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185「ウエルフェアー」2013,11,23

 生体エネルギー理論、技術は進化してその成果は驚くばかりです。私にとっては不可欠な必要な世界ですから学びと実践を継続しています。
 昨年11月に生体システム実践研究会の福祉事業で私の紹介で、秋田県のH福祉会の障害者福祉施設に水誘導翻訳装置きわみを贈呈しました。1年経過し、H福祉会から実践研究会に感謝状の贈呈をするという事で10月末に秋田に行ってきました。贈呈式には生体エネルギー研究所の佐藤政二先生もお越しいただき、研究会から総勢8名の大勢で訪問でした。2日間にわたり8か所程の施設見学をさせて頂き、感謝状を頂き、最後は職員の皆様への研修会で、佐藤先生の講演会が開催されました。
 きわみ設置した施設の効果、変化も職員の方から発表頂きましたが、水道水の味の変化、塩素臭が消え、浴槽でのカルキの沈殿が無くなり、トイレの臭いだけでなく施設の臭いも気にならなくなり、植物の生育が良くなり、アトピーが良くなった等多くの事例報告を頂きました。職員の方々にも生体エネルギーのことが不思議だけで効果があると少しずつ身近な事に感じられるようになってきたようです。
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 今回、佐藤先生から最先端の資材機器を持参頂き、実験を主に生体エネルギーのお話、体験をして頂きました。又1歩取り組みへの意欲になったようです。今後、農場への生体エネルギー農法の導入や施設への水や電気などの装置の設置にと活用いただければ幸いです。私もこのご縁を活かせるように、これからも必要な情報、学びの機会を提供して行くつもりでおります。

 そんな中、11月10,11日に長野で生体システム実践研究会秋期特別セミナーが開催されましたが、秋田のH福祉会から理事長以下3名の方が参加いただけました。ありがたいことです。生体エネルギーのお話、内容は初めての方にはなかなか理解が難しいのですが、全国から700名程の参加者で盛会に開催される学びの集いに触発されたようです。
 今回の特別セミナーのテーマは「深層いるなけみ原理」です。佐藤政二先生の講演が2日間にわたってありましたが、それ以外に1日目は特別講演、2日目は事例報告です。

 特別講演会は3年連続、大阪府立大学地域連携研究機構教授の清水教永先生で「生体エネルギー実践はウエルフェアーへの止揚」~命慧しらべEによる生態系への多様性・多標的効果について~と題して、1時間半程最新の医学データーをお示し頂き講演頂きました。
 実験データーなど詳しい内容は知らせできませんが概略を紹介したいと思います。

「生体エネルギー実践はウエルフェアーへの止揚」のタイトルですが、ウエルフェアーとはいのちの繁栄という意味で、止揚とはヘーゲル弁証法で、低い次元で矛盾対立する二つの概念や事物を、いっそう高次の段階に高めて、新しい調和と秩序のもとに統一することです。生体エネルギーの実践はいのちの繁栄へ向けて、諸問題を高次の段階に高め、新たな調和と秩序で貢献できる結果を生み出せる。そんな内容でしょうか。

 サイエンスについて清水先生は、「サイエンスの語源はラテン語のスキーレ(scire)で「知る」ことにより、実践して「愛」を知るという意味である。サイエンスとはいのちが繁栄し、それを喜び、自然の営みの不思議に畏敬し、恵みに感謝し、大自然の「慈悲」を知ることが本来の意味である。」と話されます。
 今回の実験は生体エネルギー応用商品の「命慧しらべEのセット」と自動車に使用する機器「鼓動」を活用したものです。そしてこの一連の実験は生命現象の「常の常なり 常に常ならず」を表していると言います。同じ細胞であっても成長と共に新たな遺伝子情報が必要となることと同じで、内容が進化しているのです。先生が生体エネルギー技術の実験を過去4年に亘り行なってきていますが、生体エネルギー研究所から新たな機器が開発されその目的が達成され、この様な現象が継続して実証されており、更にその変化反応は既成概念を遙かに超えていて、しかもその実験結果が進化している。とのことです。

「生体エネルギー実践がいのちの繁栄への道で、健やかないのちを求める問いかけであり、生体システムは今世紀の科学の課題である、酸化還元のバランスを考える新たなサイエンス(慈悲)である。生体エネルギー応用技術というかけがえない文明をさらに広く社会に、世界に普及して行くべきだ。」と熱く語られ、この技術を絶賛されました。
 そして、今回の実験で得られた結果で改めて佐藤先生の理論と技術の継続的進化に感嘆しておられ、ノーベル賞を受賞した山中伸弥京大教授のiPS細胞の技術で細胞の初期化、再生が可能になり、今度京大に「総合生存学」出来るが、更なる可能性と、「佐藤先生の感性に触れて生体システム実践の原動力とする。」ともお話になっていました。

 以下、命慧しらべEユニット環境下における実験、車に搭載する生体エネルギー応用商品「鼓動」でのデーターを簡単に紹介します。
① 生理機能向上に及ぼす効果:顕著 
② 鼓動搭載車2万キロ走行:副交感神経の良好な変化・免疫力向上・人体エネルギー生体フォトンが増加・疲労改善効果が顕著
③ 正常ヒト培養細胞体に及ぼす多作用:増殖能に効果・組織の再生能を高める可能性
④ 正常ヒト培養細胞体の老化過程に及ぼす影響:老化した角化細胞のアポトーシスを促進・皮膚組織の再生能を高める可能性大・眠っている細胞の分裂を促し、細胞のターンオーバーを促進 
⑤ キイロショウジョバエの電離放射線感受性:ノックダウン、致死共に効果あり・放射線防御効果がある 
⑥ 正常ヒト培養細胞体の放射線誘導性DNA切断率:DNA切断率の抑制、修復される・DNA断片化率低い・修復機能が活性化され放射線防御効果が現れた 
⑦ 高齢者重篤者:活性酸素量が大幅に減少・抗酸化力が大幅に増加  

 2日目の事例報告は株式会社開成の代表取締役遠山忠宏氏の「生体エネルギーを活用した循環型農業がエネルギー問題を解決する」~新潟の実例の紹介~でした。
 雪国、新潟県で南国の果物のファッションフルーツの栽培を手がけ、失敗をクリアーして寒冷地でも育つ苗木を育成し見事に成功をおさめました。10度以下でも露地栽培が可能で、現在はマイナス5度でも大丈夫という事ですが、それを可能にした生体エネルギー技術に驚嘆していました。現在はドラゴンフルーツ、マンゴー等の南国の植物も栽培出来ていて、作物の売り先に困らないとのこと。卸をしているのは高級果物で有名な千疋屋だけで後は直販で全て販売できているそうです。

 更にバイオマス再生可能エネルギー事業も多くの困難をクリアーして企業化に成功して今年の5月から瀬波バイオマスエネルギープラントが稼働しています。
(瀬波バイオマスエネルギープラントhttp://senami-biomass.com/index.htm
 この事業は全国で多くの取り組みが失敗をした中で、行政補助事業で初めて順調に稼働した事業モデルとして全国的に注目されていて、毎月300名を超える視察が訪れているそうです。温泉旅館などから出る残飯等の食品廃棄物や汚泥の処理で発電しエネルギーとして再利用するだけでなく、出来た液肥を再度農地に還元し再利用をするものです。そもそも汚泥や食品廃棄物はエネルギーレベルが低くそれを更に処理してエネルギー再製をするのですから、エネルギー加算が出来なければ不可能です。そこにはやはり生体エネルギー技術なくしては成功出来なかったようです。
 循環型社会形成事業バイオマスエネルギー農業利用システムで住宅建設から地域一体型の循環型社会を形成する事業もスタートしています。当然、住宅建設には生体エネルギー建設技術を活用しています。更なる発展が期待される事業報告でした。

 今回のセミナーの中心は佐藤先生の講演ですがそれはまたの機会にしますが、理論の進化には驚嘆するしかありません。その答え、技術成果が清水先生の研究発表や遠山社長の実践報告で明らかに示されています。これからの時代に必要な人間の能力向上、ひいてはウエルフェアー、命の繁栄に生体エネルギー理論技術は不可欠と改めて思いました。
 仙台から往復バスで30名程で参加してきましたが、佐藤先生からの参加者全員へのスペシャルプレゼントの宝鉱石を頂き、豊かなエネルギーに満ちた2日間の研修でした。帰路の横川SAでの強烈な太陽エネルギーがさらにチャージしてくれて、エネルギーアップして帰ってきました。
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184「大和の地」2012,11,19

 仙台のケヤキ、イチョウの街路樹は色づき、杜の都の秋を満喫、楽しめたと思ったら、程なく晩秋の風雨で木々の葉は舞い落ち、寒風に襟を立ててマフラー姿が似合う、すっかり冬の足音が迫ってきたこの頃です。
 11月7日、秋の真っ盛りの大和のまほろばの里は見事な世界でした。素晴らしい太陽の光、エネルギーを浴びてのんびり、楽しく農作業を楽しみました。午前はさつまいも掘りをしましたが、お昼には早速蒸かし芋にして食べました。とても甘くて美味しいかったです。皆さん笑顔、お恵み様にご満悦です。
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 小屋の建設が進んでほとんど出来上がっていますが、残すは小屋の外板の防腐処理などの仕上げ工事の様です。前日も工事の方が来ていましたが大雨の中、農場の道路から出る時にぬかるんだ道にタイヤがはまり込んで出られなくなり道に放置されていました。11時頃に会社のトラックが引出に来ましたがその車も農道に入ってスリップしてミイラ取りがミイラになる状態です。
 昨日も農場の大家さんのGさんが自力では無理だから早い時間にJAFを依頼した方が良いと助言したのですが、自力で悪戦苦闘の末、身動き取れない状態で放置して帰ったようです。今日も結局、JAFに依頼することになり、昼過ぎにJAFが一度来たのですが状況を把握して通常車両では対応できないことが分かり、強力な牽引機能がある車両が後で来ました。もう13時半頃でしょうか。それからも大変な作業でどうにか嵌りからタイヤを引き出しましたが、自力ではまだぬかるんだ道の走行は無理です。延々と一般道までの300m程をロープで牽引を繰り返しながらようやく脱出できました。かれこれ2時間程かかりましたでしょうか。私達も暫し農作業の手を休めて野次馬で見学していました。
 Gさんから私達は、この農道は雨が降るとぬかるんで車がはまってしまい通れなくなるから注意して下さいと言われていました。小屋の工事が開始する時もやはり工事の資材を積んだ車が動けなくなり大変な事になっていたのですが、工事の担当部署が違う業者さんがまた同じ状況になったようです。
 昨日もGさんがトラックがスリップした早い時期に、運転手さんに明るいうちにJAFを頼むようにと話したのですが聞き入れてくれなかったようです。結局日暮れてどうしようもなく、同僚に迎えに来てもらい車を放置して帰ったようです。
 大難を小難に済ませることが出来るチャンスがあったのですがトラックの運転手さんにはGさんの言葉は耳に入らなかったようです。受け答えを聞いてGさんも縁がないようだと諦めたようです。結果的には沢山の方を巻き込んで丸々1日を費やし、獣除けの囲いを一部損傷し、農道の状態を悪化させてしまいました。

 この地は御不動様が守っている土地で、不動様に御許しを頂いて土地を使わせてもらい、農作業をしているとGさんは考えています。農地の下った小川に不動尊が祀られていますが、その思いでGさんは25年間この地で祈りの中に農業を一人で黙々としてきました。ですからお不動様がお許しにならない方には厳しい対応がされると話します。ある意味運転手さんにはそんな縁が働いたのかもしれませんね。
(178「陸奥開闢追補」http://sendaitenmei.blog108.fc2.com/blog-entry-179.html

 かつてこの地はアイヌの住んだところで、蝦夷と言われた人々の世界だったようです。平和で穏やかな時代が長く続いた後にこの地の民が征服されたのです。Gさんはある啓示のようなものを受けて、この地を守り引き継ぐことが自分の役割と思いかれこれ25年前に仙台市内から転居して来て農業を始めました。Gさんは元々ある種の能力をお持ちでしたが、この地を選定するには宗教心理の世界の第一人者にM先生にもご相談されたようです。
 農業者として何も無しから始め、色々な反対や苦労があったようです。熊や猪の獣も出るところですが、熊にお話をしてお願いしたりして来たのですが、最近は流石に猪が頻発するようになり、昨年は畑に柵を回すことで対応しています。
 
 この黒川郡大和町の七ツ森は舟形山の東麓に小山が八つ点在していますが、縄文から古墳時代まで人々が住んでいたまほろばの里でした。七ツ森は笹倉山、鎌倉山、遂倉山、蜂倉山、撫倉山、松倉山、大倉山の七つの山を言いますが、たがら森も含めて八あります。笹倉山が500mを超える高い山ですが他の六は300m前後で、たがら森は200m程の低い山です。
 七ツ森の山には倉の字が付きますが神が宿る場所という意味があるそうです。しかし縄文人にはその発想が無く大和政権がこの地を支配してからのことの様です。それぞれの山頂に薬師如来が祀られています。1日でこの七つの薬師様を詣でる薬師掛けも行われています。
 このあたりで最も古いといわれる神社は、創建は不明ですが石神山精神社(いわかみやまずみ)と鹿島天足別神社(かしまあまたりわけ)で、どちらも巨石があり巨石信仰があります。アニミズム的な精神をもっている蝦夷は、石そのものを神として崇めいて、それを石神といい、石神山精神社にそのまま名が残っています。しかし大和政権支配後は石神ではなく、一時的に儀式のときに神が降り下る磐座と考えられるようになったようです。

 農場の近くの石神山精神社にはこれまでも何度も参拝していますが、この地のアイヌの神聖なところで、古い時代のエネルギーが充ち満ちています。790年に坂上田村麻呂創建といわれていますが、「往古は此地を去ること数町なる石神澤に鎮座していたが不明。本殿脇は切り立った白い崖、巨大な岩石に神霊の存在を認め祀った」とあります。この石神山精神社、大亀石のある鹿島天足別神社、古墳の上に建っている伊達神社は蝦夷が大切にしていた神々の地に、大和政権が蝦夷征伐で大和政権の神々を祀る神社を創建したと言われています。そうするとこの地が大和町という名を持つ意味は何故なのかと思います。過去のものをその言葉で封印し治めたいと思う何かが支配者に働いたのかと思うほど、蝦夷のすむ豊かな中心の地であったのでしょうか。
 いずれにしてもこの地は豊かな清水とぶな、くりなど自然の宝庫に恵まれ、アニミズム的な自然崇拝を重んじ、渡来人がこの地へやってきて、縄文人や弥生人の暮らしをそのまま受け継いで、アニミズムな多様な文化をはぐくんでいたと思われます。
 私も最初に訪れた時、農場のあるこの地はなぜか懐かしいという思いが湧いてきました。そして今年から毎月農作業に行く中で、さらにこのまほろばの里は、「素晴らしい場所」「住みやすい場所」との言葉の意味の通り、とても愛着がわくこの頃です。今回は皆さんで小屋のデッキに腰掛け、コンロでお湯を沸かせ美味しいコーヒーを頂き、暫し日向ぼっこです。のんびり自然の中に浸り、ほっこりして、暖かく、言葉無く、秋のエネルギーを全身に頂きました。嬉し、楽し、幸せな時空間でした。
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 今度12月2日には中山博さんと木内鶴彦さんの天地人明察の旅でこのまほろばの里、大和農場を皆さんで訪問して、小屋、まほろば亭の完成式を行います。きっと天地を繋ぐ大きな柱が立つことでしょう。そして更にこの地が大きな役割を果たして行ける地になるのではと思います。きっとGさんとのご縁の中で新たなお与え、天の御配材がありそうです。それは「あわの里まほろば郷」でしょうか。
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183「新生」2012,11,6

 私には京都での新生祭の翌日、11月4日には京都で果たしたい目的がありました。それは鞍馬山に登ることです。
今年7月初めにあわ歌の旅の下見の為に仙台市の太白山に初めて詣でました。7月9日は本番で中山博さんと一緒に太白山を訪れたのですが、その時に以下の言葉を頂いていました。

「大、大、大の大宇宙は、光りを送り来て、全てに降らせ来たり。ふる、ふる、ふる、この光を共々参る方々へ、送りておるなり。是より10日の間。(拍手)
しっかり受けて変わり行かれませ。この地の全ても受け取りて、変わりて参る。(拍手)
離れ行く行く多くの霊(たま)は、この場を通して参り行く。新しきへ参るは光りなり。鋭く、強く、はっきりと致す。」

 言葉にあった「離れ行く行く多くの霊(たま)は、この場を通して参り行く」場所とは太白山と頂きましたが、そこに対比する、降り来る場所は京都の鞍馬山でした。太白山は京都の鞍馬山と同様に金星に所縁がある山の様で、「太白星」(金星)が落ちて出来た山、という伝承から太白山の名を持つと言われます。将に鞍馬が表なら、この太白山が裏のポイントで、金星ならぬ黄泉の国への出入り口です。太白山はあまりにもマイナーで、故に汚されていないスポットでした。片や鞍馬は西の最大のエネルギースポットで、京都の北方、玄武として守る地で、源義経が修行し、臼井甕男氏のレイキ発祥の地としても有名で、多くの方が訪れる名所です。

 鞍馬山の信仰は、宇宙の大霊であり大光明、大活動体である尊天を本尊と仰いで信じ、尊天の心を我が心として生きて行くことで尊天信仰と言います。尊天は私たち人間をはじめ、万物を生かし存在させてくださる宇宙生命・宇宙エネルギーであって、真理そのもので、そのはたらきは愛と光と力となって現れ、月に代表される水の気、太陽から放たれる気、母なる大地、地球の気にも現れるものです。
 毘沙門天を「光」の象徴にして「太陽の精霊」、千手観世音を「愛」の象徴にして「月輪の精霊」、魔王尊を「力」の象徴にして「大地(地球)の霊王」としていて、この三身を一体として「尊天」と称しています。「月のように美しく 太陽のように暖かく 大地のように力強く」と祈り、「全ては尊天にまします」とお唱えします。
 尊天のひとり護法魔王尊(サナトクマラ)は650万年前、金星から人類救済の使命を帯びて地球に降り立ったものと言われています。その体は通常の人間とは異なる元素から成り、その年齢は16歳のまま、年をとることのない永遠の存在であるということです。護法魔王尊は世間では鞍馬天狗といわれていますが、天狗の総帥でマイナスをプラスに転化できる力として尊崇されています。
 古くは2億数千年前、新しくても7千万年前の地質で成り立つ鞍馬山は、有史以前から護法魔王尊(サナトクマラ)が素晴らしい波動を発する霊山でした。後に平安時代はじめに三尊が揃いましたが、始めに北方守護の毘沙門天が祀られ、王城鎮護を祈ったようです。

 鞍馬山にはこれまで何度も行っていましたが、太白山とツインになっている事が分かって是非今年中に参りたいと思っていました。そして丁度、新生祭の後に行くのがベストと自分で決めていました。
 出町柳駅から叡山電車鞍馬線に乗りましたが、朝早い時間の為まだ電車もガラガラです。快晴の京都の朝は冷え込みます。
 
 鞍馬駅で降りて巨大な天狗のお面に出迎え頂きました。人もまばらでお店屋さんはまだ開いていません。仁王門から登り始めましたが、ケーブル駅を下りてすぐの多宝塔前で強烈な朝陽を頂きました。光を背に受けながらあわ歌を口ずさみのんびりと登って行きます。
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 鞍馬寺金堂前の金剛床は、内奥に宇宙の力を蔵する人間が宇宙そのものと一体化するという鞍馬山の教えの理想を表現すると言われています。金剛床の中央に六芒星がありますが、その中心はパワースポットとして有名です。天から降り注ぐエネルギーを感じて暫し六芒星の中心に立っていましたが、大きな杉の木を突き抜けて光が射しこんで来ました。これまた凄い朝陽です。紫色の光が金剛床に降り注いでいます。これはと思い写真を撮りました。
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 本殿金堂をお参りし、地下の真っ暗な宝殿も巡りお参りしましたが祈願の文言を表した灯明のみが光を発しています。金堂をでると太陽の光が燦々と降り注いでいます。素晴らしいエネルギーを受けて、ありがたい、歓喜の気持ちに満たされていきます。昨日の新生祭で意識進化への場を共有して早朝の鞍馬山での新生のエネルギーを頂けたことは誠に嬉しきことです。
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 護法魔王尊(サナトクマラ)を奉戴する奥の院への道を進みます。途中、木の根が地表に露出して見事なアラベスク模様の木の根道を通り大杉権現社を参拝しました。参拝者もなく、静寂の中、天地自然、多くの樹木の気を全身に頂き、あわ歌を奏上いたしました。
 権現社から参道に戻りさらに下り始めた時に後ろを見ると、樹間を抜けて光が道に降ろされているではありませんか。これまた驚きのエネルギーを頂けて感動です。
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 義経堂、不動堂を経ていよいよ奥の院魔王殿です。この魔王殿は、磐座(いわくら)・磐境(いわさか)とも称され、神々が降臨された場所として崇拝され、太古より宇宙の力が満ち溢れ、その波動がご開山・鑑禎上人(がんていしょうにん)を初め多くの修行者を鞍馬山へと導き、宇宙の真理に目ざめさせたといわれています。護法魔王尊は地上の破壊と創造を司る霊王でありその霊力は際立っていたのでしょう。
 魔王殿でもその場を独占できて心置きなくあわ歌を響かせることが出来ました。歌い終わって太陽から強烈な光を頂けました。ありがたきサナトクマラのエネルギーなのかとひとり喜び、楽しんでいました。
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 山道を下り貴船に着く頃には団体の参拝者、登山者達が列をなして登ってきます。幸運な時間を鞍馬山で過ごすことが出来ました。水の神様、貴船神社は多くの方々で賑わっていました。水占みくじをしましたが番号は三番小吉でした。ラッキーと喜んで頂きました。貴船神社奥宮も参拝しましたがこちらも観光客が沢山です。
 電車に乗る前に小腹を満たして初期の目的達成です。お蔭様で、めでたしめでたしです。後は紅葉には少し早い京都ですが竜安寺、嵐山等を巡って帰ってきましたが山を下りると凄い人、人に圧倒されます。それに比べて霊山鞍馬山のエネルギーは別格でした。ありがたき新生の旅、そして旅の終わりでした。
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182「新生祭」2012,11,5

 11月3日はチャレンジPPK主催、バンクシアフィットネス共催の新生祭でした。トータルヘルスデザイン京都本社で56名の参加者で開催されました。
 2009年6月に近藤洋一PPK代表の祝祭・生前葬が宇宙僧・杉浦静始導師により見事に宇宙にリバースを果たしました。生前葬は今の身体のままで本来のイノチに還るセレモニーですが、見事に近藤会長は貴重な体験の後、益々本来の輝き発し、役割を果たしています。しかし生前葬ということその事自体への理解不足や、死を取り扱う葬儀的な印象などでその当時は反響が今一つでした。
 しかし、今回は気の達人でバンクシアフィットネスコーチ、PPKの世話人でもあるYさんが是非とも生前葬を自分なりに考えて行いたいと杉浦導師に依頼されました。昨年からご自分の意識の大きな変化を感じておられ、これから迎えるであろうアセンションに向けて大きくジャンプする為にも今、新生祭を希望され今回の開催になりました。
 新生祭の内容プログラムを全てご自分で決めて下さいました。杉浦導師のガイドは当然として、使用する音楽、照明、アイリッシュハープの演奏をMさん、総合司会をKさん、懇親会司会をNさん、誕生パーティーの料理の調理もTさんとAさんにお願いし、会場もTHD本社イキイキ棟で、進行表、式次第時間も自前です。当日は北は北海道から南は岡山など全国各地からYさんご縁の方々が参集しました。

 会場に向かう朝、ホテルで頂いた朝刊の土曜版追加の1面にうたの旅人を見つけました。写真は礼文島から月夜の利尻富士を望むもので素晴らしい月光が山と海を輝かせています。記事の内容は北海道最北の島、礼文島の桃岩荘ユースホテルで時を越えて響く歌声「旅の終り」の事でした。1972年の桃岩YH今年の歌だったのですが、70年代は全国で歌われる愛唱歌でした。私も40年前、20歳の頃に礼文島を訪れて桃岩荘に宿泊しました。そして「旅の終り」に出会い感動して、良く口ずさんでいました。この記事を読んで、既に忘却の彼方にあった懐かしい旅の思いが湧いてきました。あの歌のさびの部分を歌い、独り全国のYHを旅していた当時、又桃岩荘に行きたいと思いながら結局実現できませんでした。桃岩荘で今も歌い続けられている素晴らしいドラマがありました。私もYou Tubeで聞いてみましたが歌詞は以下です。
 旅の終り(桃岩荘バージョンです)
「夢のような旅だった 遠い北の国の
 僕は旅の喜びと 旅のつらさを知った
 北の国の少女たちと 過ごした夢のせつな
 今日は君も他の街へ 僕も他の街へ
 こんなつらい旅なんか もういやだ
 旅を終わろう 汽車に乗ろう
 
 共に山に登ったね 君と手をとりあって
 共に海を見ていたね 水は青く澄んで
 君の心青く澄んで 僕の心が取り戻す 海の青さ
 人と人の出会いなんて いつも別れで終わる 
 僕は君のくれた夢を 明日も持ち続けよう
 こんなつらい旅なんか もういやだ
 旅を終わろう 汽車に乗ろう」
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 青春の旅の楽しみ、出逢いの喜びせつなさが歌われていますが、今日はYさんの旅の終わりで再出発、新生祭の日。彼は喜びでこの旅を終えて更にバージョンアップするのですから少し次元が違う感じですが、懐かしい世界に遭遇できたのも必然かと思いながら会場に向かいました。

 新生祭は全てが完全に予定通りに進んで行きました。
 第一幕は送り出しの儀「この世からあの世へ」で杉浦導師のガイドにより生前葬の法要と法話です。最後には皆さんでお題目を唱和しました。
 第二幕は「想造と新たな決意」で全員で瞑想をしました。内容は基本呼吸、言霊瞑想、イメージ瞑想です。Mさんのアイリッシュハープが演奏される中に行われましたが倍音が素晴らしのです。私も身体が熱くなり大変なエネルギーチャージアップです。Yさんだけでなく参列者も共に意識進化への準備が整うようにプログラムされているのが良くわかります。
 第三幕は「誕生」で杉浦導師の誘導でYさんが蘇ります。Yさんが両手を上げて、ありがとうございますと大声を笑顔で発し、新生、誕生して登場します。会場から盛大な拍手が送られます。捨てるものを捨て、執着を手放して新たな器として天地のエネルギーの導管になって、そこを使う意識が、新しいソフトがセットされ、新生したようです。Yさんは今日を迎える為に暫くの間、酒を断ち、食を減らし、瞑想に努めていたようです。お蔭様で私達もめでたき、ありがたき、うれしき場を共有できました。
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 その後、私がPPKを代表して挨拶しました。そしてYさんの感謝の言葉です。これまでの思い、この儀式の最中に幽体離脱して味わったこと、生まれ変わった喜びの体験をお話頂きました。そして生まれ変わり、新たな名前は「むじんと」君だそうです。だいぶ前からお腹に入っていたようで、名前も自分で伝えてきたようで、はせくらみゆきさんにもその存在を確認して頂いたとか。最初は音だけで聞こえていたのですが漢字で書くとどうかと思ったら「武神人」で決まりです。Yさんの名前が「武人」ですから神が中に入ったようです。お話の後はYさんのヒーリングとディクシャを会場の皆さんにして下さいました。武神人として新生したエネルギーで会場は更にパワーアップしたようです。これで目出度く新生祭式典は終了です

 第四幕は誕生パーティーです。絶品の料理と飲み物で感動と気づきをシェアーする喜びいっぱいの世界です。司会はテンメイのかっちゃんことNさんで楽しく話題を引き出して場を笑いに誘います。沢山の方の感想などい頂きましたがこの新生祭を共有できたことの喜びがいっぱいです。酒も無くなり追加で出して頂きますが、美味しい料理、酒、喜びでエネルギーアップした場が更に楽しくして下さいます。私もビール、梅酒、日本酒と沢山美味しく頂きました。
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 参加者の中からTHDの青木社長に今回の様子を何らかの形でまとめてほしいと要望がありましたが、前向きに考えますとのことです。新生祭はビデオで記録されていましたから何らかの形で公開されるかもしれません。

 懇親会は杉浦導師と席が隣合わせになりましたが、私の挨拶にお導師が感動されて涙されていたことをお聞かせいただきました。正直に思う事を偽りなく話すのですが、それはそれとしてお導師からは私は真面目すぎるといつも言われます。今一つ殻が破れ、空になれないようですが、それが持ち味、それでいいのだと思うのでしたが、お導師との善きご縁を頂き、先達の導きでやがて空に戻れることを夢見て旅する旅人です。
 やがて宴たけなわで近藤会長の感謝の締めのお言葉で新生祭は終了です。喜べば喜びを集めて喜びながら喜びがやってくる新生の楽しい世界でした。京都駅方面に帰る10名程の皆さんと一緒でしたが会話も弾みます。
 12月15,16日仙台で開催されるPPKと天命塾共催の望年会にYさんも参加しますので、再会出来たら果たして新生後如何か、お話をじっくり伺いたいものです。

181「新嘗祭」2012,11,2

 生支州さんはあわの里天命舎を殊の外、気に入って下さっています。神の光線リーディングもセミナーは天命舎だけで他は通信のみの開催です。今年4度目のイシスセミナー「あなたの未来を拓く生支州の世界への誘い」を「新生(真性)タイムライン号・太陽の船に乗って」のテーマで開催しました。今回は定員を超える33名の参加者でイシスさんも張り切ってお話して下さいました。
 33の数霊のキーワードになんと「イシス、報恩、内観・・」があるのです。イシスさんもラッキーと思うのも当然です。33の数字の意味は以下です。
「女神と賢者のエネルギーの両方を持つ魅力的な数霊です。心を澄まして内観し、「おかげさまで」といった生き方を選択しましょう。新たな門が開け、あなたの中の女神性が花開きます。」
 10月20日の10の意味は「全てを統べるハタラキを持ち、完成、完全を意味している。」そのマントラは「鶴と亀が 統べる時 籠目 開けし 夜明け鳥 鳴く」です。
 20の意味は「天と地に代表されるように宇宙の壮大なスケールを表す数霊。宇宙には意志があります。それは愛という大いなる神の意志です。愛に沿って生きることで、心魂体の健康、そして先祖から未来永劫へと続く家系における健全なる流れもサポートします。」そのマントラは「天地にそって我を生きる 愛の意志を貫き通す」
(はせくらみゆき、深田剛史著「宇宙一切を動かす数霊の超メッセージ」から引用)
 10月20日に33名で開催出来たこと、そこに集えた方々はラッキーでした。

 セミナーの内容はてんこ盛り状態で盛り沢山でした。その中身はお知らせできませんが、少しだけキーワードをお伝えします。それは「タイムライン」「パラレルワールド」「今ここ」です。
 タイムラインは、「時間表、時間割。ツイッターにおいて、投稿されたごく短い文(ツイート)を時系列に表示したもの。」という意味です。ここでのタイムラインとは、個々がばらばらに存在している状態から、未来へとつなげていくため、今の瞬間を選び取る時間経過のラインのようで、そこで何を選択するかが大切です。パラレルワールド(平行宇宙)は何でもありなので、混乱、不安、恐怖の方向へ意識を向けないこと。いつも明確な明るい楽しい喜びなどのイマジネーションを持つことで常に良い未来を選び続けられる。そのタイムラインのポイントは今ここです。そして特にそのタイムラインの書き換えのベストタイムは朝です。朝にきっちり切り変えることが大事です。
 これから浄化、デドックスが強力に働きますが、それは不可欠なことのようです。その上で、各自の選択が明確な現実になって行きますので、過去に囚われず、色々な執着を手放し、自然の流に委ねて自分の深い意識に繋がって行くことで現実を変えて行けるようです。

 さらにイシスさんからは、これから起きる変化の内容、そして太陽の舟に乗る方法を教えて頂きました。そして貴重な3つのパワーシンボルと護符まで頂けました。縁する方に出来るだけ必要なことをお伝えしたいというイシスさんの愛深い思いに感謝です。
 イシスさんの神の光線リーディングで頂ける神の言霊は各自にとって貴重なスキルとしてこれからの大きなシフトに活用できそうです。
 今回は東京始め遠方からも沢山の方に参加して頂き、食事会後の交流会も楽しい時間でした。予定の21時を過ぎてももっと楽しみたい感じで、名残り惜しいセミナーでした。次回は12月22日に神の光線感謝祭を開催しますが、果たしてその時は如何なっているのでしょうか?今からとても楽しみなお祭り、ある意味で新生祭です。
 
 神に秋のお実り様を捧げるの新嘗祭ですが、私達テンメイ米もいよいよ収穫、稲刈りを迎えました。10月21日10時に木村農園の田んぼに25名程の皆さん集まりました。
 今年は是までの中で一番天候に恵まれ、田んぼの土も乾いていて稲の実も十分に熟成して最高の稲刈りでした。手刈りして天日干しをします。畔には棒杭が20本ほど立ち、そこに重ねて行きます。手刈りだけでは時間が足りなく、最後は機械の登場で全て綺麗に刈り取れました。落ち穂拾いもしましたが、驚くほど沢山の穂を拾いました。皆さん心地良い秋の風に太陽の光をいっぱいに笑顔が美しいです。子供達は初めての事も直ぐに仲良くなり、カエルや虫取りに遊びまわって大喜びです。赤ん坊もお母さんの背でゆすられてご機嫌です。
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 途中お茶の休憩を取りましたが14時過ぎに全て完了しました。昼食は近くのサバイバル講座の講師の佐々木さん宅です。我がテンメイ農場の収穫野菜で芋煮鍋をお腹いっぱい頂きました。兎に角美味しいのです。皆さん稲刈りでお腹がすいたようでおかわりして大満足です。今年誕生した長男を抱いてあやす佐々木さんはご機嫌で、目に入れても痛くない感じで孫を抱くおじいさん?の様です。
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 陽が傾き始めると急激に寒さを感じる秋です。片づけて皆さんで近くの涌谷天平の湯に繰り出しました。初参加の小学生の海クンを連れて温泉に入りましたが子供は元気、素直で楽しさを全身で表しています。自然の中で身体をのびのびさせ、動き回り、色々な事を体験出来て、楽しき喜びいっぱいの天国の様です。
 湯上りは皆さんでビールで乾杯です。夕食は芋煮の食べ過ぎでほとんどの方は無しで、飲み物で四方山談義に花が咲きます。皆さんと一緒に理屈抜きでただただ、とってもありがたい、うれしい、幸せな時空間を過ごせました。

 27日は午前は真向法体操の中央修練会でした。全国大会に参加された方々から感想をお聞かせいただきましたが、参加してとても良かったという声がほとんどでした。嬉しいことです。私は現在、宮城真向法体操会で3教室で指導しています。昨年は震災の影響で私がなかなか教室に出ることが出来ずにかなり不評で、会員の減少の原因にもなりました。いろいろご意見も頂き、今年は出来るだけ私が出席できる日程で開催日を決めて頂いています。会の長として最低限の貢献はしなくてはと再自覚している現在です。必要とされることはありがたいことです。
 
 実は27日はテンメイ名取農場の収穫祭でした。午前中から農場では収穫作業等が行われていますが私は真向法修練会終了後早々にそちらに向かいました。30名程の皆さんが参加していました。
 到着と同時に蒸かしたてのサツマイモを御馳走になりましたが美味しいです。収穫は終わって料理もほぼ完成していました。今回は木村農園のささにしきの新米でおにぎり、そのほかサツマイモ、芋煮汁、その他沢山の野菜料理が食卓いっぱいに並んでいます。今年は慈薬食のたまり場会を担当しているTさんを中心に腕を振るって頂きました。ほとんど農場の野菜で出来たもので収穫祭に相応しい物でした。お恵みを頂けたお蔭様、神様に感謝して、嬉しい楽しい幸せのテンメイ版の新嘗祭です。
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 ついつい食べ過ぎてしましますが、みな美味しいのです。ゆっくり味わい、皆さんと話が弾みます。食後はSさんの抹茶の御手前を頂きます。今回は子供が木村家の二人だけでしたが、彼女たちもお行儀よく頂いています。食べものが沢山残っていますが後はお持ち帰りでお土産です。そして15時頃に中締めです。

 しかしそれでお開きではなく、それからが既におなじみの助っ人「かっちゃん」の送別会です。今日の収穫祭終了後、千葉県に帰ることになっています。彼は今回も約3週間以上にわたり仙台に滞在して下さり、農場長をサポートして数々の作業をして下さいました。その期間中に開催されるセミナーやミーテイング等にも参加して下さり、すっかりテンメイの住人というか、欠かせない、いつもいるのが当たり前といった存在になっています。そんな彼の存在に感謝です。彼は11月の座禅断食会には参加しますので直ぐに又仙台に来てくださいます。嬉しいことです。外は冷たい雨が降り出していますが、身心和らぐ、ありがたい、暖かい収穫の祭りでした。
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180「神嘗祭」2012,10,31

 秋真っ盛りの中、10月14,15日に山形県天童市で公益社団法人真向法協会の第40回真向法研修全国大会が開催されました。参加者750名が全国各地から参集し、とても盛会でした。多数の為、宿泊ホテルは2つに分かれ、それでも100名程泊まりを断ったとか。
 全国に女性県知事が3名いますが山形県の吉村美栄子知事も来賓で祝辞を頂き、花を添えて頂きました。隣県の私が会長を務める宮城真向法体操会も40名で参加しました。宮城のユニフォームは杜の都仙台をイメージしたグリーンです。沢山の中でもひときわ鮮やかに目を引く存在でした。
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 宮城の会員でも全国大会に初参加の方も沢山でしたが、皆さん参加者の多さにびっくりです。92才の元気な方を目にし、80歳で元気な方は沢山おられ、70才はざらで、60才はまだまだ若者で、その元気さ、熱気に驚嘆していました。真向法の奥の深さに刺激も新たにもっと励み健康長寿にと奮い立たれたようです。
 1日目の記念講演は若松寺住職、氏家栄脩先生の「先人に学び、心豊かに生きる」でした。若松寺は開山1300年で縁結びの寺で有名です。ご住職と握手すると良縁に恵まれるという事でこれまで沢山のカップルが誕生しています。住職と握手する為に今数千人が予約待ちとか、縁結びの神様で有名な出雲大社がと並び称され、西の出雲、東の若松と言われ現代の良縁パワースポットとしてマスコミでも取り上げられています。お話はその数々のエピソード、仏教に示される先人の教えを面白おかしく、誠実にお伝え頂きました。前列の女性がどさくさに紛れて握手していましたが果たしてご利益がありますでしょうか。
 そんな良縁ご利益のお話のあとで一際話題を集めたのは85才83歳の新婚カップルさんのことです。真向法全国大会で出会ってゴールインされたとのこと、真向法の同行同修、修練者なればと納得、人生終生現役に拍手喝采です。これから真向法全国大会が良縁の御利益の場になるかも?
 懇親会は会場ぎっしりでした。宴たけなわ、余興が繰り広げられる中、宮城真向法体操会も大取り前に合唱を披露しました。仙台市八軒中学校の合唱で有名になった「あすという日が」で、昨年の3,11震災後この感動的な歌声が被災地の方々の心の癒しになったという感動の曲です。昨年の支援に感謝を込めて宮城の会員皆さんで熱唱し、大きな拍手を頂きました。宮城だけの二次会も和気藹々楽しめて、皆さん参加して良かった、楽しかったと秋の収穫にご満悦でした。
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 更に15日は、カルチャーセンターの真向法教室の講座がワンクール10回終わり、打ち上げ会がありました。いつも夜の打ち上げでしたが私の日程が取れずにランチでの会になりました。10数人の参加でしたが超格安豪華和食に皆さん大満足で真向法のご縁で、健康を得られ喜びで楽しいひと時を過ごしました。全国大会からそのまま参加の方もいていろいろ話は弾みました。
 
 10月16日は伊勢神宮神嘗祭(かんなめさい)です。生体エネルギーを共に学ぶ南木曽の材木屋のSさんのご縁で今年は参加できました。一般参加者300名でSさんの仲間は30名でとてもラッキーな体験が出来ました。Sさんは伊勢神宮他に木曽ヒノキ始め材木を収めておられています。彼のご縁で、40年以上にわたり伊勢神宮に奉職し、現在、京都八坂神社宮司のHさんの案内で参拝出来ました。私は伊勢神宮は是まで幾度も参拝していますが神嘗祭は初めてです。
 伊勢神宮内宮は沢山の参拝者です。お実り様の米俵を奉納する荷物車が引かれて行きますが、今日の神嘗祭に向かっていろいろな準備が行われています。
奉納行列

 私達30名は内宮の正式参拝をさせて頂きました。正宮御垣内に普通は荷物を持って入ることが許されませんが、何故か荷物を持って参拝するようにとのことで、私はしらべとしらべSを持参して参拝できました。その上、H宮司の案内で内宮の垣根の周りを特別に周ることが出来て正宮近くに神光を頂けました。
内宮正宮 内宮正宮 内宮正宮 内宮正宮 内宮正宮

 次に神楽殿でご祈祷を頂き、お祓い・祝詞奏上・玉串奉奠・お御神楽を頂きました。その時にSさんのグループ参加者を代表して私ともう一方が名を読み上げられる幸運に恵まれました。何故かその時に組織会社名をあわの里で記入していましたので式典の中で3回も名を呼ばれることになり、これまた幸運でした。お蔭様で大きな立派な神符と穀物等の御下賜を賜りました。
御下賜

 神嘗祭は宮中祭祀の1つで、五穀豊穣の感謝祭にあたるもので、宮中及び伊勢神宮で儀式が執り行われる宮中祭祀の大祭で、その年の初穂を天照大御神に奉納する儀式です。神嘗祭の儀式に先立って天皇は宮中三殿の神嘉殿南庇で神宮を遥拝し、神宮へは皇室から幣帛(へいはく)と勅使(掌典)が遣わされ幣帛の儀が奉仕されます。
 今年は20年に一度の式年遷宮(しきねんせんぐう)の年に当たります。ですから現在の正宮で最後の神嘗祭になります。来年は遷宮の後に行われる大神嘗祭として一際大事な祭りになります。遷宮の費用も総額550億円とのことで驚きの金額ですが、国家の一大事業です。出雲大社も来年は60年に一度の平成の大遷宮です。2013年はとても大事な年になりそうです。

 夕飯は五十鈴川沿いの和食のお店、とうふやで美味しい料理を頂きました。腹ごしらえを済ませて20時過ぎに宇治橋前に集合して入宮の21時を待ちます。
夜の宇治橋前
報道の方60名程は先に入宮して暫くして、一般参拝者300名が守衛さんの案内で4列で宇治橋を渡り懐中電灯で足元を照らし、無言で神楽殿隣の五丈殿前に向かいました。私語、写真撮影は厳禁で、列をなして立ったままで静かに式典の開始を待ちます。夜空には沢山の星々が綺麗に輝いています。暗闇に松明が灯り厳粛、幽玄な静寂の世界です。
 22時に太鼓の音を打ち鳴らし白装束の正装の神職の列が荷物を抱える方も含め40人ほどでしょうか、こちらに進んできます。先頭には巫女様が一人、正面をしっかり見つめて粛々と歩んできます。報道陣のシャッター音が一斉に響き渡ります。その間、無言のままに儀式が進みます。そしてこの地で儀式が済むと正宮に移動して儀式が成されます。私達もそちらに移動して垣根からその様子を覗いますが中は良く見えません。
 最後は荒祭宮で行われるのでそちらで待つことにして正宮を離れました。夜の冷え込みが心配されましたが意外と私は大丈夫でしたが、コートなど防寒具に身を包んだ方々も大勢です。最後まで見届けずに私は途中で宿舎に戻りましたが午前0時近くでした。深夜の内宮境内は人の気配も無く静まり、月星の光で陰の世界です。ここはというところであわ歌を響かせました。
 同じ儀式が午前2時にもう一度なされるとのことです。そして翌日は11時50分に天皇の勅使が参列して儀式が成されるのです。それで2日間にわたる神嘗祭が終わるのです。

 17日早朝、ホテルの中庭を散策しましたが多くのバラが咲き誇っていて、ベンチで暫し眺めて楽しみました。バラ園はあわ歌を響かせるにはうってつけの場です。天候は曇りから雨に変わりましたが、ホテルで勅使参列の儀式まで待つのも躊躇していました。結局、儀式には参加せずにあまり訪れることが出来ない伊勢神宮の別宮を巡ることにしました。
ホテル中庭 ホテル中庭

 レンタカーを借りてまずは大紀町にある瀧原の宮を参拝しました。内宮の別宮で「大神の遥宮(とおのみや)」といわれます。伊勢神宮から北に約40キロ程の距離です。瀧原の宮の森は鬱蒼として木々に守られています。ひっそりとしたお宮を一人で静かに満喫できました。あわ歌も響かせて心を頂きました。
瀧原の宮 瀧原の宮 瀧原の宮

 次は南下して伊勢市を抜けて志摩市磯部町の伊雑宮(いざわのみや)です。60キロ程離れていますが途中急激な睡魔に襲われました。いろいろなエネルギーを受けたようです。こちらも内宮の別宮で「大神の遥宮」で、御神田がありここの御田植神事は日本三大御田植祭として有名です。既に稲刈りが終わっていて、ここのお米が神嘗祭に奉納されたのではと思いました。ここでもあわ歌を響かせました。
伊雑宮 伊雑宮

 途中にある天の岩戸を訪れ、伊勢市内に戻って内宮の別宮の月読宮、同じく別宮の月夜見宮を参拝しました。月夜見宮は伊勢市駅の近くですが巨木が鎮座しその場のエネルギーは心地よく感じました。雨の中、それぞれであわ歌を響かせました。そして最後は伊勢神宮外宮を参拝しましたがかなり駆け足で巡りました。終わってみれば全て丁度良い加減で、予定の時間に近鉄特急に乗ることが出来ました。
天岩戸 天岩戸天岩戸

月読宮 月読宮 月読宮月読宮

月夜見宮 月夜見宮 月夜見宮月夜見宮

外宮外宮

 来年は大神嘗祭にお声が掛けて頂けるか定かでありませんが、まずもって貴重なお祭りに参加できました幸運に感謝です。真向法も来年は唱導80周年の記念の年で祝賀行事が予定されています。来年は節目の年になります。
プロフィール

仙台天命塾長

Author:仙台天命塾長
 大久保直政
http://genkiup.net/

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