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12 「原点」               2010年3月18日

 3月18日は春彼岸の入り日。どんどん春めいてきてエネルギーが高まってきています。

 私の身体がお酒を受け付けなくなってこの春彼岸で丁度2年になります。座禅断食会を野口法蔵師に指導受けてから13回目の断食が明け、予後1週間の禁酒が解けて愛飲の蔵ビールを口にして飲み込めない自分に驚き、生体エネルギーの玄米酒のやすらぎの滴も喉を通すのは至難のことでした。エーどうしたの?という感じでしたが、何の未練もなくそれ以降、酒との縁は切れてしましました。まるで憑依していた飲み助霊体が他へ宿変えをしたように。きっと顕在意識とは違う意識が誘導したのでしょう。お陰様で半年間ぐらいは消化器系などが夜の睡眠中にかなりな修復改造作業をしているのに遭遇し、己の身体の機能に感嘆しました。それはふと目覚めると消化器がかなりの痛みを伴う反応を発していて、起きるに従い痛みが消えていくのです。かなりのアルコールが身体を蝕んでいたのでしょう。法蔵さんは座禅断食の指導者は酒を飲んではいけないと言っていましたが、どこかで私は止めるのは無理だろうと漏らしていたと聞いていました。お陰様で私の過去を知っている方々は皆さん驚いて頂いており、心配して下さった方は安心して頂きましたが、そろそろその話題も賞味期限切れです。

 しかし、一昨日あった会議、懇親会では東北各地の方々と席を同じくしましたが、まだ私の断酒が話題に成りました。余程印象深い飲み方をしていたのかと思いますが、そんな昔のことは知らない私でした。会議はなぜか、難しい話題がちりばめられていて、2つ目の案件の為に2次会に行きお開きは午前を遥かに過ぎてしまいました。真意が計りかねる話し合いは時間を要する事になり、波及する話題に些か閉口しながら真面目に話している私は酒無しで参加でした。鉾を収め、まずは一件落着かな。

 私は自分の中に巣くっている怒りの感情が湧いてくるのを他人事のように感じながらその大元は何なのかなと思うことがあります。私の受け継いでいる血がそうさせるのか、はたまたバーストラウマか、幼少期に植えつけられたのか。最近は穏やかな日々の中にふと浮かんでくるのですが、感謝とお詫びでエネルギーを解放しています。

 その会議で同席した青森のSさんは10年以上前からの知り合いなのですが、なぜか話題が、私の郷里の母校の高校の前にSさんが住んでいて云々となり、お父さんが勤めていた会社が私の父親と縁があり、若いころのSさんが茶道の世界で父親と何度か同席し、車を運転して茶会に同行した事など・・・父を良く知っていますと。父は他界して既に28年、父親の話題を出来るとは思いもよらないことでした。

 明治生まれの父が40歳半ばに授かった末子の私にとって、父は畏怖する存在で、近寄りがたい威厳がありました。仕事等で不在が多くあまり一緒に過ごした時間は多くないのですが激動の昭和を生き抜いた生き様は波乱に満ち、生死を分かつ修羅場を経て、大安心の往生を遂げた姿は、垣間見る息子としては尊敬する父であり、母もまた同様のありがたい生み、育ての親でした。今は彼岸に在って愚息に頂ける慈愛は掛け替えのないもので、肉体の継承の大元で在るだけでなく無形の魂の原点です。

 出逢いの中で引き出される鏡の世界は、そこに光を与えてくれます。翌朝、元気に目覚めさせて頂ける恩寵と共に、生きる意図をふっと感じた春彼岸の時でした。

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仙台天命塾長

Author:仙台天命塾長
 大久保直政
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