内丸山などで栄えていました。出雲ではスサが神と契約して村作りをしていました。
 イスラエルに住めないようになりエジプトで奴隷化していた民1500人をモーゼが引き連れてエジプトを脱出しました。出エジプトですが、しかし、その民に妬みを持たれやがてモーゼは離れてしまいます。モーゼは神と契約をし、民に自ら感じ、考えさせて体験させようとしましたが、民はモーゼにしがみついてしまいました。文章として書いてはダメだったのですが、しかし十戒として残しモーゼは逃げてしまいました。
 日本に於いても2014年4月15日に神に報告がなされます。契約通りのことがなされていないと制裁がおこなわれ、産業経済が破綻します。私たちは先祖が決めたことに縛られています。それまでに循環型の村を作れるのか?多分無理だろうが、何らかの形を作り、遂行していく必要があります。
 そして2015年3月20日に次の太陽が生れる時から新たな契約がなされます。それまでの1年間にその村作りのひな形を日本で作り、それを世界に広めていくことが必要です。
 これから多くの人が路頭に迷って行きますが、モーゼの時のように誰かにしがみつくことなく、各自が考え行うことです。既にお金の宗教は失敗し、多くのイディオロギーも失敗しました。新たに何をするのか。日本人は宗教心がないのでやりやすいです。そして外人の求めるものを変えずに気づいてもらう。相手を認めながら変えていく事が大事です。
 その時にあわ歌は重要です。いろいろなことを忘れてもらう方向でないとは無理です。新しいものを見つけるうちに古いものを捨てて忘れる。そんな受け皿を作る。あわ歌は貴重なスキルになります。これからは古いものを流す側と流される側に分かれます。流された側は自分で気づいて感じてもらうしかない。言葉ではだめで、経験しないものを言葉にしてはダメです。そして拘りをすて、我を捨てていく。・・・・

 そんなお話の後に中山さんからお言葉がありました。
「大いなるかな、この時迎え、光と闇は手を結び、新たなる御世へ向かうなり。これよりのこと申す。
第一に 新しきを心得たる者、小さく集いて、大きなる望み持ちゆくなさり、ここに現されませ。
第二に あわ歌知りたる方々多く集めて、響きて響きて光を集めなされ。
第三に その光にて古きを消し去り無しとなされよ。
これよりの三十ヶ月、あわ歌の力を発揮いたす。共々、音と光にて広く知らせ行く。新しきを作る方々急ぎて、集いて、形を示して、知らせませ。かかって皆々の深きあいの思いぞ。ここに全てを統べる力あり。」
201110191714000.jpg 201110191714001.jpg 201110191714002.jpg
 
 このお言葉を聞いて皆で30か月後はと指折り数えました。2011年10月からの30か月後は2014年4月です。えっーぴったりです。そうなんだと納得した次第です。この日は二次会も皆さん元気で買い込んだお酒もなくなり午前2時頃までお話が弾みました。

 翌日はのんびり女神湖を散策して、ホテルでゆっくり昼食をとり、蓼科第二牧場の鳴石であわ歌を歌い、ソフトクリームを食べて、満たされえた気持ちで皆さんとお別れしました。
201110201024000.jpg 201110201025000.jpg 201110201140000.jpg

 鳴石での木内さんへのお言葉です。
「ゆう ゆう ゆう 光あり。これにて大きくなる。あなたの仕組みは整いたり。存分に成さりてみせませ。」
201110201311000.jpg

 そして10月26日に私が頂いたお言葉です。
「是より来る5日には、大きなる知らせ届き行く。遥かな時より用意いたしたこの事が、その身の前に現るる。嬉しき成るぞ、嬉しきなり。」
 是より来る5日とは2011年11月5日です。中山さんと巡るみちのく未知を拓く旅NO3の時です。果たして如何な旅と成るか、私が役割を頂きプログラムしたことの答えが明らかにされるようです。

 聖書の預言では千年王国が到来するといわれ、日本でもみろくの世の到来が預言されています。如何様になるかは各自の意識次第で、みろくの世の出現には大きく意識変換が不可欠です。そしてきっと日本からみろくとなり、大きく龍体が動くことでしょう。それはみちのくからかもしれません。

 ところで、予言と預言の違いについて澤野大樹氏は以下のように述べています。
「予言とは知識やデータなどから綿密に近未来を予測すること。預言とは多次元界に存在するロゴスデータと青写真の鏡を通じてダウンロードされたもの。そして得られた情報について、それを自らの三次元的能力を誇ることなく、あくまで多次元世界から、「預かったもの」だという認識をその者自身が強く持っている。」
「・・その者が、単に思いつき、または単に恐怖に苛まれた後の妄言として口をついて出た文言を、まるであたかも神か宇宙か創造主から預かり託されたかのごとく用いているからだ。さらに、偽預言者たちは不特定多数の人々に恭しく説きふせ、しかもさらにそれらを「できるだけ多くの人に拡散して下さい」と虚言をつく。しかし、偽預言者たちの大多数は、そんなことすら認識することなく、無意識なる正義感と「自分こそは何か行動しなくては」という衝動に駆られるケースであろう。」
 混乱の時代に偽預言者が更なる混乱を引き起こすことでしょう。さらに澤野氏は述べています。
「三次元的通念で考えれば「自分こそは何か行動しなくては」と考える人は、素晴らしい人だと思われるだろう。しかし、多次元的に見た場合、必ずしもそうはならない。「自分こそは」という部分に、「全知の無知」が垣間見られるからだ。」
「どれほど笑顔で優しく語りかけようと、どれほど画期的で良心的に思えようと、たった一粒の潜在意識の「全知の無知」の滴がすべての水を濁らせてしまうのだ。・・・「無知の知」とは「何も知らないということに気付く」ことだ。「無知」に気付くことが最大の「知」を生むという錬金術の奥義だ。「上の如く、下も然り」字面だけ追っても意味が無いのだ。「字面」を追うということは「偶像崇拝」なのだから。言葉の意味を知るということは、じつは大変な事なのだ。」
 この澤野氏の指摘は諸諸を理解する上でとても参考になるかと思います。

 果たして新しき世界の村作りの実現への取り組みに女神がほほ笑むのでしょうか?そして、11月5日からのみちのく未知拓く旅で如何なる現象が起きるのか楽しみです。女神湖に「新しきを心得たる者、小さく集いて大きなる望み持ちゆくなさり」と集ったことできっと次なる未知が開かれることでしょう。

コメントの投稿

非公開コメント

フライングは、宇佐隠掘戸だけ

親方が、絶対言っちゃダメって言ってたじゃないのぉ

秘みちゅ結社…単なる熟年合コンだけど…なんだから(爆笑)。
プロフィール

仙台天命塾長

Author:仙台天命塾長
 大久保直政
http://genkiup.net/

RSSリンクの表示
最新記事
最新コメント
検索フォーム
リンク
月別アーカイブ
カテゴリ
QRコード
QRコード
FC2カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。