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80.「鶴亀」       2011年3月30日

「 かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に
  鶴と亀と滑った 後ろの正面だあれ」
 なぜか今回の震災の片づけをしている時に浮かんできて口ずさんでいました。かごめかごめという有名な童謡ですが、この歌詞については解釈がいろいろあります。私も少し調べて考えてみました。

・かごめ、は籠目ですから六角形で、亀甲です。
・かごめかごめ、ですからニ重亀甲になりますが出雲大社の神紋です。出雲大社の御祭神は大国主の命です。
・籠の中の鳥は、籠の中には龍がいます。又、籠神社は丹後元伊勢にありますが、主祭神は彦火明命(ひこほあかりのみこと)別名、天照国照彦天火明櫛玉饒速日命です。籠の中の鳥とは籠の中で執り行うスサノウのことではないでしょうか。
・いついつでやる、はいつ出てくるのか、復活するのかということ。
・夜明けの晩、とは皆既日食かな? 多分、新しい世の中に代わる前の晩のことでしょう。
・鶴と亀とは、鶴亀は長寿の良い象徴ですが、鶴は五芒星、亀は六芒星を現わしています。国旗で見ると五芒星はアメリカ合衆国、中華人民共和国、ソ連等、六芒星はイスラエルですが伊勢神宮にも見られます。
・滑った、は鶴と亀が転んだ、あるいは鶴と亀が入れ替わった。
・後ろの正面だあれ、とは出雲大社のことです。御祭神は大国主ですが出雲風土記にもあまり出てきませんし、かつてはスサノウであったと言う説もあります。ある意味でスサノウを隠す為に、何らかの思惑、配慮で本殿に祀ったのではないでしょうか。そして出雲大社本殿裏側にスサノウを祀る素鵞社(そがのやしろ)があります。つまり後ろの正面だあれとはスサノウのことです。

 素鵞社についてのコメントです。
「大社の広大な境内の中に、本殿を中心にいくつかの摂社群が配置され、その神殿群を瑞垣が囲っている。瑞垣をぐるりと本殿の裏側に廻ったとき、瞬間空気が変化するのがわかる。
出雲大社の本殿裏側の瑞垣をさらに越えた北側、八雲山の麓にすこぶるつきの霊気漂う神殿がある。それがスサノウを祀る素鵞社(そがのやしろ)である。
ここの前に来たときに、初めて出雲大社に参詣しに来た意味が感得された。少なくとも私にとっての出雲大社の本質とはこの素鵞社と背後の山八雲山に存在する。
(神巡りの軌跡…日本の美しき神社 出雲大社 より抜粋)」
http://www.gainendesign.com/taizan/jinjya/jinjya006izumotaisha/izumotaisha.html
 かごめこごめの童謡は1500年ほど前に政権が交代したあとに歌われた物のようです。その内容はスサノウがいつ復活するのかを待ち焦がれたものと思われます。果たして、夜明けの晩にスサノウが復活するのでしょうか?

 今回の東北関東大震災の2日前、3月9日からマヤカレンダーのコルマンインデックスの最後のサイクルとなる「第9サイクル」が始まっています。このサイクルは一つが18日間で構成される昼と夜が13回(昼7、夜6)繰り返されて2011年10月28日に終了します。この日は全てのサイクルの終了がひとつに重なるので非常に重要なポイントのようです。大災害が起きるのではなく、人類の意識のレベルに関わる大きな変化が起きると言われています。
 
 その3月9日11時44分に三陸沖でM7,2,震源10kmの地震が発生しました。かなり強い揺れで、冗談で私の誕生祝いで龍神様が揺らしているよ、などと友人から言われましたが左程気にもしていませんでした。そして11日のM9,0の巨大地震はその震源の有様から人工的なものかとも思っていましたが、それ以降続く余震で是は天災と思い直していました。
 しかし未確認情報ですが、9日の地震は人工によるもので、その力が予測以上でプレートが歪んで強い影響を及ぼしてしまい、11日には想定外の震源での地震、天災が引き起こされたということを聞きました。それは原発を狙われたものだと。その真偽は解りませんが、いずれにしろ引き金は引かれたのでしょう。自然に発生した天災のものと違いそのエレルギーを鎮めるのが大変だとも伺いました。高貴なお方が黒龍と白龍にお祈りを捧げて、今回の惨事を鎮めることを為されているとも。白龍は水を司る龍神様、黒龍は大地を司る龍神様です。いろいろな方々が対応に真剣に取り組んでおられることにただただ感謝です。

 今回の原発事故のあった福島県の地はかつて相馬藩の領地です。相馬氏の家紋は九曜紋、繋ぎ馬紋の他に亀甲花菱紋も用いていました。亀甲紋は出雲大社の神紋ですからスサノウ縁の地だったのでしょうか。今回の大震災は、夜明けの晩ではなさそうです。しかし、確実に第一幕は上がりましたし、やはりこれはしっかり越えなければならない峠であることは間違いありません。果たして夜明けの晩はいつなのでしょうか。

 これから日本で起きる日食は、2012年5月21日の金環食です。皆既日食は日本では観察できませんが2012年11月13日です。直近の皆既日食は2009年7月22日でした。その7月22日に木内鶴彦さんは中国に皆既日食を観察しに行っていました。帰ったホテルで翌朝、大量出血して2度目の臨死体験をされました。実は彼は1976年に1度目の死亡体験をしました。その体験の中で過去、未来の世界を渉猟していました。いろいろなお話を伺うと、木内さんとスサノウは近似している様な感じ、スサノウ的な役割を果たす存在のようにも思えます。

 3月27日はNGOグリーンガイヤの理事会でしたが、東北新幹線が震災で不通の中、仙台から7時間程のバスの旅で東京に出向き、いつもは日帰りで出来る会議が2泊3日になりました。代表の木内さんから貴重な成果をお聞き出来ましたが、その他諸々もあり実り多き時間でした。日本は龍体と言われますが、3年ほど前にやはり木内さんとの会議があった日、日本は大変な暴風に襲われた時がありましたが、その時の気象図があります。日本列島を白龍が呑み込む?艮の金神、国常立尊は祟り神と言われその方位は鬼門の東北です。その龍の口が宮城県あたりなのです。貴重な成果は次回にお伝えします。
気象図
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79.「霊界現界物語2」   2011年3月25日

 この宇宙には霊界と現界の区分があり、人間は肉体と精霊の多次元的構造となっていて霊界から見ると霊的動物であり、自然界から見れば体的動物です。魔的な存在に支配された人間は、人間の想念を絶えず不安・恐怖・憎しみ・怨み・悲しみ・絶望に向け、霊的成長や向上を阻止して支配を確立していき、魔的行動に駆り立てています。この世界の支配者層は狡知に長けた執拗な陰謀と金融力による情報操作により、人々の記憶と想念を管理することで、人々を戦場に駆り立て世界戦を繰り返し膨大な財の略奪搾取を行ってきたと言われます。

 しかし、宇宙の善・悪などというものは私達が考える以上の大きな意味をもっていて、単純な光と幻魔の対立の仕組みではないようです。
「従来は宇宙内部の未完成時代であるので、天之神界も尚真の理想世界に能わず、地の神界の惑乱混濁は、更に一層劇甚を極め、妖気邪気濛々、暗闇時代を形成している。これが全部一掃せられて完全円満なる理想時代となるのは、近く開かるべき、第ニの天の岩戸開きの暁である」
「五年越しの欧州戦乱の如き、開びゃく以来の大事変の様だが実は、真の大変動は今後に起こる。それが済めば宇宙の魔が始めて全部整理される。独り現世界ばかりでなく、神界の奥の奥まで、天地、日月、星辰の状態まで一変する。」
 このことは、地上世界の背後の有因世界、霊界が未完成であり、その写し鏡の地上現界は優勝劣敗・弱肉強食の世になっていることを指しています。

 地球上のあらゆる生命は、太陽と月と地球大地の織りなす精妙な相互作用(神力)に支えられ、宇宙の火と水の活動力が織りなすダイナミックかつ精妙なバランスの上に成り立っています。しかし今、科学技術万能主義と黄金万能主義が人々の心身を呪縛して、真に必要な魂の尊厳を忘却しつつあります。ひとたび水火渦巻く大地が活動を開始し、大地震が次々と人類を襲い、文明の利器がことごとく崩壊し、貨幣はただの紙切れと化し、貨幣価値という魔法が解けた時に、人々は真に必要不可欠なものは何であったのか知ることになると警告しています。

 王仁三朗は人間の本体は精霊で、実態は想念であり、情動であり「精霊は向上して天人となり、あるいは堕落して邪鬼になる」ので、魔の終末的活動の中では自己の内分を向上させる以外道はないといいます。その精霊(善霊・悪霊)達は人間の記憶の中に入り、想念の中に入ってきます。つまり人間の発する想念はその人自身のものだけでなく善悪両面の精霊達の想念が交流して複雑に絡み合って放たれているのです。人間の想念とは実に恐るべき力を秘めています。王仁三郎が「いと小さき人間なれそ魂は全大宇宙に感応するなり」と言っていますが、私達の想念のあり方が世界を変革していくことは重要なことです。

 光と闇の永遠の対決は完全な一方の勝利で終わると言うことはありえません。救世主にとって可能なことは一時的な制圧ということです。つまり、その邪霊ないし悪霊を永久的に制圧、抹殺することは、宇宙の陰陽構造を破壊することになります。つまり邪霊の存在自体が構造的に宇宙に組み込まれているということです。

「知恵暗く、力弱き人間はどうしても偉大なる神の救いを求めぬば、とうてい自力をもって我が身の置かせる身魂の罪を償うことは不可能である。」
「ただ、神を信じ、神に従い、なるべく善を行い、もって天地経綸の司宰者たるべき本分をつくさねばならぬ。」ということになります。大本では人間、このように誤りやすい人間を神業に参加させ、地上現界の司宰者であると神が指定しているということ、そしてこの指定に神の人間にたいするかぎりない愛が認められるのです。

 ナオはこの大洪水(世界・文明の破局)について「神を恨めてくださるな。神は人民その他の万物を、一つなりとも多く助けたいのが神の胸一杯あるぞよ。神の心を推量して万物の長と言われる人民は早く改心致して下されよ。神急けるぞよ。後で取り返しのならぬ事ありては神の役目が済まぬから神は飽くまで気をつけたがもう気のつけようがないぞよ。神残念ぞよ」
 ここでいう改心とは何かというと、それは自然に対する人間の傲慢を放棄することです。いいかえれば体主霊従(われよし、強いもの勝ち)の文明から霊主体従の文明本来のあり方への復帰です。このように人類に改心あればという条件がつけられていることで、大洪水(世界・文明の破局)の予言を警告に代えている大本の神の真意といえます。
 そして、この窒息寸前にある私達の体主霊従的な文明を立替え・立直しするには、この自然との共生(万類の共生)を第一義としなければならないと言うのが霊界物語の大いなる予言であり警告の一つです。

 現界には一定の法則があって自然はその法則にしたがって整然と動いています。しかし、その法則は神が定めたものですから、その法則の奥底には神の世界に通じるものがあります。したがって神界、霊界に生起したことはタイムラグこそあれ必ず現界に生起します。霊界と現界とは合わせ鏡というのが大本の予言的中の根拠で、大本に生起したことはある期間を経て日本に、そして世界に生起します。これも1つの予言です。これが予言の時間性、空間性ということで、予言の実証性を大本では「型」といいます。それは未来に生起する重要な事象があたかも先取りしたようにサンプルとして具現されるものです。
 この型の論理を延長させると日本は世界の胎胞(えな)になっています。世界と日本とは地形的に相関関係にあり、日本は五大島からなっていて、世界は五大州からなり、その地形や風土的環境もそれぞれ対応して良く似ています。今回の震災の被害のあった宮城県石巻の牡鹿半島が朝鮮半島に、石巻湾が黄海に相当します。果たして型の論理で想像すると如何成るのでしょうか。

「大本の経綸は機(はた)のしぐみであるから、経緯(たてよこ)そろわんと、にしきの機であるから、手間がいるぞ。経緯の心がそろうなれば、機がよう織れるなれど、むかしからまだ、この世になき事をいたすのであるから、骨がおれるのざぞよ」
 大本の型の理論とならぶもう一つの理論が機(はた)のしくみです。二つの対立概念の矛盾・対立・止揚によって新しい概念を展開して行く弁証法と違い、対立関係にある二つのちがった概念、考え方を相互否定的でなく相互補完的に運動することで両者を生かす新しい次元が展開構成されて行くものです。機の経緯には神と悪魔、正神と邪神という根本的に対立する存在まで含まれるのですから、それこそ骨が折れるにちがいありません。
 しかしこの機の仕組みの理論に立たないと不毛のイデオロギー論争に明けくれて遠からぬうちに滅亡してしまうことはあきらかです。果たしてこの対立に、宇宙を一貫する価値基準の善悪が実在しているのかは根源的な問題です。
 近代日本はこのしくみ、機の理論を捨て去ることで成立したといえます。日本とかぎらず国家として存在する限りやむ負えない事だったのでしょうが、その国家観を捨てる必要があります。

 ナオの初発の神諭に「東京で仕組みを駿河美濃尾張(するがみのおわり)」があります。東京(近代化)の仕組みを選択すれば身の終わり、自滅するという痛烈な警告です。
 神諭の予言には正確な日時などが出ていません。予言が警告であり、予言される事態の生起を如何に避けるかという人間の自主的な選択、意志決定の自由性を神が尊重しているからであるといいます。

 ミロクの世とは歴史がある段階に達したときに「ミロク」、弥勒菩薩、救世主が出現して人々を救済して、理想の社会を実現させるというものです。大本では至仁至愛の神、世界万民の平安を保証する神であり、スサノウノミコトの霊性がミロク、メシヤであるとしています。ミロクの世はメシヤの出現をまって初めて開かれるのですが、私達は受け身の姿勢でミロクの下生、再臨を待つだけで良いのでしょうか。
 王仁三郎は世の中、社会体制の立て替え・立て直しとは社会革命で、体制変革の旗印としてミロク信仰を昇華させようと考えていました。しかし現実の壁は厚く実現出来ませんでした。自身をミロクの再来と称しましたが現実には衆生の生活を救済出来ず、ただ人類の罪を一身にあがなうメシヤとしての役割の一部を果たすにとどまってしまいました。

 今、ミロクの世界にいたるこれまで以上にけわしい峠に、危機に大本が、日本が、そして世界がさしかかっています。人々がこの大峠を如何に越えるかによって、その人々の人生の次の展開が決定されます。立て替え立て直しによるミロク世の到来を願っている多くの人々の祈りとも言える願望を大本、日本が如何に受けとめるのかが大きな課題です。

 今回私達は東北関東大震災に遭遇し、津波、原発事故の3重苦を体験しています、しかしこれは大本でいう大峠ではないようです。これはある意味、改心を促す大きな警告なのではないでしょうか。人間の想念を如何に浄化して行くのか、体を無しにされて人間としての霊に目覚め、人間としての改心をし、自然との共生を果たす本来の役割を実現できるような社会を構築して行くという、気付き、覚悟を促され、そのチャンスを日本人は頂いたように思います。私達は本来の霊性を自覚して、いよいよ現界での立て替え立て直し、人間の本分、本領発揮です。王仁三郎はこの大転換は神人一致の大活動によってのみ理想世界が構築できると教示しています。今後、この時、この地に生まれた神縁ある方々が全国各地に現われ、呼応して各自の身魂相応の役割を果たして行くでしょう。明るく暖かく楽しく顔晴りましょう。

78.「霊界現界物語1」   2011年3月23日

 東北関東大震災は峠を越えて、救援、復興へ確実に動いています。嬉しいことです。段々と被害の状況も解って来ましたが今回の災害の影響は多方面に世界中にも広がっています。
 今世界中が災害の被害状況、原発の放射能の影響、復興、産業経済、金融への影響などそれぞれの立場で日本に注目しています。放射能に関してはアメリカ、欧州等の白人世界が過度な反応があります。過去に日本は原爆の経験をさせられました。今回もある意味選ばれて原発事故が起きているのかもしれませんが本当の大峠はこれからのようです。
 
「認めただけが世界であり、肯定しただけが自分である、そして自分が即ち世界である」
これは出口日出麻呂大本三代教主補の言葉です。かつて大本の綾部本部での大本大道場修業に参加した時に出口眞人道場長に教えて頂き、以来私が好んでいる言葉です。全ては自分の位置、視点で世界が決まるようです。たまたま今日、大本のHPを開いてみました。(http://www.oomoto.or.jp/Japanese/index-j.html )そこで目にした今日の言葉は
「自分の心だけの世界である。神は無限であり、永遠である。人は無限であり、永遠であるべきものである」で、やはり出口日出麻呂氏のものでした。
「神は万物普遍の霊にして人は天地経綸の主体なり、神人合一して茲(ここ)に無限の権力を発揮す」
これは教祖出口王仁三郎が啓示にもとづき作成した大本の「教旨」で、教えの真髄がもっとも簡明な形で示されています。

 実は今回の地震で本が散乱しましたが片付ける中でどういう訳か霊界物語はじめ王仁三郎や大本関係の本が沢山出てきて読み直しすることになりました。
 出口なお開祖と出口王仁三郎教祖の存在が大本の原点ですが王仁三郎の霊界物語などの文献(佐治芳彦著「王仁三郎の巨大予言」等)から今私達に必要な教え、警告等をまとめてみました。

 まず王仁三郎には、スサノウは人間の罪を一身にひきうける善神、救世主と捉え、人類同朋主義の世界観があります。そして体主霊従を改め霊主体従を目指してミロクの世を、真の岩戸開きを目指していました。彼の神界に対して、私達が記紀神話で知らされている世界と異なる視点があります。
 記紀ではスサノウの誕生はイザナギが亡き妻のイザナミを追いかけ黄泉の国から戻り、死の国の穢れを祓う為に禊ぎを行いますが、その時に左目を洗った時にアマテラスが、右目を洗った時ツキヨミ、鼻を洗った時にスサノウが生まれたとされて、三貴神の末弟となっています。しかし、王仁三郎では鼻を洗った時に生まれた、ハナ、つまり最初に生まれたのがスサノウであり、アマテラスとの姉弟関係が逆転しています。つまり日本神話の神統譜が大きく狂っているようで、出雲王朝が正統といいます。

 そして農業の発生は階級制の発生とパラレルでスサノウはこの階級制の発生に危機を洞察していて、高天原でのアマテラスとスサノウの決戦は2つの文明観の対決を現わしています。戦いの前半はスサノウの勝利で、アマテラスの岩戸隠れはアマテラスの敗北の結果です。そしてアマテラスを再臨させる為に術策を弄して、大きな偽りの仕組みを立て、アマテラス自身をも欺き、暴力的に強引に連れ出したのが天の岩戸開きの真相で、これは高天原文化の性質を物語るものです。これこそ霊主体従とは違う体主霊従(偽盤古神派イデオロギー)や力主霊従(大自在天派イデオロギー)であり、この虚偽と暴力による岩戸開きによって再スタートした歴史はそれこそ「神にまことがないゆえに、人民が悪くなるばかり」なのだと言います。

 平田篤胤には三貴神のうちツキヨミとスサノウは同一神という見解がありますが、王仁三郎も同様の見解です。大本教の神界にはアマテラス系とスサノウ系の2つの霊統があり、その対立抗争が現界(現実世界)に投影されていて、押し込められた(退隠させられた)神は艮(ウシトラ)ノ金神、国祖国常立尊で、それはスサノウ尊で出口王仁三郎に繋がる霊統で、押し込めた側はアマテラスの霊統になります。
 大本では天地剖判を、太陽霊界=イザナギ・太陽現界=アマテラス、太陰霊界=イザナミ・太陰現界=ツキヨミ、大地霊界=オオクニトコタチ・大地現界=スサノウ、と捉えています。
 その中で太陰界はつつがなく治まっていましたが、太陽界と大地(地球)界とは鏡を合わせたように同一状態の混乱紛糾です。太陰(月がシンボル)の世界は存在自体が静的で安定していますが太陽界は光に溢れ動的で変化が多く、また大地界はもともと混沈する分子が凝り固まって出来たもので、生命力が多く、中には不浄分子も多く出てくるのでこの二つ世界には邪神の発生が不可避です。

 そもそも霊界物語は最後の審判の書です。火の洗礼の火とは霊であり、地獄の業火ではなく人間の魂を清浄化し霊的に救済する火と解釈しています。水の洗礼の水は体で、人間を体的に救済する意味で道義的で現在的なものです、火での洗礼は道義レベルをこえて愛の為に愛し、真の為に真をなす絶対境に人間を導く為のものです。大乗仏教的で本来の意味で三宝(仏・法・僧)に帰依する心に近いものです。
 火の洗礼における最後の審判では、人間が神の愛に甘え、依存することは人間の主体性の放棄であり、神に捨てられる確実なステップになります。神は自分に似せて人間を創造した意味を人間が知ることですが大事です。しかし万物の霊長と驕りたかぶってはいけません。そこでは究極的に救済される可能性が約束されているようです。このことは私達に無限の勇気、人生におけるひたむき、まじめに生きることの意味を与えてくれます。しかしその前に大いなる試練を乗り越え、峠を越えなければならないのです。この峠越えを失敗するとハルマゲドンの悲劇を演じかねないようです。
 そもそも神は人間を自分の子として創造して、愛しています。そして人間の知性はやがて竜神に代わって気象条件をコントロールできるまでになり、人間は潜在的には竜神より高位に在るべく創造された存在だといいます。

 エデンの園でのアダムとイブは禁断のちえの木の実を食べ追放されます。人間が背負う原罪と言われます。しかしその原因は聖書に語られていません。それは彼らが創造された時点で神の聖なる宇宙にもすでに邪気が発生していたのです。
 そもそも宇宙は神によって霊・力・体の3大元でもって創造され、その微妙なバランスで成立しています。霊が清、善とすれば体は相対的に濁で悪になり、2元の配合で善悪清濁の混合エネルギーになります。現界(地球)はもともと重く濁った分子の凝固体でどうしても邪気が集まりやすく、霊主体従の神木にいつしか体主霊従の実がなる様になったのです。神は禁じるだけで自主的判断に任せたのですが蛇のもたらす邪気は強力で魅力的だったのです。

 地上界(地球)はある意味、体主霊従の原理で作られた世界ですから、そこに生活する人間、いや神すらその影響を受けるのは当然です。しかし地上、物質界は大いなる循環によって邪気を排除する自浄力を持っていました。その為、自然は流水の清明さを維持し、神界からの清明な水火(いき)で、聖なる神のエネルギー放射で現界はそれなりの清明さを保つことができていました。つまり物質界自体に自然の運行・循環による自浄作用という安全装置が用意されていて、しかも人間には神に代わって神の意志を代行する生き宮としてふさわしい多くの特性が付与されていたのです。
 地上の邪気は3方で生じていました。北方ウラル山地に八頭八尾の大蛇、インド半島に金毛九尾の妖狐、アラビヤ半島に八面六臂の邪鬼です。原罪とはひとり人間だけが担うべきものでなく神界も含めて宇宙そのものの構造的な罪で、人間の限界の認識と不可分です。つまりこの宇宙の構造自体に内蔵されているとすれば神のこの宇宙創造がいまだ進行中ということにもなります。もともとこの宇宙創造の神業を神と共に行う為に人間が創造され、原罪の克服される日こそ神業の達成される日となる。それがミロクの世の達成のようです。

 この王仁三郎の人間が神に影響を与えるという発想は唯一のもので、ほとんどは神の不謬性で成立していて、極端にいえば人間は神の奴隷的存在に堕ちていると言えます。王仁三郎は神が人間に与えた人間性の尊厳を人間自ら穢してはならないと主張しました。
 そして霊界でおこることは現界に必ずおこります。霊界の於いて、艮の金神「霊主体従」、盤古大神「体主霊従」(ウラル教、ロシア)、大自在天神「力主体従」(バラモン教、北アメリカ)の中では艮の金神系が敗れ、他の2つが争っています。
 我々現代人から見れば、いわゆる天変地異(妖)は人間とは無関係の事象と考えられますが、王仁三郎は
「地上人類の精神の変化は地上1面の妖邪の気を発生し、宇宙を混濁せしめ、宇宙の霊気を腐穢(ふえ)せしめ、かつ空気を変化せしむから、自然に天変地妖を発生するに至る。」と述べています。彼によれば「すべて宇宙の変事は宇宙の縮図たる人心の悪化によって起こる。また宇宙一切が悪化するのは、あたかも時計の竜頭が破損して、時計全体がその用をなさないのと同じようなもの」ということです。
 
 すべて宇宙の変事は宇宙の縮図たる人心の悪化によって起こる、ということは我の改心が迫られているのでしょう。今回の震災に遭遇し、原発事故で避難し、畜産農作物に多大な影響を被った方々、直接は影響が無かった方々もにも我々が置かれている霊界・現界の仕組みは参考になるのではないでしょうか。

77.「立て替え」      2011年3月21日

 全て起きることは神のシナリオです。昨年12月12日に仙台で藤原直哉さんの講演会を開催しましたがその中で話された事の一部を改めて紹介します。
62「立替立直2」2010年12月22日のブログ抜粋です。
http://sendaitenmei.blog108.fc2.com/blog-entry-62.html
「神々しいとは何か、神々しくなっていく意味はというと、それは祓うことです。神言の半分はお祓いで、神に近づくとは穢れを祓うことです。神、天は穢れていません。もし金庫とゴミ箱があり、天が洪水の土砂流で金庫を流し、ゴミ箱を残したとしたら、人と天とどちらの判断が正しいのでしょうか。天は残すもの、残す家、捨てるものを間違えません。地球には天が掃除する力が常に働いていて、37億年の間、生命を残し進化して来ていますので、選別能力が高いのです。神は元々綺麗で、進化、生成発展しています。人は思考錯誤して行きますが、その過程で色々なことがあります。その時に上手く掃除しないと進んで行きません。もし選別能力が的確でなく、間違って残そうと思うと天に逆らうことに成り、地球が危うくなります。
 神に近づくとは、残すものを神に任せ、自分の命すら任せることです。掃除は天がするもので一気にされてしまい、無くなるのはあっという間です。その後から人が再生をしていく仕事をしていく、それをいつも明るく朗らかにしていくことです。昨日の天国が今日は地獄に変わったとしても、明るく朗らかに再建して行く生き方が神々しいのです。理屈は別の世界で、理屈をこねずにやることです。因果関係、合理が無いのが神の世界です。
 自然界の法則にはゆらぎがあります。ここ300年、でたらめしていると言われますが、ここ一番に神仏への祈りがゆらぎを作り、その思いが通じます。どういう時にゆらぎが起き、神秘の扉が開き、あり得ないことが起きるのか、そこでは合理的なことは起こりません。神々しい生き方をして、天を味方にする法則を知り、想ったら考えずに直ぐ行動し、想いをきっちり受けられる生き方です。
 世の中にはキツネ、タヌキの類の正もない奇跡も有りますが、本物はここ一番の時にしか出来ないものです。本当の限界を生きて知っている人は、人に言わないし、再現できないし、それはあり得ない世界です。天の中心は一つでその働きは沢山あります。どんなこともトップで調整しないとこの世は運営出来ません。
 良く自分の都合が叶わない時に神も仏も有るものかと言いますが、本当はそれは神仏が調整していることなのです。本当に神々しい生活とは天の動き、中心の神を信じることです。これを信じていれば自分が死んでもOKです。腐敗させて死んで綺麗になり、上手く行かないところを面倒みて行くという嫌な役もあります。自分の願望達成の物質文明の枝葉の神でなく、中心の神、天のプロデューサーの指示をハイと聞ける人になることです。」

 今日の報道をみると原発事故は対策が進み大分落ち着いてきたようです。とても明るい兆しです。物流が回復してきていますので後は段々落ち着いてくることでしょう。今回の災害に対する被災地での日本人の行動に称賛の声が世界各国から寄せられています。ある意味で日本人のあたり前の事が他国では考えられないこと、未体験の事なのでしょう。それだけ日本人の精神性が高く、公道徳がまだまだある、秩序を保てる社会であると改めて認識しました。とても嬉しいことですし、日本人の98%というほとんどの方々が、今回の災害を復興できるとアンケートに応えていて、将来の再建に確信を持っています。

 勤勉で有能な日本ですら原発事故を防ぐことが出来なかったと知った世界中の国々、特に後進国では我々には原発は管理できないと言い始めているようです。しかしそこに巣くう利権集団はまだ推し進めようとしていますが原子力推進政策にブレーキは確実に効いています。原発の事に関して目にした、田中優氏のお話ですが少し参考になるかと思います。
(東北関東大震災、原発についてhttp://ustre.am/:U7bw 
 
 日本に来ていた外国人がどんどん避難していますし、放射能を恐れ輸出品にも過度な反応が出てきています。強制的にある意味で鎖国状態になり自給自足を目指す、それと共にかなりな省エネルギー生活、大量生産大量消費から地産地消で環境を考えた循環型経済、生活に変化して行くことでしょう。これから復興内需が起こりますが、復興は元の状態に戻すのではなく新たなモデルを構築していく必要があります。是までのお金中心の資本主義の変更を目指し、ロハスな、暖かく明るく心豊かな日本へ。産業経済の停滞、落ち込みは避けられませんがそこを乗り越えられれば明るい未来がありそうです。江戸時代の日本人が如何様に生き暮らしていたのか、「逝きし世の面影」(渡辺京二著)に記されている日本の美徳が浮かびます。
 復興に要する資金は10兆円とか20兆円とかいろいろ試算が出てきていますが、謀官房長官経験者が米国に保有する米国国債は売却しないと言うことを確約したとか、それを確認して超円高に協調介入を各国がした様な噂があります。そして閣僚に復帰したようです。これからはますます政治家が本当にどう考えどう行動しているのか、リーダーとして如何なる視点、視座を持っているのか注視していく必要があります。原発に関しても今、東京電力の企業姿勢や電気料金のからくり等インターネット上に明らかになってきています。誰の為の国であり産業、企業なのか、国民として自分の命と財産を如何に守ることが出来るか。その前提は人類自然に必要とされる我々であることです。
 世界に視野を転じると、リビヤに米英仏が攻撃を開始しました。全ては利権がらみで大国の強権を発動していますが果たして今後どのようになるのでしょうか。米国は911以来アフガニスタン、イラクでの戦争介入で疲弊していますが今回は逃げられなかったのか、ポーズなのかは別として行動に出ました。ロシア、中国、ドイツは棄権しました。しかしこれから世界で起きるであろう戦争に今回の地震、津波、原発事故で被災し、産業が疲弊した日本は世界に相手にされず、今までのようにお金を収奪されることなく、日本復興に立ち向かえる隠れ蓑を頂いたのかもしれません。今回の攻撃によってやがてイスラエルを中心にした中東の行方の陣営の色分けが出来たのでしょうか。
 前のブログで素戔嗚尊(すさのう)のことを書きましたがその時、大本の事、木内鶴彦さんのことを連想していました。そのことも触れていきたいと思います。

76.「立て直し」      2011年3月20日

 今日20日は満月、午前3時10分が今年最大の満月です。その1時間後に月が地球に最も近づきます。地球に月がもっとも近づいたときに、満月になるのは19年ぶりです。遠い満月より、14%大きく、30%明るい満月ですとのことです。そして太陽と月と地球が一直線に並び大潮が起きます。大潮で潮位が21センチ高まるようです。大きなエネルギーが太陽と月の協動作用で地球に働きます。今日が一つの変換ポイントでしょうか。大震災の状況も段々明らかになってきていますがまだまだ大混乱、悲惨な状況の方々が沢山です。
 昨日、農場長以下のメンバーと農場、高柳亭に車に乗り合わせして行ってきました。農場は道路より少し高くほとんど津波被災なく、多少水が入った様ですが農作物も無事でした。道路向かい西側の田んぼにはゴミがあるので津波が押し寄せたようです。100mほど南のバス通り以南は瓦礫の山です。農場を貸与して頂いているTさんの本家がバス道路の少し南にありますが瓦礫の山がまだ一杯です。
3.19名取農場

3.19道路100mほど南のバス通り
3.19瓦礫バス通り以南

 高柳亭建物内部は食器類が割れ、廊下の壁が破損していましたが、俄か大工で取り敢えず直して掃除出来ました。農場野菜も少し収穫出来ました。高柳亭はどうやら暫くは本家の皆様の避難場所になりそうなお話です。ガソリン給油が出来るようになればメンバーの農場作業開始出来ますがもう少し待機です。写真は農場、高柳亭での夕暮れですが光とエネルギーを頂きました。
農場

3.19高柳亭

3.19光 3.19光2

 今回の地震の発生は自然なのか人為なのか解りませんが、地震予知科学の次元を超えたものであったことは確かです。万が一に人為としてもそう動かす背景が、無形世界があり、自然としても神的、摩訶不思議な起こりがエネルギーを起こしたのでしょう。起こされた現象界ではそれをどう受け止めるか、連帯、協動で立て直すのか、不安、恐怖に動揺するのか各自の選択でしょう。これまで終末予言等が語られてきていますが、ある意味で淘汰であり、選択であり、人間の真価を問われる機会のように思えます。日本人の底力、精神力が発揮され建て直しが可能ではないでしょうか。多分大きな変換のモデルケースとして次の時代の先達として、みちのくの地で、東日高見の血、叡智が発揮され、日本全体の一体感の中で復興されて行くことでしょうし、そうする役割が私達に在りそうです。あくまでも天意のシナリオの様な気がします。

 これからの課題は原発事故の処理です。情報がいろいろ錯綜していますが現場の方々の懸命の努力で改善することを祈るばかりです。身を挺して活動されている皆さんに敬意と感謝を申し上げます。私は今回の事故はかなり、いやほとんど人為と思います。しかし我々の依存心、我良しの考えに大きな警鐘と、行政、産業への急ブレーキとなることでしょう。事故の影響は既に自助を超え、共助を超え、公助しかありませんが、放射能も元素の成せる技、その前提条件を動かす事で対応は出来るのではないでしょうか。今多くの方が祈りを送り原発の改善を願っています。きっと何らかの効果が現われることでしょう。私は大丈夫と確信しています。
 健康に関しては個人的には免疫力を高めることですが、究極の免疫力を左右するのは食べ物であり、意識です。特に多くの人の意識の協動がより強い免疫力を発揮させることは確かです。食べ物についてはいろいろの情報が流れていますので触れませんが、意識のなかで不安、恐怖、心配は免疫力を落とします、明るく暖かく喜び、楽しみを笑顔で響き合わせる事が大事です。共に建設的に助け認め合う仲間と意識を高め合うことはより効果が高いです。
 また言霊、祈りに集中することで大きな頂きを得られます。あわ歌を歌い響き合わせることは大きな効果をもたらすことでしょう。私は毎日あわ歌を歌わせて頂いています。暗い、辛い、苦しい情報に浸りきることでエネルギーは低下します。自分で情報も選択し、前向きな意識を持つことです。
 免疫力とは疫を免れること、難を避け免れる力とすればある意味で総合力です。放射性物質すら使いこなし難を超えられる力を得ること、与えられることがあり得ると思います。物質として、情報、エネルギーとしていのちを継続し役割を果たせる、果たす決意がその前提です。強い意志を持って良き仲間と一緒に積極的に活動して行く中で、いのちを全う出来ると思います。又、生体エネルギー応用技術である程度の効果を得られるものと私は確信しています。大難を小難に、無難に、今、将に是まで学び培ってきたことを総合的に活用することです。
 
 農場長は石巻市の故郷を車で視察、支援に行ってきましたが、牡鹿半島の実家は津波で後かたも無く流されたそうです。お母さんは前から仙台にいて難を逃れましたが、親戚には行方不明者が何人もいるようです。海沿いのそれぞれの集落ではその人身被害に差が見られたようで、彼は各集落の長の力量の差が出ていると言います。リーダーの役割がこれから益々重要になります。天と繋がる直感力、判断力、決断力、行動力、指導力等の総合力、意識の高さが求められます。
 国策で進められ犠牲を強いられている福島原発の現地の方々、地震、津波の被災した方々も含めて、国策で大きな有形無形の支援を送ること、国民も一心に今こそ一致団結出来るリーダーシップを期待したいものです。

 今日は満月です。太陽のエネルギーが月に最大限送られ、今日は近年になく月と地球は近接しています。記紀神話では伊邪那伎命(いざなぎ)が黄泉の国から還って生み出された3神は、太陽を象徴する天照大御神(あまてらす)と、月を神格化した夜を統べる月読命神(ツクヨム)と素戔嗚尊(すさのう)と言われます。素戔嗚尊は葦原中国から出雲の地に天下り八岐大蛇を退治しやがて国を治めます。彼は日本列島に初めて国らしき国を建国した始祖王と言われます。兄の月読命神はあまり目立ちませんが、今日の満月に最大限のエネルギーを素戔嗚尊に送ってこの国難に建て直しを計って行くのではないでしょうか。そんな期待を抱いています。
 きっと大きな存在は私達を守っています。そして全てを無しとして新しきを生みだす喜び、苦を楽しみに想造し、光り輝き響いて生きたいものです。

75.「3月9日そして大激変」  2011年3月18日

 3月3日はひな祭りです。天命塾では新月のエネルギーを活用して思いの実現をしようという集いを2月3日の節分、新月の日から始めていますが、3月3日に二回目を開催しました。今回も密度が濃い、楽しい集いでしたが今回も私以外全員女性です。どうしてなのでしょうか?今回も講師のTさんがゲームを取り入れて新たな気付きの時間でした。3月5日が新月ですので、皆さんきっとしっかり願いが完了できたことでしょう。その3日の午後に私の部屋の天井に光のオブジェが現われました。初体験ですが不思議です。何かに光が透過、反射したのでしょうか?原因不明です。形はハ虫類の頭、顔のようですが如何でしょうか?
天井の光

 西洋占星術では、月の軌道と太陽の軌道の交点をドラゴン・ヘッド&ドラゴン・テイルと言います。その昇交点をドラゴン・ヘッドと呼び、人間関係の繋がりや前世に深く関わるポイントと考えています。私の12星座占いはうお座ですが、ドラゴンヘッドもうお座です。3月の新月は魚座の内容のエネルギーが働き、特にその願いが叶いやすいようです。ちなみにうお座は想像力、内なる幸福感、霊的敏感さ、信心深さ、精神性、霊的癒し、慈悲の心、被害者意識からの解放などです。3月5日の新月の日に10個の願いを記入しました。果たして如何になることでしょうか、楽しみです。

 ここまで書いて出かけ、そして東北関東大震災に遭遇しました。その日、私はカルチャーセンターの真向法体操教室に指導に行き、14時半過ぎに終わって戻る車の中で2011年3月11日14時46分を迎えました。そして今日は地震発生から7日間が過ぎました。壊れたパソコンもようやく代用品で使用可能になりました。

今回の災害で被災した方は関東大震災以来の多くに登り、亡くなられた方々に哀悼の意を捧げるとともに、被災し避難されている方々に心から元気に立ちなおれる事を念願し、出来る限りの支援をしたいと思います。救助、支援に御苦労している皆様に深く感謝申し上げます。お陰様でテンメイの仲間は無事です。名取農場も近くまで津波が押し寄せましたが被害を免れました。守られていたようです。これから建ち治せます。

 その瞬間、携帯の緊急警報が鳴ると同時に車が揺れ運転できなくなりました。停止して様子を見ましたが経験したことが無い、波打つような揺れです。ビルから人が飛び出し、歩道の方々はしゃがみこんでいます。ビルからの落下物も有ります。かなりな時間揺れました。マグニチュウド9,0の未曾有の大地震でした。まずは医院に戻りましたが信号は止まり、途中道路が亀裂、せり上がっています。
 医院の建物は大丈夫です、中に入ると、停電、従業員は動揺しています。患者さんも治療中でしたが避難して皆さん無事でした。まずは安堵です。院長の部屋のドア開きませんと言われ、2階に上がると確かにびくともしません。余震が続く中、ドアを押したり体をぶつけて少しずつドアを動かし、少しの隙間に手を入れて物をどかしてようやく人が入れ、開ける事が出来ました。中は本棚や諸々が倒れ、本等が散乱しています。そしてパソコン液晶画面が破損しています。
3.11震災1 3.11震災2


 是は大変だ、真坂という思いがありますが、しかしどういう訳か至って冷静で動揺がありません。却っていよいよ始まったんだ、生きていれば大丈夫だと安心感があります。ライフラインは停止しましたがそれと同時に情報が入らなくなりました。治療途中の患者さんの調整が必要で車の電源を使って電気エンジンで調整をさせ、すぐ出来ることを指示し兎に角早めに帰宅させました。車の中でラジオを聞きテレビを見て津波その他の状況を知りました。福島の原発がこれからの最大の緊急課題と認識しました。携帯で連絡し、安否を確認しながらそこから私の断捨離が始まりました。

 蝋燭と懐中電灯、暖の無い中休み、日中はひたすら片づけです。ガスは幸いプロパンガスでしたので暖かいものをいただけます。水汲み、食べ物の買い出しに列し、ガソリン給油に列しますが中々給油出来ません。朝3時半から並んだスタンドが販売せず無駄足、いたるところ憶測で長蛇の列です。動けば動くほどガソリンの浪費、携帯電話の充電に車を使うしかなく仕方ありません。又、家族が車を仙台空港の駐車場に止めて出かけていましたがどうやら津波で流されたようです。津波、地震災害は保険が効かないとのことです。
 3日目に電気が回復し全ては過ごしやすくなりました。5日目に電話回線も開通し、パソコンも業者に応急対応をお願い出来ました。そして昨日パソコン使用可能になりました。今日は10時からすぐ近くのスタンドが売り出す情報を得て昨夕から車の列に並べて大丈夫、ガソリン給油出来ラッキーと思ったのですが、何と今朝になるとその並んだ車の30台程が嫌がらせかパンクさせられているではないですか。私の車も目出度く洗礼を受けてしまいました。修理不能です。冬タイヤを早急に変えるまでスペアタイヤで走行です。
 是までの当たり前がある意味異常だったという事態にいたり、全てが生きる為に必要の優先順位が明確です。食べ物、睡眠、暖をとり、ライフライン、ガソリン。無ければ無いなりに辛抱です。でも私は恵まれた状況と感謝です。そして全国各地の多くの方々から安否を気遣い連絡を頂き、励まされ、ありがたいことです。
 部屋の片づけも終わり、本等も1000冊程処分を決め、ビデオやカセットテープも同数程捨て、ゴミ袋は20個になりました。壁や床に爪痕が残りますがかなり快適になりました。水道がまだ回復せず、診療用パソコン、レントゲンパソコンが壊れ、業者も対応出来ない状況です。昨日から患者さんに連絡していますが暫く通常の診療は出来ません。しかし今日は急患の方を数人診療出来ました。来週明けからぼちぼち再開です。
3.17震災片付け

 3月9日は私の59歳の誕生日でした。その日の中山博さんにあわ歌を頂き、お言葉がありました。
「届けたる 大きな光 是よりのその身に入りて 大いに働きまする
 只々 その身を活かされて 大きなる動きを 楽しみなされ
 新しきを 生み出して 下されませ」

 その日は出張でしたが、雪やら曇りであまりよい天気でありませんでしたが夕方、俄かに太陽が光を差し始めました。そして暗闇に光の世界が広がり段々と青空に変わりました。今回の経過を知らせるお伝えだったようです。それを見た時、決着がついて始まったなと思っていました。
3.9太陽

 今回の地震・津波・原発事故の3重苦は大きな試練ですがきっと建ち直れると思います。白河以北みちのくへの動脈は止まっています。省エネルギーの生活、全てを無しにして新たな世界のひな型が東日高見でこれから開始されることでしょう。皆さまの協力支援を宜しくお願いします。
 被災前に撮影した部屋の祝いの清楚なお花です。
花

74.「激変」        2011年3月8日

 3月7日に仙台の老舗のSPホテルが倒産のニュースがでました。1888年創業で123年の歴史に3月で幕が下ろされます。ひふみで完了。また仙台の看板ホテルが消えました。他のホテルの過剰進出で経営環境が厳しく、老朽化もあり数年前から経営計画通り進まず、赤字を繰り返し、契約不履行、信用失墜、資金の流入停止、資産管財差し押さえ強制執行、法人の機能停止、倒産。今の世の中は個人も法人も地方自治体、国も同じ様相です。時間軸を長期で見れば普通の新陳代謝と言えなくもないですが、当事者の受け止め方はいろいろでしょう。
 そんな時代激変のなか3月5日は東北新幹線はやぶさが颯爽とデビューしました。長年の計画が形になって将に悲願達成、数少ない明るいニュースです。又、アラブ諸国で起きているIT革命もどうやら仕掛け人が居るようで、2009年に既にその方向が容認されていたような噂も聞こえてきます。創造する存在と継続できるエネルギー、形にする担い手、タイミングを見計らって現象化する世界。摩訶不思議な神の世界と同様に、ある人々が演出しているのでしょう。その高位の支配者達、しかしその者たちの更に高位の存在からすれば更なる支配があるのでしょう。先日書店で本を物色していたらベンジャミン・フルフォードの「図解 世界の闇の支配者」と「検証 陰謀論はどこまで真実か」の本が隣接してありました。両極の内容を書いたものが並んでいる、また許される世界、視野を広げて見ると回り舞台の様なこの世は面白いです。

 その同じ5日に中山博さんのあわ歌会が仙台で開催されました。当日飛び入り参加もありで南は広島、京都、千葉、北は青森、岩手等全国各地から参加頂き終わってみれば31名の方が拝受しました。新たな情報に響く方々、その層に変化が起きてきているようです。あわ歌の拝受も2月20日から内容が変わったとのこと、お伝えが皆さんにはっきり伝わるようです。私も頂きましたが以下のお言葉でした。
「これよりは あなたと おおきみもと を つなぎて
 光 おくるなり」
ありがたきことですが又お役目もあることなのでしょう。淡々と明るく暖かく楽しくです。

 翌6日は名取農場の高柳亭であわ歌100回の集いが18名で開催されました。お雛様の飾られた雛段を愛でながら10時から12時まで50回連続で歌い、昼食を挟んで13時半から15時半まで50回を歌いあげました。是まで10回ごとに休憩で100回歌っていましたが、50回は思った以上にあっという間の時間でした。100回の集いも3度目で高柳亭の場のエネルギもも良くなっているようです。今回は全員が好調のまま終えることが出来ました。
 その時頂いたお言葉は以下です。
「この度の この事は 大きなる この宇宙の仕組みなり
 これに合わせて 皆々変わりゆくなり 
 そのため持ち来たる全てを 一度無しとなされませ
 あたらしきへの扉 これよりまいります ご自分で開きて進みゆくことなり」

「人みな等しく 万民のものなりし
 このあわ歌 永きにわたりて封じられたるは、大きなる仕組みの違いぞ、
 これより始まるは まことみなみな 等しきことなり、
 そのため みなみなが みなみなのうれしきが うれしきとなること必要」

「うたいて ひびきて 光受けて 古きを出して 無しとする
 これよりの日々を いっそう ひびきて下され」

「ひたすらに ただただ うたいて ひびきたれ
 くるくる光の中に 入りて 輝きわたる時まいる」

 お言葉ではまさに、「古きを捨て、全てを無しにして新しきへと、新しい仕組みが始まります。その為にあわ歌をただただ歌い、響きて光の中に入り輝きわたり、皆々嬉しきとなる。」そんな激変の時です。中山さんのお話の端はしに時間が無いので兎に角しっかり歌って下さいと言うことが感じられます。4月10日がひとつの区切りのようです。

 今回の歌会では初体験の方が沢山いました。テンメイ会員の京都のNさんはかねてよりあわ歌会に参加を希望していて念願が叶いましたが、来仙の前日に千葉の友人Kさんを訪れたところKさんも参加希望され急遽同伴して参加していただきました。6日の100回の集いも参加されましたが体の不調も改善して、心身すっきりした様です。  又、先週の柳原先生の施療を受けてお子さんも劇的な転換を得られたS夫妻からも、5日の午後に急な電話を頂き、あわ歌会参加希望されました。お二人とも懇親会にも参加して、100回迄受けられて新たな感動を頂いていました。同じく4日に福島の会員のNさんの電話でたまたま来仙していた広島のYさんを紹介頂き歌会の参加、同様に4日に仙台のKさんの紹介でY夫妻を紹介頂き、とどめは当日飛び込みで会員のSさんが同僚を同伴してあわ歌会参加です。開催直前に今までにない動きです。顕在意識とは別の働きなのでしょうか、この時に急遽行動を取らせている何かがありそうです。

 盛岡から参加のYさんも今回、あわ歌会、100回とも初参加です。昨年12月のTHDでの中山さんの講演会に参加して最前列で拝聴し、懇親会にも参加して私とも名刺交換をしていました。その時の中山さんのあわ歌に感動しておられましたが今回念願が叶いました。彼女は30年プロの民謡歌手として活躍していましたが5年前にインドでゴールデンワンネスユニバーシティーに滞在中に劇的な心的転換を得て以後、人生が激変したと言います。仕事も辞めてそれ以後、ヒーラー、チャネラー、ワンネスディクシャギバーとして活躍しています。しかし彼女はインドを何度も訪問していますがインドの音楽に少し違和感を抱いていたようです。日本の文化、言霊の中で何か無いかと求めていた時に、中山さんのあわ歌講演会の案内を見て直感で参加を決意したようです。そして今回参加して、あわ歌がより響き、はらに落ち、これこそ求めていたものと確信を得たようです。彼女の仲間にこのあわ歌をお伝えする為にと、4月に盛岡であわ歌会の開催が決まりました。100回の集いの後の懇親会で彼女の美声で十八番の民謡を拝聴しましたが、中々に心を響かせるもので、さすがに元プロの歌です。今回の出逢いで彼女に大きな波紋が起きたようでした。是からの展開が楽しみです。

 4月下旬にはあわ歌会は秋田、青森が決まっていましたのでその後盛岡開催です。これで北東北は網羅されることになりました。そのまま信州松本の天命塾の木内、中山講演会、ツアーです。中山さんの行脚は続きますが、仙台から始まった響きと光は確実に広がり伝わっています。これからの時代の変化の中で出会えたことは嬉しいこと、ありがたいことです。

2011.03.06 2011.03.06の2 2011.03.06集合

73.「感動」        2011年3月2日

 私は良寛さんが好きです。いろいろな逸話、愛語が残されていますが印象深いものは甥への教え諭しです。以下引用させていただきます。
 「良寛さんの甥の馬之助が仕事をせずに遊んでばかりなので、両親は心配して良寛さんに意見をしてもらおうと思って、家に呼び寄せた。ところが良寛さんは何も言わない。何事もないまま五日が過ぎて、良寛さんは帰り支度を始めた。そのとき、良寛さんは馬之助にわらじを結んでくれるよう頼んだ。馬之助が良寛さんのわらじを結んでいると、うなじに冷たいものが落ちてきた。驚いて顔を上げると、良寛さんが両目に涙を一杯ためていた。馬之助は良寛さんのこの深い愛情に打たれて、それからは行動を慎むようになったという。」
 「愛語というのは何も言葉とは限らない。良寛のように、一言も語らなくても、愛情が伝われば、相手はそこに「愛の言葉」を読み取る。そしてこの愛情が人を変える。」

 人は理屈ではなく感動して想いを決め、行動をとります。その感動の原因となることにはいろいろあります。子を思う親心と言いますが、道を外れたり、本来の姿からかけ離れた者が立ち直り、改心する事で両者が喜びの感動を得ることがありますが相手が如何に自分のことを愛、天意を持って接して下さっているかで、己を悔い改め、行動に移る、その触発されるエネルギーは違うことでしょう。今回紹介した良寛さんの逸話はまさにその世界です。
 また、子の病故に己が背負っている負い目、その病が改善の見込みが難しいとの思いが強ければ強いほど、不可能と思えた事が可能になり、機能が回復した時の感動は、何とも言えない喜びであり、縁者への感謝、お陰様への、大いなる存在への法恩感謝の感涙が起こります。今回そんな素晴らしい場に同席させていただける機会に恵まれました。

 柳原能婦子先生は1940年生まれで、今年71歳です。とても小柄ですがすこぶる元気です。天命、天職を全うしているからでしょう。2月26,27日に仙台で感動の講演会と施術会を初めて開催できました。
 一昨年「母の手」(評言社刊)を出版され、昨年は先生の施療の集大成といえる器具「母の手」を作成しておられます。今回はその器具「母の手」も活用して、日々自分で出来る健康法をお伝え頂きました。会場にいる方々の抱えている症状、問題を的確に処置して改善して行きます。50肩が上がる様になり、膝の痛みが消えたり、爬行が改善したり、消化器系の問題、10年来のパーキンソンで苦悩していた方が言葉を言えなかったのが発音出来るようになったり、驚きの連続です。フォーク状の器具の「母の手」は少し高額ですが講演会終了時には参加者の7割以上の方が買い求められ、「母の手」「手さぐりの施療院から」等の本も多くの方々が購入しました。皆さん可能を感じて行動に移した様です。後は、何処まで自助努力をするか。「母の手」を大事なお供え物にするかは各自次第です。

 四国松山の先生の処には全国各地から難病の方々が施術にお越しになります。先生は御自分の娘さんの難聴が医学では治せないという現実に直面して、独学で娘さんの病気を治されました。それから治療資格を取り現在に至っていますがその思いの原点を以下のように述べられています。
 「私の施療法は、私の母から学んだこともたくさんありますが、先に述べたように目の前にいる私の娘の耳を直したい、それから、脳梗塞で倒れ、お医者さんの治療も甲斐なく回復しない姉を、なんとか蘇らせたい、その一心で、まさに手さぐりで独学して経験して学んだものばかりです。けれども、その方法は、けっして誰にも真似できないものではありません。母の手の心があれば、誰にでもできる方法です。手足が動かず、ずっと寝たきりで、自分で食事もできず、言葉も話せない重度の障害をもった子供が、今では学校に通うようになった例もあります。まさに母の手によって、この子は本来の身体に戻ったのです。あきらめてはいけません。あなたの大切な人をぜひ助けてあげて下さい。あなたは必ずできます。」まさに、先生の施療は現代医療に見放された人たちへ希望の光を送るものです。
 そして母の手とは以下のように記されています。
 「「母の手」とは、無学な母が、家事という芸術の中で、「わが子が当たり前に幸せに年を重ねていき、人のお役に立てるように、みっともないことをしないで、卑しいことをしないで、世間様に顔向けできないことをしないで、健やかに育ってほしい」という願いで、生きていく術を昔話などにたとえながら、押したり引いたり、さすったり、褒めちぎって、叱って、伝える知恵です。世代を超えて伝承されていく母親の命の炎である、海よりも深い愛の文化だと思います。
 それは先祖や目上の人を敬う行儀作法から始まって、野原や海や川にある薬草や薬石など自然の恵みを受けたものを活用し、自分の体と台所用具を使って子供に食べさせ、免疫力の強い命の元を作ることです。そして、麻酔もかけないで、メスも待たないで、薬も使わないで、病気にならないようにします。
 「母の手」とは子供にとって慈悲深いお医者さんであったり、薬剤師であったり、看護師であったり、栄養士であったり、調理師であったり、時には道化師のように笑わせて心を明るくさせ、三つ褒め、二つ教えて、一つ諭しながら育てていく素晴らしい教育者です。」

 2日目の施術でご婦人が先生の施療を受けました。腰痛で足のしびれ、冷え性で苦悩されていた方ですが終わって手足は暖まり、顔も紅潮し今まで付いていた冷気がすっかり抜け落ちて元気が漲るまでに変化しました。ご主人も驚きです。そんな変化の起きた後で先生に息子さんの事が気がかりでとふと漏らされました。お産の時、酸欠になり無酸素症で生まれたお子さんでした。今は支援学校に通っていますが言葉が上手く話せずこれからの進路を思い悩んでいたようです。それを聞いた先生は間髪いれずに何故連れてこなかったのかと話され、直ぐに同行するように言います。ご自分の昼休みの時間を割いて施術して下さることになりました。
 そして施術をして頂くうちに話が出来るようになるではありませんか。手渡した本も声を出して読めます。その変化を見ている両親は何が起きたのかという感じで見とれ、感涙しています。今日は息子さんに肉を食べさせてあげさないね、行きたい大学にも目指しなさいといろいろお話して指導下さいます。母の手の効力は凄いです。神の手ではないかとさえ思えます、その中に光を見、不可能と諦めていた事に可能性を見出した瞬間でした。
 きっとその家族の中では大きな変化が始まることでしょう。私もありがたい出逢いの集いの機会をお世話させていただけた大きな喜び、感動を頂きました。

2011.02.27施術 2011.02.26講演会での施術 2011.02.26講演会 
プロフィール

仙台天命塾長

Author:仙台天命塾長
 大久保直政
http://genkiup.net/

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