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98.「バンクシア」      2011年6月20日

 美は三次元世界の中での一つの究極の目的、価値とされる真善美のひとつです。真の中には善美があり、善の中に真美が、そして美の中に真善が包含される。その調和の現れが聖。そして大本は愛でしょうか。真善美聖愛。その手段として健康や豊かさがあるのでしょう。
 美と健康を追究し、その情報や手段を提供することを社会的使命とする会社があります。それは京都の(株)トータルヘルスデザインです。私も20年程前からご縁を頂いていますが今回の東日本大震災にあたり近藤洋一会長から色々なご支援を頂きました。中でも特筆するのが、ボランティア・フィットネスの仙台開催です。6月13日から15日までの3日間あわの里 天命舎で開催しました。被災者にとって自立して行ける能力を開発する機会頂くことは本当にありがたい貴重な場でした。
 近藤会長の開催趣旨とバンクシア・フィットネスについては以下です。

 東日本大震災で被災され、「避難所などで十分な運動をすることができない」、「将来のことを思うと気が滅入ってくる」などのことが長期間重なると、心身に不調をきたす可能性があります。
 そこで私どもでは、被災者の皆様に簡単な体操をお伝えすることで、全身に気をめぐらせ、イキイキとした日常生活を取り戻していただきたいとの願いを込めて、「バンクシア・フィットネス」のプログラムの中から簡単なエクササイズをお伝えしたいと思っています。
 フィットネスのやり方をお伝えしますので、ぜひ2日間で覚えていただきたいと思っています。当日気持ちよくなっていただくだけではなく、これを覚えて帰っていただいて、毎日実習していただくことによって元気な日々をお過ごしいただきたいと思っています。
 と同時に、自分だけではなく、他の人にもやり方を教えてあげたいという意思をお持ちの方には、リーダー向けのエクササイズをお伝えいたします。リーダー向けのエクササイズを覚えていただいた後は早速、地域社会へお帰りになって、不調を訴える人を癒し、元気になっていただくために必要な活動をしていただきたいと思っています。
 そのために必要なことはすべてお伝えしたいと思っています。
 その結果『元気の輪』が東北地方全域に広がることを願っています。大久保先生をはじめ志を等しくされる方にお集まりいただき、充実した3日間にしたいと思っています。
 お忙しい中とは存じますが、ぜひご参加いただきたくご案内申し上げます。
 株式会社トータルヘルスデザイン 取締役会長 近藤洋一

 バンクシア・フィットネス とは「体」と「心」と「宇宙」を結ぶことにより、イキイキと活力のある人生をつくり出すことを目的にしています。
 バンクシア・フィットネスのエクササイズは、まず体の中心軸をととのえ、体から“気”を湧き出させ、体全体に“気”を通すことにより、体と心が調和するようプログラムしています。ご自宅で気軽にできる、“美と健康”を目的とした簡単な体操や気の実技をマスターしていただき、「思い通りの人生、あるいは思いを超えた人生」を歩んでいただくことこそが、バンクシア・フィットネスの究極の目的です。

 定員20名でしたが地元仙台を中心に、福島、山形から20名丁度の受講者です。ボランティアスタッフは近藤会長はじめ気の達人の吉野武人さん、フィットネスの近藤太郎さんの両指導者の他に、関西、東京中心に既にバンクシア・フィットネスのマスターコースを修了している方々10名、そしてトータルヘルスの取材スタッフ2名での開催でした。
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 研修の詳しい内容は省きますが、明らかに大きな変換の流れが出来、それに同調し、共鳴共振出来た方々の共同作業が始まりました。震災後、色々な事象を見聞する中で大いなる存在の大きな配慮が感じられます。それが愛、天意(あい)なのでしょう。そしてそれを活かす人の縁、直感力、判断力、行動力なのでしょう。それが使命、ひいては天命を生きることになるのでしょうか。
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 2日間の基本エクササイズから3日目のリーダーへのマスターコースは12名が継続参加しました。そこで指導頂いた絶対化ヒーリングは受講者とスタッフのペアで21日間の遠隔ヒーリング実践が義務づけられています。そして当然、日日に基本エクササイズの課題もあります。終了後5日目ですが継続されている方々には素晴らしい反応、変化があるようです。
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 13,14日共セミナー終了後は食事会です。両日とも25名を超える沢山の参加を頂き、大いに盛り上がりました。酒量もかなりです。1日目は私も少し飲んではしゃいでいたようですが、強者は1時半まで飲んでいたとか。2日目は私は飲まずに2次会最後、1時頃まで付き合いましたが、さすがに潰れた方も続出です。バンクシアの東京等のミーテイングでは飲み会もかなり盛り上がるようですが、少し仙台は様相が違ったようで、かなりはじけた感じですとおっしゃっていました。指導者の吉野さん、近藤さん、二日酔いの中、密度の濃い指導ありがとうございました。

 3日目は午前中で終了して、被災地視察にスタッフの方々14名をお連れして出かけました。岩沼市の二ノ倉海岸、仙台空港周辺相の釜、テンメイ名取農場、名取市閖上です。被災したHさん母子と農場で合流して閖上を巡りました。 何度も見ている私には瓦礫の処理も進んで片づけが済んできている変化を感じられますが、初めての方々は中抜けした家、倒壊した家屋、田んぼや道路わきの船や車の散乱状況は驚きの様です。防風林の杉林が壊滅している空港周辺の老人施設はいまだ手つかずで3.11で時間が止まっています。同車したスタッフの方が車酔いで吐いてしましました。
 テンメイ農場では生体エネルギーの違いを体験して頂きました。あまり時間が無く残念でしたが食味実験では皆さんその変化に驚きです。
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 閖上のHさんは津波で家屋流失、全損の被害を受けていて、今は親戚のところで仮住まいをしてます。震災当日お母さんは車に乗っていて渋滞の中で津波に流されますが、中学校の玄関の屋根に流れ着き車が浸水していく中、偶然にも車の窓が割れ屋根づたいに逃げ出すことが出来ました。息子さんは別の避難所にいましたが大きい津波が来ることを知ってそこから走って逃げたそうです。後ろを振り返ると家々がそのまま追いかけて来るようで、街そのものが押し迫ってきたと言います。彼も危機一髪、小学校3階に駆け上がり難を逃れていました。
 実は今年初めご主人を病気で突然亡くされていました。3月11日は亡くなられたご主人の49日に当たり、学校に押し流された車中で奥様は必至でご主人に念願したそうです。そしたら窓が割れて逃げることができ、これはお父さんが助けてくれたと確信しておられます。
 この地区では1000名以上の死者、行方不明になっています。縁者の方々で亡くなられた方も沢山います。何とも言えない、貴重な体験をして今に至っています。息子さんは他県の大学に通っていましたが、震災後仙台の大学に編入していますが、価値観の大変換からか、あまり学業にも身が向かず悶々としていたようです。今回Hさん親子はバンクシア・フィットネスに3日間参加されて大きなエネルギー変換を得て、元気に前向きに変わらせていただきました。

 閖上地区には許可書が無いと入れません。私も今回初めて入らせていただきましたが、港近くの小高い日和山には慰霊碑、献花がなされています。そこから街を一望しましたが家々は片づけられ瓦礫の山と土台だけでかつて朝市で賑わった光景は消えてなくなっています。Hさん親子の家があった処は日和山から見えましたが土台だけです。果たしていか様な復興が出来るのか?人間の叡智を期待したいものです。
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 バンクシアはオーストラリアの森林に自生する一風変わった不思議な植物です。普段は何事もなくしていますが、山火事が起きると種のおよそ半分が山火事で死亡しますが、火事を発芽の刺激にして殻がはじけて種が放出され、燃え尽きた大地でその種が発芽し、やがて森が再生されるという、そんな世代更新する珍しい植物です。
 今回の震災で山火事のごとく津波で全てなくなりました。いよいよバンクシアの出番ではないでしょうか。今回の3日間でいよいよ殻がはじけて種が放出されました。新生はスイッチオンされたようです。

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97.「充氣」        2011年6月17日

 6月12日は恒例の木村農園のささにしきテンメイ米の田植えでした。木村さんの田んぼは1週間前に全て田植えが終わり、周囲のほとんど田植えが済んでいる中、昨年よりも2週間遅れでしたが、苗の生育も気候も丁度良い頃合いの様でした。
 良い天気にも恵まれ、風も心地よく絶好の田植え日和です。大人が20数名の参加でしたが幼児、子供も10人と沢山でした。子供達の賑やかな、明るく甲高く通る声が響き、若いエネルギーが充ち溢れて田のエネルギーも数段高まったような感じです。

 木村さんからは毎年いろいろ工夫をして準備頂きますが、生体エネルギー資材を活用して苗作りをして、田んぼにも生体エネルギー資材を投入して頂いています。そして今年は田の半分は田植え機で植え付けて、残りの不耕起のところだけ手植えです。
 初めに木村さんが機械で植えると、ものの10分ほどで終わってしまいました。引き続き、昨年の稲の切り株が残る不耕起の処に20名程で田植え開始です。裸足での生暖かい水、土の感触は1年ぶりです。足底から氣、エネルギーが入ってきて活性化されます。オタマジャクシがそこかしこ沢山元気に動いています。カエル、ザリガニ、ドジョウもいます。最近は田んぼでは皆無となった多くの生き物が溢れています。そんなエネルギーが充ち満ちた田んぼで、充氣、和気藹々、笑いあり、語り合いながら、1時間半ほどで綺麗に?田植えは終了しました。その後、田には水が程よく入れられます。
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 皆さんと田んぼの脇に車座でおいしい昼食会です。石巻で自然農の活動をしているSさんも参加していました。天命塾でもサバイバル講座で貴重なお話を伺っていますが、話題が豊富で多岐にわたります。話が福島原発事故のことになり、メンバーが放射能測定器を購入して今調べ始めている事や、福島県川俣町での放射能汚染土改善実験の話題になりました。放射能汚染の土壌に光合成細菌が有効なようですがSさんは米ぬかを使って既に用意していたようです。彼はこの時代を見越していろいろ準備をしてきています。
 Sさんは地震の時は南三陸町の海岸近くで調査の仕事をしていましたが、これは大きな津波が来ると直感し海抜40mほどの高台に避難して様子を覗っていたそうです。そこで津波の来襲の一部始終を見て、住民の方々と避難先で夜を過ごし、彼が陣頭指揮を執って諸々の困難を克服してどうにか山道を迂回して彼の農場のある北村の家にたどり着いたようです。(石巻市街の港地区にある自宅は街の6割以上が水没した状況からあきらめていましたが1階が津波で抜けていたようです。彼はこの様な事態を予測してか、やがて来る災害の時には津波を逃れ、食糧を確保し自給自足が出来る山間地が必要と思って15年前に山を購入して自分で小屋を建てたり、福岡正信さんを師と仰ぎ自然農法を始めていました。)

 翌日、友人の依頼でカヌーを持って友人の家族の救助に向かいます。(津波になると交通手段がなくなるのでカヌーが有効だと10年前から用意していました。)カヌーを漕ぎ出すと石巻の市街地は水没していて、至る所で孤立し取り残された方々が救助を求めています。病人等緊急を要する方々を何人も助けてはピストン輸送をしました。その時に保育園に取り残された子供達も救助して安全な小学校に輸送していました。そんなことでその日は目的地に結局たどり着けずに終わりました。友人の家族にたどり着き救出できたのは翌日だったようです。

 実はSさんを中心に活動しているひたかみ自然農学校がありますが、そのサポートをしているMさんがいます。Mさんもお子さん2人をお連れして家族で田植えに参加していました。Mさんも石巻市内に住んでいて自宅は無事でしたが、奥様の勤務先やお子さんの保育園は被災しました。そしてMさんのお子さんが孤立していた保育園からカヌーで自衛隊に救助されて小学校に退避できたと聞いていました。(彼の家族はそれぞれバラバラになり、お子さんに会えたのは4,5日後だったようです。)
 MさんがいろいろSさんの話を聞いていると、お子さんの保育園の子供を救助したのは実はSさんだったことが判明したのです。(カヌーに乗っていた二人の服装が自衛隊の服装に見間違えられたのでしょう。自衛隊がゴムボートで救助活動を開始したのはもっと後だったようです。)なんという縁なのかと顔を見合わせていますし、聞いている我々も驚きです。この時期に出逢い、縁して、同じ志、目的を共有出来る方々は深い繋がりがあり、必要とされるところで色々な配慮、救いの手が差し伸べられるのでしょう。

 Sさんは今回の震災で石巻の被災時の状況や現状をいろいろ調査しています。その中で気づいたことは人間としての生命力が劣化していることだと言います。戦後の教育、食生活の変化、文明化、情報操作でマインドコントロールされていて、自分で判断できず、行動がとれていない。
 例えば、車の渋滞の中で車を捨てて逃げれば助かるのにそれができない。津波が来るのを分かっていて2階に逃げないで1階で死んでいる。時間が無い中、身動きできない人を皆で連れて逃げようとして全員が死んでいる。(取りあえず家の中の高い処に避難させて退避すればよいのに。)荷物を背負い両手にも持っていて助けの手を差し伸べても大事なものなのか持っているものを手放すことが出来ずに流されている。等々。
 手放すことが出来ない、色々なものへの執着が強いことも被害を大きくしている原因の様です。後、被災して孤立した方々の中で糖尿病など持病を持つ方々が薬が無くて大変だったようです。いずれにしろ、健康で、自立できること、その為の日ごろの心構え、準備が不可欠です。

 午後は田植えを終えて感謝、喜び、祝福の餅つきです。テンメイ農場長のoさんの田舎では恒例行事だったそうですが、木村家では初めてです。昨年、テンメイ名取農場で収穫したもち米をつき、楽しい掛け声、合いの手でヨモギ餅が美味しくできました。少し味見して、片付けて、今日の田植えは中締めです。皆さんお餅をお土産に持ち帰り解散です。
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 しかし、それから元気のある面々は、他の田んぼの草取りのお手伝いです。1町歩、3000坪の田んぼは大きいです。木村さんの栽培する田んぼは広大です。そこには満々と水が満たされていますが除草機なくては不可能です。人間の都合でなく、植物の生育を見ながらの栽培は手抜きができません。手抜きをすれば後が何倍もの仕事が増え、ひいては収量や作柄にも影響します。
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 夕方には切り上げて近くの涌谷町の箟岳(ののだけ)観音に行きました。奥州三観音の一つ・奥州三十三観音第九番札所に数えられています。無夷山箟峯寺は宝亀元年(770)、鎮守府将軍大伴駿河麻呂の草創と伝えられ、坂上田村麻呂がこの地に堂宇を創建したといわれています。この地において蝦夷を討った時の敵味方の戦死者を葬り、京都清水寺の十一面観音を勧請、僧延鎮を以って開山したと言われています。
 お寺の奥に進み、大きな杉の木を抜けると結界を抜けたようで、山頂からの見晴らしはホッとします。お寺のエネルギーとは全く別もので、田園風景、遠くに太平洋を見る眺望は心地良い世界でした。縄文時代には石巻は海、広大な湿地帯でこの山近くが入り江で半島のように突き出て、一帯を一望できたようです。なぜか古き時代の景色を髣髴させるものがあります。かつて蝦夷の時代もさぞかし重要な場所として大切にされたエネルギーポイントだったと思われます。だからこの地を大和朝廷が祟りを恐れて観音様を祀り封印したのでしょう。

 夕暮れ迫り、山の麓の温泉、わくや天平の湯に入りました。初めての温泉でしたが、つるつるした肌触りが気持ちよく、気に入ってしまいました。一日の疲れや諸々を洗い流し、ゆっくりできてすっきりさっぱりです。木村さん家族、Sさんはじめ皆さんも癒されたようで笑顔です。後は、少しアルコールも入って楽しい夕食反省会です。
そんな中、和気藹々の場で、テンメイが里山探しをしていることを話したらSさんの農場の奥の土地をひょっとしたらテンメイで上手く活用できるかもしれません。楽しみな夢が広がります。生体エネルギーの高い田んぼでの田植え農作業、餅つき、自然のエネルギー、人の温かい心遣い、心身共に氣が充ち満ちた1日でした。お蔭様で私はすっかり日焼けして、足はほてり程よい良い加減で、夢心地で帰り着きました。

96.「無私」        2011年6月8日

 6月4日はごろ合わせで虫歯予防デーです。通年では各地で色々のイベントや啓発事業が繰り広げられるのですが、今年は震災の影響でほとんど開催中止です。それもまた致し方なしですが、その日は我が「あわの里 天命舎」の開所、こけら落としで、あわの歌会を開催しました。64は無私、無私はなしとも通じます。無私なる日に開かれし、あとわ、天と地をつなぐ光と響き、あい、集いの里、天命は一大いのち、その学び舎です。

 中山博さんに少し早めにお越し頂き、会場をご覧いただきました。あわ歌で響かせて頂き、大きな光を頂けました。金色の光が下りたようで、始めての場所で降りることは稀なことの様です。
 その時のお言葉です。

「お聴き及びの皆々様へ 慎み畏み申す。
 この地と定めて 是よりは 皆々 力を集められ
 嬉しき御世と 渦作り 一つと成りて頂きたし (1拍手)
 申したる 聞き届けませ (3拍手)
 おーーーいー おーーーいー おーーーいー (3拍手)
 はるばる越え来て ここに皆々と 
 新しきを成し行かん 集いましょうぞ (3拍手)
 はーーいー はーーいー はーーいー はーーいー (5拍手)1礼」
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 私もあわ歌拝受しましたが以下のお言葉でした。

「本当にありがとう ゆるし ゆるされ 全ては 一つに 成り行きて
 これよりの 真の光 真の力 その身より ゐづりて 
 皆々と 嬉しきと 成られませ。」
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 そして2枚の絵を頂きましたがその意味は不明です。中山さんも良くわからないようですが、中山さんが皇尊(すめらみこと)の3代5代6代の御陵を参るようにと言われているとか。何か関係があるかもしれませんが、この東日高見の地のどこかに秘められたものがあるのかもしれません。いずれ中山さんと一緒に紐解きの旅に行くことになりました。
 今回は24名の方が拝受を受けましたが必要なことが必要な形で伝えられたようで、皆さん腑に落ちて大きな気づきを得られていました。いつもながら貴重な機会と思います。懇親会も大いに盛り上がりました。

 5日はあわ歌100回の集いをテンメイ名取農場高柳亭で開催しました。震災後初めて外部の方々を招いてのイベントでしたが、各所に震災の歪み、壊れ、亀裂が見られますがどんどん場は整ってきているようです。心地良く100回を歌い上げました。
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その時のお言葉です。

「時至り、皆々様にその身のご準備を賜りたき。この地はこの時に応じて変わりてまいる。全ては新しきへと変わり行くなり。皆々様もこの変化と共々、一つと成り行きて参られたし。古きは捨て去り、一切無しとなさりて参られませ。ただただで進みて下され。皆々様の知らぬ新しきと成り行くなり。考えはいらぬ、ただただぞ。

 行く行く行くは皆々新しき この地にありて多くの事々成し行きて その身に付けたる諸々皆々 無しと為さりませ。全てはこのあわ歌が引き受けた。急ぎて下され 一切無しを。おおいなり このあわ歌 皆々引き受け 無と成す。さあさあ 歌いて歌いて 無しとなりましょう。皆々様の見事なる響きを持ちて この地にあいの光を繋げ 新しき嬉しきへ 参りましょうぞ。

 全てを統べるは全てご自分なり。許されて自在の中に多くがありて、それぞれの自分を出してみる。しかし 元の元は守り通す自分なり。あいふる。 帰り来れよ皆々様 この大きなる源へ。是よりのご用意の時に その身を新しく為さり 共々一つと成りて この大き源へ お待ちしております。

 この地にありて 多くの事々 多くの物を見、聞きてまいりました。ここにある古き事々 皆々様の作り出したる事々です。この時に全てを新しくしてみましよう。きっと楽しく、嬉しき事々が生れ来ます。

 あいの光をこの地に届けてるは 皆々様のそのあわ歌の響きなり。ただただ歌いて続けられませ。」

 簡単にまとめてみると以下の内容でしょうか。
「時は来たり、皆様準備して下さい。全て新しきへ変化する。古きを捨て去り、一切無しとして進んで下さい。全てはあわ歌が引き受けるので、皆様、歌い響かせこの地にあいの光を繋げ、新しき嬉しきへ行きましょう。全てを統べるは自分、その中にある大きな源へ、一つに成り帰り来れ。全てを新しくすると、楽しく嬉しき事々が生れ来ます。只々、あわ歌を歌い、響かせ、歌い続けられませ。」

 農場野菜を活かした夕食会は和気藹々、嬉し楽し幸せのひと時でした。翌日の被災地巡りがあり、早めにお仕舞いでした。

 6月6日朝、快晴の中、車2台に10名が乗り合わせ、一路、石巻市の旭山に向かいました。現地で石巻のKさん達お二人と合流し朝日山計仙痲神社(あさひやまけせま)を参拝しました。旭山頂上で太平洋を望み、あわ歌を響かせました。
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 その時のお言葉です。

「見事に変わり行く地と成られますように 皆々様の響きにて この地に光を送られませ 是よりの日々を大事に過ごされませ。」
 
 旭山の後は石巻市内の日和山に行きました。日和山公園は小高い山で被災した北上川河口地区を一望できます。
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思った以上に多くの方々が訪れていましたが、最近は石巻に観光?見学に来る方々が多くなっているそうです。O農場長と合流しましたが、そこでは歌は歌わずに渡波地区の佐藤造船所さんに向かいました。途中の市街地はかなり片づけられましたがまだまだ瓦礫の山、地盤沈下で冠水した水たまり、自衛隊の方々の作業する中を抜けて日和大橋を渡り予定通りの到着です。
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 2週間ぶりでしたが道を塞いだ船は解体撤去されていました。Sさんも髪を切り、髭も剃りすっきりしていました。中山さんはじめ皆さんと津波の事の顛末をお話になり、近くの岬の鬘神社(かつら)であわ歌を響かせました。歌い始めたら丁度正午のサイレンを聞きましたが、そこでのお言葉です。

「ありがとうございます。皆々の響きは力となります。共々響きて 海 山 川 一つと成りて 新しき 嬉しきへ。」
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 あまりゆっくりもできずに、慌ただしい訪問で、名残多いお別れでしたが、我々の車2台は福島県南相馬市へ向かいました。車中昼食を頂き3時半前に無事Sさんのお店、だいこんやさんに到着しました。既にIさんも到着していて早々に被災地に向かいました。
 原町火力発電所を一望できる北泉のグリーンパークの展望所からの様相は前回訪れ時と様変わりです。心地良い風が吹き抜ける東屋であわ歌を響かせました。
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 その時のお言葉です。

「はたれ この地を離れ行きなされ その大きなる力は無用なり。新しきへ向かうは この響きと光ぞ 変わり行くなり。歌響くこの時に この音に乗り行きなされ。時は迫りたるなり 是よりこの地の大きなる御霊 三度響かせる間なり 心得なされ 必ず参られよ。」
 
 次なる地は高倉山文殊菩薩の奥山で、文殊ヶ巌と呼ばれる山頂からは南相馬、太平洋を見下ろせます。かつて空海が文殊堂を建立したと言い伝えられる地です。そこにはなぜかブランコがあるではないですか。さっそく童心に還って海を眺めながら楽しい世界です。
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そこであわ歌を響かせました。その時のお言葉です。

「あいなり この地はここにて あいの力を発しなされ ふる ふる あいふる あいふる 地と成りゆかれませ 光は満ちて参ります。
(拍手)あーー あーー あーー」
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 実はSさんのお名前は“愛“さんなのです。名前は自分が決めてくると言いますがこの時、この地に将にふさわしいお役目を果たしていかれることでしょう。
 18時過ぎに全て終えてだいこんやに戻りました。Sさん親子の特性料理に舌鼓を打ち、ビールで喉を潤して楽しく今日の巡礼を喜びあいました。Sさんも思いが叶い、満足そうに皆さんに腕を振るって頂きました。私も運転を解放され久々に宴会モードで酔わせて頂きました。大はしゃぎしたようです。21時半ごろに店を後に仙台に戻りました。
 
 今朝6月8日に私が頂いたお言葉です。
「全ては整い行きており 是より始むる事々は 皆々様へ 大きなる覚悟を 伝えることなるなり。道を定めるその為に 知りて下され この地の定めを。」
 全ては整ったようです。更なる覚悟を求められています。この地の定めを知り新たなる道を定める始まりです。果たして無私なるかな?

95.「変転」        2011年6月3日

 6月になりました。断食会が終わって全てが忙しく過ぎている感じです。
 5月18日には(社)真向法協会の定期総会が開催され、役員改選があり、私も理事として2001年以来7期目の再任がなされました。私が1985年設立以来お世話している宮城真向法体操会は震災被災地支部会という事で協会本部に寄せられた義援金の中から多額なお金をお送りいただきました。宮城真向法体操会の会員の中には津波で亡くなられた方、自宅が流失全損の方、地震被害の方、原発事故で強制避難されている方等おられますが有効に活用させていただきます。その上、なぜか今年11月開催の真向法全国研修大会で私がお話させられることになったようです。
 又、4月末に開催された東北大学歯学部同窓会定期総会ではやはり役員改選がなされ、私がこれまでの常務理事から副会長への認証を頂きました。5月には東日本大震災対策委員会が立ち上げられましたが、私が委員長を拝命して諸々を統括するお役目を頂きました。同窓生の中にも亡くなられたり、行方不明の方等多くの被災者がいる状況です。すでに委員会を開催しましたが、同窓生にお願いして集められた善意の義援金の配分、それに伴う前提の調査や規則の制定やら早急な取りまとめの方向性を決める作業に着手しています。義援金も桁が一つ違う額が寄せられていますが、与えられた役目を淡々と果たさせて頂くだけです。

 仙台テンメイに寄せられた多くの方々からの義援金もすでに被災者の方々に順次お渡ししています。皆様に深く御礼、感謝申し上げます。これまでも物資、金銭、片付け支援、笑顔励まし等々あり、支援の仕方も色々ありますが、有形無形の諸々のもので出来る事、望まれていることをこれからも継続的にしていきたいと思っております。
 そんな中、今回トータルヘルスデザインの近藤会長から、被災地での健康支援が出来る現地指導者養成のボランティア・フィットネス開催の提案を5月中旬に頂きました。仙台天命塾主催ですが、ありがたく開催を引き受けさせていただきました。この企画でなんとインストラクターが全国から15名も来て下さり、2日間に集中的にバンクシア・フィットネスを指導して頂けます。誠にありがたいことです。
 会員の中に津波で家屋を流失して取りあえず親戚宅に借り住まいしているお母様と大学生の息子さんがいますがお二人とも参加いただけます。彼は計り知れない体験の中で学業へも意欲を失っていたように伺いましたが、目的をもって新たな可能性を感じて前向きに取り組んでいただけるきっかけになりそうです。定員20名ですが既に大方の申し込みを頂いています。

 これまでの天命塾サロンとむつう整体院の賃貸契約がこの4月で切れるので移転先を模索していましたが、3月の大震災で動きがストップしていました。取りあえず1か月の延長でお願いしていましたが、5月7,8日の神人さんの後に急速に動き始めました。8日の神人さんとの食事会の会話の中で我々スタッフにいろいろ具体的なお話を伺うことが出来ました。その時に仙台天命塾のことも話題になりました。
「少し天命塾の活動の内容も変わってくるようですね。仙台天命塾の仙台は必要ないですね、仙台は無くなり、塾も変わるようですね。」という事でした。具体的なことは分かりませんが、興味深く、どうなるのかなと思いながら伺っていました。
 翌日9日に不動屋さんにこちらの希望条件の賃貸ビル物件を探して頂きました。その日に何件か見学した中で、最後のお勧めの貸事務所を借り受けることに決めました。仙台市心部で市役所近くのビルです。5階ワンフロアー31坪で東西に長い長方形で東西南北の4方に窓があり、隣接ビルが無く景色も良く、全ての窓から採光が得られ明るく開放的なのです。いろいろと打ち合わせがあり、その後少し時間を要しましたが11日には大家さんと大筋の契約の合意ができました。そして既存のビル契約を正式に5月末退去を連絡しました。
 そしてその日に近藤会長からバンクシヤ・フィットネスの開催提案の電話を頂きました。30名を超えるバンクシヤ・フィットネスの研修会にはそれなりのスペースが必要ですが、現在、仙台市内の主だった公共施設の会場は地震の影響で使用不能が続いています。こちらの移転の決定を見越しての電話の様で、これは何か計らいがあるのだと直感しました。そして30日、31日でテンメイの皆さんの協力を頂き無事に引っ越し移転が出来ました。すっきりさっぱりした広々空間で何かが新たに始まるようです。
 そしてこれまでのむつう整体院と天命塾サロンを一体化して新たな拠点とする意味を含めて、「あわの里 天命舎」と名称変更して6月1日からスタートすることになりました。天と地とを結び、調和する人々の天命の学び舎、交流、活動の場です。
 実質の天命舎のこけら落としは6月4日の中山博さんのあわ歌会です。予期せずに開舎の日和がすでに決まっていたあわ歌会にどんぴしゃりとタイミングが合うこともありがたいお徴かと思います。
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 話は前後しますが22日には石巻の佐藤造船所さんの片づけ支援に15名程で行ってきました。前回は5月4日でしたので久しぶりでした。重機も動員して大物はかなり整理がつきました。かなりすっきりしてきましたが工場については公の機関の大きな支援が必要です。まずは出来るところから少しずつ前進です。その時、以下の新たな可能性をお伝え出来ました。
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 17日は長野に生体エネルギー産業講座の勉強会に行きましたが、佐久平駅で船井本社社長の船井勝仁社長と一緒になり生体エネルギー研究所まで同行させていただきました。昼食の蕎麦を頂きながらいろいろお話しましたが、面白い展開がありました。
 船井社長が4月に石巻に行き牡鹿半島の谷川浜を訪問したというではありませんか。人間クラブ5月号の佐々木重人さんの記事の中でその詳細は後で知ったのですが、佐々木さん達と同行して現地の漁業者の方々の支援活動を開始するという事です。
 それは佐々木さんが地震後に女川原発の状況視察に現地入りした時、牡鹿半島にある旧大原中学校で被災者の方々と一夜を過ごした中から支援の物語が始まっていました。詳細は省きますが今度支援する為に一般社団法人三陸海産再生プロジェクトを立ち上げるそうです。そして6月1日のNHKテレビ、クローズアップ現代でその取組が放映される。
 実は、旧大原中学校でご縁した漁師の方々は谷川浜の方ですが、テンメイの副代表、農場長のOさんの出身地がその谷川浜なのです。皆さん旧知の方々で、Oさんが震災1週間後に現地に入った時すでに誰かが支援物資を運んでくれていて、現地の写真もサイトで見れていたので誰なのかと思っていたそうです。それが佐々木さんだったのです。佐々木さんは船井総研にも勤務されたことがあり、船井社長と人間クラブの活動も一緒にされていてその縁で船井社長を石巻に誘われたとのことです。これは何か機縁があると感じて、その活動に是非とも佐藤造船所さんも仲間に入れてもらいたいとお願いしました。佐藤造船所は牡鹿半島の付け根、万石浦の河口にありますから通り道なのです。船井社長は今度また6月上旬に現地に出向くという事でしたので佐藤造船所にも寄って頂き、相談に乗っていただけることになりました。更なる進展が得られることを期待したいものです。

 そして28日は長野出張の帰りに那須を訪問してSさん達と楽しいひと時を過ごしました。そして29日にはかねてより気になっていた福島県の南会津にある昭和村を訪れました。何か所かの聖地を巡り、雨の中で皆さんとあわ歌を響かせてきました。とても豊かな自然の中で素晴らしい時間を過ごせました。大山祇神社のある山は明らかにピラミッドです。田んぼの水鏡に写像が綺麗に写し出されて実虚反の世界でした。からむし織が名産の昭和村はあわの歌が木霊するあわの里でした。きっと引っ越し前に訪れておく必要があったのでしょう。
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 転居した翌日6月1日朝に中山博さんから頂いたお言葉です。
「晴れやかに 涼やかに ふるふる光は 皆々を
 新しきへと誘いてうつすは 遥かなる旅路なり
 来る日 待ちて響きなされませ。」
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 歌の声、響きも変わり、優しい導きの世界への誘いでした。明日4日が「あわの里天命舎」のスタートです。嬉し、楽し、幸せ、ありがたしです。
プロフィール

仙台天命塾長

Author:仙台天命塾長
 大久保直政
http://genkiup.net/

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