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113.「開拓2」        2011年9月28日

 みちのく未知を拓く旅の2目目,11日は生憎の曇り空です。宿を8時に出発して五葉山登山口の赤坂口へ向かいます。少し遠回りになりますが仙人トンネルを通って釜石市を抜けて行きましたが各所に津波の被害が見えます。無事登山口に到着して10時前には登り始めました。綺麗なトイレが整備されていて嬉しいです。
 五葉山は標高1351mで太平洋を一望できる名峰です。五葉山の名は阿弥陀如来、薬師如来、観音菩薩、虚空蔵菩薩、愛染明王の五仏を祀ることからとも、藩政時代に伊達藩にとって重要な山であったことから御用山と呼ばれていたことに由来するとも言われています。
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 曇りで涼しい天気は幸いです。3合目の賽の河原を過ぎて、長さ10mほどの長方形の巨石の畳石で休憩です。休日ですが我々以外ほとんど登山者がいません。震災の影響で登山者も減少しているのでしょうか。畳石の鳥居をくぐって少しきつめの登りです。
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 7合目を過ぎて姥石神社、三王神社が左手にありますがいたみが激しく朽ち果てた感じです。中山さんはしっかり呼び止められてご挨拶をされました。皆さん元気に2時間ほどで石楠花山荘に到着です。山荘脇には水場があり、立派なトイレ、ベンチもあって助かります。濃霧で視界が効きません。寒さも増してきましたが少し遅れた後続の方々を待って山頂へ向かいます。
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 しゃくなげの繁る道を5分ほど進むと日枝神社です。そこを過ぎて平坦な道を更に進むと山頂、三角点です。視界数mで期待の太平洋の眺望はお預けです。遮りものが無く雨、風も強くひえてきました。ロープで道を誘導してくれていますがそれが無いと迷いそうです。さらに進むこと5分ほどで一変してうっそうとした林になりそこに巨石の日の出岩が鎮座していました。天然の岩の配置なのか、人為的に割られ設置されたのか分かりませんが10m弱のその巨石を隠すようにその周りだけ林があるのです。岩の周りを探索し頂上に登ってエネルギーを堪能しました。
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 日の出岩の下には祠が祀られています。そこであわ歌を歌わせていただきました。その時のお言葉です。
・五葉山 日の出岩
「伝えを持ちて参り来たり。日は暮れ行きて、この地は変わる。その時大きなる光を発して、標と成りて、この地、この海、川、照らし新しきを告げられませ。この時、皆々は喜び勇みて集い来る。頼みまするぞ、その大きなる光を。(拍手)嬉しやな、如何にも待ち望みたる時ぞ、共に参る。(拍手)ありがたき。(拍手)」
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 歌い終わって早々に石楠花山荘に戻りベンチで昼食です。寒いので長居は無用ですが、缶ビール、日本酒を担ぎ上げた手前、せっかくなので元気な方々は祝杯を挙げていました。下りは各自のペースで降りました。早い方と最後の方では20分以上の開きがありましたが全員、無事に下山できました。しかし若干1名が最後に転んだようで腕を軽く怪我しましたが大丈夫でした。なんとその方は昨日の交通事故?の方でした。一人で全てを引き受けて下さっているようです。
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 登山口から15分ほど下ったとこにある五葉温泉で皆さん身体を温め癒し、生き返った感じでした。そしてやっと皆さんに日の出岩参拝を達成した成就の笑顔が浮かびました。ここからは今日の宿のある栗駒山、須川温泉への長距離移動です。一路、水沢インター目指しますが途中給油も必要です。温泉を15時過ぎに出発ですから18時半は過ぎそうです。

 水沢市内で大きなスタンドがありトイレ休憩もかねてゆっくり休憩です。かき氷も無料で頂けてありがたいことです。しかし予定以上に時間を取られ到着が更に遅れそうです。
 一関インターを降りた頃には夕闇の帳が下りてしましました。カーナビを頼りに進みますが途中、細い道に誘導されてしまいました。暗い中、人家を過ぎ原野のような怪しげの道を進みます。ナビでは道があるのですが結局、川に行き当たり橋がありません。暗い中引き返しました。是は一体どうしたことでしょうか?助手席の中山さんもナビの誘導のアナウンスを聞いていますので、一瞬何かの妨害なのではと頭をかすめてしまいました。
 一応宿に到着遅れの電話を入れていますが19時に成りそうです。登り道になるころから濃霧で視界が効きません。さながらトワイライトゾーンに入ったようでスリリングな世界です。カーブの連続ですが兎に角、先を急ぎます。やがて温泉近くになると雲を抜けたようで霧が晴れ、満天の星で満月です。この変化には驚きでした。
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 宿に付いて車を止めて振り返ると、須川温泉の巨石がライトアップされたように照らされ、その上に月が煌々とひかり輝いているのです。何ともこの世離れした時空間でした。私のスピードに付いてこれない後続車の運転手はトワイライトゾーンの運転は恐怖だったようで、私の配慮が足りないと大ヒンシュクを買ってしまいました。只々平謝りです。

 宿では荷物を置いてすぐに夕食ですが、昨晩に引き続き凄い盛り上がりです。そして今晩も私は1次会で潰れてしまい早目のお休みでした。皆さんは二次会、そしてあわ歌会と遅くまで楽しんだようです。宿の温泉は格別で露天風呂からの眺望も素晴らしいの一言です。食事も皆さん気に入って大満足な宿でした。
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 3日目12日も8時に宿を出発しました。栗駒山は岩手県、秋田県、宮城県の3県にまたがる名峰ですが今回は登山は無しです。須川温泉は標高1,100mで、温泉の脇に大日岩という巨石が鎮座しています。まずはそこを見学して、後は山を下って鳥海山5合目、鉾立を目指します。
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 順調なドライブで、途中、道の駅で休憩をして十文字町を抜けて由利本荘市経由で鉾立に11時過ぎには着きました。雲の中で眺望は効きませんのでトイレ休憩だけで目的の4合目の大平山荘に下りました。ここには鳥海山大物忌神社中之宮があります。そこで皆さんとあわ歌を歌いました。その時のお言葉です。
・鳥海山4合目大平 大物忌神社中之宮
「あわ歌の響きと光 持ち来り。是より(拍手)この山の力、存分に発揮されよ。皆々歌いて光を送る。(拍手)おーおーおー 参るぞよー 生み出だす力見せます、皆々様心得て下され。(拍手)用意は致す、大きく動かれよ。(拍手)お~(拍手)」
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 歌った後は山荘で昼食です。和気藹々楽しい時間を過ごしてその後は、一気に1000mを15分ほどで下りおりて日本海に到達しました。その遊佐町吹浦にある出羽の国一宮、大物忌神社吹浦口之宮に参拝しました。社殿であわ歌を歌わせて頂きましたがその時のお言葉です。
・大物忌神社吹浦口之宮 
「大いなるこの山の 大きなる気は駆け下り来て、この身へわたりて、いや増す力を見せ行くなり。この力にてこの地を守る。ご用意なさりて来る日迎え、共々参られよ。(拍手)」
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 次に訪れたのは同じ遊佐町にある剣龍神社です。鳥海山からこの地に剣が飛んできたと言われ、その剣と奇石2個がご神体と言われる神社で小物忌神社とも称せられていたようです。大きな赤い鳥居を過ぎで進むと何ともうらぶれた境内は荒れ放題の感じです。あまり気が良さそうもないのですがなぜか訪問先に決めたのでした。実際皆さんをお連れしたらそのような印象を受けられていました。そこであわ歌を皆さんと歌わせて頂きました。その時のお言葉です。
・剣龍神社
「大きなる身よ、是までの事々、このあわ歌に乗せ行て無しと為されませ。7日に一度あわ歌3回届けます。その3度3回のうちに全て出されよ。この時が最後ぞ。よくよく聞き取りて成されませ。(拍手)」
 この言葉を受けて週1度、三週間にわたって中山さんが剣龍神社にあわ歌を3度歌うことになりました。果たしてその3度の後如何変化が起きているのか興味ある処です。歌い終わったらMさんが行方不明になりましたが、霊気が早くそこを離れることを促したようでした。
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 次は出羽一宮のもう一つ大物忌神社蕨口之宮に向かいます。吹浦口之宮と同じ遊佐町のありますがどちらも出羽一宮です。何やら色々な歴史的確執があり同等扱いでそれぞれ一宮に扱われるようになったようです。鳥海山のご神体は大物忌神と言われますが聞きなれない字です。大和朝廷にとっては以下のような経緯があったようです。

「東北日本海側(山形・秋田両県)に対する律令国家の総力を挙げた大侵略の開始が、出羽建郡を契機とした、元明天皇の和銅二年(709年)からでした。それが、出羽住民を討てども討てども抵抗は止みませんでした。少なくとも元慶の乱(878年~)、天慶の乱(939年~)まで、250年近くつづくのです。 そうすると、律令政府にとっては、
 ツキヤマのツキは、住民の怨念(おんねん)の取り「愚(つ)き」やまぬ神の山。よって住民の怨念の「尽き」てくれることを願っての神の山の意味をこめた・・・と取るのです。政府としては、それでも「好字」の範鴫に入れて「月」一字にしたものと思われます。
 大物忌の「物(モノ)」は、「鬼・魔物・怨霊(おんりょう)」を意味します。」
(鳥海山 大物忌神・月山 月山神 の神名から見た蝦夷 田牧久穂から引用)

 かなりおどろおどろした世界が見えてきます。蕨口之宮までは10分ほどでしたが小高い丘に鎮座していましたが閑散とした境内ですが、社殿は大きく威風があります。そこでも歌わせていただきましたがその時のお言葉です。
・大物忌神社蕨岡口之宮
「この地より発して、大きなる気、この今の皇尊へ向かいなされ。(拍手)この気をこの時、大きなる仕組み動かすものぞ。光と成りて参られよ。(拍手)」
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 社殿にかかる紫の布に神社紋がありますがそれをたくし上げた姿は爬虫類の目の様で異様です、お言葉の皇尊へという言葉も稀です。大きな仕組みを動かすことを期待したいものです。そこから20分ほど山に入ったところに最終目的地の玉簾の滝があります。
 駐車場から整備された歩道を数分進むと高さ63m幅5mの瀑布が現れます。御嶽神社にご挨拶して滝壺へ向かいます。水しぶきが身体を清めてくれるようで清々しいエネルギーが心地よいです。じっと滝を見ていると観音様が見えるとか、滝壺近くであわ歌を歌いましたがその時のお言葉です。
・玉簾の滝
「降り注ぐ水よ、この光を受けてこのしぶきを乗せて、皆々に配られませ。水は流れてこの地の海へ、光と成りて注ぎませ。ありがとう。」
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 全ての予定を無事終えました。後は恒例の温泉入浴です。帰り道を10分強ほど山にも登ったところにある湯の台温泉の鳥海山荘で旅の疲れを癒しました。上がってロビーでミニ懇親会でビールを頂いて楽しい話題に盛り上がりました。後は一路仙台駅を目指して走り着き、20時前に到着で来ました。東北を横断した総経距離1000キロ弱のツアーでしたが11月5日からのみちのく未知を拓く旅no3に繋がります。

 番外編ですが13日には中山さんはある方のご縁で私の地元の中山観音様であわ歌を歌わせて頂くことになりました。ご縁ですので私も参加しましたが、ご本尊様を見て驚きです。剣にまとわりつく龍が鎮座しているではありませんか。山形で訪れた剣龍そのものです。やはりその神社を訪れる必要があったようです。そこでのお言葉です。
・中山観音
「大きなりこの時の、この地に現されたるこの形、是より多くの方々、この大き身に入り来て、音発して光と成り行く。響きと光を、この地にあまねく拡がり行きて、この地にいのちを受けたる皆々へ届きて、真を現すなり。迫り来る新しきへ向かう時なり。大きなる身を頂きたるを喜び務めされませ。ようやくその身を拡げ行き、遥かなる全て発しなされませ。(拍手)直ちに参り来れ、皆々様、ここなるぞ。(拍手)お~(拍手)はるけき旅を終わりて、新しきへ共々に参ります。(拍手)」
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 全ては或るシナリオに導かれるような連動があるようです。必要なことが適役の方にゆだねられて紐解かれていく謎ときと、新たな世界の想造を楽しんでいるそんな感じの4日間、いや5日間のあわ歌の時空間でした。そして9月14日に頂いた私へのお言葉は以下です。乗り込む舟の表現は確実に次に進んでいるようです。
「この時乗り込むこの舟は 不思議と思わるる 多くの謎を持ちたるが 新しきとはそのことなり。柔らかき、面白き、嬉しきと成りて 受け取りませ。見たる時に変わりた後ぞ、今、今、この時ご用意を。」
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112.「開拓1」       2011年9月26日

 秋彼岸も終わりました。恒例の9月の座禅断食会も満願成就できました。しかし、あまりにも出張が続いてブログを書く時間がありません。(ちなみに14,15日福岡、17日長野、18日石巻、19日東京、20,21日長野、そして23日~25日蔵王断食会、25日石巻)ようやく10日からのみちのく未知拓く旅に着手できます。

 10日7時過ぎに仙台駅西口に16名が揃いました。長野から夜通し運転してきたKさん、Uさんは今回の旅には不可欠と神計らいで強行参加を申し渡されたようです。3台の車に分乗出発しましたが、出発早々交通事故?発生。なんとKさんの片足がタイヤに踏まれてしまいました。乗車未確認で名ドライバーが発進しましたが、なぜかタイヤが避けたようで悲鳴のみでなんと無事でした。先頭車の私がその事態を知ったのは第一目的地に到着後でした。大難が無難にすみましたが今回の旅の警告として注意を促されたようです。

 最初の目的地は宮城県北の涌谷町にある箟峯山・箟峯観音です。しかし、途中急遽、私の直感で木村農園さんを訪問しました。少し寄り道でしたが到着5分前に電話を木村さんにして田んぼであわ歌を歌わせて頂きました。奥様も驚きですが家族喜びでお迎え頂きました。稲の生育は隣よりは少し遅いですがしっかりしてエネルギーは別物です。その時のお言葉です。
・木村農園
「ありがたき響きと光 届き、この地 天とひとつと成りなって 見事に成すなり。大いなる実りをありがとう。」
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 箟峯山・箟峯観音は奥州33観音9番札所です。宝亀元年(770年)創建で坂上田村麻呂所縁の処です。奥州鎮護の祈願所として南北朝以降、崇敬を受けた寺です。今回のみちのく未知拓く旅に初めにご挨拶するに必要なところだったようです。本堂であわ歌を歌わせていただきました。少し北奥の頂上には夫婦杉の巨木をありますがそこは全くエネルギーが変わって心地がよいのです。縄文時代早期にはこの標高236mの山が海岸線だったとか、頂上展望所からの松尾芭蕉も逍遥した田園の景色の見晴らしは心広く安らぎを感じます。ここでもあわ歌を歌わせていただきました。お言葉は以下です。
・箟岳観音
「巡り来る是よりは この大きな地も巡りて参る。ひとつと成り行く是よりは、しっかり捉えて共々参り来れ、ひとつ成るなり。」
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・箟岳観音夫婦杉
「是より始むるは、北のこの地の皆々と 共々ひとつと成りて、大きなる気を送る。共々参られませ。(拍手)続きて申す。この地に眠りし方々 あいの光を受けられませ。時せまり来たり、参られませ。」
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 次の目的地は南三陸町にある田束山です。南三陸町志津川の市街地は津波被害で全滅です。橋、鉄橋は落ち、線路は跡形もなく、瓦礫の山、更地にビルなどの残骸が残る姿は悲惨な時を未だ告げています。方々で処理作業がされていますがシューシュポスの神話の一端を感じてしまいます。歌津町に入ってすぐに山の方に道を切りますが、歌津の街も跡形もありません。この町の歯科診療所に私が大学卒業の昭和52年から2年ほど月1度アルバイトに来ていたことがありましたが、面影は何もありません。山に向かい左折してすぐのお寺も本堂等が流され、仮設の建物でお盆を迎えたようですが、墓石はいまだ散乱しています。
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 田束山は龍峯山とも記されていますが開山は834年ごろの様で、平泉文化華やかな頃に藤原氏によって再興され寺院48、坊は100を超える隆盛を極めたようです。512mの山頂には経塚群が残っています。山頂近くの道路が崩壊していて車両進入禁止で、少し歩きましたが、快晴の山頂からの太平洋の眺望は素晴らしいの一言です。ここででもあわ歌を歌いその後は皆さんで美味しいお弁当の昼食を頂きました。その時のお言葉は以下です。
・田束山
「海 山 川よ、木々草々よ、人々よ、皆々元へと帰りましょうぞ。ひとつと成りて、元へ帰り、新しき嬉しきを生み出だされませ。この時、今こそそこへと参る、大きな力発しなされませ。
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 ここからは岩手県花巻市迄の移動です。しかし、田束山のトイレは使用できず、生理現象に応えて、山を下った歌津町のお寺近くの作業所にある仮設トイレをお借りしての緊急停止です。何しろ来た道にはコンビニもほとんどないのです。被災地故未だ全てが足りていません。
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 冠山蝙蝠岩(かむりやまこうもりいわ)弘法大師霊場は花巻市東和町にあります。昨年の10月のみちのくツアーの時に訪れる予定でしたが時間が無くてカットしていました。今回念願かない訪れることが出来ました。この霊場は弘法大師が入唐前に立ち寄られた杖立て伝説があります。この地はうっそうとした林の中に巨石がごろごろしていて、霊泉も湧いているようです。到着時は小雨でしたが俄かに雨が強くなり風も吹き荒れました。そしてその場を離れるころには又小雨に戻ります。何かが呼応している、そんなサインを感じました。更にIさん撮影の写真にはたくさんのオーブが写っています。土砂降りの中、本堂裏の磐座であわ歌を歌わせていただきましたがその時のお言葉です。
 ・冠山蝙蝠岩(かむりやまこうもりいわ)弘法大師霊場
「誰とは言わぬが、かくのごとくに成したるは、誠に相済まぬ。お詫び申す。(拍手)ここに響きと光を放したり。皆々この時(拍手)出でませ、永きにわたりた全ては無しと致すなり。共々、この時参ろうぞ。(拍手しながら)光の中へ 参り来れ。(拍手)あーあーあー(拍手)痛み入る。打ち揃いたる身をひとつと成りて参る。(拍手)ありがとう。(拍手)
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 霊場から10分足らずのところに大沢瀧神社があります。道路から見える赤い大きな鳥居から山に入ること数分、一瞬道に迷ったかと思える山中に鎮座しています。駐車場に車を止めて鳥居から参道を通って本殿まで500mほどでしょうか、小雨の中進みます。前日9月9日が例大祭でしたので、祭りの跡が残っています。本殿の左手の林の中に何かの存在がいるようでその方向を向いてあわ歌を歌いました。そしては本殿向かいの磐座でも歌いましたが、ここでも写真にオーブが見られました。歌い終わり皆で帰ろうとしたら本殿近くで中山さん呼び止められたようで又あわ歌を唄われました。
・大沢瀧神社
「あーあーあー 参るぞよ 参られよ あーあーあー」
「大いなるこの地の宮よ、この時、巡り来たりたるは、真に嬉しきなり。光と共に皆々とひとつと成り行き参りましょうぞ。(拍手)おーおーい 分かりたり。(拍手)嬉しきなり(拍手)
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・大沢瀧神社天照皇大神磐座
「是よりこの地、この方々に 大きなる光を 写し行かれませ。新たなる一歩、共々に。(拍手)あい深きを成し行かん(拍手)
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・大沢瀧神社
(拍手)お尋ね申す。如何なることよ。(拍手) 言わずと知れたる是よりのこと。発する この気はその身を通して、大きなる光 写し行く、今よりの日は、その身と共なり。しかと 心得下され。(拍手)誠にありがたきなり。大きなるご無礼つかまつりた。ここに深くお詫び申す。是より共々参ります。(拍手)おーう(拍手)
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 ここでも参拝中は雨足が強まり、終えて鳥居をでると小雨に戻ります。中山さんから降ろされるお言葉にも神霊界での呼応が見られます。各地に埋もれていた方々などを呼び起こしてこれからの世界への連携を促しているようです。
皆さんにどうしてこの神社が見つかったのですかと尋ねられました。昨年、道路を走っていて鳥居を目にして引き寄せられるように迷いながら探し当てたところです。8月に下見に行ったときにも磐座に光を降ろされたここの存在をお知らせ頂いていたようです。

今日の予定を全て終えて一路遠野市の宿へ向かいました。夕暮れの市内は閑散としています。ようやく見つけた酒屋さんで夜の飲み物などを仕入れて遠野南部氏の城址麓の豪華なホテルに入りました。夕食宴会は大いに盛り上がりましたが私は1次会でダウンです。(続く)

111.「あわの里」      2011年9月20日

 このブログも111回になりました。9月9日にあわの里天命舎であわ歌会を開催しました。あわの里天命舎を移転開設してのこけら落としが6月4日あわ歌会でしたが、既に3か月が過ぎました。お蔭様で着々と整ってきています。
 8月末に生体エネルギー情報コンクリートブロックをあわの里天命舎に配置し、じんち作りをしてから、一段とエネルギーが高まり増して来て、活性場に変化してきています。その事は9月の生体エネルギーの活用法を学ぶ「日常生活を健康で豊かに過ごす方法を学ぶ会」で紹介し体験して頂きました。
 己が置かれている環境、その環境に働きかけることが出来るのが人間の役割です。その為には自然の仕組みを紐解き活用できる加学を知ること、そして具体的に活用できる技術を持つことです。その目指す目的は己の能力を高めて、環境を改善し高め、自然を豊かにしていくことです。つまり己が人類自然に求められる存在になることです。現在は急速に環境劣化し、自然が破壊されてきています。その流れに単に身を任せていては存続が危ぶまれます。自然も変化していることを知ることです。

 あわの里天命舎での企画内容も以前の天命塾サロンと変化してきました。都心のビルですが隣接するビルが無く、四方が窓で景色が楽しめます。空間の広さもあり臨機応変に会場を設定変更が出来、ゆったりと和む、居心地の良さがあります。一番は善きご縁の方々が集い、新しい方々も自然に繋がれる場になってきていることでしょうか。
 あわの里天命舎の名称も、その響きが新たな世界を拓いたようです。あわの里はあわの歌が持つ世界を相似的に現象化出来、天命舎は各自が持つ天命への学び舎です。頂いた名はとても気に行っていますし、これからもあわの里天命舎は新しき嬉しき世界になっていくことでしょう。やがて宮城県内の各所、他の場所にもあわの里天命舎は出来るような期待があります。新しい時代の礎の場でしょうか、楽しみです。

 あわ歌会の時に中山博さんから頂くあわ歌とお言葉は己への指針、導きで本来に自分の道に気づかせ腑に落ちる響き、光、エネルギーです。あわ歌を歌う事を継続して日々に活かしている方々の変化は顕著で動じない己がどんどん開発、開拓されてきています。そのあり様があわ歌会で頂くお言葉の中に現れます。稀に厳しいお言葉を頂く方もいますが全てその方にその時に必要な情報の様です。

 9月7日に私が頂いたお言葉は以下です。
「向かうは 是より皆々の 囚われ来たりた多くの物を すっかりほどきて、軽きとなして 柔らかきへ変え行くことなり。その時、光は闇を照らし 真を見せて知らせます。動かぬ思いで参られませ。」
 9月9日のお言葉は以下です。
「この時 只今 この響きに集まり来たりた方々に申すなり。今この身は この響きと光の中なり、これより北の地と そこにある全てを守りゆく身なり。方々、力を尽くして ご支援致されませ。」
この中の集まり来たりた方々とはその時に私に集ってきた無形の存在達のことです。
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 今回は初の試みであわ歌会の後、夕方からあわ歌50回の会を開催しました。20数名の方々が集まり円陣を組んで歌い、響かせ、光を降ろしました。その時に頂いたお言葉は以下です。

「行きては帰る これまでのこの仕組みの中ありて 皆々永きにわたり 多くの事々成し来たりたるが、多くをここにためて、固きを作り来たり。この時、全てを無しとなしゆき、真の柔らかき、嬉しきへ参ろうぞ。」
「ゆるかに、優しく、流れしが、今、大きく流れを変えて行きて 激しい動きと成れり。皆々様には、よくよくご覧に成られて、その身を思い、その心を思いしっかりとご自分を定める時 迎えたり。」
「皆々様 皆々夢の中 如何でした、此処にて見られた夢の数々は楽しく、嬉しかったでしょうか。是より変わり行く真の御世は 新しき 嬉しきなり。」
北より参る 大きなる 響きが この地の 皆々に 進みを促し 新しきへ変わる。
「隠されたる 隠れたる 分からなくなりたる、皆々この時 皆々で光を送りて 明らかに致しましょう。」
「ありがたきなり、この響きを是よりも この天地に響きわたらせ、皆々の光と力と成されませ。」
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 内容を要約すると以下のようになります。

「是までの全てを無しとし、真の柔らかき、嬉しきへ参りましょう。その身を思い、その心を思いしっかりとご自分を定める時を迎えました。是から変わる真の御世は、新しき、嬉しきものです。北から来る大きな響きが、この地の皆々に進みを促して新しきへ変わります。隠され、隠れた、今は分からなくなった皆々に、この時に皆々で光を送りて明らかに致しましょう」
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 翌日10日から12日までのみちのく未知を拓く旅へ向けた内容かと思います。みちのくの地に隠され隠れた今は分からなくなった存在に皆さんで光を送って明らかにする。そこで起こされた大きな響きが皆さんに、日本の地に変化進展を促していくことになる。これからは北からのエネルギーが重要な役割を果たすのでしょうか。
 このみちのくの地を大和が征服し治めて多くの年月が過ぎました。そして今年3月11日の東日本大震災で被災し甚大な被害が生じました。それもこれも全てを無にして新たな世界を創る転換なのでしょう。今回の旅では中山博氏と巡るみちのくの未知を拓くと名を付けた必然もかんじます。
 更に今回の旅コースは、今年の6月4日のあわの里天命舎でのあわ歌会の時に私が頂いた、言葉と絵がスタートでした。私の直感で行程を決めて、全ての地を下見していました。
 全てのキーワードは新しき嬉しきでしょうか。次回はその旅を記しますのでお楽しみに。

110.「人災」        2011年9月18日

 最近、私の手相が急激に変化してきています。手相はこれまでもちょくちょく見ているのですが、この1週間で細かい線が消えてきています。なんだろうと思って考えてみたら多分9月7日に歯に装着した歯冠修復金属インレーが影響しているのではないかとの結論に達しました。身体機能の修復、活性化の現れの一端と思います。既に数人の方が装着しましたが皆さん調子が良いのです。
 生体エネルギー理論の中には支配系という考え方があります。簡単に説明すると、第14族元素の炭素族は外角電子が4個存在していて、外殻電子総数の半数が存在していますがそれらを使いこなすことで他の元素の働きを高めることが出来ます。炭素はケイ素に支配され、ケイ素はゲルマニュームに支配され、ゲルマニュームはスズに支配され、スズは鉛に支配されるというものです。人間は炭素元素を中心に営みをして、動植物も炭素中心の生き物ですが、それらには大地の主な構成物のケイ素の存在が大きく影響しています。ケイ素すなわち土壌の機能を高めることで炭素の機能は高まり、植物、動物の能力が高まります。炭素族の電子量が増すに従いその能力が高まりますので、それらを使いこなせると生き物のキャパシィティーを増すことが可能と考えます。それらの炭素族の情報が入れられた金属が使用可能になりました。如何なる変化が生じるのかこれからも楽しみです。

 9月4日にはNGOグリーンガイヤ役員会、研修会が東京でありましたが木内鶴彦さんは元気でした。いろいろなことが進展してきているようです。8月末の長野での秘密会?が効いているのかもしれません。
木内さんのお話しの一部を紹介してみます。

 今回の3,11東日本大震災は自然災害ですがある意味では人災です。人口地震など言われますがこの様な環境をつくってしまったことがそもそもの原因です。地球は限りある環境で、地球を宇宙船とするとその中で生きている人間が宇宙船を破壊している状況と考えられます。
 地球は太陽風で放出された放射性物質の塊で表面の放射能がなくなってきて生物が発生した。大気は二酸化炭素で覆われていて、それを水が吸収し太陽光などで生き物は生まれ、細胞は炭素を中心にできていて大気圏が生存の環境を整えてきた。そして動物、植物の死骸が石油、石炭になって埋蔵されていた。500万年前に二酸化炭素が減ってきて人類が誕生した。その中で人類の役割は生物のバランスを取っていく生態系を作り、その生態系の循環をコントロールして、社会構造や経済を成り立たせることです。しかし石油、石炭を掘り起し活用し、放射性物質を原子力発電として利用しし生態系を大きく崩して来ています。

 金は病気直しに必要です。身体の電気の滞りで細菌が安定して動かなくなると二酸化炭素が増えて活性化が起きてくる。その時にアースして放電させることが必要です。金は身体の電気を放電しやすいものでその役割があり、唯一食べられるものです。又金は赤外線だけを反射するので体温を上げるのに丁度良く、金張の部屋はその効果があります。昔はいのちを大切に思い、いのちを繋いでいくために金は有効で、人工的に作ることが出来なく、貴重なものでやがて、金が中心になり、価値が変わり通貨になっていきました。
 今は資本主義の中で金の裏付けが無くなり、社会構造が単に儲けることで動き、お金のエントロピーが増大し、社会崩壊していく様相になっている。

 コップに水を入れて、そこに墨汁を入れ太陽光を与えておくと温度があがります。海水も不純物が多いと海水温が上がります。農業で化学肥料を大量に使いそれが海に流れ込み、産業廃棄物も海に廃棄され太陽光で熱膨張が起きて赤道上に水かさが増えていきそれが原因で海流の流れが変わり、ひいては台風の発現にも影響を与えています。これも人災と言え改善が必要です。漁火や夜間電力利用のライトアップ等で森林は枯れてきています。化石燃料の利用から太陽光の宇宙エネルギーを上手く取り入れることでエネルギー問題はかなり改善できます。
 社会構造を豊かなものにして安心安全で自給自足が出来、内需を拡大してお金を回すことが大切で、ある意味、鎖国をして国内での循環を取り戻していくことです。そしてやがて日本通貨が基軸になってきます。農業も放射能のことを考えると露地物から安心安全提供できるハウスや水耕栽培などが有効になります。太陽光発電して電池で蓄電し各家庭で活用していく、ごみ処理も太陽光を活用して処理するなど色々なものを導入した、住・農・食・販売・医等のモデル地区を作って行く必要があります。

 人間の目的は地球生態系バランスを整えて長く維持することで、そこでの各自の役割は十人十色です。地に足をつけて苦労して学んでいくことがアセンションです。人は目的が無い時に病気になります。役割を見据えて頑張ることあると病気は治ります。暇だと色々なことを考えてしまい、病気を作っていきますのでノー天気が良いです。未来は明るく遣り甲斐があります。戦わずして勝。ノー天気に生きて行く。武士道の世界は間合いです。相手を侵さずに自由に過ごし、各自の一人一品持ち寄りで楽しく未来を作ることです。

 最後に質問に答えて以下のコメントがありました。
 これからは地震が起きてもあまり大きいものはない。エレニン彗星もあまり影響ない。太陽活動周期は来年がピークで44年に1度の活動で今年起きても良かったが今年は普通だった。3,9地震きっかけに3,11地震が起きたが、普通は起きない岩盤がなぜ滑ったのか?これからは心配するよりは身軽が一番です。起きた時の対処をしておくことです。
 これからは経済が怖いです。思い込みでお金の価値が怪しくなり、裏付けが無く、信用がありません。既に産業構造の崩壊が始まっています。
 今後は5ないし10年で新しいプロジェクトをしていきます。
 原発事故の収束はまだまだ危険があります。核融合が起きて臨界量を越えたら爆発が起きて北半球はダメになります。マグマだまりに落ちて消滅してくれると大丈夫ですが。土壌改良、炉心の無毒化にたいちくん、太陽光の活用の動きもあります。

 今起きていることは多くは人災です。人間の思考態の能力を高める事、マインドコントロールを外して楽しい未来を善き縁者、仲間と新しい技術で切り開いていきたいものです。

109.「砂漠化」       2011年9月8日

 生体エネルギーの理論と技術は常に驚きと未知を拓く可能を感じ興味が尽きない世界です。もうすぐ破綻するであろう経済、金融の世界も見据えて経済理論もあり、宇宙通貨なる「みつちじょう」の概念も使用されています。
 現在の地球環境の破壊、社会システム、経済システムの崩壊もその大きな原因は人間のもつ構造体属性の思考態にあり、その思考態の劣化、砂漠化、ある意味での煩悩の極みです。この現状を蘇生、回帰するためには、その思考態を励起させて本来の役割、機能を回復させるという視点での取り組みが必要と認識しています。

 3月11日の震災後、3月末に木内鶴彦さんにお会いした時に、彼はかなり消耗していましたが、福島原発に2,3号機で既にメルトダウンしているような気がすると話して今後の行方を案じていました。
 数日前に以下のニュースをしりましたが震災直後に政府は既に大きな危険を認識していたようです。しかしマスコミも含めてこの国のトップの思考は何を優先しているのかと改めてその砂漠化を感じてしまいます。

<事故予測、発生当日に菅氏まで伝達~保安院<2011年9月3日 22:07>
 経産省の原子力安全・保安院は、福島第一原子力発電所の事故が起きた3月11日の夜に、「翌日にはメルトダウン(=炉心溶融)が起きる」という保安院の予測が、菅前首相にまで伝わっていたとの認識を示した。

 保安院は3月11日夜、「3月12日午前0時50分に原子炉の中の核燃料が溶け出すメルトダウンが2号機で起きる」という予測を文書にまとめ、官邸に送っていた。保安院はその文書を2日に公開したが、保安院・森山災害対策監は3日、その内容は3月11日午後11時頃には、当時官邸に詰めていた海江田前経産相から菅前首相に伝えられていたとの認識を示した。これらのデータが、周辺住民の避難指示に役立てられたかどうかはわかっていない。

 事故については、被害の拡大防止などが適切に行われたかなど、事故調査委員会が年内にも中間報告をまとめる予定。
 
 9月3日の新聞でも小さな記事であったようです。野田政権に交代してのタイミングで前政権の失策を小さく出して責任を回避、もしくは世論の動向を見て追及か穏便に済ます政治手法かとの読みもあります。菅前首相の献金問題で検察が動きだしたり、前原元外相の米国への情報漏えいの内容がウイキリークスで暴露されたりしていますが、国民の安全を優先しないリーダー達の姿が見え隠れしています。官僚や政治家達はこれまで通りさらに国民の財産も他国に差し出して己の保身を図るのでしょうか?それもこれもそんな指導者を選択した国民の自己責任故、その結果を負うことになるのでしょうか。自然災害も相まって国民が自覚するまで、とことんこれでもかという状況を体験する感じです。しかしそんなショック療法ではなく、しっかりとこの世界を見据えた宇宙論をベースに新しい仕組み、世界を構築していきたいものです。
 
 長野の生体システム実践研究会で私が部会長を務める、生命の泉を励起する会では年間テーマとして「思考態の砂漠化を緑化します」を掲げて学び実践をしてきています。    

 砂漠化とは植物が生きることが出来ない状態で、エネルギーの収奪や塩基障害が人間によってもたらされていること。では人の思考態の砂漠化とは、情報が足りないこと、情報を処理する能力が狭く低下して新しいものを生み出せないことです。その原因、前提として生体エネルギーの不足、目的が未設定で不明であることが考えられます。では思考態を緑化するには具体的にどうするかが課題です。生体エネルギー理論を活用した幼児教育プログラムがありますが、そこでは環境と教育を通してそれに取り組んでいます。そこでは何をするために勉強するか?高められた自分がどう恩返しするか?目的の持っていきかたを考えることなどの学びをとおして思考態の緑化を目指しています。大人に対しての教育では、己の位置を高め続け、自分がどこにいるかを知ること。更に思い上がりや自分の劣化に気づくことができない自分の思考の緑化を迷わず進めていくこと。それと同時に自分を間違った方向から戻ってきなさいと叱っていただく存在がいつもいるわけではないので、その気づき、教え諭しを自分で出来るようにすること等の内容の様です。それらがプログラムとして出来ているようですが私は残念ながら未体験です。

 9月4日に長野での部会勉強会で「思考態の砂漠化を防ぐじんちの作り方」と題して佐藤政二先生にお話を伺いました。その一部を紹介します。
 
 現在の学問、科学で公害を直すには一般的には分解でする方法です。極論で言うと人間ダメになったら廃棄という方式で、悪人を善人にする方法ではありません。現状は、原爆には原爆で対応し、同じものの競い合いで、戦争で奪い、更に援助で縛るという産業形態がありますが、本来は独自の力を持たせて自立を促す必要があります。

 災害で被害に遭った中で先人の教えを守った人達は難を逃れ、怠った人が被害を受けたとしたらそれは当たり前です。怠ったその人は煩悩優位で動いた結果で、同じことをやれば馬鹿を繰り返すことになります。被爆国として物を言える立場ですが対抗手段をどう考えるか、核技術をどうするか、非核三原則に変わる対応能力を持つことでそれは可能になります。日本経済も最初は良かったのですが、人をコストととらえてから間違いとなり、海外に出て行ってお金を稼ぐようになってから3流国に成り下がってしまいました。今は政治家で外国に物言う人は潰され、マスコミ等の情報で操作される国民レベルになっています。今こそ国力を高め、外国に対して強くなる、独立、技術大国になるべきです。我が国には資源はありませんがゴミは沢山あり、輸出するだけの元素は持っています。第1次産品を日本で作り、第2、3次を外国で作らせることで日本は負けることはありません。自然を当たり前に使えることが第1次産業で、農林漁鉱業を充実させて国土開発に取り組むことです。

 今、パテント制が世界を支配していて、DNAもパテントとして特許を取られていますがその時代もやがて終わり、これから技術の権利を守るのが商標となります。その次は空間装置化で、これが本当の技術です。それが出来たら誰にも侵されずに守ることが出来ます。継承させるための技術であり、成長を続ける能力・機能をもたらす産業が出来れば、ねじ1本で産業を変えることが可能と成ります。海に海洋牧場をつくることも可能です。自然を数学、計算でみることで、生態系(論法)、生体システム、プログラム産業が成り立ちます。

 自然悟道(じねんごどう)、自らが周りに左右されずにしっかり行動をとり、マイナスを与え無いことが求められます。いつまでもこれまでに無いものを作り続けることが新鮮です。老化しない為にも新しいものを発想することです。最近の世の中では若さは年齢、肩書だけで能力と関係なく、ロボットになると肩書きもらえる仕組みです。新米はダメで古米の方が使えます。煩悩で新米を見るとダメになり、元々若さは一番頼りないものです。最先端技術はノーベル賞をもらえません。なぜならそれを理解できる人がいないからです。常に新しい理論で想念を集めて創造は作れますがまったく新しい存在は作れません。それを学問で作る。どんな能力もプログラムで作れ、電気、水を使い、それ以外は空間装置化で可能となります。じんりつすることで、周りを変えずに自分が変わると変わります。自立することで知るべくして知る悟りへ行くことが出来ます。地獄の中でも、どの次元でも悟りがあり、世代を超えたものが自然悟道です。
 
 じんち作りとしての空間装置化実験をしましたが驚きの世界です。食味試験、身体反応などを確認しましたが食味では10味,11味を初めて体験できました。今回は私が佐藤先生からいただいた合金を加工処理した生体エネルギー情報処理歯科用金属を持参していましたのでそれを用いた実験もしました。これは支配系を勘案した4種類の金属の合金で人間の能力の成長率を150%に出来るものです。設置された装置の空間の中心にその金属を置くとまた更なる情報の変換が起きて驚きの体験でした。体験した方はその金属を自分の口の中に装着して装置化したくなるそんな内容で、佐藤先生からも情報内容がしっかり入れられているとお墨付きを頂きました。私もさっそく仙台に戻って治療してもらい7日に自分の奥歯に装着しました。身体が活性しているようで、身体が熱く、眠りが深く、すこぶる快調です。ますます若返り、色々な機能が高まりそうで、これから楽しい世界を味わえそうです。
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 砂漠化を防ぐ為に今必要なことは、まずは自分の日常生活の環境を改善して自分自身の生体エネルギーの劣化を防ぎ、更には日日その場で生体エネルギーを励起して生命力を高めること。そして少々の毒的なものに遭遇したとしてもそれ以上に命の営み継続できる力を発揮できる能力を身に付けること。そして自分自身が持つ本来の役割を果たすことで、相対を高め、人類自然を高める機能を果たす存在になることです。その為にはじんち (陣地・・)を如何に作るかが一つの鍵です。これからもオアシスを作り緑化を目指していきたいものです。

108.「葉月」       2011年8月31日

 早いもので8月も終わります。今月も全国を色々と徘徊しました。震災後の影響もあり医院の仕事の方はまだまだですが、どうにか元気に活動できています。葉月の旅先のちょっとした楽しみの世界をスポットで紹介します。
 
 9月10日から中山博さんと巡るみちのく未知を拓く旅を2泊3日で開催しますが、震災後の状況確認の為に何か所かを改めて下見をしてきました。やはり震災被害があり立ち入り禁止のところがありました。
 富谷町の鹿島雨足別神社のある大亀山森林公園はかなりの被害で道路が崩壊して一部通行止めになり、神社へ登る参道もロープで立ち入り禁止でした。そんな中、無謀にも不安定な石段を登って行くと、神社本殿脇の巨石の大亀石も傾いて大きく移動していました。ここは9月の旅では参拝中止にしました。
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 南三陸町の田束山への山道も大きく亀裂が走っていますがどうにか頂上まで登ることが出来ましたが大型車は通行できません。山頂からの太平洋の眺望は格別でしたが、皆さんと山頂からあわ歌を響かせたら最高です。本番の時が楽しみです。
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 岩手県の花巻市の大沢瀧神社も訪ねてきました。その時、空を見上げると白龍さんでしょうか、雲がまっすぐに立ち上がっています。そして本殿を参拝した後、向かいの分社脇の巨石の上に鎮座する天照大神の石碑であわ歌を歌いましたが光が燦々と降り注いできます。時間の経過で光の顕現を紹介します。何とも言えないエネルギーを頂きました。大祭が9月9日でその翌日10日に皆さんで伺いますが果たして如何でしょうか、とても楽しみです。
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 八戸は私の生まれ育った故郷です。縄文時代の遺跡が多数発掘されていてかつて、古の時には文化花開いた地の様です。23年7月10日に八戸市埋蔵文化財センター「是川縄文館」が新装開館しました。今回帰省したので拝観してきましたが既に1か月で来館1万人を超えたようで多くの方々で賑わっていました。素晴らしい施設で展示品も豊富で合掌土偶、遮光器土偶など堪能してきました。是非訪れてみてください。
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 私は長年、生体エネルギー研究所の佐藤政二先生のご指導ご教授を頂いていますが、8月上旬、環境改善個別情報入りのじんち作りの指導を頂いてきました。今回作成したものは、なかなかの情報内容で、かなり力量位のある空間装置化ができるものです。お盆明けに長野へ車で受け取りに行き、今は医院等に設置して変化を楽しんでいます。設置当日は驚きのエネルギーを体感できました。そして継続して空間装置が機能しています。
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 その受け取りの時にどういうわけか長野で秘密会ならぬ談合会がありました。メンバーは中山博さん、木内鶴彦さん達ですが生体エネルギー研究所で待ち合わせして施設のハウス等見学して頂きました。温泉に宿泊して濃厚な時間を過ごし、翌日は近くの神社参拝のあと高山村の裏見の滝「雷瀧」を堪能してきました。
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 その時に私が頂いたお言葉です。
「あいのふる ふる 大きなるその身を ここに現すその時は 光の中へと 見事に入る 時は至りたるなり。」
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 その前日に中山さんに降りていたお言葉です。
「ただ今より申す事を明日に集いたる方々に知らせなさりませ。平成23年8月23日 11,11
 来る日に向かいて動きは早く、この地 この空 この海、人々皆々 不安と成りて動き行くなり。見えざる力はこの全てに大きな不安をうつして参る成り。続きます 多くの動きが。
 光は是より皆々に、ふるふるふりてまいるなり。あわ歌うたいて 響きゆき 光を受けて発すれば この地に光みちみちて 大きな変化を生み出だす。闇にまぎれて動き来る多くの輩にとらわれず 歌いて響きて発して下され。続きて 続けて 下されませ。」
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 大きな変化が引き続き起きるようです。じんちを作り、己が歌って光を受けて発する存在となることが必要ですね。

 月末は定期的に訪れる福岡から帰仙後、1日仕事をして北海道へ生体エネルギー勉強会ならぬ北海道牛をまるごと楽しむ会に参加してきました。生体システム実践研究会北海道支部主催のチャリティーイベントですが全国各地から200名の参加で盛会でした。
 11歳7か月の廃牛間際の母牛を、今年の3月9日(私の誕生日です)から生体エネルギー理論に基づいて特別な環境下で、特別な生体エネルギー活用肥育を開始して、その牛肉を食べた人間の能力(知的能力、身体的能力、精神的能力)を高めることを目標にした肉牛を味わう会です。リン脂質、ビタミンB12などを増やし活性化させることで人間の恒常性、若返り、機能性を高めることを図ります。具体的には情報を変えるIEC,準拠位置を変えるEEC,同化融合合一の速度を変えるFECがキーポイントです。
 更に今回初公開の水の中での装置化の仕掛けもオープンになりました。水槽の中にコードを通してそこで囲われた内側と外側の内容が変わってしまうのです。手を入れても明らかに違いを確認出来ますし、食べ物も内と外で味が明確に違うのです。
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 私は日ごろ肉は一切食べませんが今回はとても美味しくたらふく頂きました。翌日はなぜか肌が若返ったようです。又、生体エネルギー技術が進化した世界を堪能できました。
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 いよいよ9月です。是からの時代に必要とされる人間の能力、技術を活用できる世界を大安心で楽しみたいものです。
プロフィール

仙台天命塾長

Author:仙台天命塾長
 大久保直政
http://genkiup.net/

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