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14 「幸せ」             2010年3月31日

 私が大学に入学した昭和45年は東大紛争の翌年で学生紛争が盛んでした。我が母校も入学式が中止になり、日常的に校内ではヘルメット姿が見られ、学生総会での決議で授業ボイコットや、校舎の封鎖がありほとんど授業がなされませんでした。世間知らずのノンポリ学生の私は休講を良いことに頻繁に一人旅に出かけていました。何しろ親元を離れ一人住まいが出来て、気儘に過ごせるそんな時空間は魅力的だったようです。そんな中でも、友人の影響もありデモに参加したり、機動隊に追いかけられたり、試験ボイコットで1年留年したり、身の丈相応の経験もしました。留年を知って父親が何度か様子見に来たりしていました。学生時代は休みにはとにかくリック背負って当てのない旅に一人出かけていました。そしてやがて、何故か島根県の田舎の真言宗のお寺、城福寺が若いころの根城になって休みになるとそこに居付いていました。日常の中の非日常。何を求めていたのか心地良い風が吹いていたのでしょう。

 名古屋の深夜のキューバ風シガークラブカノウで旧知の友人二人と過ごす世界は異質空間で美味です。葉巻をくゆらせ大麻ビールを飲む彼と花咲き麗しき彼女との会話の中で「幸せ」という言葉が何度か耳に触れ、その当事者の喜びが伝わってきます。そして私は最近「幸せ」の言葉をあまり聞いていないかもとふと思ったのでした。楽しい歓談の時間を頂き結局は2時前就寝でした。私は当然ノンアルコールです。

 その日は朝4時半起床して始発新幹線で長野へ、要件を済ませて名古屋に21時半過ぎに着き、皆で食事。翌朝はふっと想い立ち、5時半に起きてお伊勢参り。伊勢神宮、外宮、内宮を参拝し、名古屋に戻り熱田神宮を巡り、それぞれの地であわの歌を歌い、14時からの会議に出席して名古屋最終便で仙台へ。そして、高柳亭での究極のあわの歌の儀式に参列して就寝は前日同様2時頃。忙しい中の何の必要なのか?と思わずに、淡々と楽しんで動いている自分がいます。
 
 幸せの宇宙構造という本があります。小林正観さんの本です。かつて仙台でも講演会を何度も主催させて頂いていましたがもう5年程お会いしていません。本の中でドイツの詩人、カール・ブッセの詩が紹介されています。

 「山のあなたの空遠く 幸い住むと 人の言う
  ああ我れ人と とめゆきて 涙さしぐみ 帰り来ぬ
  山のあなたに なお遠く 幸い住むと 人の言う」
 
 幸いを求めて友とその地を訪ねたが結局は幸いはどこにも存在せず、涙して帰ってきたという詩ですが、正観さんは「幸せというものは、宇宙に、地球上に存在していない。私がひとえに幸せを感じるかどうかで、幸せが存在するかしないか決まる。」と言います。多分そうなのでしょう。名古屋の友人も何故かかなり昔、まだ有名になる前の正観さんとご縁があったりしていました。深夜の会話でも少し話題になりました。
 
 幸せ(しあわせ)は何なのかなと伊勢に向かう車中に車窓を眺めながらふと思うと応えが来ました。幸せとは、宇宙の神、想像主の仕組みと分け御霊の己の今の仕組み、想造の現象化が合わさった時に得られるもの。神と我の合わせ合わせの合致した時得られる歓喜。そして方にあわ歌をすこと。つまり相似象、神我顕現、神我一体としてその天意(あい)のエネルギーを四方に循環させ相対、縁者を生かすこと。それが私が頂いた幸せの宇宙構造のようです。

 身体は受信機と同時に発信機で、宇宙存在と相似しています。楽器は調律せずにごみやほこりが詰まっていると上手く響きません。私たちも身体が歪んだり、心に塵芥の想念が詰まっていると受発信が本来の働きが出来ません。心身を整え、空っぽで天意の光を受けてその時その場で臨機応変に己固有の響きを奏でる。その響きが遍く届く程に幸せが大きく深いのでしょう。そして、あわの歌の響きは心身の調整、発信に良さそうです。

 若いころ友人と親孝行の話題になり私が語った言葉を思いだしました。自分がやりたいことをして幸せでいればそれが親孝行だというニュアンスだったように記憶しています。若気の表現で舌足らずですがそんなつもりで生きてきたのかもしれません。既に産み育ての親は他界していますが、究極の親の元に生かされている今は、存在を許可頂いていて如何に光を頂き響き合えるかが、幸せと思いますが如何でしょうか。

 28日の夜9時9分から9人で九曜紋の光を囲んで行われた高柳亭の儀式はそんな天意を頂いたしあわせな響き合いでした。

儀式の様子をKさんがブログで紹介されています。こちらをクリックすると新しくウインドウが開きます。
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13 「劇中劇」              2010年3月23日

 春彼岸の嵐は過ぎ行き、今朝は穏やかな天候を頂いています。強風が吹き荒れる中、宮城蔵王麓の遠刈田温泉で恒例の座禅断食会を開催しておりました。関西、関東、東北各地から34名の方々が集いました。

 野口法蔵師の創始したこの座禅断食会は10年近く前に在る方からお聞きしておりましたが中々ご縁が頂けずに6年程前に長野の臼田会場で指導を頂く幸運に恵まれました。初日の夜にお風呂で法蔵さんと一緒になり、直ぐに仙台で座禅断食会の開催をお願いしましたら即答、快諾頂きました。そこからご縁の始まりです。7回までは法蔵さん直接の指導頂き、現在は私が許可を頂き指導させて頂いています。

 私も20回程の断食を経験しておりますが毎回身体の反応が異なります。そしてその開催会場の場、参加者の方々の人数、状況、そこに至るまでの己の日々の過ごし方の内容等が絡み合い影響をもたらします。私は前回11月開催以降、結構ハードな生活の中で或る意味不摂生をしておりましたので、2日目の午後は少し眠気を催しましたが、それ以降はすこぶる快調に終了できました。

 主催者としての準備は会場の環境を如何に整え、最高のエネルギー条件に作ることが出来るかから始まります。私は生体エネルギー理論、技術はこれからの時代に欠かせないものと認識しており、学び実践させて頂いておりますので、まずはその視点で作り上げています。この数年の間に開発させた生体エネルギー応用電気製品等には素晴らしいものが沢山あります。

 今回の会場には、さとりシリーズの食品用、環境用、音響用、いのちゑシリーズの3種各1個、いのちゑしらべ11台、新次元いのちゑしらべ2台を連結しました。新次元しらべは発売前でしたが生体エネルギー研究所の好意で貸出していただき日本で初めての実用になったのではと思います。その他に、源慈の光グランドキャンドル、命香、飲料水は私の医院の水誘導翻訳装置きわみの水をポリタンクで運びこみ、生体エネルギーミスト2台を設置し、エネルギー発生装置2個、明けの食材は私たちの名取農場で栽培された生態系生体システムプログラム農法の野菜、ウォーレスの塩、自家製の梅干しを用意しました。今考えられる最高の環境設定が出来たのではと思っております。

 毎回に内容をアップしてきていますのでどんどんと断食の効果が上がり、皆さんの明けの状態がすこぶる良くなってきております。初期のころから参加頂いている方々はその違いを顕著に体感して下さり、私が取り組んでいる真意を理解頂き、ご自分の生活環境改善に生体エネルギーを活用して頂くようになってきています。ありがたいことです。法蔵さんが考案された素晴らしいプログラムがより効果的に機能できているのではと思います。

 座禅断食会は1日目18時集合の3日目13時終了です。当日朝から食を抜いて頂き参加ですので前日夕食から約60数時間食を断ち、3日朝9時半から明けの食を頂きます。梅湯を大量に飲み、生野菜を食べ、宿便を強制的に排泄させます。便が出てからはリバウンドを防ぐために色々な嗜好品を食していただきます。これまで参加者が宿便出しが出来なかった方は皆無で100%の成功率です。今回も初参加で3日目朝に極度の胃痛でダウンした方も食してすっきり排便ができ、あの症状が何だったのかという感じで笑顔です。同じく初参加で慢性便秘で10年に1度手術を是まで2度されていて、それから又10年程でそろそろ手術かと思っていた方は排便が最後、34番目でしたが時間内に自力で排便出来て歓喜しておりました。又、5回目参加の方は1回から3回目までは毎回排便が最後、4回目は後から5番目、そして今回は排便後に頂くオレンジジュースのコップが半分も残っていたと大喜びです。体質を変える努力の積み重ね、意識の変化が健康をもたらすのでしょう。

 最後に皆さんと集うミーテイングが一番の楽しみです。皆さんの放射エネルギーが初日と全く変わっているのです。皆さんの感想は笑顔で達成感漲る、前向きな言葉であふれています。予後1週間の食事制限もしっかり守り、新たに生まれ変わった自分を創造していく意欲を感じます。聞いている行動を共にした皆さんも、仲間を褒め称える暖かさが満ち溢れるのです。人間の能力、眠っている能力を引き出し心身爽快感状態にスイッチオンすると、皆本来の天命をイキイキと発揮できるのだなと嬉しくなります。

 皆さんと笑顔でお別れですが次回参加希望者は沢山です。もう26名の申し込みを頂きました。ありがたいことです。

 私は大急ぎで医院に戻り14時から恒例の中山歯科健康教室です。3時間半程お話と色々体験をしていただきました。今回の参加者はホリステック医学協会の関係者が多く、すこぶる盛り上がり、熱心に体験を味わっていただけました。そしてお陰様で私は元気で嬉し楽しの時間を過ごすことができました。主催し、色々道具をそろえ、演出し、演じ、観客をし、最後はハッピーエンドの3日間でした。これも大いなる存在のお許しなのでしょう。働かせて頂くことに感謝です。

12 「原点」               2010年3月18日

 3月18日は春彼岸の入り日。どんどん春めいてきてエネルギーが高まってきています。

 私の身体がお酒を受け付けなくなってこの春彼岸で丁度2年になります。座禅断食会を野口法蔵師に指導受けてから13回目の断食が明け、予後1週間の禁酒が解けて愛飲の蔵ビールを口にして飲み込めない自分に驚き、生体エネルギーの玄米酒のやすらぎの滴も喉を通すのは至難のことでした。エーどうしたの?という感じでしたが、何の未練もなくそれ以降、酒との縁は切れてしましました。まるで憑依していた飲み助霊体が他へ宿変えをしたように。きっと顕在意識とは違う意識が誘導したのでしょう。お陰様で半年間ぐらいは消化器系などが夜の睡眠中にかなりな修復改造作業をしているのに遭遇し、己の身体の機能に感嘆しました。それはふと目覚めると消化器がかなりの痛みを伴う反応を発していて、起きるに従い痛みが消えていくのです。かなりのアルコールが身体を蝕んでいたのでしょう。法蔵さんは座禅断食の指導者は酒を飲んではいけないと言っていましたが、どこかで私は止めるのは無理だろうと漏らしていたと聞いていました。お陰様で私の過去を知っている方々は皆さん驚いて頂いており、心配して下さった方は安心して頂きましたが、そろそろその話題も賞味期限切れです。

 しかし、一昨日あった会議、懇親会では東北各地の方々と席を同じくしましたが、まだ私の断酒が話題に成りました。余程印象深い飲み方をしていたのかと思いますが、そんな昔のことは知らない私でした。会議はなぜか、難しい話題がちりばめられていて、2つ目の案件の為に2次会に行きお開きは午前を遥かに過ぎてしまいました。真意が計りかねる話し合いは時間を要する事になり、波及する話題に些か閉口しながら真面目に話している私は酒無しで参加でした。鉾を収め、まずは一件落着かな。

 私は自分の中に巣くっている怒りの感情が湧いてくるのを他人事のように感じながらその大元は何なのかなと思うことがあります。私の受け継いでいる血がそうさせるのか、はたまたバーストラウマか、幼少期に植えつけられたのか。最近は穏やかな日々の中にふと浮かんでくるのですが、感謝とお詫びでエネルギーを解放しています。

 その会議で同席した青森のSさんは10年以上前からの知り合いなのですが、なぜか話題が、私の郷里の母校の高校の前にSさんが住んでいて云々となり、お父さんが勤めていた会社が私の父親と縁があり、若いころのSさんが茶道の世界で父親と何度か同席し、車を運転して茶会に同行した事など・・・父を良く知っていますと。父は他界して既に28年、父親の話題を出来るとは思いもよらないことでした。

 明治生まれの父が40歳半ばに授かった末子の私にとって、父は畏怖する存在で、近寄りがたい威厳がありました。仕事等で不在が多くあまり一緒に過ごした時間は多くないのですが激動の昭和を生き抜いた生き様は波乱に満ち、生死を分かつ修羅場を経て、大安心の往生を遂げた姿は、垣間見る息子としては尊敬する父であり、母もまた同様のありがたい生み、育ての親でした。今は彼岸に在って愚息に頂ける慈愛は掛け替えのないもので、肉体の継承の大元で在るだけでなく無形の魂の原点です。

 出逢いの中で引き出される鏡の世界は、そこに光を与えてくれます。翌朝、元気に目覚めさせて頂ける恩寵と共に、生きる意図をふっと感じた春彼岸の時でした。

11 「空、無」              2010年3月9日

 今日、3月9日は私の誕生日。誕生の誕は偽りという意味があります。偽りの生まれた日、そして、亡くなった日は命日と言います。いのちの日。我々が生きている現世は偽りであり、還る世界が真とでも言うように感じてしまいますが如何でしょうか。暦年令は過ぎてもその他の年齢は必ずしも連動しないのが常ですがお陰様ですこぶる元気に若々しく過ごしております。30年近く医者いらずです。しかし歯科はお世話になりました。

 私の座禅断食の師である野口法蔵師の講演と座禅会を開催しました。全てが丁度良い加減に出来ました。みなさん大満足でした。虚飾を排して素で話す法蔵さんからは光が出ているのでしょう。今回のテーマは「直観力」、素に死ぬためには素に生きるしかない、素とは何なのか?直感はどうして得られるのか。

 法蔵さんはチベットで過酷な修行をされていますがその原点はマザーテレサをカメラマンとして取材していたときに遭遇した光景でした。マザーの施設で人々の穏やかなほほ笑みの中で死を迎える、彼らの瞳を観た時、そんな生き方を自分のものにしたいと思ったそうで、カメラを捨てて修行の道を歩まれました。

 色々な聖者や覚者を訪ね世界を歩まれ数々の貴重な経験を積まれ、帰国後は臨済宗の僧侶として生きてきました。しかし幾か程に行をしても死する時にその結果が分かると、そして修行して偉くなったらそれは失敗だと。修行には向き不向きがあるが修行しながら偉くならないのが難しい。全ては見えないものの力を借り、味方に付けられるか。自然の中で動物に遭遇しても気配を感じ、瞬間に相手を読み見極める。法蔵さんもクマと遭遇したそうです。苔が気になる存在で、生き物、植物、動物に無礼にならないようにすることで元気を頂け、穢さないことで助けを頂ける。アルコールは危機回避能力を損なうので飲んではいけないと。行を通して神通力や能力を得て完成し、それを壊し、又完成し壊す、心だけ高め能力は抑える。それはどのような環境に置かれるか、選ぶかでおのずと引き出される能力は変わり、又逆も生じます。

 法蔵さんは民映研の姫田忠義さんと懇意で映画にも出演されていますがそのお話がとても興味深いものがありました。「山に生きる」「粥川風土記」を紹介しながら生き様、映画作製の目的をお話し下さいました。何の為に滅びゆく自然、その中で生きる人々、失われていく文化、基層文化を映画に収め記録するのか。それは縄文人の様な直観力を養い精神修養を如何にしているのか、そのヒントを残し後世の人がそれを再現できることのため。「山に生きる」の新潟県村上市奥三面では20年前までは槍や弓矢でクマを捕り、狩猟生活がなされていた。サルを食べ、サル等獣が畑を荒らすこともなかった。見えないものを感じ、大切にする生活。しかし10年ほど前にダムが出来その地は水没し消えてしまい、研ぎ澄まされた能力の人々は里に下り、精神的には楽になりやがて衰え絶えていく。彼らは平らな地面を歩くと疲れるという。又、円空が生まれた粥川の人達は川を、水を神様と大切にし、決して汚すことはなく生活し、穢すと罰が当たると常に神と一緒に生きていた。そんな記録を残してどうするのか尋ねると姫田さんは素養のある人は後で生かせると答えたという。

 宇宙飛行士の秋山さんとも法蔵さんは懇意ですが、彼が宇宙から帰ったら地球ですることは農業しかないと思ったそうです。そして今は福島県で稲作、椎茸栽培をしているそうです。彼がなぜ飛行士に選ばれたかは色々な運動や負荷をかけても心臓の変化がなく動じない人だったからだとのこと。宇宙に出て悟る方が多いのはなぜなのでしょうか。

 ムスタンで岩山の中腹の洞窟に一人暮らす仙人に会った時、彼は満面笑顔で喜びで輝いていたそうです。岩の床の上に休み、何も物はなく、何日かに一度食べ物と、水をロープで下ろして頂き、持っているお経は数ページの簡単なものだけ。人間はどこでどのように住み、生きる中での幸せを感じるのか。幸せの価値観は?身を綺麗にし、思考をクリアーにしてストレスのない生活。身も心も頭もクリーニングが大切。それはヒューレン博士のホオポノポノの世界。

 法蔵さんもこれからは農業が中心産業になるといいます。福岡正信、川口由一、赤峰勝人、木村秋則・・・多くの懇意な方々がいます。福岡さんの愛弟子が法蔵さんの義兄ですが、福岡さんが90歳の頃に一緒に入浴した時に彼の筋骨に驚いたそうです。法蔵さんの医学上の師である甲田光雄先生と帰冥は1週間と違わなかったそうですが、甲田先生は骨折されて亡くなりましたが菜食だけでなく油分をとり、肉体を鍛える事の違いを体感したようです。素で生きていると、馬鹿になっているか、純粋かどうか直ぐ分るようです。

 法蔵さんは毎朝早朝に起きて、瀧行をされ、10時間の五体投地を日課としていて、既に五体投地は400万回以上されています。瀧に打たれると一瞬にして白になり、五体投地は祈りです。五体投地は10万回が満行ですが身体が覚えていていざというときは何とかなるそうです。頭を飛ばしきったそんな法蔵さんから座禅の指導も頂きました。臨斉宗の座禅、曹洞宗の座禅、そして瞑想の違いを実際座ってみました。座禅は無を、瞑想は空を目指す。しかしその境地は如何程か。

 直感働く→動く→素に帰る→直感働く→動く→素に帰る→・・・・
祈ってばかりいると自分のエゴの神を作ってしまう、頭を空っぽにして降りてくる神の隙間を作る。行を通して神と一体になること、素に生きる事。

 内容はあまりにも濃く深く、お伝え出来ない世界でした。空にも無にも未だ至らずにいる己を悔悟反省しながら貴重な時空間味わえました。現世で生きていることの意味、誕とは?死ぬまで続く道、未知開き。頭を飛ばし楽しく喜びで生きたいものです。

 今年7月31日8月1日に再度、法蔵さんに仙台に来て頂けることになりました。ホロトロピックの天外伺朗さんとジョイントです。貴重な会になることでしょう、楽しみにしてください。

10 「意図」               22年3月5日

 異次元世界、多次元世界、相似宇宙、異質宇宙、平行宇宙等などは現実界、3次元世界にいる私たちが果たして感知できるのか?

 太陽系、銀河系・・と無限大に広がり、原子、素粒子と無限小に果ての知れない世界があります。数でいえば以下の単位が決められています。

 大きいほうは、一、十、百、千、万、億、兆、京、垓、杼、穣、溝、澗、正、載、極、恒河沙、阿僧祇(10の56乗)、那由他(10の60乗)、不可思議(10の64乗)、無量大数(10の68乗)・・。
小さいほうは、分、厘、毛、糸、忽、微、繊、紗、塵、挨、渺 漠、藻糊、逡巡、須臾、俊足、弾指、刹那(10の-18乗)、六徳(10の-19乗)、虚空(10の-20乗)、清浄(10の-21乗)、阿頼耶(10の-22乗)、阿摩羅(10の-23乗)、涅槃寂静(10の-24乗)・・。

 耳慣れた言葉が数の単位とはと思われた方も多いのではないでしょうか。実際、私たちが使う数の単位は限られていて桁が進むと何か宗教、哲学、論理学等で語られる世界です。桁が変わるということはその境界を変えること、私たちの命は外に向かって無限、内に向かって無限、そんな世界に生かされているようです。

 私たちは肉体の5感、6感で情報を感知して認知、翻訳、判断、思考、行動し生きていますが、命の構造、仕組みはどう成っているのか。宇宙の構造、人間の構造は環(たまき)状、リング(輪)状に境界が広がっていて平行宇宙が無限に存在しているようです。その界を解く、解輪。解は会、他の宇宙に会う事が解につながる。それを重ねる事が能力向上、超能力につながるのかもしれません。
 
 命の構造体は点で、常にそこからはX知能意識体の放射エネルギーが放射されていて、その遭遇する世界、環境を誘導翻訳しています。地球の大気圏のように私たち個もある情報を発信授受する構造を持っているようです。

 宇宙論的証明によるとこの宇宙は神といえる存在が作ったといわれています。その場もエネルギー、情報で出来ていて、存在する個も神、あるいは天の意図でその仕組みを作られた。そしてそのエネルギーには天の意図がある。仏教で説く悟りの境地は阿頼耶識、阿摩羅識、涅槃寂静の世界。その先は計り知れないより微細な、超微子な世界で人智を越えた世界でそこは天意(あい)エネルギーかもしれません。

 上位の位置からは微細なエネルギー、情報が放射され下位の世界には届いているかもしれませんが、果たしてその情報内容を翻訳出来ているのか、もし翻訳出来ているとしたら何段下までなのか。又、下位のエネルギー、情報が果たして上位に届いているのか。

 遍く自の放射エネルギーを拡報出来る存在が神としたら、人間一個が放射出来ているのは如何程でしょうか。しかし、聖人、覚者は凡夫を遥かに越えた桁のエネルギーを放射しているのでしょう。そしてそれらの存在は凡夫に天意のエネルギー、情報を伝達して教え、諭、育み、菩提心を起こす影響を与えること、菩薩の様な存在なのでしょう。

 そして、六道輪廻(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上)の界を離れ声聞、縁覚の小乗(人間的な生活を否定して寂静を得て、自分だけの悟りを求める)の世界ではなく菩薩行を行い、一切衆生の救いを目指すという大乗の世界を目指していると言えるでしょう。

 天の意図は一個それぞれが天意(あい)深き働きをする存在になることかもしれません。特に人間は思考、想念を持って自由を生き、そこに煩悩が起きます。業を重ね六道輪廻の中に嵌まり、自然をも破壊していく今の有り様は全く天意の真逆を行っているのかもしれません。本来、人間が思考を持ち自然を豊かにしていく創想をし、行動する役割を持つ存在なのに残念な姿なのでしょう。

 2010年3月3日に「異次元体験とあいふかきを誓う旅」に参加しました。参加者12名です。2010は3、12は3ですから3,3,3、3と成りました。

 スケジュールは「金の宮」で始めの儀式、そして「うるうの宮」で儀式を行い、エネルギーを頂き又「金の宮」に戻って儀式をしてその後、各自あわの歌拝受。その後「つつうけの宮」、「愛の宮」で儀式、最後は「嬉しき宮」であいふかきを唱え嬉っ水を拝受でした。かなり密度の濃い、長時間の旅で、異質な時空間を確かに体験出来ました。

 大きな光、エネルギーを頂き、感応できる身体に作り替え頂いたようです。降り注がれる天意(あい)深きエネルギーをどこまで翻訳出来ているのか、どれぐらい同調、共鳴、共振、融合、同化出来ているのかはこれからの個々の歩みによるかと思いますが皆さん笑顔で活力充実して己の天命を生きる点を打てたようです。天の意図は天意(あい)ふかきを満喫して己を満たし、相対に喜び感謝のエネルギーを放射すること、明るく暖かく楽しく生きる存在を生きる事でしょうか。感応豊かなUさんは私があわの歌を拝受しているときに金龍を観たようです。そして他の方々にも色々な色の龍神様が見えたようです。

9 「選ばれし者」            22年3月2日

 2月27日早朝、チリで大地震が発生しました。その影響で28日は日本に津波が来襲し、宮城県も沿岸の養殖筏などで相当な被害が出たようです。私は50年前のチリ地震津波を八戸市で経験していて、家の近くの新井田川に津波を見に行った記憶が蘇りました。川底が見えるほどに水が沖に引きよせられて行く光景は見事でしたが、直ぐに逃げて家に戻りました。結果的に我が家も浸水しましたが、収まった後で川に見に行ったら、係留されていた沢山の漁船が重なる様に散乱していて、そのエネルギーの強烈さを目の当たりにしました。その被害は陸中海岸の方々で甚大なものでした。今回も、地球の裏側の事が1日半後には波及してくる、地球は一つを改めて実感しました。これから起こるであろう自然災害等も地球そのものが臨界点を過ぎていて、益々多様な現象化が起きそうです。

 資本主義経済もギリシャがデフォルトの様相を呈してきていてドイツやEUが支えようとしているようですが果たして如何なることでしょうか。次はスペイン、ポルトガル、アイスランドと予備軍が控えていてやがて世界に波及していくことでしょう。いずれはハイパーインフレ、経済崩壊になり今の貨幣が価値を失う事が予測されています。そして自然災害、食料難、疫病、戦争などで社会崩壊、国家崩壊も近い将来起こると言われています。

 阿弥陀籤を引き当てる秘訣は当たりを観てくることと前回書きましたが、これから起こるであろう未来を垣間見る事ができたら、一見楽しく素晴らしい事かもしれませんが、果たして如何でしょうか?三次元で行われているゲームを楽しむことが私たちが生きていることと言われますが、その答えを知っていたらゲームはあまりスリリングでないかもしれませんね。知らない中で色々体験をして自分の能力を開発し、磨くことでマスターしていく事はその道の達人になることです。その都度、研ぎ澄ました直感でヒントを得ながら進み、難問を解決してゴールに辿りつく。一人ではゲームは楽しみが半減するとしたら大勢でより複雑に場面を設定してゲームのソフトを作る。そして皆でゴール出来たら嬉しいのですが、一人一人が瞬間に選択するので、何かの加減、意識の有り様で判断が異なる中ではその結果がどうなるかは未知数。いま私たちが参加しているゲームはそろそろクライマックスに近づいているようです。その答えを知っている人が選ばれていたとしたら、その人のゲームはもう一段階違う内容かもしれませんね。

 3度目の死亡体験?臨死体験を生き延びて復活した木内鶴彦さんを晴れて仙台にお迎えしましたが、その日は丁度、チリ地震の日でした。昨年7月の皆既日食を中国で観て病に倒れ、大変な大手術を現地で受けられて回復を遂げられたのですが、まだまだやり残した役割があるようです。22歳で死亡体験の中で過去、未来を観てきて、命、宇宙の仕組みを知った彼はこれからの地球、人類の有り様も垣間見たようです。稀有な能力を三次元世界で磨き、地球自然の生態系の中での人間の果たすべき役割を多くの方々に伝え、現代のお金中心の経済社会や考え方の弊害を正すこと、その為の独自の科学技術を確立して、循環型社会確立のための社会実験を行ってきました。そのネットワークがNGOグリーンガイヤで、我が仙台テンメイもそのメンバーです。病から回復してきた昨年末から色々な事業が上手く咬み合って現実化してきているようです。太古の水を利用した燃料化、汚泥処理、太陽光炉を使ったごみ処理、発電、炭素電池、石油製品の再利用など多くの方面で出番が来たようです。それらは新たなマイナスの副産物を作ることもなく、現代社会が直面する諸問題を解決できる新たな産業技術として活用されていくことでしょう。

 22歳の最初の死亡体験で観た、未来の人類の生存の可能性は0.001%であったのが、30年余を経て彼が手がけた事柄等、多くの努力が相まって今回の体験では30%の確率に上がっていたとのことです。これは凄いことです。明るく嬉しそうに彼は話していました。しかしながら未だ多くの犠牲が伴うことも明言していました。今後、世の中の崩壊は加速していく中で、人間としての役割を持ち、果たせる人が残されていくようです。それを選別するのは各自の意識で決まる。子孫にどのような地球を残せるのか、問題解決の方向を目指して生きる事を選択していけば、もし想い半ばで絶えたとしても悔いが残らないのではとも語っていました。人間は最初から意識が高く、あの世はあまりにも暇すぎて面白くない、せっかく三次元世界に来たのだから色々体験して還ったら良いと。地産地消、循環型社会、お金がないけど食べるのに困らない、そんな社会実現に参加していくことを、意識の転換で目指しましょうと。そして2012年12月云々は暦の切り替わりだけで何も起きないでしょうとも語っていました。

 木内さんのお話を伺うようになって10年程になります。垣間見た暗澹たる未来を、人間の努力を経る中で可能を広げ、その技術を確立できたこと。そして地球再生の人間生存可能性を上げることが出来、より地球環境再生を現実化していく産業応用、人作り、教育・普及を目指して進むこと等、難しいゲームに挑戦してその中に楽しみを見出す彼は、それらが人間をしていることの目的のようです。星を眺め、彗星を探索し、地球の地を旅して遊ぶ楽しみ。色々な凄い体験を伺うと、彼は「ある存在」に選ばれし者と思います。大きな役割を担い、新しい未知を切り開くリーダー。そして選んだ「ある存在」がまた彼なのでしょう。

 宿泊セミナーは選ばれし者31名で深夜2時近くまで話は尽きませんでした。翌日午前のお話の後は20数名で名取農場に視察に訪れ、津波の来襲も意に介さず楽しく集えました。
プロフィール

仙台天命塾長

Author:仙台天命塾長
 大久保直政
http://genkiup.net/

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