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145「番外2」2012,3,28

 3月9日のあわ歌会、あわ歌50回、懇親会、10日からの陸奥開闢の旅を終えて、11日夜仙台に到着しました。私は皆さんをホテルに8時半ごろに送り届けて早目に帰らせていただきました。2日間で1100キロほどの強行軍での北帰行でしたので無事に終えた安堵感と、この間に頂いた中山さんからのお言葉を整理して、それを踏まえて12日の番外編、こっそりの旅のメニューを計画する必要がありました。
 1月に初めてのこっそりの旅を行いましたがなかなか意味深い、有意義な貴重な未知開きになりました。前回に引き続き、今回も陸奥、宮城の未だ明らかにされていない扉開きがありそうで、そして北の扉開きができたが故に可能と成る、そんな順番もありそうだと思っていたのでした。キーワードは坂上田村麻呂から伊達正宗そして現在です。
 
 仙台は星の街です。今から約400年前に伊達正宗が創った街で、六芒星、四神、グランドクロスを配置した呪術都市です。詳しくは「星の街仙台」の冊子あるいは「星の街仙台~伊達政宗が隠した六芒星」(http://slib.net/2343)をご覧ください。正宗は徳川の検閲を逃れ、ある意図をもってこの仙台に仙台城を築城し城下の街を形成していたようです。
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 陰陽道では陽の星を五芒星、陰の星を六芒星で表し、どちらも様々の霊的攻撃から守るために使われていたようです。正宗は陰の月の六芒星、亀甲形で仙台の城下町を覆い、城下の家臣、民を守る為つくったのでしょうか。四神は東西南北に獣神を配置して中心を守り、繁栄を促す目的の様です。グランドクロスはキリストの十字架から来ているのでしょうか、六芒星、四神とグランドクロスが綺麗に重なり配置されています。そして六芒星の中心、グランドクロス、四神の中心が常禅寺通りと国分町通りの交差点あたりになります。
 1月のあわ歌会の時に何故か中山さんからTさんにヒト型、グランドクロスの絵等が別々に3枚降ろされ、何だろとその3枚を重ねるとぴったりだったのでした。そして会場のあわの里天命舎は六芒星、四神、グランドクロスのその中心点にあたる場所だったのです。
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 2011年3月11日の東日本大震災が契機となり、仲間の石巻の佐藤造船所の被災から、この復興には何故か支倉常長と関係あると思っていました。そして丁度400年前の1611年12月に慶長三陸地震、津波が仙台を襲っていたことを知りました。伊達正宗がそのさなか常長を第一次渡欧させたのは翌年1612年で、結果は失敗しましたが、翌年1613年に急遽、石巻で建造したサンファンバウテスタ号で渡欧します。しかしキリスト教の洗礼を受け常長が7年後に帰国した時はキリシタン禁教令が既にあり不遇の中に置かれ、歴史から消されてしまいます。
 正宗の正室の愛姫(めごひめ)は福島の田村藩(坂上田村麻呂の末裔と言われる)から嫁入りしており、正宗と愛姫の子である五郎八姫(いろはひめ)は徳川家康の六男、松平忠輝の正室となり、二人ともキリシタンでした。家康亡き後、秀忠により忠輝が改易の後は仙台で暮らしていますが、徳川にとってはある野望を抱く正宗の存在、陸奥の雄伊達藩は極めて要注意だったようです。

 前回1月の番外編で伊達正宗の御霊屋(おたまや)のある瑞宝殿を訪れた時のお言葉ですが正宗の心情、意図か汲み取られます。ちなみに瑞宝殿は四神の南にあたり朱雀です。
「あれから多くの事々、みな無しとなりて、真の心情は伝えられず、型のみ残り来たり。大きな目的は、この地に大帝国を作り、北の民を安んじることなり。この地の民の心情、真に麗しきものなり。ここにこの心残す為に大きな力を残し保つことを思いておりたり。いつ果てることも無き力の争いを止めることぞ。」
「語れば長きにわたりまするが、この地は古き、麗しき時、暖かきに恵まれ、花咲き乱れ、多くの方々、心優しきでありました。やがて進み行きて、移り行き、この嬉しきは崩れ行きました。この事、語りて参りても詮無きことなれば。」
「是よりの事について申す。今より始まる事々によりて、厚き心情を持つ大きなる地となしゆくなり。先の大きなる災害についても、大きなる進みなり。よくよく人々、思いを巡らし、新しきへ向かいて、下されたきなり。」
「月桂冠を付けて、その中心と成されませ。この意味は、全てに中心があり、それを皆が分かることが大事なり。中心とは纏まり行く渦の中心にあり。皆の思いの中心、一点に集まること。ここにある人は、この冠を付けて、皆の思いの中心と成られませ。」
 
 12日は良い天気に恵まれました。今回は10名でのこっそりの旅ですが前回同様に行先は私しか知りません。ホテルを9時前に2台の車に分乗して一路松島を目指します。
 車中では今朝出がけに起きたTさんの行く、行きたくないの一悶着が話題になりましたがこの巡りの前途を暗示するもので、終わってみれば必然の動きだったようでした。
 最初の目的地は松島五大堂です。朝早いのに観光桟橋には多くの観光客がいます。五大堂は坂上田村麻呂が807年に毘沙門堂を建立したのが起こりといわれます。堂は名の通り五画形で太陽の陽を表す五芒星です。すかし橋を渡ると数人の方が参拝していましたが、程なく誰も居なくなり10人が円を作りあわ歌を歌いました。その時のお言葉です。
「本日お集まりの方々には、これより2つなる大きな事伝え行き、申したことの生み出だすを知らせます。3度それぞれの場所にて頼みたし。都度申します。お願いいたします。」
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 今日巡る場所の中で重要なところが3か所あり、そこで下される言葉の中に重要な事があるようです。
 五大堂から瑞巌寺の山門を入り、瑞巌寺の右隣にある愛姫の御霊屋がある陽徳院を散策して次の目的地は、瑞巌寺の東隣にある五郎八姫の菩提寺天麟院です。かなり強烈なエネルギーが充満しています。御霊屋の左に大きなはり樅も古木があります。そこであわ歌を歌いましたが、その時の言葉です。瑞巌寺は四神の東で青龍です。瑞巌寺の正式名称は松島青龍山瑞巌円福禅寺です。 
「繋ぎて参るなり。この響きがこの地にある多くの民に光を繋ぐこの時、出でて参らせませ。生まれ来るは新しきなり。留まりおらるる皆々よ、参られよ、光へ。(拍手)
 移すは全てを正しきなり、古きは消し去るなり。心得成されよ。(拍手)
 本当の生み出だす大きなる光は消し去り行くなり。今、今なり。(拍手)」
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 この地に留まっていた多くの御霊に新たな大きな光へと進み行くことを促しています。まず3か所の重要地の1つ目のポイントを巡ることが出来ました。ここから次の目的地までは車中は静かです。皆さんかなりエネルギーを消耗したのでしょうか睡魔に襲われて眠ってしまいました。次なる目的地は仙台市の西方、青葉区愛子にある諏訪神社です。この地区は五郎八姫が住んでいた西の館があったあたりで、愛子は隠れキリシタンの地であったと言われています。
 諏訪神社は国分一の宮で、仙台市青葉区で一番の古社で、国分33ヶ村の総鎮守です。延暦年代(782~826、桓武天皇の時代)に、修験道の山岳信仰により、山神社の祠が西山(御殿山)山頂に祀られていたものを、文治年中(1185~90)に、源頼朝が平泉の藤原泰衝を討伐した際、この社に祈願し戦勝を得たので、家臣伊沢(留守)四郎家景に命じ、社殿を造営し建御名方命を祀り、改称したものとされています。その後、康正元年(1457)国分氏が西山より現在地に遷座したと伝えられています。
 諏訪神社はグランドクロスの東西のラインの西にあります。
 本殿の左手奥の山斜面の雪の残る地で昼の太陽を燦々と浴びてあわ歌を歌いました。
 木に付いた雪溶けの水滴はキラキラと色々な色を発しています。しかしこの地もかなり強烈な重いエネルギーが充満していました。そこでのお言葉です。
「お~(拍手)離れる時なり、この光へと参り来れよ。(拍手)
 歌響きたり。生まし身をここにあるもの、永きにわたりてこの地を守りたり。離れる時とは如何なるや。(拍手)
 大きなるこの地の変化は是よりぞ。光に乗りて、古きを消し行く。今、今参れよ。遅き成れば消え去るなり。(拍手)
 歌が不明の我等にありて、光を頼る。はっきりと見せられよ。(拍手)
 うおー、光はここに降り注ぐ。分かりたれば参られませ。あーい(拍手)」
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 この地でもかなりきつく重いエネルギーが充満していました。沢山のこの地に留まる意識体がいました。そしてこの諏訪神社は今日巡る3つの重要地の一つでした。
 気分転換には美味しい昼食が1番です。近くのラーメン屋さんで暫し寛ぎました。果たして残る1つはどこなのか私の頭は巡っています。まずは予定通りの目的地、大崎八幡神社を訪れました。社殿は国宝で改修工事も終わって素晴らしい輝きを発していました。あわ歌を歌いましたがその時の言葉です。
「生まれ来る新しきは、是よりのこの地の皆々を変え行き、進めて大きなる地と成り行くぞ。共々に参りましょうぞ。」

 私の予定表ですと、次は青葉神社、東昌寺です。しかし、何故か亀岡八幡宮へ車は向かいました。この地は四神の北の玄武として祀られています。そしてグランドクロスの東西ライン上にあります。参拝しましたがここではないようです。そのまま南下して愛宕神社へ行きました。ここは六芒星の南頂点でグランドクロスの南北の南の地です。広瀬川、仙台市街地を一望できる素晴らしい展望所です。正宗も見張り場所としてここに神社を設置したという事です。しかし中山さんはここではないと言います。予定表を見て北の地、東昌寺であろうという事でグランドクロスの南北線を北上しました。東昌寺は六芒星の北頂点にあり、グランドクロスの北の地です。
 東昌寺の隣には青葉神社があります。青葉神社は明治になって神仏分離令によって東昌寺境内に伊達正宗を神として建てられたものです。東昌寺こそ伊達家筆頭の格の臨済宗の寺で、初代住職大有和尚は正宗の大叔父です。そして城下建設に先駆けてその場所が定められていた重要な寺です。つまり六芒星等の仙台城と共に呪術都市設計の起点でもあるようです。
 東昌寺には樹齢500年の国の天然記念樹のマルミガヤがあります。正宗が鬼門除けに植えたと言われます。ここで毎年マルミガヤコンサートが開催されていて、Tさんが10数年前から参加していました。そして程近い処に今住んでいます。最後のポイントはどうやらここの様です。そこであわ歌を歌いました。 
「大きなる役目はこれまでぞ。この扉開きて、多くの奥なる扉に繋ぎ、北の大きなる美しき、嬉しきを、光と共に流されませ。大地は皆々喜びて光りと共に新しきと成り行くなり。是より海、山、川、輝かれませう。生み出だす光 満ち満ちて参る。」
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 嬉しい言葉が頂けました。Tさんは感涙しています。この扉を開くことで多くの奥なる扉に繋ぎ、北の大きなる美しき、嬉しきを光と共に流す。大地は皆々喜び、光と共に新しくなって行く。先の陸奥開闢の旅があり、今、この様に役割を果たせたとの想いが皆さんに込上げてきていました。15時半過ぎです。最後はあわの里天命舎で終了の予定でしたので、グランドクロスの南北線を南下して中心点にあるあわの里天命舎に向かいました。天命舎ではあわ歌の響きは素晴らしいものでした。今日一日の色々なエネルギーを浄化、清浄化して明るく光輝く大きな喜びを頂きました。そこでのお言葉です。 
「繋がり行きて 嬉しなや。開き行きて 嬉しなや。輝き行きて 嬉しなや。嬉しや、嬉しや。この北の地 運び来る皆々が、新しき嬉しきをこの北の地に是より発する。この北の地は大きなる光と共に、皆々の新しき地と成れり。」
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 天命舎の舎長をしているTさんと色々な縁がある今回の巡りでしたが目出度く完了できました。ありがとうございました。そして次なる未知開きは続いて行くようです。
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144「扉開き」2012,3,25

 私の還暦の誕生日3月9日はあわ歌会、あわ歌50回の開催でした。そして今回10日からの陸奥開闢の旅は私にとっても新たなスタートとして位置付けていました。東北自動車道を北上して津軽半島の小泊を目指し、そこから津軽半島のレイラインを南下し、アラハバキ所縁の地、十三湊、亀ヶ岡縄文遺跡、霊峰岩木山を巡り、東北町の日本中央碑などを訪れる旅です
 今年の1月半ばに日産でスカイライン発売55周年記念の赤と黒の限定車550台の2月末発売のことを知りました。私の誕生日プレゼントでその車を買って上げるからお金は自分で払いなさいというメッセージが届きました。軽いノリでそれに応えて問い合わせしてみたら納期は誕生日に間に合うようです。その車は特別加工の黒色の車体でシートが赤です。私は今まで白の系統の車しか乗ったことがありませんでしたが、新生にこれも楽しいなと想い購入を決めました。そして3月2日に目出度く納車になりました。
 日本列島は龍体で、高速道路はそのレイラインとも言われます。北は玄武、黒です。今回は期せずして還暦で赤を私が身に纏う事になりましたが、翌日から黒の車でこの旅を出来る事は決められていたシナリオだったようです。お蔭様で快調な走りで巡ることが出来、初期の目的達成出来ました。

 直近に中山さんから私が頂いたお言葉です。
「この度の この大変化は全き新しきへの道 開き行くなり。この地の光を変え行く事は、全てのここに現れしもの、皆々変わり行くことと成りまする。この時 一つの型を示してお分かり頂く。この時は迫りたり。」3月7日
「あなた様と共に、この北の地、大変化いたす。その身の想いを一つとなして、この時この地に想いを伝え、揺るがし行きて変えなさりませ。」3月9日

 そして中山さんが直前に頂いた言葉です。
「是より参るその地は、日照りたることの中にあり。行く手に現る、産まし大きなる身は、此処の日照りを直すもの。天なる身を待ちておるなり。ふつなるの力を。」3月8日

 これらは以下のように纏めることが出来そうです。
「大変化は全き新しきへの道 開き行く。この地の光を変え行く事は、全てのここに現れしもの、皆々変わり行くこと。一つの型を示してお分かり頂く。あなた様と共に、この北の地、大変化いたす。想いを一つとなして変えなさりませ。
是より参るその地に現る、産まし大きなる身は、此処の日照りを直すもの。天なる身を待ちておるなり。ふつなるの力を。」

 そしてあわ歌50回でのお言葉は以下です。

「この身を科してこれよりこの大きなる光を配り行く。ここにあるこの身は是より変わり行きて、その役目を為すなり。移りて来らるる新しきは大きなる光ぞ。」
「進みて、進みてそれぞれ皆々ご自分の光持ちて進まれませ。今この時の響きに光乗り来る。」
「三大を一大に。皆一つ。」
「続けて響きて、響き行き、ゆう、ゆう、ゆうの光受け、元の元なる身元と一つに。」
 それをまとめてみると以下でしょうか。
「大きなる光を配り行く。この身は是より変わり、その役目を為す。新しきは大きなる光ぞ。ご自分の光持ちて進まれませ。三大を一大に。皆一つ。続けて響きて、響き行き、ゆう、ゆう、ゆうの光受け、元の元なる身元と一つに。」

 10日は生憎の天気でしたが定時7時に参加者19名、4台の車に分乗して仙台駅を出発しました。順調に走行し、青森県に入ると快晴で、津軽道から国道339号を小泊迄進みます。小泊以北、竜飛岬までは冬期通行止めでたどり着ける最北地です。
 津軽半島は西向きの人の顔と見えます。権現崎が鼻、十三湖が口で小泊は目でしょうか。港にある神明社の鳥居をくぐり小泊港を一望できる高台からは、思いもかけぬ好天に恵まれて竜飛岬そして津軽海峡の先に北海道渡島半島も見えます。防波堤の先にまで歩いて行き、港の対岸の岬の自然のなせる奇形な岩に向かって、寒風吹きすさぶ中あわ歌を歌いました。その時、半島の津軽山地から白龍が北へ向かって飛び立つ様子が見えました。
「海、大きなるこの地を全て働きゆく地と成れるよう、苦しみ除きひたすら清きとなされませ。歌の響きに乗り来る光、大きくなりて全てを変えて行くその時なり。共に参りて変え行きましょう。(拍手)只々ここ守りて参る。」
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 権現崎は徐福伝説の最北端の地です。その徐福公園で昼食をとりましたが、そこにたどり着くまでに何故か後続車が道を間違い、暫し到着待ちでした。津軽レイラインの起点と言われる端正なピラミッドの山、靄山の麓、339号線沿いに荒磯崎神社はあります。そこはアラハバキをお祀りする神社です。そこであわ歌を頂きました。
「只今届し響きと光、その身より発し行きて、この地この海に深く届けられませ。繋がり行きて再び輝く地と成られませ。」
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 山王日吉神社はまだ雪に覆われていました。雪の中に道を作りながら本殿に進みます。本殿脇の山の神の社であわ歌を頂きました。
「是よりのこの北の地は大きなる力発し行く。古き遠き時の如何かを知らせるものぞ。この今、今の仕組みを眺め来て、新しき元と成らん。力を添えて古き方々へお伝え為されませ。」
大きな強い光が注がれました。社の前、前列に立っていただいたKさんには大きな働きかけが成されたようです。
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 十三湖大橋を渡り、日本海沿いに南下しましたが何故か止めが入り、途中の神明社でTさんにあわ歌を頂きました。暫しの休憩時間になりましたが、そこで皆さんからしじみラーメンのリクエストがありました。十三湖はしじみの名産地で、道沿いの食堂にしじみラーメンののぼり旗がそこかしこに立っていて、他の車中では食べたい食べたいで話が盛り上がって、エネルギーが充満していたようです。宿の露天風呂から夕陽を見るか、はたまたしじみラーメンかを問うと、圧倒的多数でしじみラーメンに軍配があがりました。善は急げと急遽、引き換えしで湖畔の食堂に流れ込みました。4時前のおやつならぬビールとしじみラーメン、しじみ汁の集いです。
 予定も大幅に遅れましたが、右手に素晴らしい夕陽を頂き、左手には岩木山を拝して、亀ヶ岡遺跡に着くころには夕闇が迫って来ていました。雪をかき分けて大きな遮光器土偶のレプリカのところであわ歌を頂きました。
「だん だん だん だん。だん だん だだんが だん。だん だん だん だん。だん だん だん だん だん。皆々、大きくなり行きて、この地の大きな変わりに参加くれ。だん だん だん だん。永き時待ちかねて、皆々共々、共々参加して下され。この時ぞ。」
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 鰺ヶ沢温泉に無事到着して、極上の温泉、地場産の料理に舌鼓打ち、美味しい酒に酔いしれて楽しい時間を満喫です。

 11日は天気予報に反して良い天気で暖かく嬉しくなります。8時には宿を出発して厳鬼山神社をめざしますが岩木山に近づくに従い雪が多くなります。雪の回廊を縫って進み程なく到着です。参道は凍っていて慎重に歩き拝殿に向かい、拝殿内であわ歌を頂きました。
「うおあーえー。(拍手)出でたるその身に申す。光持ち来てここ照らされよ。(拍手)二人並びたこの身に、是よりは力を添え来て、新しきを移されよ。(拍手)天なる身より伝え来るを待つ。(拍手)今がその時、定めて参れや。(拍手)あい。(拍手)産み出だして発しなされよ。ありがとう。」
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 帰りの参道では何人かの方が目出度くスッテンコロリンです。岩木山の北から東を巡り次は大石神社です。完全に雪に埋もれて鳥居の頭が出ています。どうにか本殿にたどり着きましたが、積雪3m程でしょうか、ご神体の大石は雪に埋もれています。そこであわ歌を歌いました。
「今より申すは古きを改める大きなる事なり。すなわちこの地の只今は、昔、かの地より持ち込みたる諸々にて、この広く豊かな地と人々を汚したるが始まりぞ。これ元へ返す大きな仕組み致す。その為に集い集まりたる方々しっかり定まりて参られよ。大きなる変化は動き始めて久しきが、これより最後の時迎え、皆々の力を大切になさりませ。」
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 岩木山神社は沢山の参拝の方たちでした。本殿脇にある白雲神社であわ歌を歌いました。
「繋がりたるぞ、大きなる身元へ。広がり行くはこの地の産まし御霊へ。大事に成されよ、この北の地と、想いを。いざいざ参れ。」
 光りが燦々と降り注がれて写真は皆、白く写っています。お蔭さまで大き身元に繋がれ、この地に於いて初期の目的は目出度く達成されたようです。そして次の始まりです。

 途中で帰る方がいて新青森駅に11時半までに送り届けなくてはなりませんので猿賀神社はキャンセルです。無事にお見送りして目指すは東北町の日本中央碑です。八甲田山を右に診て高速道路を東進しますと、山から立ち上がる白龍が見えます。
 まずは前段の課題に一区切りをつけて次なる課題に向かうには、腹ごしらえです。東北町の郷土料理店で、そこそこビールを頂き和やかな昼食を済ませました。

 日本中央の碑保存館はお店から10分ほどですが、来館者は私達だけです。係りの方のお話を伺い、お許しを頂いて、碑を18人で囲んであわ歌を歌いましたが、凄い響きでした。そこでのお言葉です。あわ歌会でお言葉と、中央に大きな石があり周りに木のようなものが配置されている絵を頂いていましたが、中山さんいわく、この日本中央碑の様でした。
「晴れてここに伝えます。遠き時を過ごし来て、再びこの北の地に真を現し、全てを、全てを大き身元の光と共に致すなり。嬉しきなり、ありがたき。(拍手)離れし皆々再びこの地を一つと成れり。(拍手)多くの先人、皆々戻れや、ここに生まるるはその時の想いなり。(拍手)開きましょうぞ、この周りの扉。皆々開けよう。(拍手)うおーい、うおーい、うおーい。(拍手)ふつなるはここにあり。送るは新しき気なり。(拍手)あーい。(拍手)」
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 程近い千曳神社は雪に埋もれていました。参道に道を作り本殿であわ歌を頂いました。 
「新しきへ参り来る皆様ありがとうございます。光なる身へと向かわれて新しき地を築かれませ。我等一同ひたすらの想いみて、共々参ります。なにとぞひたすら想いて、響きて参られませ。この地の多くの方々に代わりて申します。古きはここより消して参る。ゆうゆうゆうの光と成られませ。」

 この2か所の地での言葉で今回の旅は完了です。

「この北の地は大きなる力発し行き、古き遠き時の如何かを知らせる。今の仕組みを眺め来て、新しき元と成らん。光持ち来てここ照らされよ。是よりは力を添え来て、新しきを移されよ。産み出だして発しなされよ。古きを改める大きなる事。昔、かの地より持ち込みたる諸々にて、この広く豊かな地と人々を汚したるが始まりぞ。これ元へ返す大きな仕組み致す。その為に集い集まりたる方々しっかり定まりて参られよ。最後の時迎え、皆々の力を大切になさりませ。
 繋がりたるぞ、大きなる身元へ。広がり行くはこの地の産まし御霊へ。大事に成されよ、この北の地と、想いを。再びこの北の地に真を現し、全てを、全てを大き身元の光と共に致すなり。離れし皆々再びこの地を一つと成れり。多くの先人、皆々戻れや、生まるるはその時の想いなり。開きましょうぞ、この周りの扉。皆々開けよう。ふつなるはここにあり。送るは新しき気なり。
 新しきへ参り来る皆様ありがとうございます。ひたすら想いて、響きて参られませ。古きはここより消して参る。ゆうゆうゆうの光と成られませ。」

 帰りは八戸によって八食センターで買い物、夕食を摂り仙台を目指しました。途中安比あたりは吹雪、平泉辺りも大雪でしたが無事に仙台に8時半前に到着できました。
 今回の旅でどうやら北の扉開きは出来たようで、大き身元に繋がることが出来ました。次は周りの扉を皆で明けること、ふつなるはここにあり、送るは新しき気。とあります。中山さんから青森県南、岩手県北にまたがる戸を皆さんで開くことで新たな気が巡ることになるのではと頂きました。次回の陸奥開闢の旅no3を7月7日から予定しています。
(詳しい写真は光と響きとあい陸奥開闢(かいびゃく)の旅「津軽」①~⑥をご覧下さい。)
http://ameblo.jp/aifukaki/entry-11192060221.html

143「祝賀会」2012,3,17

 3月は卒業式真っ盛りです。卒業ソングランキングではレミオロメンの3月9日という歌がランキング1位です。なぜ3月9日という曲名なのか調べてみたら、メンバー3人の共通の友人の結婚記念日が2003年3月9日でそのお祝いの歌でした。卒業とは関係ないのですが旅立ちでの想いに共感するものがあるのでしょうか。2004年3月9日にそのシングルを発売していて、2005年3月9日にはアルバム発売し、3月9日武道館コンサート開催していて、彼らにとって3月9日は特別な日の様です。私にとっても3月9日は特別な日かな、何しろ今年の3月9日は私の誕生日で本掛返り(ほんけ)、還暦でした。

 3月9日はあわ歌会、あわ歌50回の開催でした。私も中山博さんにあわ歌を歌って頂き以下のお言葉を頂きました。

「あなた様と共に、この北の地、大変化いたす。その身の想いを一つとなして、この時この地に想いを伝え、揺るがし行きて変えなさりませ。」 3月9日

 私と共に北の地が大変化する。己の想いを一つにして想いをこの地に伝え、揺り動かし変えて行くようにとのことです。私はあまり自覚なく、気軽に流れに乗って楽しんでいるので実感がありません。でも、お言葉はありがたく受け止めさせて頂きましたし、これからも楽しみで、翌日からの陸奥開闢の旅がまずは初仕事ならぬ本掛帰りの初イベントです。

 あわ歌会に引き続きあわ歌50回は28名で開催です。参加者27名が円陣を組んで中央に中山さんが座ります。中にいる中山さんと1人ずつ対面して2回ずつあわ歌を歌いましたので正確にはあわ歌を54回歌いました。凄い響き、共鳴共振して倍音が起き、全身が打ち震わされた感じでした。これまでにないエネルギーが充ち満ち、各自に光が注入されたようでした。私の本掛返りで再スタートに相応しい、大きな支援を頂いたようで強烈に身心活性化されました。
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 早めに終了したので早々懇親会で祝杯と思っていたら何やら様相が違います。私に部屋の外に出ているようにとのことで、Sさんにエスコートされて外に拉致されてしまいました。あっ、私の還暦祝いで何か企画してくれているのか、と直ぐに了解です。10分ほどでしょうか、呼び戻しの電話があり部屋に入るとなんとやはり還暦のお祝いに模様変え出来ていました。

 私はエスコートされて、拍手とクラッカーで祝福の言葉を浴びながらひな壇に案内されました。席に着くとお祝いの言葉と60本の赤いバラを皆さんが2,3本ずつ手渡しに来て下さり、祝福、感謝のハグです。引き続きケーキが運ばれてきます。ケーキには60本のロウソクが灯ってケーキを覆い尽くし、照明の落とされた部屋に炎が煌々と輝いています。私が目の前の灯を吹き消してまたまた拍手喝采を頂きました。
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 太古の水の入った水で皆さんと乾杯です。そしてあわのシャンパンです。是で終わりかと思ったら私はまたまた拉致されて強制的に衣装替えです。舞台裏に用意されていたのは赤いふんどしと赤い靴下、そしてなんと赤い帽子とちゃんちゃんこではないですか。かろうじて赤いふんどしはズボンの上からで許して頂きましたが、何とも只々、皆さんの成すがままです。
 衣装替えして再登場してひな壇に進む私にはやんや、やんやの喝采です。何故か赤いちゃんちゃんこは重く感じられて私の姿勢は背中が丸くなり、年相応の姿になっていたようです。最後に皆さんと写真撮影ですが果たして如何な姿、様であったのか、些か恥ずかしい感はぬぐえません。
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 数日後には皆さんの寄せ書きと写真を張った色紙を頂きました。ありがとうございました。後で伺うと数日前からお祝いを何かしようと声が上がっていたようで、最終的には前日に決まり、各自に役割が割り振られ準備が成されたようです。そして当日参加者の方々に私に感ずかれないように根回しがされていたようです。何とも思いがけないことで、すごく驚きましたし、この様にお祝い頂けて嬉しい、ありがたいの一言です。
 しかし、当日30分ほどのお祝い会の中で予定していて実施できなかったことがあったようです。それは私が衣装替えしている時に「3月9日」の歌を皆さんで歌うことでした。結果的には歌える人が少なくて取りやめになりましたが、皆さんには歌詞が配布されていたようです。

 正直、私は祝い事は何も無しで、ただ懇親会で乾杯して頂けたら嬉しいことと思っていたのですから。そして実は、当日は驚きでお祝い会の状況をあまりはっきり覚えていないのです。後でどんなだったのかを聞いてこのブログを書いているのです。お蔭様で、全てお任せの役者を演じさせて頂き、初体験を通して、遊びの世界を又一つ広げることができました。
 そして懇親会のことも酒を飲んでいないのにあまり覚えていないのです。歳相応にぼけが始まったのかもしれません。都合の良いように忘れる能力は必要かもしれませんし、これからはますます能天気で生きます。数々のこれまでの至らなさにお詫びすると共に、皆様のご厚誼に感謝です。ありがとうございます。これからも宜しくお願いします。

 翌日から陸奥開闢の旅でしたがそれについては別の機会にお伝えしますが、仙台に戻ってきた翌日3月12日はKさんの送別会でした。仙台テンメイ発足時から事務局として、農場の作業にも絶大な活動で貢献し支えてきてくれた方です。これまでの活動、その存在に多くの方はありがたく思われており、その人柄、人間性、一生懸命で、無私の努力の姿が皆さんにはしっかり伝わっていたようです。
 居酒屋の送別会場を20名で予約したのですが結局24名の参加でぎゅうぎゅうでしたが嬉しい会でした。皆さんからのお花をお渡ししましたが、農場長からは手作りの蔓の籠にお花、野菜の花葉盛りを送られました。いつも農場長の元で一緒に作業した想いが想い出されたのでしょうか感涙を頂いていました。全員の寄せ書きの色紙もお渡ししましたが、名残惜しいお別れ会でした。皆さんと写真を撮り、個々に挨拶をしてお別れ会は4時間程続きました。
 お店を出て、見送りましたが、Kさんは転居しても仙台テンメイからは離れることは無いでしょう。サイトの管理もこれまで通り継続してくれますし、いろいろな形で毎月何度かは帰ってきて勉強会、セミナー、農場との係りはきっと続きます。本人も皆さんもそう思っています。
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 7年半ほど前から真向法でご縁を頂き、やがて天命塾とも繋がり、色々な学びと実践を通して、大きく成長した姿は皆さんが認めるところです。そして想いの実現法を身に付け、多くのことが難なく適当に程よく迎え、過ぎて行く日々を生きています。仙台テンメイでは5年の長きに亘って、農作業、事務作業を通しての無償の行為の中で培われた徳積みがそうさせるのでしょう。すでに代役が効かない大きな存在です。今回もお子さんの高校卒業、大學進学で転居と成ったのですが見事に第一志望校に合格できたのもKさんの環境作り、心が導いたことと想います。見事ご自分の進級実力試験に合格したような感じです。きっと新天地でも自分で自分が自分をして楽しく過ごされることでしょう。お蔭様で皆さんで深い感謝を込めてKさんの門出をお祝い出来ました。

 見送った後、まだ名残惜しい面々8名と何故かカラオケに行くことになりました。1時間のつもりが2時間半も皆さんで熱唱です。そしてその席でレミオロメン「3月9日」を歌って頂き、とても良い曲でした。これでシナリオ通りの私の還暦会も完結しました。
 外は雪が深々と降り積もっていました。お蔭様で帰りは午前2時近い濃厚なお祝いで、嬉し楽し幸せな9日から12日までの4日間の祝賀会でした。

142「一体全体」2012,2,29

 今年は閏年(うるうとし)で2月は29日が晦日(みそか、つごもり、かいじつ)です。2月は例年にない雪に仙台も些か難儀しましたが、確実に春が間近いと明るく暖かく感じる今日この頃です。私も多岐にわたり忙しい時間を過ごしましたが、その流れは全て善きことの様です。天命塾はひと月に4つもオープンセミナーを開催してこれまで最高の密度濃い月でした。そんな中で2月の締めくくりは山田將貴さんの講演会を25日から2日間にわたり開催出来ました。

 山田さんは名古屋で伊路波( http://iroha.ws/index.html )を主催しておられます。長崎に原爆が落とされた8月9日が誕生日で、私の少し先輩です。平成5年からはそれまでの経営者、産業人以外に真理に目覚めて多くの探究の旅と出逢いを重ねてきています。
 私とのご縁は平成13年でしたでしょうか金沢の友人のYさんの紹介で出逢いを頂きました。Yさんは山田さんと同年の8月6日生まれで広島に原爆が投下された日です。お二人は同じ原爆投下日に生まれていますが、原爆の種類が違い6日はウラニウム型原子爆弾リトルボーイ、9日はプルトニウム型原子爆弾ファットマンと違うようにタイプが少し違う仲間です。
 実は山田さんと私の携帯電話の末尾番号が7300で同じなのです。初めて会ってお二人の原爆の誕生日と私との電話番号のことで何か深いご縁がありそうだと思った記憶があります。何しろ未だ携帯番号の同じ方にはお会いしていませんから、かなり稀な確率なようです。以来お蔭様で私は年に何度かお会いする機会に恵まれお互い楽しい情報交換をさせて頂いています。
 今回は当初、飯島秀行さんの講演会をこの日に開催予定でしたが、飯島さんが骨折で予定がキャンセルになり、急遽、飯島さんと永い間共に活動してきている山田さんにお願いして快諾?頂いたのでした。既に飯島さんは怪我も回復して、活動再開していますが、仙台で山田さんにお会いして聞くところによると、なんと飯島さんは25,26日は名古屋で講演会とのこと、一体全体これは何?という感じです。凄い計らいがありそうです。

 25日は何故か山田さんに仙台駅に私を出迎えて頂くことになりました。私が長野出張で仙台に着くころには既に山田さんが飛行機で到着していて立場逆転現象になりました。何か変な感じです。
 その日は朝から大雪で仙台も今年最高の積雪12cmでした。悪天候で飛行機も着陸に2時間弱ほどかかったようです。仙台に来ることに抵抗する力が働いたのかもしれませんが、予定通りお話することに許可が下りたようです。

 17時からのあわの里天命舎での講演会には雪で交通事情が許されずに何人かの方がキャンセルになりましたが、予定通りの20数名の方の参加を頂きました。ありがたいことです。10年ほど前には山田さんも仙台に何度かお越しになり、我々も名古屋にツアー等で出向く機会も多々ありましたが、山田さんと面識のある天命塾の方も数人になり時代の変化を感じます。でもある事情で5年間の封印をしていた活動を解いて仙台でお話して頂けることありがたいことです。しかし、二度ともう話すことは無いと言っていましたが、いつか事情が許される時が訪れることを期待します。

 お話は笑いあり涙ありであっという間に過ぎました。初めて山田さんを知った皆さんは大きな驚きと、何故か未知の存在に遭遇したような魅力を感じておられた方がほとんどでした。飯島秀行さん考案の自家製空気清浄器と、水を利用した発電機も持参頂いて皆さんにお披露目頂きました。山田さんは天命舎のエネルギーが高く、皆さん真面目な方々と感じられたようです。
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 20時過ぎからの懇親会も当日参加希望の方が沢山で20名程で開催になりました。大いに盛り上がり、凄い飲み方です。お店で愛飲の生体エネルギー生地ビールの蔵ビールの樽が空き、お店にあった小黒酒造の玄米酒やすらぎの滴も無くなり、朝日晴、玄米梅酒も全て飲み干して無くなり、昔の天命塾を髣髴するそんな宴席でした。そしてお店を出たのが既に午前を迎えていました。私も久しぶりにお酒を頂き大はしゃぎです。山田さんもホテル勘違いで少し深夜徘徊したとか?いずれにしても記念すべき講演会でした。

 2日間の講演会を無事に終了してご縁の方々とお蕎麦屋さんに食事に行きました。山田さんは仙台の会場や諸要件も相まって加圧されたのか食べなくて良いようで、食欲が無いと昨夜の懇親会でもあまり食が進みませんでした。まずはビールでホット一息ついていただきました。そして会計すると9990円です。えっ?という感じです。999は私の車のナンバーでもありお好みの数字です。39とかラッキーナンバーなどが現れると天がお認め頂いてオッケーのことと理解しています。今回の講演会は大きな役割が果たせたような感じで嬉しきことです。
 26日午後はテンメイ名取農場を見学いただき、津波被災地の名取市閖上の日和山へ案内しました。農場では生体エネルギーの圃場を体感し、食味試験、後は腰が不調ということで、急遽真向法体操教室を開講することになりました。
 日和山ではとても意味深い体験をされたようで、大きな存在との対話の中でこれから自らが果たす約束を交わされたとのことです。人生でとても大きなことだと山田さんは話されていました。皆さんで夕食会は四方山話で楽しい時間でした。

 27日は朝から石巻へご案内しました。日和山で被災地を展望して頂き、渡波の佐藤造船所さんにお連れしました。私も石巻は今年初めてです。佐藤さんも元気に迎えてくださりました。造船所は復興に向けて確実に進んでいました。佐藤さんは山田さんに津波の体験を語り、これからの夢を熱い思い伝えて、新たな気持ちを燃え上がらせていました。
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 工場には新たな修理の舟が引き込み線に鎮座しています。その船名は第十五龍神丸です。龍神様が登場できっと更なる進展がみられることでしょう。山田さんにとっても貴重な時間だったようです。
 今回の山田さんの仙台での講演会はありがたき、一体全体な濃厚な3日間でした。
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 25日の山田さん講演会の冒頭にイスラエル国歌をお聞かせいただきましたが、ユダヤと日本の繋がりは深いようです。君が代と似た感じで、歌詞には、東に帰ろうという一節があるようです。お話の内容は言霊的、スポット的に要点をお伝えします。

・5年間お話をすることなく、聞くばかりで過ごしていて圧が高まり今回このようなタイミングでお話することになった。「一杯お話する人は聞いてくれる人にお金を払った方が良い」。
・はがき道の坂田さんは、人間は心を綺麗にするために生まれてきたと言います。昨年の3,11東日本大震災を含めて起きたことは全部自分のせいだと話されているが、自分もそう思う。「あらゆることを知らなくても良いが知ったら全部自分のせいだ」。
・仙台空港に降りて海から陸地に差し掛かる光景を見て凄い波動がきた。津波で全てが消えて行き、文明が消えてしまったようだ。
・ペンシルロケットの航空、宇宙工学士糸川英夫さんは初代イスラエル首相のデビッド・ベングリオンが大好きで、イスラエルに多くの資金援助をしていた。戦闘機の隼の設計に携わり、小惑星はイトカワと命名され、イトカワへの探査機ハヤブサは7年の旅を終えて無事帰還しました。映画はやぶさは涙と感動で観たそうです。山田さんは晩年の糸川さんとご縁を頂き、イスラエルに行くことになります。糸川さんは「イスラエルの知恵と日本の技術力がひとつにならないと」と話していた。
・「夢が無いのは感謝が無いから」「前例が無いからやってみよう」
・飯島さんとは平成7年に会ったが意固地だが心が綺麗と思った。清里の知花敏彦さんのご縁でボリビヤに行かれた。飯島秀行さんは無私の人、全体の人、ひとつの人。初めて会った人の未来が見える人。そしていつも向こうへ行ったり来たりしている。飯島さんは瞑想しなさいという。阪神淡路大震災まで長年瞑想していたが、地震の前に揺れが分かった。それから自分は目が覚めて瞑想を止めた。
・自分は分からないことを自分流に考えて、引っ込めたり納得したりして行くが、未だ分からない事はとことん追究して行くタイプ。20年前から講演会等主催して5年前で止めた。学んでいたことは日本の実体。これからは情報革命の時代で如何にやっていくのか。目的は真理の探究で、具現化して伝えて行く。3,11以降商品が売れたが、物が売れても何もならない。水、空気が身体を直しているのではない。「物質は物質で変化させることは出来ない」。真理を如何様に考えて、どのように伝えて行くのか。
・「これで良いと言ったら行ける。拒否されたら止めたら良い。」。各人全く違う人生、立派な小説になる。前例が無いから人生していて、変化するから楽しい。
・ルーツはあり、誰のせいでもなく、変えられない運命がある。震災はいつでも起きている。真理を伝えて行きたいがその中で見えてくるたった一つの真理。「+と-」。
・光は原子の飛び出した電子が元に戻る時に発している。「光は調和したところに帰る時に発する」。我々はどうしたら光輝くのか。離れる人は暗くなるし、輝きすぎると遠くへ行き亡くなる。
・「全ては意識が作り出した。自分がかかわったものを大切にしたいし、心を尽くしたい。」。正体は分からない。どうせ分からないなら気源良く(きげんよく)生きよう。生きればいろいろある。生きてさえいれば、兎に角、「気源良く生きよう」。
・野口さんの天音天画とは平成4年に初めて出会った。最初に書いていただいた絵は山があり空に龍が駆けていた。何も分からずに変な質問をしたが、山は四国の剣山のようだと。そして数日後友人から剣山へ誘われた。その内容は良くわからないが、ちょっと先の未来情報が現されている。それは誰でもが持っていて、それを引き出せる人がいる。全体の意識の集合体の中のひとり。
・ありがとうおじさんに内緒でこの世は一人ですかと聞いた時、「この世は一人でちょっと淋しい」と言っていた。山頭家も別れの時、決して後ろを振り返らなかったが、それは「本当に悲しいから振り返らない」からだと言う。存在の絶対的孤独は耐えられないこと。
・「ここに起きている事は全部許して生きて行くしかない。」。この世は想像の世界。「未知はどこまで行っても未知。」。
・あわ歌の中山博さんに会ったが、ほつま伝えはどうでもよいと言っていた。あわ歌も歌う中で、「吐けば入る、引けば出る」がある。これも法則の一つ。
・地球はオゾン層が破壊され大気圏の気抜けが起きていて、地球は圧力を上げる必要で地震を起こしている。UFOはオゾン層を修復に来ているとか?
・中心に近いことは速くいて良いこと、悪いことは中心から遠くて遅い。皆の細胞の中には同じ情報が入っていて、それにスイッチを入れるかは自分が決めること。「誰かに依存せずに自らが創造主と考える。」。「ひとりの中に全体がある、すなわち一体全体で元はひとつ。」。
・全ては+と-。飯島さんの空気清浄器、水浄化装置、発電機は同じ仕組みで圧を高めることで変化が起きている。地球の自転も同じ。飯島さんの話はほとんどの人が寝てしまう。凄い人で、4月の講演会は是非聞いて下さい。

 

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仙台天命塾長

Author:仙台天命塾長
 大久保直政
http://genkiup.net/

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