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107.「光と闇」        2011年8月22日

 光はエネルギーです。光を頂いて生かされる現象界は遍満するその光を受けますが、より多くを集中して受けるところがあります。あるいは頂いたものを常に放出して周囲を照らす存在として機能することもあります。それは土地、岩、木、や物、人、形象等があります。人が介在することで言霊、音霊で光を降ろし放射することも可能です。
 
 先日8月11日の生支州さんのお話会の時に「モーゼのシール・オブ・スピリット」の護符を頂きました。当日は急な参加者があり私の分はその方に差し上げてしまいましたので後日郵送して頂きました。到着して19日から使用しましたが、護符の裏側に名前、生年月日、願い事を書いて枕の下において眠ることで機能すると伺い、さっそく試みました。
 就寝すると頭の下からエネルギーが放出されていてジンジンと感じます。かなり強烈で少し驚きましたが光を頂いている感じを思い描きその中に浸っている内に寝てしまいました。夜中に地震があり目覚めましたがその後もエネルギーが継続しています。翌日20日にイシスさんにお会いして昼食を一緒にしましたがそのことをお話したら、「護符はしっかり作っていますから、感覚が鋭い方は分かりますね。」とのことです。翌日の夜も同様なエネルギーが続きました。顕在意識が休んでいる時に深い意識世界に作用しているようです。暫く楽しみな世界が味わえそうです。
 
 神の光線リーディングで頂いた言霊も使用していますが最終的には、自分に「光あれ」の言霊を発令できるようになり、自分の天命等をしっかり出来る能力を身に付けることが目的のように思います。必要な時に自分を守護して活力を発揮できる能力を身に付け、使いこなすことで、人生を謳歌出来るのでしょう。私の言霊ではなんといっても「黄金律」を多用しています。楽しんでいるうちに何かが現れると思います。
 イシスさんからも「光は闇からしか生まれないのです。自分の「神の光線」を引き出して、その言霊を話したり書いたり、分かち合うことで(自分一人で囲いこむのではなくオープンになることがポイント)光が増し、自分を通して自他がどんどん輝き、ハッピーになっていくような仕掛けになっています。さあ!今日からあなたも自分の「愛の言霊」を発動させて楽園を作って参りましょう!」と伺っています。
 20日に神の光線リーディングを10名の方々が受けられましたが皆さん笑顔で明るく楽しんでいます。確実に各自のスイッチをオンして肯定的な歩みを始める感じです。嬉しいことです。これからも好循環が続くような場を継続的に持てたら良いなと思います。神の光線リーディングを受けた方々の交流会を開いたら楽しいなとのリクエストの声もありますので、近日中に皆さんで頂いたリーデイング内容を分かち合う集いを開催したいと思います。ご縁の方は是非参加下さい。
 
 20日のリーディングの会の合間に川崎町に所要があり行ってきました。その帰りに支倉常長のお墓の表示が偶然目にとまり、国道から暫く県道を中に入りましたが初めて訪れてきました。支倉地区の常長の居城があった上楯城跡の麓の円福寺にお墓はありました。実は7月に開催したセミナー講師はせくらみゆきさんのご主人は支倉常長所縁の方で実家が円福寺と伺っていましたのでいったいどこにあるのかなと思っていました。
 お盆明けの境内は無人でしたが山の斜面に墓所が設けられています。墓には大きな石碑が建てられていましたが驚きはお墓の両脇の柱の上に狛犬ならぬ、爬虫類が飾られているではありませんか。明らかにレプティリアンです。そしてお墓の石塔も何やら角の生えた目と口がはっきりと見える爬虫類のようではありませんか?墓石が壊れたものを補修して継ぎ足したようにも見えますが?何か異様でした。しかしなぜ円福寺のお墓に爬虫類が鎮座しているのか?少なくても私の経験ではこのようなお墓は初めてみました。キリスト教の洗礼を受けているからなのでしょうか。しかし、石碑を作ったのは後世の縁者ですから、レプティリアンであることを明らかにする必要があったのでしょうか、どなたか理由を知っている方教えてください。
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 支倉常長のお墓はこの円福寺含めて3か所あります。一つは仙台市内北山の光明寺、もう一つは大郷町のメモリアルパークです。そして3か所のお墓に記されてある死亡日が全て違うのです。光明寺が帰国後翌年病死、1622年享年51歳。円福寺は1622年7月1日享年52歳。大郷メモリアールパークは1654年2月享年84歳。何とも不思議なことです。
 
 常長の帰国後の処遇についても諸説あり、以下に予測される状況があったようです。
「まず、常長がスペインから帰ってきた時キリスト教は禁止されていました。しかし、常長はローマで偉い人に洗礼を受けて身も心もキリシタンになっています。政宗は大役を果たした常長にキリシタンをやめろとか、従わないと罰するぞということは言えませんでした。しかし、幕府への面目もあります。そこで政宗は考えました。常長を病気で死んだことにして、支倉家居城のまん前に、これ見よがしに常長のお墓を建立したのです。幕府には常長死亡届を提出するとともに、常長を大郷町に移しました。常長の行動、及び幕府の目付けに対しては付近の伊達一族大松沢元実、留守政景、政宗三男伊達宗清らに監視させました。死んだことになった常長は自然豊かな大郷町でキリシタンであることは誰にも言わず、ひっそりと84歳までその地で暮らしました。その後、常長の子孫はそのお墓が常長のものであることを隠しつつ、守っていったのでした。」
 腑に落ちる解説です。

 翌日21日は朝から石巻佐藤造船所の片づけ作業でした。昨日支倉常長の墓を一緒に訪れたTさんも同行しましたが車の中でかなり具合が悪く、ひどそうでした。船酔いの様で吐き気や涙が出て大変でしたが、石巻について落ち着いて状況を聞いてみると、支倉常長が船での長旅で船酔いしていたようでその時の再現のようで、なぜかしら昨日お墓詣りをしてから何かのメッセージを託されたようです。今のあり方は、本当に自分が望んだような姿でないということ、囲いから解放されて自由になりたい、と告げているようだとのことです。
 佐藤造船所のすぐ近くにサンファン記念館がありサンファン・バウテスタ号が復元され陸地に固定されています。津波後にはマストも折れてしまっています。その話を聞いて佐藤造船所のSさんは記念館のあり様を批判し、常長の志を伝えていないし、子孫も引き継いでいけないと改善の必要を述べていました。作業開始前の驚きミーテイングでしたが、復興まつわる支倉繋がりの何かのストーリーがあるようです。
 雨の中での作業ですが、工場内の片づけでしたがかなりすっきりとして又1歩前進です。雑然とした世界が人の介在によって整い、空間が生れ、風の通りが良くなり晴れやぐ感じを得ますが、そこで感じ生まれる思い、意識が次の創造を生み出す環境になります。嬉しいことです。混沌とした闇に光が射して来ている感じです。この点に係る過去、未来が今ここにあり、係る人々の想い行動がエネルギーとして光を発しています。
 今回は支援者は10名弱で少数でしたが充実した作業が出来ました。昼食は差し入れの黄色いスイカを美味しく頂きました。そして皆さんにはその日近海で獲れた新鮮な鯵,烏賊などのお魚を沢山お土産に頂きました。ありがたいことです。また皆さん9月も来ましょう。

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106.「光線」         2011年8月18日

 お盆休みも終わりました。皆さん如何お過ごしでしたでしょうか。実家の墓に参りご挨拶とお礼をしてきました。
 休み直前11日に生支州さんの神の光線リーディングを開催しましたが私も受けてみました。神の光線リーデイングはイシスさんオリジナルなようです。5人のグループでの公開リーディングです。

 人には生まれた時からその人の本質がもつ根本的な性質や人生のテーマなどがあります。神智学ではアートマ(意志)、ブッディ(感覚)、マナス(知性)の光線があると言われていて、姓名に宿る光線もあります。そして各自が持つ光線を解読することが出来ます。光線は光りですので良い言霊しか出てきません。各自が「光あれ」の言霊が発動するには、「各自が持つ神の光線の言霊を引き出して、話したり、書いたりすることが必要である」とイシスさんはハイレベルガイドから授かったといいます。そして各自が神の光を発動させて行くことで闇は晴れて「愛の言霊」になります。
 イシスさんは3月11日の東日本大震災の2日前に突然この秘法を公開したくなり、仙台の知り合いのサロンでそこのスタッフの方を内密にリーデイングされました。震災後その時のリーディング内容がズバリ、まさにドンピシャの流れとアドバイスで励みになったと感謝されたそうです。
 実はイシスさんには「黒騎士」と「暗号解読」という光線言霊があり、「世の中が大変な時に、姿を表す影(裏)の存在であり、時が来たら秘密の暗号を解読して人を救う」という意味があります。イシスさんは言霊の出し方を十代の時に師匠から習っており、この光線言霊も知っていましたが、言霊の深い意味が分かったのは東日本大震災の後だったと言います。この言霊は本当に深い意味を秘めているようです。
 このリーディングをグループで公開で行う意図は個人の誤用や盗用を防ぐためと、自分の「神の光線」に目覚めて、他者と素直に分かち合うことで、光が増し、発動する仕組みになっているからです。

 さてどのような内容が開示されるかといいますと、
 名前(ペンネームや仕事名も)からは
1天命(その人の人生の目的であり核になるもの)
2運命展開する上での知性・感性の向かう方向
3活動運
4人や物とのご縁
5金運(お金をつくる手段)
6適性
7全体運
8開運色
生れの生年月日からは
9守護霊シンボル光線言霊がでます。
 さらに秘術にて1年間の流れの開運法もつけてリーディングしていただけます。
 
 さて私のリーディング光線言霊は以下でした。
1天命 「不老不死」 :いつまでも若々しく長生きするという意味です。その為に総合的に研究し実践し学んだことを教え伝えていくことでしょう。
2運命を展開する上で知性・感性の向かう方向 「天神地祇(てんじんちぎ)を祭る」 :目に見えない大自然の神を祭るという意味です。
3活動運 「改革の人」 :世間常識を越えて自分の志を信じひたすら改革していきます。
4人や物とのご縁 「神道と道(タオ)」:これらがあなたにとって宝となり、人生を切り開くカギとなっていくでしょう。
5金運 「黄金律」 :意味はバランスとタイミングが美しく整っていることです。この言霊を使いこなすことによってお金を得るチャンスに恵まれてくるでしょう。
6適性 「医食同源」 :意味は病気にならない健康に良い食物をとっていくこと。適性にあるという事は、自分がまずそれを実行して人にもそれを説き伝えていくということ。
7全体運 「自家薬籠の物」 :意味はあなたが深く身に付けた技術や知識を自在に使い、いつでも人生の役に立てられるようにしていく、という人生を歩んでおられます。
8守護星シンボル光線 「任天」 :意味は天の御心にそって身を任せて生きましょう、という言霊となります。
9開運色「紫」 :スピリチャルに目覚めた、人を変容させていく人の光線です。
 
 全てにそうなんだと改めて納得した言霊でした。私の天命が不老不死とはいささか驚きでしたが、かつて2人の方から徐福との繋がりを読み解かれたことがありましたので、改めて腑におちました。今までやってきたことが言霊として表現されたようです。これまで通りの流れで生きて行き、全ては任天です。その中でも黄金律は活用していきたいものです。
 2時間半ほどで5人のグループセッションですがお一人に役30分ほど細かい内容説明があります。質問しながら内容について皆さんでシェアリングして更に理解を深めていきます。今回は皆さん顔見知りですからそれぞれの言霊、内容に驚きや笑いありの和やかな中に楽しく分かち合えました。今回だけの内緒の特別プレゼントでポストカードを頂けましたが、100種類程の中から私に選んでいただいた絵はなかなか意味深なものでした。くぼやまさとるさんの作品です。
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 イシスさんの神の光線リーディングは好評で日本中で希望が殺到しているようです。既に震災後100名程の方をされましたが皆さんから大きな反響が寄せられているようです。天命塾主催の会も9月まで既に定員に達しています。しかしこのリーディングの準備には大変な労力を要するようで、一人の方の情報を得るのに1時間半から4時間かかるとか。それを2ページにまとめて当日説明して頂けますが、これほど大変な事とは思っていなかったようです。直前の大阪出張から帰ってかなり疲労困憊でダウンしてしまいました。秋以降は仕事のペースをかなり抑えることにしたそうです。天命塾の主催の会も10月の会は1日(10月15日)になりましたので希望の方は早目に予約下さい。それ以降は未定です。

 その日の夜は引き続きイシスさんのお話会「自分を知り愛を受け取る」でした。内容は自分のルーツを探り、自分のパワーを思い出し、ハッピーな法則「自分のギフトを受け取る」、そして自分が何をするために生まれてきたのかを知るというものでした。ハートチャクラを開くエクササイズ、極め付きは「モーゼのシール・オブ・スピリット」の護符を頂けました。夜の部も内容濃い時間を皆さんと過ごせました。次回のお話会は11月15日に「地球を守る精霊と共存して生きる」の内容です。貴重な集いです、ご縁の方の参加を宜しくお願いします。

105.「覚悟」        2011年8月11日

 8月8日の宇宙の会では7月7日に引き続き私がお話しました。今回も会場一杯の参加を頂きました。ありがたいことです。「今、そしてこれから」と題して前回の縦糸に続いて横糸を通して、今の経緯を意図した視点、内容で話しました。
 丁度8月8日には星淑子氏の書「あわの里 天命舎」を贈呈頂きました。そして真向法のご縁で千羽鶴も頂き天命舎はますます陣が整ってきました。

2011.8.8宇宙の会 8.8宇宙の会 あわの里 天命舎

 私は30歳頃からインドの「四住期」の捉え方に興味を持ち、その生き方が気になっていましたがそのこともお話しました。四住期とは以下のように記されています。

 アーシュラマまたは住期(じゅうき)とは、インドのヒンドゥー教社会において、再生族のヒンドゥー男子に適用される理念的な人生区分のこと。4つの段階を経過することから四住期とも訳される。
成立は古代インドのバラモン教にさかのぼる。原義は「疲労」、とくに宗教的な行に由来する疲労のことを意味していたと考えられる。バラモン教法典においては、バラモン教徒(シュードラを除く上位3ヴァルナ)が生涯のうちに経るべき段階として、以下の4段階が設定されている。

1.学生期- 師のもとでヴェーダを学ぶ時期
2.家住期- 家庭にあって子をもうけ一家の祭式を主宰する時期
3.林棲期- 森林に隠棲して修行する時期
4.遊行期- 一定の住所をもたず乞食遊行する時期

 この4段階は順次に経過されるべきものとされ、各段階に応じて厳格な義務が定められている。ただし、このアーシュラマの制度が実際的にどこまで忠実に履行されていたかは疑わしいとされる。
 古代インドにおいては、ダルマ(宗教的義務)・アルタ(財産)・カーマ(性愛)が人生の3大目的とされ、この3つを満たしながら家庭生活を営んで子孫をのこすことが理想だとされ、いっぽう、ウパニシャッドの成立以降は瞑想や苦行などの実践によって解脱に達することが希求されたところから、両立の困難なこの2つの理想を、人生における時期を設定することによって実現に近づけようとしたものであろうと推定されている。
 果たしてこのような生き方が現在の日本で出来るものなのかと思い過ごして来て、自分の生き方を振り返って見て今、林棲期、遊行期をどうとらえるのかなと思いがあります。
 私は20歳台の頃に山頭火や坂口安吾、梶井基次郎など好んで読んでいた記憶がありますが、良寛の生き方にも強く惹かれ、とても興味がありました。現在の震災の影響下にあり、更にこれから訪れるであろう時代の激変の中で、多くの方々が強制的に林棲、遊行を経験させられるようなそんな感じもあります。いや既に同じ環境にあって意識は林棲期にあり、次なる環境激変で全てを無しにされて遊行期を生かされる。そして強制的に意識の変容が起きるのかなとすら思います。
 人生に何を求めるのか、己の立脚点、目的が問われ、環境変化の中でその真が明らかになる。そこに向かっての歩み、努力の果が、次なる新たな扉開きの因に繋がるのでしょう。愈々クライマックスが来た感じがします。      
 宇宙の会の前日までの3日間は中山博さんにお越し頂きあわ歌の集いを開催していました。5日のあわ歌会で頂いた私のお言葉は以下です。
「せまり来る来る 大きなる時に 天地つなぎて 光を通し 柱となりて 揺らがずに 皆々に見せて下されませ その為 この地の大きなる気と 人々の嬉しきの気を頂き集め 天へと送るは大事なり 受けられませ 送りませ。」
 
 そして翌日6日はテンメイ名取農場高柳亭でのあわ歌100回の集いです。今回も20数名の方々が参加して頂きましたが、その時のお言葉です。

「さて是よりの日々、皆々様には如何過ごされますか。永きにわたりて申し上げて参りました事、成して頂きましたか。来る日に向かうご用意整いましたか。全てはそれぞれのその身にかかっております。
 全てはあっという間なり。その時までの永きにわたる諸々は全て消し去りて、新しきとなるなり。但し、ご自分で持ち来たりたる多くは、ご自分で消し去りなされませ。他に頼らず、ご自分で預けて無しとなされ。
 皆々様方、この度この事は大きな時なり。皆々永きにわたり歩み来る旅の最終章、この時を逃さず捉えて変わり進みて下されませ。今ここにあるをしっかり受け止めて下され。
 見事に果たして参られよ。大きなる御霊と成りなって 大き大き身元のその元へ参るを待ちておる。
 大き身元はいつでも光を送りております。受け取りその光に乗りて参りませ。
 いつまた会えるこの時なるぞ、この時なり。見事なるその姿見せて下され。ここにあり皆様方の新しきは。
 大き身元への道、このあわ歌の響きなり。歌いて響きて参られませ。
 古きを守りて固まりて放さず離れず、この時にここにておれば変わり行く事成らず。行く行く、行く行くは難き(かたき)みちなり。
 いよいよなり。皆々様がその身に持ち来りた真を出して、ここに現し、この地、この宇宙に真を実現するは、その時如何に成るか、皆々が知らぬ事、考えるでない、只々ぞ。
 大事なるこの時、繋がり結びたれば、皆々一つと成りて渦作り、大き身元への道、離れず参られませ。
 変わりて変わりて変わり行く、全てが変わる変わり行く、皆々変わる変わり行く、大きな変化には柔らかきと成られませ。固き(かたき)は変われぬぞ。
 山にありて岩守り、土守り、木守り、永きにわたりて今日迎え、一つと成りて新しきへ。
 あい降る里に響きて響きて、皆々音届きたり、嬉しき成り、嬉しきぞ。」


 その意を如何と読まれますでしょうか?全てが重く厳しい内容です。いよいよ時が迫りつつあり最後の身構えを教え諭されているように読めます。各自が如何に覚悟を決めてこれからの日々を迎えるか、自己責任、自立を促されています。                         
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 7日は石巻市の東日高見の聖地巡りで、昨年廻ったコースに旭山を加えて、丁度1年目、震災後5か月のツアーです。今回も全国各地から33名の参加を頂き大型バスで巡りました。各地でのお言葉は以下です。

・旭山にて
「是よりも このあわ歌の響き 海、山、川へ 響かせて 一つとなりて 皆々で 新しきへ 参りましょうぞ。」
・日和山にて
「一つとなりて 皆々は この天地と 一つとなりゆき 新しきを 生み出だされませ。」
日和山より石巻の被災地を眼下に 日和山にてアワ歌

・牧山にて
「大、大、大、大、大なり(柏手) 訪れし 大き御霊 光りの中へと誘う歌を届けゆく(柏手) 響くは大きなるうみうる
(あわ歌)
遠き昔のその時に戻りて はるかな 歌響きここに光を届けたり 再度参りたこの時に 一つとなりて参ろうぞ (柏手)
歌に乗り行く ふたつなるはこの地のものなり ありがたき (柏手数回)
あーいー(柏手)」

牧山にて

・鬘神社にて
「北へと向かいて この地への 大きなる力を 頂かれ あわ歌響かせこの海と共々参まいられませ。」
・龍の口神社にて
「大いなるこの地を 動かし行きて 共々一つの地と成し行くなり 水流れ 地も流し 開き行きて 一つとなしませ。」
龍の口神社

・和淵神社にて
「皆々様には あわ歌響かせ その身に光をしっかり受け取り 光りを発し行く人となり行きて下され。大きなる 新しきへの道なり。」
・木村農園さんの田んぼにて
「ありがたき 皆々様この響き この光 この地のものと成し行きて大きなる身と 成り行きます。」
・木村農園さんの田んぼ その2
「この地の皆々 響きを受けて これよりの光をその身におさめ 嬉しきとなられませ
ありがとう。」

 7日朝、仙台駅を予定の7時半丁度に出発できました。旭山にもかなり早く到着できましたがバスが大き過ぎて山への道路を曲がりきれずに参道の鳥居からは歩いて登ることになりました。30分強の山登りで皆さん汗だくですが山頂の気は素晴らしく、石巻から参加の皆さんを待つには丁度良い時間でした。

旭山 石巻ゆかりの面々と中山さん、塾長

 全ては順調に巡りすすみました。佐藤造船所さんの復興状況を皆さんで見学させていただきましたが、佐藤さんのお子さん達も同行されてお父さんの姿を見て学んでいました。造船所近くの岬に立つ鬘神社では強烈な太陽が光輝いていました。
佐藤造船所 鬘神社

 木村農園のある和渕神社では燦々と光が降り注ぎました。将に「あい、あい、あい、ふる、ふる、ふる」です。中山さんを通して皆さんにしっかり光を受け取れたようです。そしてお言葉の通りに光を発する人として新しい道を歩んで行くことでしょう。

和渕神社の光 201108071606001.jpg 201108071607001.jpg 201108071609001.jpg 201108071610001.jpg

 木村さんの田んぼの2か所でも皆さんで歌わせていただきましたが、ますます今年のお米の出来が楽しみです。

木村農園テンメイ米田んぼ 木村農園田んぼ

 最後は涌谷の天平の湯で汗を流してすっきりさっぱりして一路仙台駅に帰りましたが、車中はビールや酒で凄い盛り上がりです。途中コンビニに寄って更に酒を仕入れ全てを飲み干して予定通りの20時に余裕で到着でした。そして駅のお店で2次会をして皆さんを無事見送り出来ました。嬉し楽し喜び一杯の旅でした。

 最近は色々な地震予測などがインターネットで紹介されています。その根拠、実現の可能性は分かりません。しかし311を予知していた方々がいたことは知られています。大いなる存在からの警告なのか、人為的情報操作なのか、その意図の理解は受け手により如何様にでも変わります。何が起きてもおかしくない、そこに向き合う覚悟を如何に作るか1点に付きるのでしょう。努力し任天の中で楽しむ覚悟が必要です。
 
 8月10日に私が頂いたお言葉は以下です。
「この度 この地に現わして、皆々様の大いなる真を表して頂く為に、生まれ出で来るは、光の身となり行きて、ここに響きを伝えることなり。来る日には合い整ります。」

104.「修練」       2011年8月4日

 あることがあるから次のことがある。当たり前のこととしてこの世界はその順序で進んでいきます。親が子を産み、その子が子を産みと続くようにそれを違えることはありません。人の生きている世界は出逢いの連続で繰り広げられます。他者と合うことで新たな世界が広がり、自分が開かれ深化します。その出逢いは偶然なのか必然なのか、意識の世界からは選択の結果故で、そのような設問すら不要な感じがします。意識の奥ではその順序でなく準位が全てを決める世界となり、子が親を生むこともあります。全てはある界での想造が生み出す各自の宇宙。そして異質宇宙、平行宇宙、未知宇宙を探索し、遊ぶ意識、それを現象化して生み出す時空制限のあるこの世界は楽しい遊園地?
 人は自分の持つ能力以上の物事を体験するのは稀です。病気や事故あるいは求める世界の師との出逢いで能力を開花され、触媒的なその教育で能力が開発、練磨、熟達、修得します。現在から振り返ってみると、ある事柄のスタートのご縁があります。私にとっての人間の原点は両親であり、健康観の目覚めは片山恒夫先生であり、そこでお教えいただいた真向法体操が実践世界の始まりで、その師が現在の真向法協会会長の佐藤良彦先生に成ります。
 一度知って完了する世界と、知ったことを継続しないとある結果を保持、発展できない世界があります。健康はまさにある程度まで後者の世界です。肉体的には老化は否めないのが今の常識で、平均寿命なる概念で意識コントールールすらされていますが、欲望の赴くままで肉体の生理を無視した使用は早晩、問題が生じ破綻は免れません。しかし無知なる故の体験は智恵への礎と成ります。そしてその智を行動に移すことで肉体器官が連動する時に能力が発揮され望ましい状態へと変換します。その時に麻痺して忘れていたある種、過去の記憶の世界を体験すること、エネルギーの解放が快感として甦るような「憶(おく)」を味わうことも多々あります。

 私は小学生になる頃から頻繁に足首の捻挫を繰り返していました。対症療法で歩けるように回復しますが、何かするとすぐ捻挫を起こすようになり、習慣化していました。そして膝の痛み、腰の痛み、機能障害と進み、年齢と共に悪化していきますが、対症療法以外ない世界ではお手上げでした。いわんや自然治癒力等の考えすら持ち得ていないのですから医師や施術師が治してくれるものとの固定概念しかありませんでした。そんな経緯の中で30歳を過ぎて片山先生に出逢い、佐藤先生に縁して自分の不調を自助努力で改善していくことを知り、実践することで得られる変化、結果を楽しんで一つ一つ健康度をあげて来たようです。お蔭様で今はすこぶる元気で安心して日日楽しく過ごしています。
 真向法は5分間ほどの体操ですが、理にかなった方法で身体の健康を得られます。創始者の長井津(わたる)先生の人生哲学、健康観に共感するものが多々あり、ご自分の健康回復への実体験を学問的にも確認して集大成した世界は簡潔な姿にまとめられています。非常に日本的な世界で、仏の世界を通して宇宙とのエネルギー交流、気の循環がもたらされます。器としての肉体、そこに宿る霊魂の心世界の調和が修練することでとれてくるようです。

 真向法を長年愛好する熟達の先達で著名な方々が沢山おられますが、私が直接ご縁した方々を紹介します。
 筆頭は元東京都知事の鈴木俊一氏(1910年~2010年享年99歳)で真向法10段です。氏のお話は以前に真向法協会の講演会でお聴きしましたが東京都知事に68歳で就任し4期目の選挙の時に80歳と高齢批判が起きたことに対して、暦年齢でなく若さと健康をアピールする為にテレビ等でご自分の身体の柔軟性を示すのに真向法体操を演じたのは有名です。そして見事に再選されました。その影響で仙台でも真向法に興味を抱いて入会された方が沢山いました。氏は毎朝2時間ほどの真向法その他、身体の手入れ修練をされ、極力外食、宴会食などを控え食事をかなり注意している日常生活をお聞きして驚いたことを覚えています。昨年100歳を目前に白寿、数えの百寿で天寿を全うされました。
 前真向法協会会長の牧野直隆氏(1910年~2006年享年95歳)は1981年から2002年まで21年間にわたり高校野球連盟会長としてご尽力され、真向法10段です。2001年から真向法協会会長に就任され、私も会長就任時から理事として近くで接しご指導頂く機会もありました。小柄ですが背筋がしっかりして声がはっきりされ、スポーツマンシップで公明正大な方でしっかりリーダーシップを発揮される存在感ある方でした。2006年5月の定時総会は元気に挨拶されお役目を果たされていましたが、その直後病に伏され1か月ほどで亡くなられました。
 前真向法協会理事の渡辺弥栄司氏(1917年~2011年享年94歳)も真向法10段です。48歳まで通産省官僚で、60歳で弁護士をめざすことを決め、65歳で司法試験合格し弁護士として活躍されていました。真向法2代会長の長井洞(はるか)先生の大学同級生とのことです。「125歳まで、私は生きる!~あと39年「寿命の可能性」に挑戦する理由」の著書があります。私も同時期に理事を3期務めさせていただきましたが、物静かで意志が強く健康の鏡のような方でした。

 真向法の基本は実技としての体操が出来ることは当然ですが、それ以上にその行為を継続することの重要さを強調しています。真向法に段級評価がありますがその審査の評価判定の40%が継続年数、実技練度が40%、健体度10%、康心度10%です。
 5級から10段まで段級位がありますが、5級から5段までは1年継続していれば受験できますので最速10年で5段は取得できます。6段から8段までは前の段取得後3年以上の継続が必要です。その上8段は原則70歳以上の熟達者が受験資格を得ることができます。 
 9段は8段を得て5年以上実力を継続した者、10段は9段取得後5年以上実力を継続した者と規定がありますが、9段は80歳以上、10段は90歳以上の方々が受けられる感じです。ですから10段はどう急いでも40年ぐらいは修練を継続することが前提になります。上記の3名の方々はまさに10段で長命で社会貢献も素晴らしく、長く病に伏すこともなく健体康心の模範です。
 私は現在8段錬士を頂いていますが、70歳の年齢制限を指導者としての配慮を頂いて資格授与をして頂きました。しかし次の9段は80歳にならないと資格を得られませんので後20年の継続が必要です。しかし、私は28年前に真向法と出会えたことで健康への道を歩むことができました。創始して下さった長井先生、更には継承し伝授、指導して下さった先達がいなければ今の私がありません。芸事の世界には守破離の教えがあります。最終的には自分の健康法の確立が必要ですが真向法は全ての健康法の土台です。

 7月31日には年1度の宮城真向法体操会で佐藤良彦会長をお招きしての修練会と段級審査会、懇親会が開催されました。今年3月以降の修練会は、震災の影響で会場の確保が難しく、会員の皆様の被害等の状況もあり、これまでのような毎月の修練会の開催が出来ませんでした。ですから新年1月の定期総会以来、久しぶりの方々も顔を見せて賑やかな会になりました。
DSC01403.jpg DSC01397.jpg(写真提供 菅田克良氏)

 今回の震災津波で会員の方が1名亡くなられました。津波で家屋全流失、地震で全壊の方、福島原発事故で強制避難の方など当会には被災者がおり、本部に伺うと当会が全国でも1番被害が多かったようです。本部から全国の会員の皆様からの善意の支援金を頂き、被災の皆様にお渡しました。今回の修練会にはその方々も参加して下さいました。皆様の支援に感謝のお言葉を述べておりましたが、徐々に復興し回復して元気を取り戻しつつあります。同行同修の縁者の支援が健康に結びついているようです。ありがたいことです。
DSC01376.jpg(写真提供 菅田克良氏)

 今年11月に北九州市で開催される第39回真向法研修全国大会で私が「東日本大震災を体験して」と題して実践体験発表をするように佐藤会長から要請がありました。1時間お話をしろとのことです。是までの数々のご恩のお礼をさせて頂く機会を頂きましたのでありがたく務めを果たさせて頂きます。

 今回紹介した3名の方をはじめ、真向法の修練を継続し、熟達した先達の皆さんはPPKの体現者です。ピンピン輝いて生き、あの世に還るというPPKの神髄を生き、今を健康に生きていくためには真向法の修練が必要条件と思います。今まで私が自分の体を通して経験し学び修練してきたことはPPKの満たすべき要件だったようです。そしてご縁の中でチャレンジPPKのお世話役を務めさせていただいているのもありがたいことの様です。

 修練会の前日30日には東京でチャレンジPPKの例会が「意識の目覚め」をシェアする集いと題して開催されました。6月に仙台で開催されたボランティア・フィットネスに参加したご縁でチャレンジPPKと仙台天命塾とチーム・バンクシアのコラボーレーション企画でした。天命塾関係者9名が参加して総勢30名程の集いでしたが密度の濃い時間を過ごせました。9名のうち6名が真向法会員で他の3名の方も愛好者です。ひとつのベースをもとに健康と意識の目覚めへの融合、進展が始まって来ています。
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 会では私が今回の震災を体験して、「再生に向けて起こした行動」と題してお話しました。起こした行動に共感し共鳴頂き、仲間との行動が被災者の自立への支援になってきていることは嬉しいことです。その輪が縁した方々に拡がり次なる連携、新たな展開が出来て行く中で日々楽しく生きていきたいものです。
 「縁無き衆生は度し難し」と言いますが、時代の激変の時、縁ある皆さんで個の花を咲かせ、天寿を全うしPPKを生きたいものです。
プロフィール

仙台天命塾長

Author:仙台天命塾長
 大久保直政
http://genkiup.net/

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