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113.「開拓2」        2011年9月28日

 みちのく未知を拓く旅の2目目,11日は生憎の曇り空です。宿を8時に出発して五葉山登山口の赤坂口へ向かいます。少し遠回りになりますが仙人トンネルを通って釜石市を抜けて行きましたが各所に津波の被害が見えます。無事登山口に到着して10時前には登り始めました。綺麗なトイレが整備されていて嬉しいです。
 五葉山は標高1351mで太平洋を一望できる名峰です。五葉山の名は阿弥陀如来、薬師如来、観音菩薩、虚空蔵菩薩、愛染明王の五仏を祀ることからとも、藩政時代に伊達藩にとって重要な山であったことから御用山と呼ばれていたことに由来するとも言われています。
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 曇りで涼しい天気は幸いです。3合目の賽の河原を過ぎて、長さ10mほどの長方形の巨石の畳石で休憩です。休日ですが我々以外ほとんど登山者がいません。震災の影響で登山者も減少しているのでしょうか。畳石の鳥居をくぐって少しきつめの登りです。
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 7合目を過ぎて姥石神社、三王神社が左手にありますがいたみが激しく朽ち果てた感じです。中山さんはしっかり呼び止められてご挨拶をされました。皆さん元気に2時間ほどで石楠花山荘に到着です。山荘脇には水場があり、立派なトイレ、ベンチもあって助かります。濃霧で視界が効きません。寒さも増してきましたが少し遅れた後続の方々を待って山頂へ向かいます。
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 しゃくなげの繁る道を5分ほど進むと日枝神社です。そこを過ぎて平坦な道を更に進むと山頂、三角点です。視界数mで期待の太平洋の眺望はお預けです。遮りものが無く雨、風も強くひえてきました。ロープで道を誘導してくれていますがそれが無いと迷いそうです。さらに進むこと5分ほどで一変してうっそうとした林になりそこに巨石の日の出岩が鎮座していました。天然の岩の配置なのか、人為的に割られ設置されたのか分かりませんが10m弱のその巨石を隠すようにその周りだけ林があるのです。岩の周りを探索し頂上に登ってエネルギーを堪能しました。
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 日の出岩の下には祠が祀られています。そこであわ歌を歌わせていただきました。その時のお言葉です。
・五葉山 日の出岩
「伝えを持ちて参り来たり。日は暮れ行きて、この地は変わる。その時大きなる光を発して、標と成りて、この地、この海、川、照らし新しきを告げられませ。この時、皆々は喜び勇みて集い来る。頼みまするぞ、その大きなる光を。(拍手)嬉しやな、如何にも待ち望みたる時ぞ、共に参る。(拍手)ありがたき。(拍手)」
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 歌い終わって早々に石楠花山荘に戻りベンチで昼食です。寒いので長居は無用ですが、缶ビール、日本酒を担ぎ上げた手前、せっかくなので元気な方々は祝杯を挙げていました。下りは各自のペースで降りました。早い方と最後の方では20分以上の開きがありましたが全員、無事に下山できました。しかし若干1名が最後に転んだようで腕を軽く怪我しましたが大丈夫でした。なんとその方は昨日の交通事故?の方でした。一人で全てを引き受けて下さっているようです。
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 登山口から15分ほど下ったとこにある五葉温泉で皆さん身体を温め癒し、生き返った感じでした。そしてやっと皆さんに日の出岩参拝を達成した成就の笑顔が浮かびました。ここからは今日の宿のある栗駒山、須川温泉への長距離移動です。一路、水沢インター目指しますが途中給油も必要です。温泉を15時過ぎに出発ですから18時半は過ぎそうです。

 水沢市内で大きなスタンドがありトイレ休憩もかねてゆっくり休憩です。かき氷も無料で頂けてありがたいことです。しかし予定以上に時間を取られ到着が更に遅れそうです。
 一関インターを降りた頃には夕闇の帳が下りてしましました。カーナビを頼りに進みますが途中、細い道に誘導されてしまいました。暗い中、人家を過ぎ原野のような怪しげの道を進みます。ナビでは道があるのですが結局、川に行き当たり橋がありません。暗い中引き返しました。是は一体どうしたことでしょうか?助手席の中山さんもナビの誘導のアナウンスを聞いていますので、一瞬何かの妨害なのではと頭をかすめてしまいました。
 一応宿に到着遅れの電話を入れていますが19時に成りそうです。登り道になるころから濃霧で視界が効きません。さながらトワイライトゾーンに入ったようでスリリングな世界です。カーブの連続ですが兎に角、先を急ぎます。やがて温泉近くになると雲を抜けたようで霧が晴れ、満天の星で満月です。この変化には驚きでした。
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 宿に付いて車を止めて振り返ると、須川温泉の巨石がライトアップされたように照らされ、その上に月が煌々とひかり輝いているのです。何ともこの世離れした時空間でした。私のスピードに付いてこれない後続車の運転手はトワイライトゾーンの運転は恐怖だったようで、私の配慮が足りないと大ヒンシュクを買ってしまいました。只々平謝りです。

 宿では荷物を置いてすぐに夕食ですが、昨晩に引き続き凄い盛り上がりです。そして今晩も私は1次会で潰れてしまい早目のお休みでした。皆さんは二次会、そしてあわ歌会と遅くまで楽しんだようです。宿の温泉は格別で露天風呂からの眺望も素晴らしいの一言です。食事も皆さん気に入って大満足な宿でした。
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 3日目12日も8時に宿を出発しました。栗駒山は岩手県、秋田県、宮城県の3県にまたがる名峰ですが今回は登山は無しです。須川温泉は標高1,100mで、温泉の脇に大日岩という巨石が鎮座しています。まずはそこを見学して、後は山を下って鳥海山5合目、鉾立を目指します。
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 順調なドライブで、途中、道の駅で休憩をして十文字町を抜けて由利本荘市経由で鉾立に11時過ぎには着きました。雲の中で眺望は効きませんのでトイレ休憩だけで目的の4合目の大平山荘に下りました。ここには鳥海山大物忌神社中之宮があります。そこで皆さんとあわ歌を歌いました。その時のお言葉です。
・鳥海山4合目大平 大物忌神社中之宮
「あわ歌の響きと光 持ち来り。是より(拍手)この山の力、存分に発揮されよ。皆々歌いて光を送る。(拍手)おーおーおー 参るぞよー 生み出だす力見せます、皆々様心得て下され。(拍手)用意は致す、大きく動かれよ。(拍手)お~(拍手)」
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 歌った後は山荘で昼食です。和気藹々楽しい時間を過ごしてその後は、一気に1000mを15分ほどで下りおりて日本海に到達しました。その遊佐町吹浦にある出羽の国一宮、大物忌神社吹浦口之宮に参拝しました。社殿であわ歌を歌わせて頂きましたがその時のお言葉です。
・大物忌神社吹浦口之宮 
「大いなるこの山の 大きなる気は駆け下り来て、この身へわたりて、いや増す力を見せ行くなり。この力にてこの地を守る。ご用意なさりて来る日迎え、共々参られよ。(拍手)」
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 次に訪れたのは同じ遊佐町にある剣龍神社です。鳥海山からこの地に剣が飛んできたと言われ、その剣と奇石2個がご神体と言われる神社で小物忌神社とも称せられていたようです。大きな赤い鳥居を過ぎで進むと何ともうらぶれた境内は荒れ放題の感じです。あまり気が良さそうもないのですがなぜか訪問先に決めたのでした。実際皆さんをお連れしたらそのような印象を受けられていました。そこであわ歌を皆さんと歌わせて頂きました。その時のお言葉です。
・剣龍神社
「大きなる身よ、是までの事々、このあわ歌に乗せ行て無しと為されませ。7日に一度あわ歌3回届けます。その3度3回のうちに全て出されよ。この時が最後ぞ。よくよく聞き取りて成されませ。(拍手)」
 この言葉を受けて週1度、三週間にわたって中山さんが剣龍神社にあわ歌を3度歌うことになりました。果たしてその3度の後如何変化が起きているのか興味ある処です。歌い終わったらMさんが行方不明になりましたが、霊気が早くそこを離れることを促したようでした。
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 次は出羽一宮のもう一つ大物忌神社蕨口之宮に向かいます。吹浦口之宮と同じ遊佐町のありますがどちらも出羽一宮です。何やら色々な歴史的確執があり同等扱いでそれぞれ一宮に扱われるようになったようです。鳥海山のご神体は大物忌神と言われますが聞きなれない字です。大和朝廷にとっては以下のような経緯があったようです。

「東北日本海側(山形・秋田両県)に対する律令国家の総力を挙げた大侵略の開始が、出羽建郡を契機とした、元明天皇の和銅二年(709年)からでした。それが、出羽住民を討てども討てども抵抗は止みませんでした。少なくとも元慶の乱(878年~)、天慶の乱(939年~)まで、250年近くつづくのです。 そうすると、律令政府にとっては、
 ツキヤマのツキは、住民の怨念(おんねん)の取り「愚(つ)き」やまぬ神の山。よって住民の怨念の「尽き」てくれることを願っての神の山の意味をこめた・・・と取るのです。政府としては、それでも「好字」の範鴫に入れて「月」一字にしたものと思われます。
 大物忌の「物(モノ)」は、「鬼・魔物・怨霊(おんりょう)」を意味します。」
(鳥海山 大物忌神・月山 月山神 の神名から見た蝦夷 田牧久穂から引用)

 かなりおどろおどろした世界が見えてきます。蕨口之宮までは10分ほどでしたが小高い丘に鎮座していましたが閑散とした境内ですが、社殿は大きく威風があります。そこでも歌わせていただきましたがその時のお言葉です。
・大物忌神社蕨岡口之宮
「この地より発して、大きなる気、この今の皇尊へ向かいなされ。(拍手)この気をこの時、大きなる仕組み動かすものぞ。光と成りて参られよ。(拍手)」
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 社殿にかかる紫の布に神社紋がありますがそれをたくし上げた姿は爬虫類の目の様で異様です、お言葉の皇尊へという言葉も稀です。大きな仕組みを動かすことを期待したいものです。そこから20分ほど山に入ったところに最終目的地の玉簾の滝があります。
 駐車場から整備された歩道を数分進むと高さ63m幅5mの瀑布が現れます。御嶽神社にご挨拶して滝壺へ向かいます。水しぶきが身体を清めてくれるようで清々しいエネルギーが心地よいです。じっと滝を見ていると観音様が見えるとか、滝壺近くであわ歌を歌いましたがその時のお言葉です。
・玉簾の滝
「降り注ぐ水よ、この光を受けてこのしぶきを乗せて、皆々に配られませ。水は流れてこの地の海へ、光と成りて注ぎませ。ありがとう。」
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 全ての予定を無事終えました。後は恒例の温泉入浴です。帰り道を10分強ほど山にも登ったところにある湯の台温泉の鳥海山荘で旅の疲れを癒しました。上がってロビーでミニ懇親会でビールを頂いて楽しい話題に盛り上がりました。後は一路仙台駅を目指して走り着き、20時前に到着で来ました。東北を横断した総経距離1000キロ弱のツアーでしたが11月5日からのみちのく未知を拓く旅no3に繋がります。

 番外編ですが13日には中山さんはある方のご縁で私の地元の中山観音様であわ歌を歌わせて頂くことになりました。ご縁ですので私も参加しましたが、ご本尊様を見て驚きです。剣にまとわりつく龍が鎮座しているではありませんか。山形で訪れた剣龍そのものです。やはりその神社を訪れる必要があったようです。そこでのお言葉です。
・中山観音
「大きなりこの時の、この地に現されたるこの形、是より多くの方々、この大き身に入り来て、音発して光と成り行く。響きと光を、この地にあまねく拡がり行きて、この地にいのちを受けたる皆々へ届きて、真を現すなり。迫り来る新しきへ向かう時なり。大きなる身を頂きたるを喜び務めされませ。ようやくその身を拡げ行き、遥かなる全て発しなされませ。(拍手)直ちに参り来れ、皆々様、ここなるぞ。(拍手)お~(拍手)はるけき旅を終わりて、新しきへ共々に参ります。(拍手)」
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 全ては或るシナリオに導かれるような連動があるようです。必要なことが適役の方にゆだねられて紐解かれていく謎ときと、新たな世界の想造を楽しんでいるそんな感じの4日間、いや5日間のあわ歌の時空間でした。そして9月14日に頂いた私へのお言葉は以下です。乗り込む舟の表現は確実に次に進んでいるようです。
「この時乗り込むこの舟は 不思議と思わるる 多くの謎を持ちたるが 新しきとはそのことなり。柔らかき、面白き、嬉しきと成りて 受け取りませ。見たる時に変わりた後ぞ、今、今、この時ご用意を。」

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Author:仙台天命塾長
 大久保直政
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