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170「巡行2」2012,9,16

 2012年9月1日に皆神山を中心にゴールデントライアングルでは響き合う事が出来ました。次なる課題は日本列島を南北、東西に皆神山から分岐する地点で響き、光を発することです。その場所は新潟県の佐渡島と静岡県の御前崎です。何故か皆神山と一直線で結ばれるのです。
 いつもながら、中山さんから降ろされるお言葉には驚かされることばかりです。佐渡の事は8月29日にお言葉があったようです。そして9月2日には佐渡島に渡り、島のほぼ中央にある妙見山山頂で儀式を行う事になっていたのです。

 9月2日早朝に起床して6時に私達6名は松代を出発して一路車は新潟を目指します。新潟港で現地参加の新潟の方々と合流して10時のジェット船で佐渡にわたりました。中山さんのお知り合いの方にガイドをして頂き、妙見山(1042m、佐渡で2番目の高山)に登りました。レストハウスから1時間弱の登りですが自衛隊のレーダー基地の中を抜けて行きます。山頂には妙見様のお宮がありますが360度の眺望は素晴らしいです。太陽が強烈な光を発して、燦々と光が降り注いでいます。
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 そこであわ歌を響かせました。その時のお言葉です。

「待ちておりました。この地にありて大きなる北と繋がり行くを、永きを止め、耐えておりたり。是よりはこの光持ち、繋ぎて参りたし。(拍手)
 ゆうゆうゆうの光持ち、是より北の大きなる力をこの国に流し行きて、抑えを成し行き、山、川、海を平らかなるように頼みまする。是より、この三名様手を取り合い、繋がって大いなる身を現すなり。北よりも繋ぎて下され。振るうは大きなるが、ここにて働きます。(拍手)頼みます。」12時40分
 
 下山はクロスカットで違う道で直線的に下りてきましたので半分の時間で出来ました。お蔭で1つ前の舟に乗れましたので早めに佐渡を後にしました。新潟では懇親会でしたが私は少しだけ参加して失礼しました。満席の新幹線とき、やまびこを乗り継いで仙台に帰りました。
 佐渡は朱鷺(トキ)で有名です。妙見山は北辰の北極星の北斗信仰、北辰妙見信仰に深く関係があります。今回佐渡の妙見山で行われたもう一つの意味は、お言葉にあったように「北の大きな力を流し、北より繋ぎ行く」その時(朱鷺)を発した、という事のようです。
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 次なる御前崎は9月9日9時の儀式です。中山さん始め他の方々6名は8日午後にはホテルに集合して、あわ歌を2時間程歌われていました。私は所要があり夜懇親会途中から合流しました。9日は早朝に起床して、日の出の前からご来光を頂きながら、海岸で海に向かい、7名であわ歌を1時間程歌いました。その時のお言葉です。
「迫り来た。この地の動きが新しきへ参る。大きなるこの時、この事、少しでも小さきを望みて、軽きと成るを願いたり。全てを引き受け、皆々出だして消し去るを、知らせて参りた。ご用意は宜しいか。今からの大きなるは覚悟が要ります。皆々すがりて参りても無駄なり。それぞれその身が想いを定めて、しっかりと新しきへ参りて下され。是より一段とこのあわ歌、響きを出だして、只々歌いて参られて、光と一つと成り行きて、この時を越え、新しきへ参られませ。」 5時58分
「ああ、空よ海よ、この広大な宇宙にありて、大きなるを、うつして参りたり。是よりも変りなく、この地を動かし行きて、新しき、嬉しきへ皆々を誘いなされ。この水の底に埋もれし多くは、光の中へと参りたり。しかし、まだまだなり。新しき大きな光と成り行く今は、いかなるや。」
「遥かに参りたこの光を、しっかりと受け取りて参られ。今日この日は、ただただ光と共に過ごし行き、新たなる明日への始まりなり。大事に過ごして行かれませ。」 6時25分
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 9月9日9時丁度に部屋で儀式が始まりました。その時のお言葉です。
「さて是より始まるは、明日より巡り来る光によりて、多くの方々、多くの山、川、海、多くの木々、草々、皆々新しき動きと成り行き、それぞれの真、この地にて多くのぶつかりを生みて参る。光は強く、それぞれに入り、益々真、出だし行き、皆々様の真への気付きを促し行きます。永きにわたりて申し来たりた。一切無しと致すこと、ここにて皆が知る様に致しましょうぞ。始まりゆくゆく明日よりの日々、受けたる光、活かされて、新しきへ参られよ。」 9時21分

 儀式は終わりました。終わりは始まりです。果たしてこの変化に如何様に選択し、応じて行けるのか各自に投げかけられました。太陽の光は強烈です。10時には宿を後に出発しました。富士山は太陽に照らされて黒き山容を示していますが、雪を頂いた白き美しき姿と対比してしまいます。
 静岡市清水区の三保の松原にある御穂(みほ)神社に参拝してあわ歌を奏上しました。 
「この海の大きなる力を皆々様には分かりておられますや。全てを引き取り、その海の中にて、育て行き、振り分けて次へと還す。これなくば、この地にあることあたわず。皆々よくよく知りて行いを改め正して、それぞれがご自分をしっかり守られませ。」11時25分

 御穂神社で取りあえず解散です。車で東京に向かう方、新幹線組に分かれました。私以外の方々は東京でのあるイベントに参加されましたが、私は東京まで同行し福岡へ向かいました。

 更には9月10日に、この9月1日からの一連の巡行の最後と成る儀式が5名の方で千葉県の富津岬で行なわれました。私は参加していませんのでその状況は解りませんが、滞りなく、全て順調に行われたようです。
 静岡からの新幹線車中で中山さんから10日10時に儀式を行う必要があるがまだ場所が分からないという話になりました。私の直感で富津岬が良いのでは、とお話しました。中山さんは駿河湾が気になるとのことでしたが、東京湾も危ぶまれています。御前崎は西から富士を拝しましたが、東から富士が見えてと考えたら富津岬が浮かびました。そして富津で正しかったようです。
 富津岬に早目に到着し暫くあわ歌を歌い、儀式に望んだようです。
 そこでのお言葉は以下でした。
「これから行う儀式に 皆様方はただただ歌いて、この身を守りたまえ。この身は導きにただただ従い為され。」 9時56分

「ありがたきなり。この身に光は満ち足り。是よりこの身より発し行く光は、また進みたる光。生まれ来るは真なり。是より皆に伝え行き、多くの方々と共に、この輪の中へ参らるる。伝えて参る光の知らせ、共々に。」 10時15分

 中山さんはこの儀式を経て、また一段と変化を遂げられたようです。
 この一連の変化を見越してか、既に8月8日に、あわ歌会に関係する主だった全国の方々に呼びかけた、9月14日開催あわ歌会の集いが周知されていました。この様な集いは初めてでしたが20名程の方が各地より東京神田に参集しました。
 9月14日の会では各自の状況報告を兼ねて自己紹介がなされ、これからの事が中山さんからお話ありました。その内容は今回の9月1日から10日までのお言葉にも表れていますが大きく変わるようです。

「・・8月初めに歌い方を変えろと来た。それを皆が出来るわけでない。楽しくやれば良いというだけでなく、厳しくなる時どうか。これからどうして行くか。ひたすらどんどん進んでいくが、私としては皆と一緒に行きたい。しかし厳しいことになるかな。それでこれからどうするか。自分が確立していないと光は危険だ。良い悪いは判断できない。審神者できない。自分が決めないとそこに行けない。一切無しにして自分を定めて行く。整えるグッズとしてあわ歌は有効だ。
 歌っていれば良い、皆と一緒だから良いはダメ。楽しいから良いも、その楽しいが100%でないと行けない。取りあえず今までの思いは無しにして、自分はここに行くと定めて歌う事。
 8月に歌の響きを変えた。違えたが皆に伝わっていない。分かっている人は良いが、それでは済まされない。もう一段変わるレベルに来た。どうするか。ただただ響いて下さいは終わった。それを誰が判断するか。それは自分がするしかない。自分でこれをしていくと定めることしかない。全部を無くするの基本へ行ければ良い。一緒に行くためにどうしたら良いか。
 最近のメッセージは縛ることがある。ここに来ないと行けないと、今までとは違ってくる。それを皆が分かってくれるか。あわ歌に縁があった人を、ただそれで済ませて良いか。これからは一人ずつに歌ってこのことを伝えなさい、それでも分からなければしょうがない。・・・」
 中山さんの中に入った、宇宙の根源から来ている光を皆に配り、それが髄液に入って変えて行く。これら一切は知らないことで、皆さんの用意をして下さい。そして光がしっかり伝わることで宇宙が再生できる可能性がある。そのことを認識して如何に皆に伝え、目覚めさせることが出来るのか。中山さんとしては新しい歌を歌って歩きたい。とのことです。縁ある方々の協力が求められました。各自の想いの定めを促されています。

 いよいよ10月10日に中央で開始。その前の10月6日から8日の天命塾の陸奥開闢の旅は大きな意味を持ちそうです。北極星を中心にした北辰信仰所縁の地を巡り、開闢された北からのエネルギーが中央に、皆神に降り注がれることでしょう。

 以下蛇足です。
 皆神山、佐渡島、御前崎、富津岬。フォッサマグナ、日本海、太平洋で行われたましたが、佐渡島はZの形がしています。それらを読み解くと「皆(みな)神ぞ、さあ時が来たZ旗を掲げ、御前(みまえ)を先に、フツフツと湧き上がらせ、ふるい起こす」ことかもしれません。
(Z旗について:日露戦争時の1905年5月27日 - 28日にかけて日本海で行われた日本海海戦の際、トラファルガー海戦の事例に習い、東郷平八郎連合艦隊司令長官の座乗する旗艦三笠のマストにアルファベット最後の文字であるZ旗を掲揚し、「皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ」という意味を持たせて掲揚した。出典Wikipedia

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169「巡行1」2012,9,15

 9月1日は極めて意味深い日であったようです。中山博さんのあわの歌とご縁を頂き、あわ歌を歌い響かせる方々が全国各地におられます。その中で有志の方々が12時に全国4か所で同時にあわ歌を歌う儀式が開催されました。
 以前、あわ歌は限られた特別な方しか歌ってはならないとされていました。仙台天命塾でも平成2008年6月に中山さんにお越し頂きご縁が始まりましたが、当時は中山さんからあわ歌を歌って頂くことだけでした。2009年4月半ばころから、中山さんから皆さんで歌いましょうと解禁になりましたが、そこに至るにあたっては色々な経緯がありました。
 その2009年5月から東の日高見の聖地を巡り、あわ歌を響かせる旅を始めました。その年の12月5日の陸奥ツアーで青森の三内丸山遺跡で、皆さんと輪になって初めてあわ歌を歌いましたが、とても印象深い感動の体験でした。
 当時はぎこちなく、歌を覚えてただ歌っている感じでしたが、日々に歌い込むうちに、どんどん歌も歌いやすくなり、中山さんの歌い方もその都度変わって行きました。更に色々なご縁から歌う方々が増えて、東北各地でも中山さんのあわ歌会が開催されるようになり、中山さんから歌って頂くあわ歌会だけでなく、皆さんであわ歌を歌い続けるあわ歌100回の集いも開催されてあわ歌の拡がりが見えてきました。
 2010年12月4日に仙台で100名を超える方々が全国から集まり始めて大規模なあわ歌の集いを開催しました。その時の案内の趣旨は以下の内容でした。
「9月11日仙台での歌会で大久保氏のメッセージと、9月12日の100回会で八回目のメッセージがありました。「東日高見の地で人々が結び合い、輪となって天地とこの輪で揺るぎなきないものにする。」このために「大久保氏がリーダー役として働いてください」という趣旨です。つきましては12月4日の正午に、関連する方はお集まり頂き、一緒にアワ歌を響かせたく存じます。その他の地の方々もご協力頂ける方はご参加下さい。またご都合のつかない方は、同時刻にアワ歌を響かせて頂ければ宜しいと思います。中山博」
 その時の様子は「木内鶴彦・中山博座談会」DVDに収録されています。
http://genkiup.net/library/2010.12.04kiuchi-nakayama.pdf
 人を通して天、地を繋ぎ、各地を清め、光を降ろし、大きな渦を起して、新たな世へとの転換を計る、そんな活動が始まりました。そして2011年11月11日11時の長野県飯山市武道館での大集会と続きました。2012年元旦には皆神山での儀式で皆神山が中心で働く事が示されました。
 
 今年の天命塾の会の時に、中山さんのお言葉である方への9月1日の神事の事がありました。それはやがて9月1日12時に皆神山を中心に鳥海山、富士山、白山の山頂であわ歌を奏上することになりました。皆神山を中心にしたゴールデントライアングルです。皆神山以外は名峰で大変な高山で、それなりの準備が必要です。7月末には鳥海山で30名弱の方々が予行登山を実施して各山へ登られる方が決められていきました。8月31日から各山に10名程の方々が登山して儀式は無事に実施できました。私も参加してきましたが、車で行ける三角形の中心の皆神山です。
 
 9月1日10時前に長野駅について集合先のホテルで中山さん始め皆さんと合流して 
皆神山に向かいました。11時からの皆神山神社での正式参拝の後、奥宮で12時からの儀式が行われますが、それに先立ち、事前儀式のあわ歌の響きを送りました。
 その内容は前日にお言葉があり、以下のようにが指示されていました。
「明日の儀式のその前に、この頂きより、三方の山に向かいて発しなされ。
 三名の女子にて発する言葉
「あーいーの 御光を 待ちております」
 この事三度、終わりた後に、三度ずつのあわ歌を」
 
 事前の儀式の時に頂いた言葉は以下です。
「届けたり、この地の多くの方々へ。この日、この時、是より変わる大きなる時、旅立たれませ。皆々承る。」 11時40分
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 正午、12時丁度に儀式は始まりました。皆神山には16名のあわ歌が響きました。終わって頂いたお言葉です。
「ありがたきなり。皆々様、この新しき日を共に迎え、響きと光は嬉しきなり。
 是より皆々様、響きを改め、その身に光、満たし行けば、この海、山、川、動くとも光となりて、向け行くなり。しっかり響きて、新しきへ進まれませ。
 是よりの日々を、大きなる時、それぞれが持ちたる真を、発揮なされませ。
 ありがたきなり。」 12時15分
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 直前に富士山のMさんから準備完了の電話が入りましたが、他は状況が分かりませんでしたが淡々と進み、儀式は完了しました。確かに響きと光で次へと進んだようです。
 
 皆神山神社を少し下ったところに小丸山古墳があります。そこでもあわ歌を歌いましたがそこでのお言葉です。 
「明日へ参るこの時に、皆々様は光り持ちて参られて、大きなる力を賜りた。さあ、皆々旅立ちなり、この時ぞ。(拍手)
 いや増す光に乗り行きて、大きな道を歩みなされませ。」 12時50分
 
 昼食をはさんで午後は清水寺観音堂を参拝しました。そこでのお言葉です。
「ありがたきなり。移り来たりたこの地の多くの方々共々参り行かん。(拍手)
 地を生み、気を受け、響きと光と一つと成りて参る。この地のこの山、大きこの身に抱きある。共々に参る。(拍手)はれやかに。」15時15分
 
 最後は千曲市の森将軍塚古墳です。石で積み上げられた前方後円墳は巨大で千曲川、川中島から長野市の善光寺平らが一望でき、眺望がすばらしいです。強風が吹く中、古墳上であわ歌を響かせました。そこでのお言葉です。 
「さあささ、始まり、始まりますよ。皆々様には始めて、始めて、この大きなる地はしっかりと結び合うこの場なり。東と西とこの中央で手を結び、是よりの大きなるこの地の動きを鎮めて参らせませ。移り行く是よりのこの星の動きを、響き、光持ちて頼みます。」
16時40分
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 9月1日の予定は全て終了です。ホテルでの宴は和やかな中で祝杯を挙げていましたが、程なくしてUさんが到着しました。彼は富士山に登頂して儀式に参加した後、山を駆けおり、車を飛ばして駆けつけましたが、素晴らしい体力、気力です。二次会も早目に切り上げて、明日へ向けて就寝しました。実は1日の儀式の後に更に2つの課題が与えられていたのです。

168「出雲」2012,9,3

 ロンドンではパラリンピックが開催されていますが1か月前のオリンピックとは全てにわたって差がありすぎる感は否めません。パラとはギリシャ語で反対側に、越えての意味ですがパラが付く言葉は沢山あります。パラドックス、パラレル、パラレルワールド、パラノイア、パラボラ、パラフレーズ、パラサイト、パラダイス・・・。
似て非なる物そんな感じがします。これからそのオリンピックの両極の世界がこの地球で繰り広げられるような予感がします。平行で併行、閉口してあった物が、邂逅し開口されていく。そんな変化でしょうか。

 6月末頃でしたでしょうか、懐かしい方から手紙を頂きました。私が20歳の頃にお世話になった島根県の城福寺からです。城福寺は真言宗のお寺で、かつてはユースホステルをしていましたが数年前にユウースハウスに変更しています。
 学生時代に頭陀袋を抱えて旅していた時に、ひょんなご縁で宿泊して、やがて年に何度も遊びに行くことになり、3年程足繁く訪れた思い出の地です。
 YHには常連という半ば居ついていろいろお手伝いをしながら、別世界の時場、暇を楽しむ方々がいました。私もその一人で、初代ペアレントのおじさん(先代ご住職)とおばさんの人柄、人徳に惹かれるものがあり、すこぶる居心地が良く、遊び語り騒いで青春の祭りの楽しい日々を過ごしました。40年前の世界ですがお寺とのご縁はその後、私の学業が忙しくなりだんだん遠のいたのですが、何かの折に思い出しては訪れていました。
 今年がYHを開所して45周年とのことで8月18、19日に記念の集いを開催するとのことです。2代目のおばさんからの手紙は心惹かれるものがあり、暫し出かけるか思案していました。結局10年?いや15年ぶりかな?で訪問することにしました。
 お寺を訪ねておじさん、おばさん等にお会いするのと同時に、改めて出雲の各所の古のキースポットを久しぶりに訪れようとの魂胆です。
 今回の訪問の場所はほとんど以前に何度か訪れていますがその詳しい謂われ等は割愛します。原田常治著の「古代日本正史」が記紀以前の資料に基づく貴重な内容で、常に参考にしていますが、今回も改めて読み直して出雲に向かいました。

 出雲空港からレンタカーを借りてまずは島根半島の東端の美保関にある「美保神社」です。えびす様の総本社で御祭神は大国主の御妃の三穂津姫命(みほつひめのみこと)です。強烈な太陽の光が降り注ぎます。
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 次は松江に戻り宍道湖北側にある「佐太神社」です。出雲の二の宮で、神在(かみあり)の社です。主祭神 佐太大神は出雲国で最も尊いとされる四大神の内の一柱で猿田彦大神と御同神です。旧暦10月のころになると出雲地方では八百万の神々がお集まりになる神在祭(かみありさい)が執り行われますが、その中でも佐太神社の神在祭はもっとも古くから執り行われています。
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 「出雲大社」は出雲の国一宮です。平成の大遷宮工事が成されていて25年が本殿遷宮です。沢山の参拝者で賑わっていました。縁むすびの神様として有名ですが御祭神は大国主です。早々に失礼しました。
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 「日御碕神社」は島根半島の西端の日御碕にあり朱色の社殿が目を引きます。「日の本の夜を守る」命を受けた神社です。神の宮に素盞嗚尊(すさのうのみこと)、日沈の宮には天照大御神が祀られています。ここも強烈な光が振り注がれています。
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 近くの日御碕灯台はさらに強烈な光りで灯台の白色が少しかすむ感じです。
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 時間は17時を過ぎています。ここから60キロ程を西に向かい、大田市の城福寺を目指します。
 19時から45周年記念のメインイベントの石見神楽が奉納されます。夕暮れ日本海を眺めながら車を飛ばし18時少し過ぎて到着できました。
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 住職と奥様に懐かしい再会をし、簡単な挨拶をしてYHの恒例の夕食メニューのすき焼きを庭で頂きました。既に息子さんが副住職として切り盛りしています。山の中腹にあるお寺はこじんまりした境内ですが沢山の宿泊者や来客、準備に追われ賑やかな中、境内を歩き見て歩きました。かなり以前にお寺の梵鐘を再製する時に御喜捨させて頂いたのですが、梵鐘に自分の名前を確認し、高台にあるお寺からの夕陽に日本海を眺望し、懐かしい思い出、感慨に少し浸っていました。
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 記念演舞、石見神楽は大広間で演じられましたが冒頭、御住職の挨拶、常連会代表の言葉で始まりました。
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 石見神楽は何度か見ていますが確か35周年?の時にやはり石見神楽が演じられその時に結婚前の副住職が神楽を演じられましたが、今回は副住職の長男が神楽デビューで住職は孫の演舞を楽しみにしていました。きらびやかな素晴らしい衣装は暑さで大変です。笑いを誘う面白い世界で、近所の皆さんが三々五々集まって来て観客がどんどん増えて行きます。3時間程の宴は笑いと喜びの中に場はどんどん活性化して行きます。皆さんに愛されている城福寺ユースハウスです。
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 2日目は私は早出です。最初の目的地は「須佐神社」です。御祭神は須佐之男命で、須佐之男命の御終焉の地として御魂鎮めの霊地としてお祀りされています。本殿後ろの大杉も見事です。朝の光が燦々と響いて輝いていました。
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 「三屋神社」は御祭神は大己貴命です。
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 「須賀神社」は須佐之男命と稲田姫が新居を求めたと言われる地です。日本初之宮、和歌発祥の地と知られるところです。201208190948000.jpg

 「熊野大社」は出雲大社と共に出雲の国一宮で御祭神は素盞嗚尊ですがその別名で祀られています。
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 「神魂(かもす)神社」の御祭神は伊弉諾大神、伊弉冊大神です。本殿は現存する最古の大社造りの素晴らしいもので昭和27年3月に国宝に指定されています。えっ、私の生まれた年月ではありませんか。
 参道から始まる神魂(かもす)の神域の世界は何か出雲大社や熊野大社と異なり、かつて初めて訪れた時から惹かれるものがあり、私は好んで訪れるお気に入りの神社です。
 あまり参拝者も来ない中で、あわ歌を歌い、光と響き合い、風と日差しと木々の葉音、境内の神気に浸って、暫し心地良き時空を満喫しました。社殿を撮影すると光が反転した感じで全ての様相を変えていました。ちょっと不思議な感じの色合いになっていました。今回はこの光景を体験する為に来たのか、と思って変に納得しました。今思うとパラの世界を垣間見たようです。
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 もうこれで十分と思いましたが一応予定していた八重垣神社を参拝して完了にしました。

 出雲空港から伊丹経由で仙台に帰りましたが、伊丹でも強烈な光を味わいました。8月8日以降、強烈に光増す世界と反対側の闇深き世界、その両極が強烈に私達が持つ、自らの内外の世界で邂逅し、開口、開闢されて明らかになって来ているようです。待ったなしで素に帰り、いよいよ本心で選択し、決意し、意宣(いの)りの時です。
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 そんな感じで味わった出雲でした。

 蛇足ですが、出雲とはどんな由来の言葉かと調べたら以下が記されていました。
 「出雲という国名の由来は雲が湧き上がる様子をあらわした語、稜威母(イズモ)という、日本国母神「イザナミ」の尊厳への敬意を表す言葉からきた語、あるいは稜威藻という竜神信仰の藻草の神威凛然たることを示した語を、その源流とするという説がある。」

167「法則」2012,8,31

 8月も晦日を迎えもう9月です。猛暑日が続き異常気象の様相ですが海外では干ばつ、洪水の被害で食糧危機が叫ばれています。原発を稼働させないと電力不足になるというアナウンスをよそに電力供給が十分に足りています。果たして何だったのでしょうか?しかしエネルギー危機には避けられずこれからの課題です。金融危機、経済危機、政治危機・・全ては危機だらけで社会システムが限界に来ている事は明らかです。新しい時代の科学、法則が求められていますが、宇宙自然を踏まえた哲学が基本に必要です。8月11,12日に飯島秀行さんの講演会を開催しましたが、そこでの学びは示唆に富む気づきの時間でした。お話の内容を簡単に紹介します。

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「自然法則が働いているものは右周りをしているとすると、逆回りで左回転している異常が存在している。今の世の中は異常だらけで逆転している。その人達は疑わずに反転したままで行動しているので、その事を指摘されても分からない。正常な働きをフリーエネルギー、永久運動という。人間は永久運動でないと死んでしまう。何を見て有限で、無限なのか。
 宇宙の法則は科学で、万物万象を活かしている源。その見方が無いと永久モーターは出来ない。だから現物を見ても分からない。意識が逆で捉えているので噛み合わない。勉強は覚える為ではなく見方を変える為だ。人間は生きているが、何故かと疑ってみる人がいるか。なぜ動いているのか、生きているのか知らない。生かされているのか知らない。食べて、水飲んで、空気吸って生きているが、どうして生きれるのか。農業でも工業でも病気でも、一つの例外なく法則があてはまる。
 放射線以上に怖いものがある。その怖いことが身の回りに起こっている。自分の正体、メカニズムを知らないことが一番怖いことで、それが最大の悪夢。疑わずに動くことで正常化なのか。今皆で一生懸命に汗をかいて壊している。全部狂っている。このままでは国が倒産して行く、地球の末期がん状態だ。本来癌にならないはずのものが、イヌ、ネコにも透析治療している時代で将に狂っている。しかし、異常で生きている人にはその事が分からない。
 正常法則で生きると肉体は正常になり、意識が逆行すると悪化して動けなくなり癌になる。治る人と治らない人がいるが、治るためには意識が変わらないと無理。今の世の中は宗教も学校、社会も全てが逆行している。教えているもの逆説で、その結果として世の中逆転している。正常回転しているのが常識だが、それを世の中からは非常識とみられる。しかし、真の世界ではそのメカニズムが正しい物質を作る。逆転は非常識だが、世の中では常識になっている。
 
 電気自動車は二酸化炭素以上に害をだす。想像を絶する害が出る。考え方が逆転して作った物はエンジンから二酸化炭素出し、考え方が変わらないと結果は変わらない。
 農薬使い続けて病害虫が減ったか。使う事で土壌汚染が拡がり、なかなか直らない。逆転している考え方の人は直せない。経済は近い将来崩壊する。何を根拠に国を建て直すか、清浄な意識に変わらない限り変わらない。
 コマーシャルにある「病気は人間を選べない」は嘘。病気は人を選んでいる。それは正常な人にのみ分かる。異常な意識の人にのみ病気が起きるが、そこには異常振動がある。マスク位では病原菌を遮断できないし、予防接種した人が病気になる。
 振動のメカニズム、サイクル、周波数がある。例えば病原菌が左回転していて、人間が左回転しているとくっつくが、右回転しているとくっつかない。だから、病原菌、病気は相手を選んでいる。そこから入らないと何やってもダメ。
 いつ死ぬか、病気になるか分からない。勉強しなければならないとしたら、正常なものに向かう事でそれを超越して行く。いろいろな考え、知恵が湧き上がってくる。それが自然界の法則。そこに気付くことで全てに価値がある。そこには病気、倒産、損失はありえない。自分の意志で選ぶことをやってみる。永久乾電池は可能で、フリーエネルギーの自然法則を応用することで可能だ。

 人間、生物は全て自然の法則で動いているが、今は物質に偏って動いている。セシュウムも怖いものと怖くないものがある。放出型のものは害があり、吸引型のものは害がない。福島のものは放出型で怖いもの。
 水、農薬など全ては法則に従い使用する。電気のオームの法則は成り立たない。私の装置の多くの見学者はあら探しだけで、異常者は正常を見抜けないし、認めようとしない。逆転している人は全く分からない人で、更に完全否定してしまう人だが、中には何か感じる人が少しいる。

 天は宇宙法則で、天は我々を見捨てない。しかし、逆に我々が天を見放し、見捨てた。人に分かってもらわなくても自然法則が働き、法則が永久運動で、全ての物質が永久運動を起こす。
 有機体は無機体へ変換して、永久なエネルギーが本来の私達で、有限性は必ず害を出すが無限は害が出ない。考え方の意識が大事で、今の地球の末期がんをどう直すか。直す方法は自分を直すのと同じ。意識が正常化すると行動が正常化する。化学薬品が悪いわけでない。その有限性の意識が害を出している。死とは有限で、生は無限で、永久意識が物質を作る。
 くさい話だが、便はお腹の中では臭わないのは入って出るサイクルだから。しかしお腹の外に出ると、出て入るサイクルで臭い。法則を理解した目明きとして全うして生きて行くと不安が無く、病気にならない。正常な考えで全てはOK.しかし異常な考えでは悪化し、不安でこの世は地獄となる。今が天国なら死んで天国、今が地獄なら死んで地獄へ行く。今が大事で正常は無限を作り、異常が有限を作る。

 食物に栄養はない。それぞれの種類に波動がある。いろいろな微生物がいて、それと同等な波動がエネルギーに変わる。食べることで波動を入れている。にんじんの波動と空エネルギーが交換する。空エネルギーを入れる為にニンジンを食べている。にんじんは微生物の集合体で、その微生物が働いているその波動と同等の物が空気中から皮膚を通して入る。食べることで腹圧が上がってエネルギーが皮膚から吸入される。人間は皮膚呼吸だ。
 食べ物が直接栄養になっているのではなく、その同等のエネルギーが空気中から入っている。色即是空、空即是空そのものだ。水は微生物の塊で溶存酸素の量で決まる。微生物が一杯入っている方が栄養が高い。農薬を使うと微生物を殺してしまう。
 霞を食べて聖人は生きている。呼吸でエネルギー取り入れている。この世は全て生きもので空気が固まったものが物質。海のエネルギーの中で船が動いていて、海はバッテリー。これまでは船の中のバッテリーで、有限性の中で動いていた。しかし海がガソリンだったら無くならない。フリーエネルギー、永久運動で、どんなところでもエネルギー抽出できる。
 地球は台風、地震など天災で浄化している。海が酸欠起こすと台風起きる。戦争も文明の相乗性が加算されて起きる。癌も異常な考えを正常化するし、本人以外、第3者は治せず、本人の意識が変える。病気は自分が作ったもので他人は直せない。意識がしっかりしないと除去しても転移する。
 土壌が出来ないと植物は病気になる。海が出来ないと魚などは病気になり、ストレスで共食い起こす。現在は水、環境が安定していないので問題が起きる。
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 この世に対する疑問を潜在意識に持っている。死は2つあって、死んで肉体から幽体、霊体、意識体に行くことが本望で三位一体の存在だ。この今の状態で即、霊体になるには、「己は空そのもの」の意識を持つことで行ける。どのサイクルに同調するかは意識次第。私達の実体は霊体で、天国は霊界、霊エネルギーで出来ていて無形無想の生命体。大霊は目に見えない。法則も目に見えない。そこに大霊を宿している。
 私達は直感を持っているのに持っていないと思う。本質的に自分の思い通りに行く。やってみたいことをやること。神の啓示は肉体、五感を通して来て、形なく、言葉無い。自分が行ってみよう、やってみようが神の啓示でメッセージ。神は無形無想の大霊で、どうしたら神に行けるかと何か考えていてはダメ。無心でないと行けない。その事を経験して自覚する。何事も自覚するまですること。そして死なないことも自覚すること。死なないと怖いことない。死なない、痛みない、ガン怖くない。恐怖感が作っているのでガンを意識するとどんどん増えて行く。話題にならないと増えないので忘れること。
 これだけは成し遂げるという想念は導かれて実現する。意識を持って動くしかない。日常生活の中でやってみようかな、が良い。無視するとダメで、守護神が止を入れる。人間は啓示を受けて動くもので、考えるものでない。そこには脱線が無く、自分が生きているは逆で、意識チャンネルが合う事で病気は治る。食べもの、水で変わるのではなく考え方が相乗効果を現す。物質に偏ってはダメ。神は無形無想の大霊。己は生まれながらの神で、死んでも神との自覚を持つ。それで変化する。

 本当の先祖回向とは、先祖は我が内にある。原始細胞として精子、卵子存在して、それが肉体を構成して先祖が全部いる。日本昔話は聖書のようなもの。ピラミッドは形になった聖書。文字、言葉では本質を表せない。釈迦も常に変化しているのでたとえしか表せない。
 空気を吸って生かされている。万象万物はそれで存在している。石は焼くと粉、空気になる。全ては空エネルギーで、身体から意識が抜けると抜け殻。
 玉手箱を開けるなというのが霊界との約束。しかし浦島太郎は開けてしまい、鶴になって渡り鳥となり帰って行った。法則を理解するまで肉体を繰り返す。自分の意志を貫き通すことで地上天国と成る。今のまま理解して行き、エネルギー革命が起きるが、その前に意識革命だ。
 先祖が帰ってくるなら良い場所を作る。墓場を磨いてもしょうがない。自分の身元を磨くことが表裏一体で、神を外に求めないこと。鬼退治の鬼は自我という意識体で、法則で鬼は打ち砕かれる。
真理を知らないのは罪。全ては中性でそれが神。真理を芯から理解するとニュートラルになり、人に神の法則を伝える人材として使われる。
 懺悔する。理解することそのものが懺悔。全てを超越するもの、自分を生かしている神に挨拶をする。自分をまずは知る。真の世界と表裏一体でバランスよく生き、地上天国をなす。フリーエネルギーの世界はそこにある。その世界を理解できないと作れない。
 出来るまでイメージする。今まで培ってきたものと違うものにポイントある。やってみること。やらないでダメは最低の人生。生きることは各自が自覚すること。でないと人に伝えられない。出したほど入って来て、エネルギー入って上がって行く。」

 濃厚な時間は果たして如何様に皆様に響いたのでしょうか。1日目のお話を終えて懇親会ではいつになく飯島さんもお酒を召し上がり良い気分になられました。楽しき集いでした。



プロフィール

仙台天命塾長

Author:仙台天命塾長
 大久保直政
http://genkiup.net/

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