FC2ブログ

88.「連鎖」        2011年4月28日 

 最近はつい先日のことも記憶から消えています。手帳を見ないと何をしていたのか確認ができないことが多いです。思考も途中で途切れることもあります。いよいよ何かが始まっているような感じです。それは単なるボケかも?

 4月になって長野の生体エネルギー研究所での勉強会も再開され、交通機関をいろいろ乗り継いでの出張ですが少しずつ以前のような動きに戻りつつあります。元気で楽しんで過ごしているようですが、エネルギー勾配が高い、内容が優れている人と接し、高い処に滞在すると明らかに体の変化、改善が実感できます。津波の被災地に出向いて帰ると疲れが出るのと同じ理屈ですが、生体エネルギー準拠位置が高い環境のところでは自分の生体遺伝子情報が励起され自然治癒力、自己恒常性、免疫力などが腑活化され、本来の健康な姿に復活出来るようです。4月19日から2日間生体エネルギー研究所に滞在しましたが改めて生体反応を学べましたし、再現性のある学問が環境劣化の問題をも解決できることも再確認出来ました。それと同時に、今の仙台での生活では、医院等で環境改善に努めていてもやはり少しエネルギー劣化が加算されているのかと思いました。

 先週は過密な行動日程でした。19日から25日迄の1週間は長野、福岡、東京、仙台、長野、名古屋でその間に夜行バス2回です。しかし、それなりに元気です。今日28日で3.11震災から49日が過ぎました。その影響は計り知れない範囲に拡大してきています。地元新聞報道では、仙台の歓楽街は暴風雨状態で店じまいが続いています。老舗の多店舗展開の大きな料理店が倒産。デパート売上60数%減、一般で50%減とのことです。全てで急激な縮小が進んでいます。気持ちで踏ん張っても、お金、物、人が動かない、動けないのでしょう。連鎖反応が拡大してきています。東電、菅さん、諸々が負の連鎖を増長している感じは否めませんが、復興の道筋を早く立てて実際に高いエネルギーを投入してほしいものです。それもこれも結果的には、今までのものを無にし、新しきを生み出す強制力が働くという、大いなる存在のシナリオでしょうか。
 
 そんな中、前向きな、希望の星も見えています。24日は名古屋でNGOグリーンガイヤの総会、研修会が開催されました。定款の大幅な見直しがなされ、新たな目的、事業で活動をしていくことになりました。代表の木内鶴彦さんの色々な事業も順調に進んでいます。
 念願の太陽光利用のごみ処理、発電の為の実証炉の太陽エネルギー研究施設建設の地鎮祭が宮古島で4月15日に行われました。
その時の・宮古テレビでのニュース映像(4/15放送)と関連ブログです。
http://media.miyako-ma.jp/mtv/content/view/5972/57/
http://islandessence.ti-da.net/e3350323.html
 以下はニュースの要点です。
【太陽エネルギー研究施設が着工】
 放送日:2011/04/15 金曜日 東京 (標準時)
 太陽光と太陽熱を利用して、ごみの処理や発電を行う実証実験が、上野の野原で行われることになりました。 この実証実験を行うのは、長野県の会社、F.E.Dです。F.E.Dの代表、木内鶴彦さんは、5つの彗星や小惑星を発見するなど、天文学の研究で多くの実績があり、全国で講演活動なども行っています。
 そのかたわら、太陽エネルギーに関する研究も行い、反射鏡を使って太陽の光と熱を集め、廃棄物などを処理するシステム「炭素化炉」を開発、2008年に特許を取得しています。宮古での実証実験は、炭素化炉や、太陽光と太陽熱を利用した発電などについて、より詳細なデータを得るのが目的だということです。きょうは、施設が建設される、上野の野原で、工事の安全祈願祭が行われ、木内さんや施工業者らが、工事の無事を祈りました。木内さんによりますと、この施設では、太陽光と太陽熱を集めて発電したり、炭素化炉を使ってごみなどを分解する実験、それに、プラスチックから石油を取り出す実験などを行うということです。また、天文台を併設し、天体と親しんでもらうことにしています。施設の完成は10月下旬を予定しており、3年にわたって、実証実験を行うということです。

 木内さんには今後の復興に向けてのグランドデザインがあります。多くの社会実験をする中で、本来の人間の役割に目覚めて実践していける仲間、ネットワークの構築は欠かせません。その考えに賛同した全国の仲間のネットワークがグリーンガイヤです。そこでの活動の目的は定款に以下のように明確にしています。
「このNGOは、「人」という種が、自然環境のバランス及び生命体を存続させる役割を担っているという視点から、地球生態系が維持される環境共生型の産業構造と経済システムを研究・実験することを目的とする。」
 目的達成の為に今年から新たな事業がなされていくことでしょう。今回の震災でそれ以前と以降では明らかに人間の意識の変化が起きています。本気で響く方々が実践活動していく場、ネットワークになると思います。ある意味での本気度が試されるのでしょうか。そのタイミングに宮古島で地鎮祭が出来たことはこれからの未来への希望であり象徴です。

 今回の震災を踏まえての大切な木内さんの視点をお伝えします。
・震災、原発事故の為に引き起こされる経済破綻は日本にとどまらずに世界中に拡がり、世界経済の破綻起きる。
・中東の民主化は進んでいく。
・被災地復興には、地域の被災者等がその仕事に携わるように進める。収入確保、生活保障して不安解消に努める。
・原発事故被害地への対応にグレイゾーンを設け、そこでは自主判断に任せる。
・政府は復興に資金を提供し、循環型生活の構築に努める。
・復興は長期戦になるので安心安全の地域作り構想を進める。国が個人の土地を借り上げ、住宅を作り20年間無償で提供し、その後仕事ができ収入が出来たら原価で払い下げする。展示場的な村構想で住民参加の国家事業の社会実験をする。
・生産物を国内で利用し、余ったものを売り、お金は国内だけで回す国事業とする。ボランティアからは税金は取らない。
・もし国が破綻したらどうするか。会社でするとしたら社宅、医療、食糧等を社内で生み出し提供し、対外には収益をあげることで新たな生活、存在が成り立つシステムを作る。ある程度の自給自足を目指す。これは地域でも同じ。
・今後お金中心の経済は破綻して崩壊する。しかし、どうしても今はお金の社会なので入口の部分ではお金が必要。これまでの産業は環境を汚染してしまったが、新たな環境改善事業、社会貢献事業でお金をもらいながら、それを原資にネットワークを通して社会還元していく。その事業は太陽光発電、ごみ処理、太古の水のエネルギー利用等の活用で展開する。
・これからが正念場、本来の人間の役割を果たし、地球環境を良くする循環型社会のモデルケースを作っていく。

 金融危機の後、今回エネルギー危機が明らかになり、もうすぐ食糧危機がおきます。負の連鎖の中にあって、基本は毎日の生活の中で一つ一つ作り上げていく努力の継続です。
 26日のテンメイメンバーミーテイングには10数名の方が参加いただきました。皆さん元気印です。自己紹介を兼ねて震災の体験を語る中で不安恐怖はありません。
 名取農場の被災を免れた状況をO農場長から詳しく聞きましたが、色々な要素要因があったとしても、隣地まで来ていた津波の被災を免れたことは幸運以外の何物でもありません。農場長も間一髪、車で脱出できたことも最大の幸運です。参加者のお嬢様も、交差点で車の渋滞の中で割込みをさせていただいた後、その入れてくれた車が津波にのまれ自分が助かったとか。皆さん、生き残った者には役割がある、という自覚、意識があります。そしてこれからどう生きていくかと、役割、使命を考えさせられます。
P1080128_2.jpg

 幸運であると思える方は、今置かれている事を前向きにとらえています。意識の選択は各自の自由です。不安恐怖の人は同様な情報や人たちと同調していくし、前向きな人は希望のエネルギー連鎖につながっていきます。これからも善き連鎖反応を起こして新しい世界に進みたいものです。
 明日から震災後初めての天命塾セミナー、ゲストは木内鶴彦さん、中山博さんです。長野県松本、諏訪に全国から40名程の方が集い、信州の自然と、人の和みの中であわ歌響かせ、これからの日本再生への地鎮祭、起工式です。嬉し楽し幸せの世界へ遊んできます。
スポンサーサイト



87.「爽快」         2011年4月19日

 NGO仙台テンメイの定時総会が4月16日に開催されました。議案は原案通り可決いただきました。ありがとうございます。また新たな気持ちでスタートです。今回は震災直後でいろいろありましたが、それはそれなりに事業内容も検討されてテンメイならではの役割を果たしていけると思います。兵庫のAさんがひまわりの花をお送りくださり、まさに総会に花を添えていただきありがたい限りです。
 今回の震災で連絡網の整備が必要と痛感しました。ライフラインが止まり、固定電話も不通、携帯電だけがどうにか繋がりましたが、直後は制限が入りなかなか難しい状況でした。その中で携帯メールは時間がかかっても相手に届くので緊急時には有効と認識を新たにしました。しかし、充電できる環境を常に準備しておく必要があります。これからは必要な方には、必要な時に情報を共有できる体制が出来ていくことと想います。
コピー ~ P1080057 
 総会後の研修はO農場長の昨年度の農場の取組を、写真を写しながらお話しいただきました。実践に伴う反省を加えて今年は更なる目的達成ができていくことでしょう。新たな覚悟を語っていました。楽しいだけでなく、野菜のいのちをしっかり育てて、会員や、ご縁の皆様に食べていただき、いかなる環境でも健康になる野菜を作る。生態系生体システムプログラム農法をさらに進展、進化させていくことでしょう。
コピー ~ P1080067
 名取農場は毎年土壌分析をして必要なミネラルバランスをしっかり把握して、エネルギー資材も含めてミネラル等も必要量投入し、栽培してきて丸4年目です。農場が奇跡的に津波の被災を逃れたこと、テンメイのこれまで行ってきたこと等が有機的にその意味が理解されていくための更なる工夫、努力が必要です。まずはいのち野菜を食べていただければと思います。そしてこれから賛同して、農業に共に取り組んでいただけ仲間を募ります。農業、野菜栽培に興味がある方は参加ください。

 引き続き木村農園のKさんの新たな農業への視点をお話しして頂きました。彼の町には115件の農家がありますが、お米だけの専業農家は彼のところだけです。専業農家は2件でコメ以外にキュウリなど畑作も手掛けていますが、それ以外は全て兼業農家です。今の農業では高額な農業機械を揃える必要があり、その支払いに追われてコメだけでは採算がなり立ちません。彼のところが米専業で長年継続してこれたことは、稀有なことです。
コピー ~ P1080072
 それは彼のお父さんが30年来無農薬栽培をしてきていて、独自の販路を開拓したり、彼も就農して7年の間に色々な工夫を重ねてきています。これからは大規模を志向するのではなく、小規模で成り立つ方向を目指すべきだと言います。今、後継者の問題をどこの農家も抱えているのが実情です。赤字の農業を継承する引き継ぎ手はいないのが実情です。このままでは日本の農業は破たんすると危惧しています。
 かねてより、彼は研修生を受け入れて指導して、同じ考えで取り組む人材育成を目指しています。昨年も高校生も含め延べで100名以上の方が視察や研修に来たと言います。今回の震災で被害を受けた方で、研修を希望されるのであれば受け入れていきたいといいます。経営の採算を度外視して、自分の役割と思っています。だから、我々の活動に協力して、テンメイ米の栽培に取り組んでいただけるのです。グループで楽しい農業を目指しています。
 また、加工食の取り組みも試作しています。味噌、甘酒、干し芋など手掛けていますがこれからは発酵がキーワードといいます。お米の栽培に生体エネルギーも取り入れていますので、エネルギーの高いお米と発酵食品の食べ物が加味されて健康に直結です。農業とは消費者の健康を高めることで成り立ちます。常にプラス1していく、大きな視点で総合的に取り組む姿勢が必要です。
 彼の色々な人脈の中でも自然農法に取り組むSさんは異色です。今Sさんからサバイバル農法を学び、実践してその技術を広めていくことにも彼が中心になって取り組んでいます。今年も楽しみな農業にしていくようです。

 研修会の後は震災後初めて、いつもの行きつけのお店に繰り出して食事会です。秋田から参加のKさんも一緒に楽しい話に輪が広がります。久しぶりの2次会にも流れて嬉し楽しです。翌日はかねてから予定していた石巻行ですが、皆さんも希望され、花見の陽気をいただきながら励ましに行くことに決まりました。

 まずは石巻の旭山で集合です。桜の花はまだでしたが、吹き抜ける風は心地よく石巻を一望して、燦々と輝く太陽のエネルギーを頂きました。それから石巻市内を抜けてSさんの造船所に向かいました。市内は1週間で目に見えて片付いたエリアとまだまだほとんど手つかずのエリアがあります。町に入ると目や首が反応しますが、ヘドロなどがかわいて風で舞っているようです。造船所への道を塞ぐ船はまだでんと鎮座していますが皆さん片づけています。
201104171243000.jpg
201104171242000.jpg 201104171238000.jpg
201104171358000.jpg 201104171359000.jpg 
 造船所内の発電機と室内のクレーンが少し使えて作業がはじめられるようになったとのことです。しかし、彼の片腕の弟さんが、咳き込み、粉じんで呼吸器が不調になり、さらに津波で逃げた時に天井をけ破った足が腫れてきたようで治療が必要になったようです。でも明るい兆しを彼の顔からは感じられます。
 お話を伺い、今日こそは近くの岬の産土の鬘神社に参拝したいとお願いしました。神社は歩いてすぐなのですが狭い道沿いの家々は津波の被害を受けていて道が家財や、洗濯物などがあり、我々のような部外者が通るには憚る感じです。彼を先頭に神社に行きましたがお社の石碑が津波で倒れています。彼も戻そうとしたようですが一人ではなすすべがなく今日に至っていました。丁度男7人衆がそろっていますので復元できました。
201104171455000.jpg 201104171502000.jpg コピー ~ P1080095 コピー ~ P1080094 
 社で皆さん打ち揃って、あわ歌を歌わせていただきました。社の背は旭山の方向です。東京であわ歌100回の集いがあり、時間も終了時間が同じような頃合いでした。明るく、温かい太陽の光と、海風と、歌の響きがベストに調和して爽快です。彼も毎朝ここにお参りしてあわ歌を歌っていましたが、社を再建できたことで彼の道への明るさが見えてきました。そしてその場でこれまで皆様からお預かりした義援の志をお渡しすることができ、さらに大きく彼も前に進める実感を頂いたようです。今日も1歩ですが、大きな歩み出しが出来ました。支援いただいた皆様に深く感謝申し上げます。
201104171504000.jpg コピー ~ P1080100 コピー ~ P1080104

 まだ日が高いうちにお暇しましたが、帰り道のサンファン号に、太陽が強烈なエネルギーを降り注いでいました。帰り道はいつもの道を通りましたが、満潮時に当たり、海水が道路を覆いその中を抜けていきました。いかに地盤沈下が進んだのか実感です。日和大橋からの光景も悲惨です。やはりかなり海水が陸地に上がっています。
201104171552001.jpg
201104171440000.jpg 201104171611000.jpg
 帰りは松島の仲間のところに寄りましたが、途中通った野蒜の町は全滅状況です。何もかもがなくなっています。車で通るだけで体が固まってきます。岬の爽快感は吹き飛んでしまいます。
 帰り皆さんで食事しましたが、彼の清々しい顔が浮かび、みんなで今日は善き日だったと笑顔で別れました。次回は5月連休にみんなで片づけです。着実に前進中。皆様ありがとうございます。

86.「恩恵」         2011年4月16日

 4月15日は特別な日です。もっとも毎日そうなのですが。
3月11日の震災のあった日は私がカルチャーセンターで指導している真向法体操教室の日で、教室が終了してすぐに地震が発生しました。それから教室は休校していましたが5週間ぶりに15日に再開できました。いつもの6割ほどの方の参加でしたが久しぶりに皆さんと元気に再会できました。
 真向法での健康とは健体康心で、心身の健康を得ることを目指しています。体操教室は1時間半ですが、当然、体操が主ですが気づきの為のお話の時間が多いのが特徴です。場合によっては1時間25分お話で、体操5分ということもあります。久々の教室は震災で経験した諸々を皆さんで共有し、結局、体操5分でした。お蔭様で、皆さんしっかりエネルギーチャージされ、活性化して笑顔で帰られました。
  
 皆さんラッキーな方々です。さすが今まで修練してきた甲斐があります。真摯にこの災害を受け止められています。

・震災後、沢山の方々が歩いて帰る中、渋滞で停車していた車にお願いして幸運にも乗せていただき帰れました。お礼をといっても名も明かさずに去られてしまいましたが、その方の善意に感動しました。自宅には息子さんが駆けつけて来てくれていて片づけをしてくれていました。ただただ感謝で涙したそうです。それからは1週間ほど避難所の炊き出しのお手伝いをしましたが、今の若いお母さん方が周りで見ているだけで手伝いをしようとしない。周りにいるのは出来たら早くもらいたい為だったと少しこぼしていました。
・教室の後自宅まで数時間かけて歩いて帰りついたら、マンションの同じ階の方が声をかけてくださいました。そこに住んで5年間の間2度しか挨拶したことが無い方でしたがとても気遣ってくださり、2週間にわたり毎食を提供していただき一緒に豪華な食事ができ、体重も落ち、血糖値もかなり改善してとてもラッキーと笑顔です。その方はかなりな量の備蓄を日ごろからされていたようです。
・ご主人の休暇で山形の実家に帰っていて、教室があるので帰ろうかと思案していたのですがゆっくりと思っていたら地震が起きて、一人住まいの高齢のお母さんと一緒にすごせて幸運でした。虫の知らせがあったようです。主人の職場は仙台空港で同僚は大変な思いを味わっていたようです。1週間後に戻ってきて自宅も無事でした。
・震災後、一時期実家の首都圏に戻ったのですが、買占めに走っている姿や、うわべの気遣いの言動に不快感を覚えました。他人事で東北の人たちのことは分かっていないと感じました。今回なぜ素朴で善良な方々がこんな災害に遭うのでしょうか、どのよう考えたらよいのでしょうか?とお話になっていました。
・震災後、子供たちの2家族も避難して一緒に我が家で過ごしましたが、その中で今まで気づかなかった人間の深層を感じてしまいました。自分の思うようにいかないというか、今回の震災はどんな意味があったのかと今も考えさせられています。
 などなど、いろいろ現実に直面して貴重な体験をされていました。私なりにお話し、幸い生き残って、今、ここで生きている方々に必要なこれからの視点をお伝えしました。

 体操の終了に合わせて名取農場の野菜販売にKさんが来ました。皆さん喜んで下さり、お蔭様で全て購入して頂きました。農場スタッフも今は作業に全力投球です。津波の被災を奇跡的に免れたことに大きな意味を感じています。生体エネルギーの高い、いのち野菜を必要な方々に提供して、縁ある皆さんと一緒に元気にこの時を超えていく役割です。
コピー ~ P1070884 コピー ~ P1080036 コピー ~ P1080046 コピー ~ P1080028

 12日から野菜発送も再開しています。皆さんから、野菜が届いてのうれしい反応が来ています。皆さんの喜びの声が農場スタッフのエネルギーになります。いただいた野菜の感想を紹介します。

・緑が濃い野菜ですね。春の息吹がとても感じられました。
 この時期に貴重なお野菜をありがとうございました。最初の情報で「名取市」という地名を耳にした時には、すぐに名取農場のことが頭に浮かびました。・・本当に良かったです。皆様が無事であったことがなによりです。「・・楽しくおいしい野菜を栽培します。」と書かれていて、明るい言葉に本当に嬉しくなり、野菜と一緒に元気も頂きました。
 心を込めて栽培していただいた野菜を、心をこめていただきたいと思います。震災後で本当に色々と大変だと思いますが、どうぞお身体にはくれぐれも気を付けてお過ごしください。ありがとうございました。
・いのち野菜の禁断症状だったので、野菜をゆでた瞬間、いのちを取り戻しました。抗がん治療中の家族も副作用を緩和できたように思います。奇跡のように生き残った野菜に、いのちをいただいて、高齢期のQOL(生活の質)の探求を続けていきたいと思っています。
 災害復興の映像を見るたびに、不覚にも涙がにじんでしまう毎日ですが、グローバルな支援により、新しい東北が再生するドラマを、同時代を生きながらえながら、見守り、何かしら自分にもできることを模索したいと考えています。生体エネルギー活用の研究も、野菜や治療に生かされていき、その過程をいくばくかでも共有できる幸せに感謝しています。ありがとうございます。
NGOtenmeiinotiyasai.jpg「いのち野菜」題字 書家 星 淑子
 野菜は会員の方に提供することが基本ですが、ご縁の方々も是非この際にお試しで購入して食べてみてください。きっといのちが喜ぶのがわかります。

 生体エネルギー勉強会も12、13日長野で再開されました。いつもの倍近い時間をかけて行ってきました。日ごろ学び、考えて行動していたことで良かったし、さらに今、必要な視点を佐藤政二先生から教えていただきました。
厳しい現実に直面する。厳しければ厳しいほどその壁は大きく行く手を遮る。果たしていか様にそこに向き合うのか。逃げるか、乗り越えるか、消すか?そこではいともたやすく能力によって差がでると言います。少し表現、内容が難しいかと思いますが大事な視点ですので要点を紹介します。

 自分の産業や現場を通して何ができるか、それを身に着けることが能力、勉強。すべてが無になった難局面でもスタートできるかは能力によって差が出る。手段があっても今まで以上に能力がないと使えない。今までと同じでは遅れていく、常に加算をすること。営みの継続をどうするか、成長させるか衰退させるか。不可能を可能にしていくか。しかし豊かすぎて、今の必要が無いと使えない。
 今回の災害で地を掃った人たちが沢山生まれた。経済的に落ちたが、人間的には落ちていない。今まで以上にできるために、執着にとらわれないならば早く立ち直れる。そこに学問を使えばしっかり立ち直れる。
お為ごかしで同情してはダメ。自分が出来ることは何か。幻のしらべで脳に情報を送っているので今までの復興と違う、更なる情報を送っている。自分が出来ることを当たり前にする。本当のお為ごかしが今なされていて、全世界から善意の行為として受けるのも良いが後でツケが回ってくる。

 放射能が問題になっているが、今起きている状況をどうするか。シックハウスの場合、ホルムアルデヒドから放射するエネルギーでアレルギーになる。ホルムアルデヒドの問題は解決できている。ある種の放射能もキャパシティーを上げるだけで大丈夫だ。青酸カリと同じ。それを克服したのは能力。全て具体的に克服する。自分が何をするか明確にする。
 誰でもがその能力を身に着ける為には自然を哲学的科学範疇として捉える。存在を確認出来るのは拡報反応として捉え、その能力は画磁にある。そこには1,5%の成長が義務つけられていて、それがないと継続は劣化する。1,5%の成長がないと自然の摂理なりたたない。

 人間の能力復活のプログラムで、他からの情報で今持っている遺伝子の能力をあげるだけでダメ。それだけでは超優性には導けない。そこへの感謝がないと無理だ。そのことに気付かないとそれがなくなり、またゼロになる。そうして劣化していくと責任転換をしていく。今、能力が足りなく、劣化していて自然に迷惑している。努力するしかない。人類としての責任を果たす。本当の反応、財産は、能力を作り上げられる教育準拠位置を高めていくこと。その為の具体的手段を持つ。それをある一定のプログラムで装置化していくことで、原子転換があるレベルでできる。それが人類自然から求められる産業の基礎になる。自分が努力することで本当のものを得られる。ただ与えられるだけでは性なしで、どうしようもない。

 己がプラスになる。そこから光、情報がでる。沢山の存在がそれをだすことで加算され、遺伝子支配が出す拡報が変わる。ある装置を持つことで劣化せずに加算して、拡報のレベルがより良くなっていく。それによって空間の新たな装置化が生れる。そこで各自の素数が成立する。人の為にする。見えない学問を説明して伝える。しかし能力が無いと気づかない。能力を加算的に成長させて超優性遺伝子支配になることで自然の摂理を超えられる。
公害を出さないのは当たり前。あらゆるものをこうすれば消える、という可能性がある。

 今、精神社会が言われるが、自分の精神を良くすることだけではエゴでしかない。石や木など、鉱物、植物、動物など全ての精神を高めることが必要だ。世の中の毒、公害を否定してもしょうがない。それらを排除するのではなく肯定して高めれば良い。
 人災で起きた原発事故を電力会社がダメだ、それを認めた国、・・と十羽ひとからげで今の権力が悪いというのは原因を追究していない。
 賄賂が悪いのでなく政治から手を抜くのがダメだ。産業で何をするのか、世界一の競争力の産業にすることが必要で、言っていることとやっていることの視点が同じでなければいけない。農業者としては、農作物で人間を豊かにするという視点が必要で、それが無ければやめるしかない。

 悪いものでも法律で許されているというが、悪法でも人類が豊かになることが一番。その為に、科学的根拠がないと産業としてはダメだ。電気の能力は変わるが、それが問われていないし、視点がない。植物が作る電気は光合成が出来るものだが、人間が作る電気は光合成ができない。自然のエネルギーを電気に変えたかどうかの差だ。人間もレベルアップして自然をもアップ出来るレベルになり、それを行動に示せることが、人類が自然から求められる産業になること。電気の能力をアップするためにどう誘導するか、アップした電気を使った産業はそのレベルになるが、今はその視点がないので考えもしない。
 自分の枠の外の学問を理解しようとしない。数十年するとそれを認めるのがこれまでの歴史で、どの視点を持つかで答えが変わる。エゴは自分の都合だけで判断することで、それによって人類自然からツケが回ってくることはしたくない。でないと人類にその先がない。言うべきことは言い、行動するときを考える。

 親しい人が豊かになり、その次にその周りの人が豊かになり、分かち合える仲間に出していく。新しい想造を教え、素数的反応を明確に表すのが幼児教育。真似はダメ。1.5%の成長が継続していくことが必要で、今は生み出す時代で、使える能力を作る。
 陽子の数を変えることなく、同じ陽子数であらゆることが出来る。例えば鉄で銅の働きをさせることができる。人間の能力に植え付けて変えることで再生できる。人間の能力、キャパシティーを重んじることだ。
 本当の財産は能力、キャパシティー、生体エネルギー反応系情報処理能力。果たしてどれだけの情報を持っているのか、空間装置化は人類の課題で、それをすることで自分が歩くことであらゆる公害を直せる。物語装置化でギブして周りを励起する。決してマイナスしないこと。マイナスがあると足を引っ張られるので、必ずプラスすること。生体エネルギー、素数産業はギブ&ギブしないと止まってしまう。大切なもの、心で作った技術をあげ続けることで新しいものが生れる。

 生体エネルギーの理論と技術はこれからの新しい時代には不可欠と確信しています。まず恐れることなく、安心して人間としての役割を果たしていく環境、陣地を持ち今の課題に慈悲愛、感謝、懺悔、義務。空(営み)で取り組みたいものです。

 2年前の2009年4月15日は中山博さんから、それまであわの歌を歌うことが制限されていましたが、誰でも歌えるもの、みんなで歌ってよいと解禁された日でした。それから2年、あわ歌を通して多くの方々が、すべてを無に、新たな世界へ各自での歩みを開始しました。実践を通して多くの断捨離が出来たようですがこれからが本番です。
 多くの恩恵の中で皆、それぞれの必要な能力を身に着けていけるようになりたいものです。そして4月15日はご縁の方の成人の誕生日でもありました。

85.「自立支援」    2011年4月13日

 3月11日の大震災から1カ月が過ぎました。4月10日は100日目にあたる卒業自立の日でしたが、中山博さんの正午の儀式のお言葉がありました。

「あいふる宮を作りたり。新しき時 迎えました。響きて参る方々に あいふることとなりなった。ここに整い まこと嬉しき ありがたき。是よりは多くの方々 あいふる宮へと成りなって、この大宇宙を新たらしきへと 進めなされませ。ここにこの大きなる宮を現わしました。共々なり。皆々様も響きて 成りなって どうぞ一つの大きなる宮と成り 行きましょうぞ。ありがとうございます。」

 4月10日は私の亡き母の99回目の誕生日です。その日は各自の思い思いの時、場所で歌うことで良いと言うことでしたので、私達は石巻の旭山頂上で石巻市街地、太平洋を眺望しながら正午過ぎに歌いました。快晴の暖かい春の光を燦々と浴びながら心地良く歌い、倍音も感じられ、すっきりさっぱり太陽の光と響き合う事が出来ました。各自、それぞれ新たな始まりが出来ました。ありがとうございます。
 Kさんの農場に寄って家族の皆さんと一緒に旭山に行きましたが、梅の木が太陽を浴びてイキイキと花開かせています。子供達も元気です。みんないのち輝いて生かされています、存在そのものがありがたいことです。
201104101043000.jpg 201104101205000.jpg 201104101209000.jpg コピー ~ P1080011 201104101233001.jpg 
 旭山の後、石巻のSさんの造船所にも支援物資を持参して行き、2時間半程お話してきました。彼は先日ようやくお風呂にも入れたようで、すっきりさっぱりして、ひげも綺麗になり、元気でいました。前回、伺った時にデジカメが盗難にあったとがっかりしていましたが、後で見つかった様です。犯罪者を生むことなく良かったですし、笑顔で語る彼を見て皆もとても嬉しいことでした。また一つ、彼の凍てついていた心が暖かく明るく成った様です。
 しかし災害復旧の現実の問題はまだまだ道筋が見えません。道路の瓦礫はまだ手つかずですから行政等でまず瓦礫の撤去など進めていただき、さらに重機が使用できないと作業所の片付けが出来ません。ライフラインの回復もまだまだで、復興資金の目処も何も立たず、市の説明会で2次避難を1方的に説明されて現地の者の希望が伝わらないと語気を強めていました。彼の処に隣接する家屋はまだ残っていますが、その周りの家々は津波の直撃を受けて根こそぎ持ちさられていて土台しか残っていません。みなさんその地に愛着があるのですが、行政の方々もそれぞれが精いっぱいなのでしょうが、いろいろ不都合が山積です。しかし、避難所に米軍の仮設入浴施設ができて皆さん喜んでいました。
 彼の顧客の1割強の方は舟を失ってしまったようですが、お客さん達に仕事の再開を希望されていて嬉しいと話していました。しかし、多くの必要な設備を整備するには計りしれない資金が必要なようです。一つ一つ灯明に火を灯しながら大きい火に作りあげて行く精神力が必要です。きっと彼は出来るでしょうし、我々縁者も支援していくつもりでいます。
コピー ~ P1080022 コピー ~ P1080023 コピー ~ P1080021

 しかし、4月7日夜の余震は強烈でした。もう1か月になるのでそろそろ落ち着いてきているという安心感を打ち破るには十分でした。またまた私の部屋の本箱が被害を受けてしまい、使用不能になりました。でもお陰様で今度は全てすっかり整えることが出来ました。
 7日の地震後は停電になり、8日朝取りあえず片づけて東京へ出張でした。新幹線が未開通ですから高速バスでの往復で、帰りは夜行バスで少しヘビーな日程でした。9日朝に戻り、午後.に大きな本箱2個買いに行き、どうにか9日夜ほぼ整理が終わり、10日の早朝ですべて完了です。思い残すことなく10日の正午を迎えることができました。

 東京での勉強会で今必要なことを学びました。その要点をお伝えします。

・今回の原発事故に対する反省が必要だ。人間本位の考えでは大自然の力には及ばない。今回を契機に、自然の原点を考えて、人間本来の役割を理解して、これまでの安易な考えや生活を改める。
・お金儲けの経営では成り立たない。今後、放射能の影響で輸出が不可能になり、社会経済が長期に困窮する。原発事故の不安解消には数年では無理で、大地、海への影響は10年以上続く。生き残りのために努力が必要で、今その取り組みが試されている。
・これからの3年間で産業経済は3割強落ち込み、生活は困窮を極める。極貧の人は1割強、対応節約して困らない人は2割強ほどになる。日本経済は強いダメージを受け、今の6割程の状態になる。しかし乗り越えて行く知恵、能力があり、それを日本は試されていて、世界が注目している。
・原発事故への確実な対処方法はないし、事実は誰にも言えない。明確に野菜等への安全性を言えないし、放射能の影響が安定するのに数年はかかる。明日どうなるかわからない状況で、すべて自分で判断するしかない。
・資本主義、大量生産・大量消費型社会は終焉する。これまでのような人間の経済成長の為に自然を使い尽くすこと、そのシステムは終わった。
・部分から統合へ、専門から右脳タイプへと、新しいことを思考する。そこではお金は考えなくてもついてくる。
・感性を磨き、意識を高め、全体と調和する生き方、生きがいを目指す
・物づくり、日本人としての考え方、ビジョンは震災後ダメージを受けて、大きな変化が起きる。前の状態を取り戻すのではなく、生き方、考え方、背景を変えて、生まれ変わることが必要。
・世の中で言われている“ガンバレ日本”でなく、“生まれ変われ日本”を目指す。しっかり見つめなおし、第二次世界大戦終戦後のものとは違う、日本の調和を得られるように生まれ変わらないと先に行けない。日本人の根本を変えるものでないと復興新生は出来ない。

・仏教では四劫の教えがあり、物事が成り立ち死滅する循環が語られている。次の世界が成立するまで物事の要領を得られずに、静かに自らを高め自然に身を任せて、世の中を観察に努める。生かされている必要が、必要な時に現れる。すべては偶然でなく必然で心配はいらない。その人に必要なものしか与えられないので、自制して前に進むこと。
※ 四劫(しこう)
「仏教では一つの世界が誕生し、成長し、寿命を終えて次の世界が誕生するまでを4段階に分け四劫といいます。
成劫 じょうこう  天体が出来て生物などが出現する期間。
住劫 じゅうこう  出来上がった世界が存続する期間。
壊劫 えこう  すべてのものが崩壊し、無に帰していく期間。
空劫 くうこう  形あるものが一切なくなった無の期間。」

・日本は根本的に前例や慣習を改めて、心を落ち着けて、慌てず、以前のものを取り戻す復興ではなく、勇気を持ち、知恵を駆使し、直感で、失敗を恐れずに、自然と共生して生まれ変わること。 
・これからは2倍、3倍の努力をすること。無理するのではなく、自分の力をひとつにして、太陽のような愛を持ち、~をしたのにと不満を漏らすのではなく、自分に火をつけて行動する。
・目的は調和することで、左手と右手、左脳と右脳の統合をすること。生かされていることを、全ての人に感謝すること。
・将来は今の何分の1かになる。今のままで行くと土地も人も半分はダメになる。しかしそのうち2割強は大丈夫、発展していける。
・難しい時代が来ること、そしていつかこういう新しい世界にしようということを皆さんに伝える。人間は今まで多くの苦難に遭っても打ち勝ってきた。日本を新しい時代の発祥の地とするように、努力して新生して行く。

・今必要なこと
 自分に与えられたことは人に頼らずに実行する
 生かされていることに感謝する
 無駄をしない、他者のことを考えて努力を惜しまず生活する
 意識を高める人間の生き方をめざす
 素直に大自然の営みを学ぶ
 心配を少なくして何事も受け入れること

 今私たちに必要なことは、次元を変えて生まれ変わること。意識を変え、響きあえる仲間の自立を促し、支援して、新しいモデルを想造して、努力を継続していく。そしてそれを楽しみに喜びに、愛いっぱいに生きていく。そんなイメージでしょうか。
 大自然によって強制リセットされ、大浄化がなされました。過去の形ある世界の歪を正し、自然の叡智と共鳴する人間本来の智慧と行動力で、元気に新生日本、神聖日本の構築が求められています。共に想造していきましょう。

 Sさんの造船所のすぐ近くの避難所はサンファン館です。彼も今そこでお世話いただいています。その記念館にはサンファンバウティスタ号が復元展示されています。その船は、かつて支倉常長が仙台藩主伊達正宗の命を受けて慶長遺欧使節として1613年に欧州に、未知の新世界へと航海した木造様式帆船です。記念館の土地は彼の先祖所縁のところだったとか、これからの新しい未知の世界への船出のためにも彼の新生を念願しています。
 帰り道に帆船に夕日が輝いていました。天から今必要なエネルギー、あい、が降り注がれていて、我々の自立支援がなされています。
 あいふる、あいふる、ふる、ふる、ふるう。感謝です。
201104101733000.jpg 201104101735000.jpg

84.「卒業自立」     2011年4月9日

 3月11日の震災以来の多くのセミナー、勉強会は中止に成りましたが3月25日の意叡(いのち)の会からは開催しました。10人ほどお集まり頂けました。皆さん大丈夫です。そして、29日のテンメイメンバーミィーテイング、急遽開催の4月5日の日常生活を健康に豊かに過ごす方法を学ぶ会も15名程で開催できました。
 今必要と思えることをお伝えして、実践出来る手段を活用していただくことは、安心と仲間との連帯感が得られ、動じない意識で励まし合いができます。今回も木内さんの太古の水、飯島さんのエアードリーム、生体エネルギーの活用法など具体的にお話して、提供して頂いた物を配布することが出来ました。支援して下さった方々に感謝です。
 今の時期は本来では卒業式、入社式、入学式が開催されるのでしょうが何もないまま移行して行っています。それはそれとして過去を手放し、今ここに意識を集中して生きる事で、未来を切り開いて想造して行きたいものです。

 意叡の会で野口さんの天音天画を紹介しました。
「はつくに しらす ときのこへ ももちよろしと つなぐみちのべ ひとのえん」
「始国しらす 時の音 百道与ろしと つなぐ神智部 霊戸の縁」 2011,1,31
「ひとのえん なりなりてなる きみがえん かむりいちゆう ねつく まさかき」
「人の垣 直り成りてなる 君がえん 神理一右 根つく 真榊」 2011,2,20
tenga110220 tengabun110220

 今回の天災の有り様をお教え頂いていたようです。私流に解すると
「人垣のように累々と屍となる、君(天皇)の縁、怨。右に出るものが無い神理が根付く真榊。」こんな感じでしょうか。それは、終わりの初めかとも思います。
「真榊(まさかき)とは、神事の場で祭壇の左右に立てる祭具。緑・黄・赤・白・青の五色絹の幟の先端に榊を立て、三種の神器を掛けたもの。向かって左側に剣を掛けたもの、右側に鏡と勾玉を掛けたものを立てる。五色絹の色は、陰陽五行説における天地万物を構成する5つの要素、木・火・土・金・水を表している。 なお、葬祭には、黄色と白の幟の真榊を用いる。」とあります。

 そして震災後の天音天画は以下です。
「ねつく まさかき とこよのはるに みきのばし みどりあおあお あひいちろ」
「根つく 真賢気 常世のはるに 神気のばし 縁生青々 天意一路」 2011,3,29
 春の創世のエネルギーが、神気が注がれて天意一路と新たなスタートが始まった感じです。天意(あい・愛)に抱かれて人間はそれぞれの役割を果たしていく、それで大丈夫でしょう。安心して各自の本分を淡々と楽しく生きていきたいものです。
tenga110329 tengabun110329

 実は3月26日に神田で慰労会をして頂いている時に中山博さんからお言葉がありました。
「天意(あい)の宮なる 皆々様 是より起こり来る 諸々を全て その身に受けなされ 是よりの御世は 新しきぞ 嬉しきと成り成って 参られよ」
 私達の背景にある無形の世界は、既に次のステージに変換していて、立て替え、立て直し、建設が始まった様です。私達は神の分け御霊として、己が心の宇宙を暖かく、明るく、嬉し、楽しと描き、実践していく道筋が見えてきています。出口日出麻呂氏のお言葉です。
「認めただけが世界であり、肯定しただけが自分である、そして自分が即ち世界である」全ては己の心一つ、神我顕現です。

 4月3日23時31分は新月でした。また新月の願いをさせていただきましたが、その前日、2日の正午から那須の金の宮で、金の宮ありがとうの会、お別れ会が開催されました。中山博さんが東京から那須に移り、この地を中心に活動をしてきましたが、丁度3年で閉じることになったのです。淡々とお役目を果たす中山さんは執着、未練はなく、全てを天にお任せです。
 2日は40数名の方々が全国各地から参集して、あわ歌100回を続けて歌わせていただきました。そこでのお言葉です。

「旅路を越えて集いたるは 嬉しきことなり。日増しに迫りくる 来る日へ向かいて それぞれの その身の柱を しっかり立てて 響きて響きて参りませ。おおき身とのあいの光は 益々強く参り来る。それぞれの身は 真の身と成り行くことなり。いざやいざ 参りませ 古きはなしぞ いかなる時も 歌忘れずに 響きて参りませ。この日まで ありがとう 是よりも 今まで通りに いやまして 進みて下され。」

「わが友よ 是より現われ出でる 数々の事々 思いの事 皆々ここにて 無しと成すなり。新しきは見事に全て 皆様の知らぬ事。まだまだ 是よりなるぞ。この大きなる古きは そのこと終るまでに 皆々様 その身に新しきへの柱を立てて 響いて頂く為に 本日は ご自分のあわ歌を おつくり頂き 是よりの大きなる道を堂々と進みて下されませ。それぞれに多くの支援が働きます。共に響きます 共々なり。」

「うたかたの時は 過ぎ去り行きて 真なるこの身が 大宇宙に羽ばたき行きます。その時 皆々様 大きなる麗しきと成り行きます。羽ばたきて うつる 大きな光にて 新しきが はじまり行きます。」

「この度 この時 この地にて 多くの方々 繋がり行きて 響きを持ちて 新しきへ参るは嬉しきなり。この地 この山 この河 この海 皆々が 嬉しきと成られますよう 方々響きて下されませ。あいの光は その響きとともなり。生み出だす新しきは 皆々様のものなり。皆の想いが現われいずる。是よりなるぞ 是よりなり。頼みます。」
110402

 あわ歌100回は丁度15時半に終わりました。皆さん金の宮とのお別れをして記念撮影です。後は場所を変えて旅館で宿泊懇親会です。宴も卒業感謝会の様な感じで終わってみれば午前2時半でした。思い残す事なき酒宴でした。

 3日は聖地巡りでしたが暖かい日差しに恵まれ、穏やかな光を頂きました。皆さんとラクタさんで本格カレーの昼食を食べ、午後は金の宮のカーテンやまきストーブをテンメイに頂ける事に成り、車に積み、ガソリン給油、洗車等諸事を済ませた後は、温泉に入り、締めは何時ものロルモさんで美味しいピザ&パスタです。いつもと変わらぬ暖かい心でお見送り頂きました。
 今回、那須ではテンメイの面々には被災地ということで大きなご配慮を頂きました。また皆様から多大な義援金を頂きました。深く感謝申し上げます。被災した仲間の復興支援等に活用させていただきます。

 中山さんとは宿で同室でしたが那須金の宮に替わる、中山さんの活動拠点は神戸の地に移される様です。3月5日に仙台のあわ歌会に京都から参加したテンメイ会員のNさんとのご縁です。3月末の亀岡、舞鶴のあわ歌会の後、美山のNさんのお宅を訪れた際、お話が起きて、神戸のNさんの家をご覧になった様です。それはほんの数日前のことです。3日朝に中山さんがNさんに電話されその旧宅を貸与頂くことに成りました。今までの金の宮とは何倍もの広い宮に成ります。必要なその時になれば必要な物が丁度良い具合に下賜頂ける。全ては天の仕組みなのでしょう。

 これで金の宮の終わりの始まりが決まりました。さて我々の卒業式本番は4月10日です。私は2010年大晦日から2011年元旦は那須の金の宮で迎えました。私が大晦日夕方に到着した時に下ろされたお言葉があります。
「是よりの100日はこの地 この海、この地の方々 大きなる時ぞ 心得なされ 進みて歌いて 響きて 光と一つになされ」
 その100日後が4月10日です。その時までに大きな事に遭遇し、大事な期間で、各自が自立を促されています。その前に頂いた言葉は以下です。

「新しきへ向かう時となりたり。是よりの100日にて古きを捨て去りて、全き新しきへ参るなり。古きは全てこの四十八の音、引き受けて参る。なおなお出でぬ古きは、是よりこの身があぶり出しまする。皆々様の響きと光で、これらを全て無しと成されませ。
 歌は益々嬉しきとなり、響き渡り行き、光は強く射して参ろうぞ。この100日はこの地、この海、この樹々草々、皆々大きなる変化ぞ、揺らがぬ心持ち行かれませ。全ては進み行く新しきへの道なり。
 ほんのりと明るき時を迎えたれば、この時に如何なるところより、分からぬ処から、来る来る来るぞ。生み出だされたる、新しき嬉しき事々が、皆々喜び、手を打ちて輪になり、祝を致す事と成りまする。その時、あわ歌、手拍子、踊りとにぎやかに致して下され。大きなる夢の写しなり。
 日はまた昇りて、この天空に大きなる皆々の拠り所、真の真を示されて、全てが始まり行く。光は影持ち行きて 輝き渡りて全てを白きと成し、この地の曇りを除き行き、今ここに現わす真を。
 いやうゑをあ、この大きなる音はこの地を揺すりて、光を入れて新しきへと参るぞよ。続けて唱えてみせましょう。
 あい、はここに広まり行き、その真がしっかりと身と成りて、生み出だす嬉しきを。響きぞ、響き、このあいは。
 頼みたる歌、この身にありて、是より全てを託したり、この身は全てあわの歌、今今届く大き身元の全て、果たされよ光の全て、響きの全てをその身の全ては大き身元ぞ。参りたり ここに、この身に。」

 100日目を明後日に控え、果たして今回の大震災を経て、その間の経験、学びも含めて如何に「自分で自分を自分する」のか。あわ歌を歌い響かせる中で、天地を繋ぐ己の覚悟が出来ていればおのずと道が開け、卒業し、自立できるのではないでしょうか。
 経緯(縦横)の糸(意図)を織りなす己が心、あい、あい、あいの光と響きなり。

 ここまで書いて就寝した4月7日深夜に大きな地震が起きました。これでもか、これでもかと自立を促される地響きです。

83.「旅立ち2」       2011年4月7日

 歴史上最悪の震災が起き、原発事故の恐怖の中ですが、木内鶴彦さんの最近の事業の進捗状況はかなり明るく、希望が見えてきています。私は10年来のお付き合いですが、今までで一番良いかもしれません。一緒に活動してきた仲間にとっても、とても嬉しいことです。
 しかし、木内さんは今回の震災以来、かなり疲労していて、夜も睡眠が十分に取れない様です。魑魅魍魎ではありませんが、無形の世界がいろいろ影響していることは否めません。役割の大きな方はそれ相応の苦労が絶えないのですね。
 
 木内さんはこれまで、化石燃料や特に原子力以外のエネルギー活用を目指していろいろ実験を重ねてきました。今回以下のような画期的な成果が得られて、更なる可能性が見えてきています。これまでの取り組み(前回のブログ82旅立ち1で触れていないこと)を加味してその要点をお伝えします。

燃料関係
 震災の最中、3月16日に燃焼実験を行い成功しました。太古の水4に対して灯油1の割合で火が燃えたのです。この時点で世の中が変わると木内さんが明言しました。つまり現在の五分の一の燃料で同じ燃焼が可能になるのです。
・まずボイラーです。いま放射能がいっぱい漏れているということで、ビニールハウスの様な物を作らなければいけない。その温度管理にボイラーを使いますが、そのボイラーの燃料が灯油や軽油です。今回の燃焼実験に成功したので、今度、太古の水を使ったボイラーを開発することで、某団体から商品化し、事業化していきたいという申し出が来ています。それが成功することで、これは発電所にも使えますし、日本中が多分変わってくると思います。
・船舶の燃料ということで、この前やった実験でも、1対1の割合でも燃えたので、こうなれば船でもできるということになります。大型船タンカーの燃料にも使える可能性が出てきました。
・給湯システムですが、ボーっと燃えて、温度が上がったら消えて、下がったら燃えるというシステムを出来るということで、私達のネットワークの中で完成できる可能性があります。
・燃料として使えるということ、地球の環境に優しくできるということで、色々な意味でやっとこれから私たちの時代、要するに新たな産業、経済構造という形でやっていこうという世界に一歩一歩近づいたような感じがします。

 もともと木内さんは太陽光発電を目指していてその実用化の為の発電装置、実証炉建設に動いています。その延長で、ゴミ処理で発生した純度の高い炭素を活用して炭素電池を作り、各家庭がその炭素電池で賄えるシステムも考えています。そうすることで送電線等の設備も不要になります。今のソーラー発電は製造段階で大量の電力を必要とし、発熱効率も低く、耐用年数後の廃棄のゴミ処理の問題も未解決です。それらに比して最善の発電能力を持ち、多くの課題が解消できる太陽光発電システムですが、発電実験の資金提供をして頂ける目処がたち、いよいよ今年、南の島に火が灯り、新たな展開の基礎が出来そうです。

健康関係
 今、太古の水の注文が殺到しているようです。
・太古の水は金属素材を吸着して体の外に放出するというのは色々な研究の中で分かっています。放射線とは、光、電磁波で、これは体の中を通過しますが、一番恐いのは放射能です。放射能はそこから放射線を出します。放射能が灰になって飛んで来て、我々の体に吸収されたとき、体の中にあるイオン化された金属性素材に吸着して、体に残留して被曝していくことが考えられます。
 太古の水は金属性素材を抱きかかえて外へ放り出す働きがあるので、放射能を体から除去させるには良いということを云う学者が東北大か筑波大かどこか分からないが、その辺りの先生から漏れたらしく、なぜだか分からないが注文が今来ているような状態です。
・被曝している野菜はガイガーカウンタが振れますが、それを水で洗っても、水の中に放射能が含まれている時はやっぱり振れます。ところが太古の水を10万倍希釈して30分くらい漬けておいた野菜は音がしないというのです。
「木内さん、分解するんですか?」とあちらこちらから、聞かれるのですが、そういう現象が起きていることは事実だけど分解しているかどうかは分かりません。だけどガイガーカウンタが振れなかったというのはすごいことです。普通の水でやったら水の中にも残留するのでガイガーカウンタは振れます。野菜にないし、水にもそれが出てないっていうのはすごいことだと思う。
・生死をさまよった時に見てきた未来で、放射線や放射性物質によってやられた体を再生することも目的でした。そのことも成功したのかなという気がしています。これからこの太古の水が大切になってくると思います。1000倍希釈で飲用、野菜や何か洗う時は1万倍から10万倍で薄めたものを作ってもらうと、体に負荷なく分解するらしいということを、いま色々な人たちから報告を受けている最中です。良かったと思います。

ゴミ処理関係等
・それから太陽光で医療用廃棄物を処理するという話と、それを使った発電をやってほしいという話が某団体からありましたが、それも予算を付けてくれることになりました。それは4月以降、来年度の予算からスタートするということで、話がきています。(この事は前段の燃料関係の処で触れました)
・特にJAが大分力を貸してくれることになったので、大分良くなってきました。今後、循環型農業やそういうものをやっていく時や、村を作るという時も、今度はJAがバックアップしてくれるかもしれません、色々な意味でね。まず長野のJAから始まっても良いと思いますが、これがJA全体に広まってくるといいと思いますので、しかもそれが世界的に回っていくことを期待しながらやっていきたい。

 今回期せずして、原発事故が起きてその安全性、必要性が問われ、これまでの原発推進政策の見直しの声が世界中で起きてきています。そんな中、ドイツでは緑の党が初めて州首相を誕生させました。多くの利権が絡む世界ですが大きく政策転換が始まるし、そこでは当然、代替エネルギー技術が求められます。また、今回は津波被害でとんでもない瓦礫が発生しました。その処理はどうなるのでしょうか。木内さんの太陽光を利用した技術が改めて注目され、新しい技術として、新たな産業構造構築の柱になる、そのタイミングに上手くかみあってきた感じがします。

 今回の震災を復興していく中で日本が新しい時代のモデルケースとなることでしょう。循環型社会をめざし、新たな価値観が生まれ、定着していくまでには更なる努力、工夫、智慧、人間力が必要です。震災被害者の方々の混乱の無く、じっと耐えている姿に東北人の気質、辛抱力を見て感動している声を聞きます。しかし、天災はある程度受けいれられても、人災は別でしょう。その為には自然との関係、人間性の有様が日本全体に問われています。
 日本では政治の指導力のなさ、経済の疲弊、食料難の発生は木内さんの未来のビジョンであります。その中で新たな形を作る、有為の実践者のネットワークがNGOグリーンガイヤです。いよいよ縁者にとって、これまで木内さんを中心にいろいろ配置され、準備されてきた事々が本番を迎え、旅立つ時が来たようです。

 今回のグリーンガイヤ理事会の冒頭に木内代表さんから頂いた言葉です。
「この度は東北関東大震災で被災された方々のお見舞いと、亡くなられた方々には心からご冥福をお祈り申し上げます。
 一日でも早い復興ができることを祈りつつ、今回理事会を開催する訳ですが、関係する方々が無事であったということが非常に良かったなと思うし、仙台の名取にある田んぼ、畑(NGO仙台テンメイ名取農場)が無事だった、そこだけ津波が来なかったという奇跡的な現象が起きまして、よく分からないけど、そこだけ来なかったっていうのはすごい場であったということですね。
 みなさん、そういう意味では、これから私たちがしっかりやっていかなきゃいけない、また、これからのNGO GREEN GAIAのあり方もしっかり考えていかなきゃいけないのかなと思います。・・・」
 震災後、木内さんから太古の水をテンメイに実験用にと提供頂きました。またテネモスネットの飯島秀行さまから空気清浄機エアードリームも大量に提供頂きました。ありがたく必要な会員の皆さんに配布して活用させて頂いています。

 私は理事会前の26日に東京に入りましたので、夜は中山博さんが声掛けして下さり、あわ歌仲間が神田で震災の慰労会を開催して下さいました。木内さんも会議の後に来て下さり、キリロラさんも登場して歌って頂きました。嬉しい宴、皆の旅立ち前夜祭でした。
2011.03.27NGOグリーンガイヤ理事会での木内氏 2011.03.26

82.「旅立ち1」      2011年4月5日

 木内鶴彦さんは稀有な方です。死亡体験者として、肉体を離れ意識だけの存在になった時に膨大な意識と一体化したといいます。その膨大な意識とはこの宇宙を作った存在で、彼は意識体として高次元世界に入り、宇宙の誕生から終焉までの膨大な情報が一瞬に理解出来ました。そこで彼は人類の今後に係わる重大なビジョンを見てこの世に戻って来ました。しかも2度も。
 1976年の死亡体験の時では人類の明るい未来、進化する方向へ行く可能性は0.001%しかなく、99.999%は駄目な方向にいく未来を見ていました。しかし、2009年中国での臨死体験をしたときには進化の方向の可能性は30%に上がっていました。これは私達の未来には可能性があるということです。

 しかし今後10年以内に起きるビジョンとして、雑誌ムー(学研)2010年11月号で以下のように述べています。
・将来的にアメリカ及びアメリカ型文明が滅亡することは大前提である。
・アメリカの真の支配者はその事を分かっていて、破綻する前に存分に楽しむスタンスでいる。
・中国も内部分裂を起こし崩壊することも規定事実、その時期は2011年くらいか?
・中国分裂で世界通貨の下落、株価暴落が定着し、現在、日本の経済不況が懐かしいと思えるほどの大恐慌が来る。
・世界の至る所で戦争が勃発し、三つ巴の戦いで大きく分けて3つの地域で繰り広げられる。まず欧州と中東の間に戦端が開かれ、中東の石油は枯渇し、最悪の場合、核兵器が使用される。そして内部分裂を起こした中国もインドやロシアを巻き込んでこれに参線して行く。アメリカは防戦の名目で各地の戦争に介入して行く。
・その時日本は幸か不幸か、ほとんど相手にされない。そのころ日本は経済破綻が極限に達していて戦争に加わる程の体力はない。
・しかし、日本では食料や資源不足から暴動や略奪などが日常的に起き、政治は現在以上に破綻して無力化してしまう。
 しかし、絶望するには及ばない。これは生態系を破壊することで成立した文明から脱却し、新たな持続可能な文明にいたる為の産みの苦しみでもあり、このような苦しみ、滅びの過程の中で人間は新しい価値観を理解して行くこととなる。
 やがて必要な新たな文明とは、経済ではなく、生態系の保全という価値を最優先とする循環型社会で、その実現の為には何世代もかけて人間全体の意識を変えて行くことが必要で、そのことを発信して行く拠点が日本だ。また、太陽光などの自然エネルギーを今以上に有効活用する新エネルギー技術も必要だ。
 日本人が覚悟を決めて、率先して意識改革に取り組んでいく事によって産みの苦しみは比較的スムーズに乗り越えられるかもしれない。

 にんげんクラブ会報誌2011年3月号でも木内さんは以下のことを述べています。

・あの世で見て来たこの世の成り立ち
 人間は死んだ時に意識もすべて消えてなくなると思っていたが実際死んだ時は、呼吸が止まり、心臓が止まるのを確認できる自分がいて肉体を離れるが、私という感覚は残っている。つまり肉体は借り物だ。
 三次元世界には時間概念があるが、意識の世界には時間概念が無いので、過去、未来に自由に行けるが、意識の世界でも少し時間が経つと全体に吸収されてしまう。意識とは三次元をつくっているはるか元にあり、それを基底状態と呼んでいる。
  そこにひずみが起き、ひずみの解消されるエネルギーの流れで回転運動が起き、これが水素ガスの広がりです。宇宙の始まりはビックバンではない。空間は一様にひずみが広がり、回転体がお互い引き寄せ合い大きな渦となって爆発する。これが銀河の始まり、星雲、星団の始まりで、そこから星が出来、拡がり変化して現在に至っている。その中で様々な物質が出来て、人間という動物までできた。エネルギーのひずみが解消されるまで揺れている範疇では、その世界が存在する。しかし、それはいつか終わってしまい、またどこかでひずみを作る、これがこの世の成り立ちです。
 全体の意識のことを膨大な意識と呼ぶが、その世界は暇です。全てが満ちていて、理解できていて、しかし、何もすることが無いという暇が起きる。その暇が起きる時にひずみを起こし、そこで起きてくる物語を楽しもうとする。
 やがてその中で動く、植物や動物等の生き物とアクセスし、そこに意識を介在させてその生命をどれだけ長く維持できるのかというゲームをするだけ。膨大な意識も、私達の意識も元は同じものです。

・過去に自分のいた証拠を残してくる
 22歳に臨死体験になり、基底の意識状態の時に、地球の生態系を守る為に、これから起きることなどを誰かに伝えなければと思い、意識体に感応しやすい人を見つけてそこに託したのが出口なお(大本の開祖、艮の金神)さんです。これから大変な世の中になるから、その時までに森を守ったり、生態系を整えたり、循環型社会の準備をする様にというような話をした。なおさんは分からないが、とにかく書き残せということでなおさんの体を借りて書いた。その時自分が生き返った時に分かる様に、自分の作った星の運行の計算式と気象学の理論の話を入れておいたが、それがお筆先といわれ驚いている。
 出口なおさんなどに教えたというよりも係わってきたし、様々な時代の様々な人の体を借りた。自分は他人の体を使った頃の発想と木内鶴彦の発想を分け、旅をして歴史をみていろいろ関わって来た。そして今はたまたま木内鶴彦という者をやっているだけ。

・人類の役割は何か
 地球には様々な生命が誕生したが、それには地球の生命の循環を作る為の環境つくりという目的があった。人類もその一端として生まれ、生態系を整え守り通して行くことが人間の役割だ。最後に生まれた生物が人類で、人類には自然環境のバランスを取る大きな役割がある。
 地球の生態系を守ることを目的とした産業構造や経済システムを作って行くのが本来の理想の形だ。

・地球を救うこれからのエネルギーシステム
 これからは個人では限界があるので、まず企業体などの組織から変わること。緊急課題はエネルギー問題の改善だ。
 石油は今まで掘った20%が燃料で燃え、80%は石油製品のごみになっていて、これを全部燃やしたら世界は崩壊する。それは二酸化炭素が増えることで大気の中で地表面を覆い、人間が酸欠になり窒息死する可能性がある。それを地球温暖化現象とごまかされている。その方向に行くことで人間は淘汰されることになる。
 そのエネルギー問題の解決策を未来で見てきている。それは太陽光と水を上手く利用すること。
 一つの方法は、石油製品、プラスチックのごみを太陽光で石油に戻す方法で、この特許は既に取得出来ている。これは燃えない熱分解で、有害物質を一切ださずに処理できる。これは石油を掘るコストより安くできる。これができれば地球の大掃除が出来、プラスチック製品の循環が出来、地球再生の産業構造にもなる。
 もう一つの方法は、水をエネルギーとして利用すること。自分が開発した太古の水もそうだが、水は本当は燃えるもの。水素・酸素が燃えた結果が水になり、燃焼効率では最高に良いもの。しかし今は水は火を消す道具になっているが、水素と酸素が分離しやすい水が固定的にあったら燃やすことが可能で、太古の水はそれが出来る。
 実験では灯油のバーナーを燃やすと650~700℃くらいに成る、そこに太古の水を1対1で混ぜたら850~920℃になり、水が燃えたと言うしかない現象が起きた。太古の水でなく他の水でやったら消えてしまった。車のエンジンで実験したら20%燃費が良くなり、二酸化炭素も出しにくくなった。
 この二つの取り組みは22歳の臨死体験から長年取り組んできた結果で、いろいろと成果が出てきた。この取り組みの成果がこの世の進化の可能性が0.001%から30%に上がったことに繋がっている。しかし、これまでは一人でやって来たが、これからは一人ではできないので企業体やいろいろな団体と一緒にやって行く。その企業の目的は地球の環境を取り戻すこと。
 地球に大変動が起きる前に、良いシステムを確立させておくことが必要だ。エネルギーの取り組みで地球の大掃除が出来、さらにお金が儲かる。お金が本来の目的ではなく、そこで得たそのお金を地球環境改善の取り組みに使う。
 これからの世界のキーパーソンは日本人で、それはアイデンティティの中に在る。古来日本には、八百万の神々といわれ、人間以外は全て神様という良い教えがあり、人間は新参者で一番の下っ端で、自然の為に働きなさいと言うのが日本の文化だ。
 
 以上の見解を踏まえて、3月27日には木内さんに更に進展した技術の成果をお聞きしました。それは続きでお伝えします。
木内さんの著書は「宇宙の記憶」竜鳳書房1995年、「生き方は星空が教えてくれる」サンマーク出版2003年があります。

2007.4.28仙台天命塾ツアーでの木内氏(死亡体験時に残した標の確認) 2007.4.28仙台天命塾ツアーでの木内氏(高野山宿坊)
<写真は仙台天命塾オープンセミナーにおいて“過去に自分のいた証拠”の現場で説明する木内氏 2007年4月28日>

※Amazonで購入できます。「生き方は星空が教えてくれる」

81.「曙光」       2011年4月1日

 いろいろITを渉猟していると、今回の地震は人工地震で福島原発が狙われていて、原発直下が震源地のものも有る。原発は更に人為的に爆破されていて、911と同様だという内容もあります。その真偽は解りませんが、天災、人災含めて、天が許したシナリオであり、善悪の彼岸を目指して、目の前の震災被害を乗り越えることが私達の課題です。

 NHK大河ドラマの坂本竜馬が昨年放映されていました。私は1度も見ていませんが、その中で九州、高千穂の峰の天の逆鉾(あまのさかほこ)を抜くシーンがあります。昨年の霧島連山の新燃岳の噴火の原因はそのシーンが原因であると述べていた方(S氏)がいます。そしてそのS氏は天の逆鉾を抜くことは、大地が臨界状態、カオス(渾沌)に成り、天の逆鉾は原子炉の制御棒で、抜くことは国生みの神代、天地開びゃくの時代に遡り、制御の利かないカオスになる。と予言していました。
 そもそも天の逆鉾とは「天逆鉾が、大国主神を通してニニギに譲り渡されて国家平定に役立てられ、その後、国家の安定を願い矛が二度と振るわれることのないようにとの願いをこめて高千穂峰に突き立てたという伝承がある」とあります。あまりにも力、エネルギーのある鉾がニ度と振るわれない様に刺されていたのが、たとえドラマであっても引きぬかれたことで起動された。今回の福島原発の事故はまさにそれが演じられたことで現象化したのでしょうか。
「上のごとく、下もしかり」と言われますが引き寄せの法則が働いていたのかもしれません。

 3月31日に、今回の大震災被災地の石巻市のテンメイの仲間Sさんのところに支援物資を搬送しに行ってきました。震災から3週間になるのですが、石巻市内の幹線道路は走行できますが、少し入ると未だ瓦礫がうず高く、家屋の倒壊、車や舟がいたるところに散乱しています。津波を直撃された地区にはビル以外の建物は全て消え去り、根こそぎ持ち去られた様子、自然が大掃除をした感じすら抱く廃墟です。
 Sさんの処への海岸沿いの道路は流された舟で寸断されていて、大きく迂回してたどりつきました。Sさんの造船所は津波の直撃を受けました。地の利で全壊は免れましたが、1階は抜けた状態で鉄骨がむき出しで未だ中は散乱状態です。大きな重機無くしては片付けが難しい状況です。
2011.03.31造船所 2011.03.31造船所2

 3月11日に造船所には、修理の為に5隻の船が引きこみ線の上に設置されていました。地震の直後、その1隻の舟がレールから外れ海に流されたため直ぐに船主さんと連絡を取り海に出て頂き、他のずれた舟を固定しようとしている時、海が音を立てて引き始めました。津波は来るだろうと予測していましたが、危険を察知して直ぐに両親を高台に避難させ、再度戻って仕事をし始めた矢先、第一波の津波が押し寄せました。慌てて車で高台に避難しました。そこからつぶさに見た光景は海の男の経験を超えるものでした。何度も押し寄せる津波の轟音と共に近隣の家々、船は波にさらわれ、対岸は一面、海と化して故郷の姿は激変しました。それから避難所での生活が始まりましたがライフラインは完全に止まりました。食材はたまたま運送中のトラック1台分の魚が差し入れられて豪華だったとか。しかし、彼だけ一人、造船所3階の事務所に寝泊まりしています。

 震災直後、多くの人の死に遭遇し、未体験の修羅場を生き、極限状態で自分を奮い立たせ頑張って来た彼は言います。「段々人間の感情が無くなって悲惨な姿を見ても涙すら出なかった。人と話すうちにだんだん感情が呼び戻されてくる。しかし一人で過ごすうちに又どんどん人でない自分がいる。」そんな自分だったと。携帯電話も通じない中、充電も出来ず、かなりの日が経過して発電機を借りてようやく数日前から携帯が使えるようになり、私ともようやく連絡とれました。
 一緒に働いていた弟さんは地震直後に、家族を案じて自宅に車で帰る途中、津波に遭遇してしまいました。津波が近づくのを確認して、車を出て直ぐ近くの工場の様な建物の階段を駆け上がり2階に逃げ込みました。しかし水嵩は増してきて梁の上に上がっていましたがいよいよの時に、天井を足で打ち破って屋根に上がり難を逃れました。どうして天井が破れたのか不思議です。しかし雪降る夜はかなり冷え込みます。彼は幸い水にぬれずに逃げられたのが生死を分けました。屋根から流れて行く人や車、家が見えたそうです。電柱の上に逃げてしがみついている人もいました。皆で声を掛け合って眠らない様に激励し合ったのです。しかしその晩は凍死した方が沢山いたようです。ようやく帰りついた弟さんの家はほぼ全壊でしたが、再会した家族は幸い無事でした。

 片付けに追われるある日の午後、造船所の作業場で彼が疲れて眠りこんだ時に泥棒が入ったようで、貴重な記録を収めたデジカメが盗まれたそうです。愛犬が不審者を監視しているのですが、何故か吠えなかったと言います。どうやらドックフードを投げ込んで犬の気をそらしていたようです。無表情な黒光りした顔に怒りが読みとれました。天災と対峙する気持ちと、人の気を逆なでするような人災は意味が違うのです。

 実はこの日を期して、結局6名の仲間が想い思いの支援の物資、仏心を持って集いました。持参した食べ物を食べ、これからの事、暫定的に住める場所の提案など談笑して行く中で、今一番必要な物は、重機を動かせる発電機ということに成りました。数百万の発電機をどうしようかと思案していると6番目の助っ人が牛乳を持って登場です。何と彼の牧場で一時期借りているものがあると言うではありませんか。そして翌日に持ってきてくれる事に成りました。
 3時間以上歓談する内に彼からも笑い声が出てきて、段々穏やかに明るく成って来ました。皆で再建、再会を念願してそれぞれ解散に成りました。少し光が、エネルギーが彼に注がれたようです。復興させるという彼の決意を皆で支援して行こうと思います。
造船所にて

 同じ石巻市でも内陸部のKさんの田んぼは何の変わりも無く、穏やかな風が吹き光が輝いています。Kさんを同乗し、案内して頂き、市内の惨状を解説して頂きましたが別世界、天国と地獄の違いでしょうか。震災4,5日後に彼を訪問したKさんは、まだ水が引かず、かなり悲惨な状況に相当気分を害し精神的に疲弊しました。そして、その時会った彼に戦慄を覚え、別人の彼をどうにかしないと思ったと言います。
 そして我々が訪問した翌日、4月1日に彼と話したらとても明るく穏やかになっていたと連絡を下さいました。きっと我々のささやかな訪問が役立ったのでしょう、嬉しいことです。

 Kさんを自宅に送り帰りの夕陽は珍しい輝きでした。旭山に沈む太陽はかつて栄て、幾度か滅びたであろうこの日高見の地を全てを無しにして、今一度再生の道を歩ませ始めた様に感じました。
 2011.03.31石巻の夕陽
2011.03.31旭山夕陽 旭山夕陽2
 
 既に日暮れでしたが、テンメイ松島農場を回り見てきましたが想像通り、後かたもない廃墟で、畑のまわりの全ては消えて無くなっていました。名取農場とはあまりにも対照的でした。

2011.03.31東松島農場 2011.03.31東松島農場2


 あわの歌の中山博さんに始めてお会いした当時に頂いたお言葉です。
「大事な事をお伝えいたす。この地にありしは古き霊なり。篩いて篩いて多くが新しきと成りたり。これより起こるこの地の変化に、古くは多くの芥を受ける。新しきと成ること、早きに分かりて頂きたし。この事を告げる御役をお願い申す。」 20年6月25日

「この地、東の日高見となりて、これより大きなる力 持たれまする。皆々共々、新しき嬉しき宮となりて、進みゆかれますよう、共にお願い申しまする。我ら一同力となりましょうぞ。」 20年8月2日

「生まれ出でるは大きな力ぞ。これより日出ずる地の大艱難に向かいて大きな力なしませ。この日高見中心につながりて、その地を新しきへ導かれたし。これより力与えます。」 20年9月27日

 昨年8月に中山さんを同行してバスでこの石巻の地を訪れました。Kさんの農場、Sさんの造船所それぞれの地で歌い、産土神社で響き合わせ頂きましたが、大きな恩寵を頂きました。そしてお陰様で今回も旭山の夕陽に曙光を見ることが出来ました。きっと今回の復興への兆しでしょう。
プロフィール

仙台天命塾長

Author:仙台天命塾長
 大久保直政
http://genkiup.net/

RSSリンクの表示
最新記事
最新コメント
検索フォーム
リンク
月別アーカイブ
カテゴリ
QRコード
QRコード
FC2カウンター