151「開闢2」2012,5,14

 二本松市にある隠津島神社は木幡山一帯が神域となる広大な広さです。中腹の駐車場から参道を登ると樹齢800年の大杉があります。三重塔、本殿と巡り、更に山の頂上近くの経塚まで登り、そこであわ歌を響かせました。 
「さあさあ皆様、この時成るぞ。どんどん進みて参られませ。その身の想いも皆々持ちて、この時、この光の中へ参られませ。(拍手)さあーさあーさあー。」
 いい汗をかいて食後の運動になりました。
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 飯野町の千貫森は古代ピラミッドと言われる綺麗な円錐形の山で、UFOが飛来することで有名です。UFOふれあい館でこの山の不思議情報を入手して一路頂上を目指します。山道の要所に宇宙人が居て迎えてくれます。とても磁場的に不思議なところで、多くの方が変な乱れを受けています。山頂展望台脇の金属球体のある処であわ歌を響かせました。 ここは天からのエネルギー送られるポイントのようで、ある方のカメラには明らかな光線が下りる写真が写っていました。そこでのお言葉は以下です。
「あー、うー、みー、うー、むー、うー、るー。いー、うー、まー、るー。」
 これは弥栄開闢小唄?(いやさかかいびゃくこうた)と名付けられて、光りを降ろす有効な言葉の様で、翌日から各所でこの言葉を頂くことになりました。
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 夕闇が迫る中、伊達市霊山の宿に車を進めますが、宿の手前にある虎捕山山津見神社に寄りました。今回の旅では参考のために放射線測定器を持参して巡っていましたがどうやらここ飯館村が最高値を示しました。あわ歌無しで即お伝えがありその時のお言葉です。
「申し上げまする。再びこの事、成し行くは、嬉しき成るなり。光と成り行くこの時なるを知りたり。只々皆々に御礼申す。生み出だすは古き諸々受けて下され。(拍手)光の中に参りませ。引き受け申すなり。(拍手)全てをゆだねて参る。」
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 伊達市の霊山中腹の宿は私達だけ貸切状態です。遅くまで語り合い楽しみを深めましたが、翌日の山登りに備えて早目の就寝です。

 30日も良い天気に恵まれました。7時半過ぎに宿を出て霊山登山口は車で数分です。ゆっくりしたペースで登りました。各所に素晴らしい見どころが沢山です。宝寿台、見下し岩、日暮岩、親不知子不知、護摩壇を巡り霊山城跡に2時間弱で着きました。西物見岩付近であわ歌を響かせました。そこでのお言葉です。
「大きなる響きと光を承りたり。ありがたき。ここにあるを思い返して、今お願い申す。この大きなる日の本(ひのもと)治め行く皇を正しきと致されて、再び元なる国へと返したきなり。何卒この光を移し行きて、真、出だされませ。(拍手)承りたり。(拍手)ありがたき。」
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 霊山城は南北朝時代の南朝の拠点でしたので、お言葉にある「皇を正しき」とはその背景からかと思います。以下は霊山城の紹介です、「この山は平安時代初期に円仁によって開かれ、天台宗の拠点として栄え、最盛期は3600坊いたといわれる。南北朝時代の1337年(延元2年)、北畠顕家が霊山城を築き義良親王(後の後村上天皇)を奉じて陸奥国の国府を置くなど、奥羽地方における南朝方の一大拠点として機能した。しかし、北朝方が優勢になるにつれ、霊山の南朝軍も追い詰められていき、1347年(正平2年)、ついに落城した。」
 下りは東物見岩、猿飛岩、弘法の突貫岩、弁天岩、大山祇神社跡を巡り各所で「弥栄開闢小唄」を響かせて光を頂きました。11時半過ぎには宿に戻ってお風呂を頂き、すっきりさっぱりして昼食を美味しく頂きました。暫し休息を取り元気回復です。
 午後1時を過ぎていよいよ終盤の巡りのスタートです。まずは程近い、霊山西側にある霊山神社を訪れました。敢えて徒歩で長い参道を、桜を満喫しながら登りました。少しブーイングありましたがこれも必要な手筈です。霊山神社は建武の新政以降、陸奥の鎮定にあたり、南朝に従った北畠親房、北畠顕家、北畠顕信、北畠守親の親子を祭神とする神社です。そこであわ歌を響かせました、以下のお言葉がありました。
「古きをなくして、新しき時迎えまする。この地にありて守り来たりたる、思いも新たとなりて、この国の新しきを作り行く。皆々様と一つと成りて参られませ。生まれ来るは全ての中なり。開きたる扉は、光りと成りて進む成り。生まれ出る。来る、来る、来るなり。」
 伊達氏発祥の地、伊達市高子には高子二十境があり、そのひとつ白雲洞は通称「岩谷山」と呼ばれて、岩穴に薬師如来が祀られ、霊窟として知られるところで、岩山からの見晴らしも良い処です。ここでは弥栄開闢小唄で光を降ろしました。そこでのお言葉です。
「生み出でる光を共に参りましょう。」
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 直ぐ近くにある同じく高子二十境のひとつ、丹露盤(たんろばん)はかつて高子岡城があったところで、伊達氏始祖の朝宗が伊達郡を賜って最初に築いた居城です。1189年中村姓から伊達姓に変えてここで伊達氏が始まりました。山頂には巨石が林立していて、そこから市内を眺めると畑は桃の花でピンク色に染まっていました。ここでも弥栄開闢小唄で光を頂きました。頂いたお言葉は以下です。
「ゆう、ゆうの光は共に参りて皆々に、ふる、ふる、ふるり。花と共に降り注ぎ。」
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 伊達市から桑折町の万正寺にある、大かやの木はかやの木としては日本一の巨木です。樹齢800年で伊達氏所縁の木の様です。まえに紹介した仙台市の東昌寺のかやの木はここから移植されたものかもしれません。しばし、巨木の気を頂きながら楽しませて頂きました。あわ歌を響かせ、頂いたお言葉です。
「生まれ来る、来る、この時に、多くの実の中より、是よりの真を作る芽は出る。光を皆々で繋ぎ行き、生み出し育てましょうぞ。是よりの木(気)を。」
 多くの実の中から是よりの真、芯を作る芽が出る。その為には光を繋ぎ、是よりの木、気を育てること。それはご縁の皆さんのお役目でしょう。
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 この旅最後に訪れるのは伊達市梁川にある梁川八幡神社です。以下その神社の概要です。
「梁川八幡神社の創建は永観年間(983〜85)に田原中納言勝稙が石清水八幡宮を勧請したのが始まりとされます。当初は若宮八幡と称していましたが中世に入ると伊達氏の崇敬社となり文治5年(1189)に伊達朝宗が鶴ヶ岡八幡神社を勧請して若宮八幡と合祀すると新たに亀岡八幡宮と改名しています。その後も伊達氏との繋がりが強く、境内には伊達政宗の正室愛姫をこの地で出迎えた場所や政宗が16歳の時家臣の隠居をおしとどめた逸話などが残っています。又、天正10年(1582)に政宗が初陣祈願を行った神社としても記録が残っていて、伊達氏が居館を福島や桑折へ移るとそれに随行し、米沢城(山形県米沢市)に移った元亀2年(1571)に現在地に再び遷宮しました。近世に入った慶長7年(1602)に山田清里、重之兄弟が御神体を仙台城下に移し新たに亀岡八幡宮(仙台市)を建立しました。」

 鳥居をくぐり参道を歩むと色々な気の影響が現れました。中山さんも些かきつそうです。以前、下見にこの八幡神社を訪れて夕闇迫る中、参拝してからかなりな不調を来しました。その事を中山さんにお伝えしたら、「当然ですよ、このエネルギーは強烈で影響を受けるでしょう」とのこと。
 参拝した時は17時少し前で、隣接する別当寺の龍宝寺で鐘を打っていました。鐘も静まって静寂が訪れました。本殿前であわ歌を歌い始めましたが時計を見ると丁度17時です。全てこの時に定められていたようです。歌う中で冷たい風が吹きはじめ寒さを感じます。中山さんも身体がきついのか表情、しぐさがいつもと違います。16名が円陣を組んだ中に私が中心に立っていますが、中山さんが地面に図形を描き始まました。初めに四方に長楕円を描き、続いて残りの四方に長楕円、最後に私が立つ足元を円で囲み、八方の長楕円を繋いだ形です。ここではあわ歌、3回、光りを光、この身の光、出でませ光、3回を歌いました。その後に頂いたお言葉です。
「大いに響きて、光を受けられ、光と成り行き、この大きなる地を新しきと成されませ。いや、いや、参るその時なり。皆々様それぞれが為さること成り。しっかり想いを定めて、行き、参りて下され。嬉しきへ。」
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 画かれた図形の意味は果たして如何な意味を持つのでしょうか。八芒星、16菊花、隠されたグランドクロス?九曜紋。今回の旅で多くのキーワードを頂きました。新たな未知開く物語を繋ぐことになります。旅の中で頂いた言葉をまとめてみると以下の様です。

「更なる響きがこの地を開き、大き光は皆様の扉を開き、共なる一つとなる。是より幾多の皆々、元なるへ帰りて、嬉しき御世を開き成されませ。
ふつは湧き上がりて、天地結びて、一つと成り行きます。あわ歌歌い、結び行かれませ。
暮れ行く時に再び光を注ぎて、新しきへ向かう。その為、大きなる仕組みは働いて、光の中へ。いや増す大きなる動き、響き来る時、ここにお願いいたすは、歌の響きなり。
この地のこと、皆々様の知らぬ事なり。大きなる力湧き上がりて参るなり。ここにて天(あめ)なる力と、ふつなるを繋ぎ、一つと成して参ること、大きなり。方々集いて今よりは繋ぎ行かれませ。広き地が揺らがぬ様に。響きをこの地へ送られよ。
古きをなくして、新しき時迎えまする。この地にありて守り来たりたる、思いも新たとなりて、この国の新しきを作り行く。皆々様と一つと成りて参られませ。生まれ来るは全ての中なり。開きたる扉は、光りと成りて進む成り。生まれ出る。来る、来る、来るなり。
生まれ来る、来る、この時に、多くの実の中より、是よりの真を作る芽は出る。光を皆々で繋ぎ行き、生み出し育てましょうぞ。是よりの気を。
大いに響きて、光を受けられ、光と成り行き、この大きなる地を新しきと成されませ。いや、いや、参るその時なり。皆々様それぞれが為さること成り。しっかり想いを定めて、行き、参りて下され。嬉しきへ。」

 今回の旅にあたって野口さまの天音天画(24年3月27日)(ネオ伊路波村2012年4月4日:http://iroha.ws/2012/04/post_733.htmlの内容が非常に符合する部分が多々ありました。
まずは次回、7月7日に中山さんとの北東北の戸開きの巡りの旅はますます意味深い旅になりそうです。九曜紋、北極星、北斗七星、妙見、月・・・と更なる9月9日のあわ歌開闢の旅に続きます。

150「開闢1」2012,5,10

 ゴールデンウィークが終わりました。春の低気圧の嵐が吹きあれ、雨、雷、雹、竜巻と日本列島は大いに掃き清め、洗い流されたようです。
 4月27日にはあわ歌会、あわ歌50回を開催し、翌日からあわ歌天地開闢の旅でした。旅も終わってみればあまりにも濃厚な、意味深い内容でした。春爛漫、善き天候に恵まれ、各所で満開の桜を愛でることができ、大自然のエネルギーを満々と頂き、その中であわ歌を響かせ自然と一体、共感しました。そして中山博さんのお言葉を各所で頂き、その地で新たな感応を頂き、同行の縁者と語る中に更なる紐解きが進み、次なるテーマが現れてきます。あたかも全ては予定通りの様ですが、果たして如何成るか更なる楽しみが膨らんだ旅でした。旅の様子をお言葉を中心にお伝えします。

 27日のあわ歌会で私が頂いたお言葉です。
「この地の中心となられませ。この三日の間に貴方様のその身の中心、しっかりと定めます。みごとに中心となり、渦回り行き、力は拡がり行く。」

 あわ歌50回では中央に中山さんと一人向き合い座り2回あわ歌を歌い 順々に交代して歌い続けます。必要な方にお言葉が下りていきます。歌い終わって最後のお言葉が以下です。  
「更なる響きがこの地を開き、大き光は皆様の扉を開き、共なる一つとなる」

 4月28日からのあわ歌天地開闢ツアーは快晴に恵まれました。仙台駅には皆さん集まりましたが、車で参加予定の方が一人来ません。電話がようやく繋がりましたら、連絡ミスで夕方から参加に変更が判明です。しかし前日懇親会に参加したSさんが急遽、部分参加で車で来ていましたので目出度く4台に皆さん乗り込みスタートです。全ては任天です。お蔭様で旅は問題無く、順調に始まりました。
 始めの訪問地は角田市の高蔵寺阿弥陀堂です。1177年建立で現存する木造建築では宮城県最古のもので、全国でも日本最古の七阿弥陀堂のひとつに上げられます。隣接する公園には桜が咲き誇り、かやぶき古民家が移築されています。参拝者は私達しかいません。芝生で横になりゆっくり歓談して暫し10時のお茶会になりました。
休憩前に阿弥陀堂で頂いたお言葉です。
「集まり来たりた皆々様方、ここに西向く扉開きて、大きな新しきへの道開く。(拍手)
 大きなるこの時に参られよ、引き受けて参る。(拍手)
 更にお伝え申すは、是より幾多の皆々、元なるへ帰りて、嬉しき御世を開き成されませ。
 ふつは湧き上がりて、天地結びて、一つと成り行きます。あわ歌歌い、結び行かれませ。」
 とても大事な内容のように思えます。
 
 次は同じ角田市で程近いところにある斗蔵山、斗蔵神社です。山の中腹にある駐車場も桜の円庭です。少し参道を登り斗倉寺がありその奥が斗倉神社です。斗倉寺は坂上田村麻呂が大同2年(807)に斗蔵山山頂に堂を建立し千手観音を安置した事から始まります。神社には光りが降り注ぎ皆さん写真に収めています。拝殿であわ歌を歌わせて頂きました。その時のお言葉です。
「月の明かりに照らし出されしこの山は、多くの者を有したり。この者の世と成りて皆々集まり来たりたるが、大きなる力を呼びて、それまでと成りたり。暮れ行く時に再び光を注ぎて、新しきへ向かう。その為、大きなる仕組みは働いて、光の中へ。いや増す大きなる動き、響き来る時、ここにお願いいたすは、歌の響きなり。(拍手)あーぃ。」

 次は丸森町の巨石で日本一の道祖神、立石です、前回とは別の登り口から山道を20分ほど登ります。急に林から青空が開けると目の前にモアイ像の顔のような巨石が現れます。巨大な巨石は天からの光、エネルギーを反射する鏡のようです。暫し汗を引くのを待ってあわ歌を歌いました。その時のお言葉です。
「ここに配りたこの光、皆様方にはこれより3日持ち行き、それぞれその場所にて、開きて、発して下されませ。思いの中にて。(拍手)光を光、この身の光、出でませ光。」
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 ここで頂いた光がこの3日間活用させて頂けるのです。ありがたきことです。丸森の不動尊公園で少し遅めの昼食、お弁当を頂きましたが、どこもかしこも桜、桜、桜の世界です。

 丸森町筆甫地区にある阿弥陀堂は別名マリア観音堂と言われ、約400年前の隠れキリシタンのお堂です。西陽が強烈に照らしますが、それとは別な強烈なエネルギーがある処でした。そこであわ歌を歌い、その時のお言葉です。
「この地に参り、神なるを讃えつ、慕る皆々に代わりて申すなり。真の心、踏み台に多くの犠牲をそのままに、使う人々はびこるを、我らは涙で埋もれ来たり。尽くすは神の御心なり。如何なることも耐え来たり。ここに大きな光をありがたきなり。(拍手)
伝えたる響きと光持ちて、皆々参られませ。(拍手)あーぃ。」
 悲しき古の想いが強く残っていたようです。
 そこから直ぐ近くにある親王桜(ウバヒガン桜)は樹齢700年弱で丁度見頃です。お堂と桜のバランス、その風情は見事で、素晴らしいの一言でした。ここで1日目の行程は終了です。
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天命塾ツアーでは未だかつてないほど、ゆったり時間を取って各地を味わった良き旅と皆様に好評でした。15時半すぎには宿に着いて一風呂浴びて、その後は夕食前にゲストのご両人にお話を伺いました。楽しい懇親会は大盛況で、カラオケ大会になりました。

 29日も素晴らしい天気です。三春町の滝桜は予定では今日最後の訪問にしていましたが、大渋滞が予測されるので実はキャンセルのつもりでした。しかし、どうしても三春の滝桜を見たいとのリクエストがあり、ダメもとで今日巡る行程を逆にして一路三春をめざしました。高速道を利用するか、一般道を行くか、私は一般道を選んで南下しました。三春に入ると高速道路の出口が大渋滞で、そして、滝桜に向かう道も大渋滞です。滝桜に到着するには数時間?かかりそうです。皆さん納得して頂き、滝桜はキャンセルで、福聚寺に向かいます。後で分かったのですがこの日は北上することが必要だったようで、変更も神計らいでした。
 福聚寺には三春田村藩の菩提寺で初代から3代のお墓があり、桜の名所です。住職の玄侑 宗久(げんゆう そうきゅう)は芥川賞作家としても有名な方です。ここも大勢の方がいましたがゆっくり拝観、散策出来ました。藩主のお墓であわ歌を歌わせて頂きましたが、その時のお言葉です。
「この時、大きなる歌届きて、ありがたき。光に乗り行き、是よりは移してこの地を、晴れやかに咲き誇る地と致します。歌いて、共に大きなる、新しき芽を作りましょう。」
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 三春を後にして、次は郡山市の鹿島大神宮です。ペグマタイトの巨大な岩山がご神体です。皆さん初めてで驚きです。岩山の頂上に登ってあわ歌を歌いました。その時のお言葉です。
「これ申す事大きなるなり。この地のこと、皆々様の知らぬ事なり。大きなる力湧き上がりて参るなり。ここにて天(あめ)なる力と、ふつなるを繋ぎ、一つと成して参ること、大きなり。方々集いて今よりは繋ぎ行かれませ。広き地が揺らがぬ様に。(拍手)
続けて伝えます。響きをこの地へ送られよ。(拍手)あーぃ。」
 この地はとても大事なところの様です。「天(あめ)なる力と、ふつなるを繋ぎ、一つと成して参ること、大きなり。方々集いて今よりは繋ぎ行かれませ。」のお言葉に沿ってしっかり毎月お参りして、あわ歌を奏上することが求められています。そのお役目が下されたようです。出来るだけ参拝するようにしましょう。
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 本宮市の岩角山岩角寺は直ぐ近くです。真夏のような日差しが照りつける中、山の巨石、奇岩を巡りました。巨石に仏様の彫が成されていて33観音巡りが出来るようになっています。巨大な座禅石に全員上がってあわ歌を歌いました。その時のお言葉です。
「この地は多くの事々を伝え来たり。今ここに、大きなる元の形あるが、そのこと伝わらず、過ち拡がりたり。是よりきっと、大きなる元の光を繋ぎ行きなされ。生まれ来る新しきへ向かう、大きなる地と成りませ。」
 自然の持つ本来の姿を大事に受け取れずに、岩に彫り刻むことで過ちを犯しているようです。仏の道と神の道の違いなのでしょうか。
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 午前の巡りを終えて二本松市の安達が原ふるさと村で昼食です。今朝の三春、福聚寺から参加のKさんの大好きなランチバイキングです。皆さん満腹です。更に午後だけ同行参加のSさん達3名と合流して次なる目的地に賑やかに出発です。
 

149「スイッチ」2012,5,1

 仙台テンメイの総会が4月15日の飯島さんの講演会の後に開催されました。テンメイも6年目を迎えます。継続は力なりと言いますが、色々なご縁、加護があってエネルギーが頂けているのでしょう。全ては集い、活動する必要と、喜び、感謝が湧くものが皆さんのお蔭で出来てきているのでしょう。ささやかな喜びと幸せかな。新たなスタートへスイッチオンです。
 
 私の好きな歌に、風が歌う「ささやかなこの人生」があります。1976年の曲ですから36年前のものです。青春の頃に口ずさみ、最近唄う機会がありましたが感じるベースは変わっていないようです。桜が散る頃にいいのかな。
花びらが 散ったあとの 桜がとても 冷たくされるように 誰にも 心の片隅に 見せたくはないものが あるよね
 だけど 人を愛したら 誰でも心のとびらを 閉め忘れては 傷つき そして傷つけて ひきかえすことの出来ない 人生に気がつく
 やさしかった 恋人達よ ふり返るのは やめよう 時の流れを 背中で感じて 夕焼けに 涙すればいい
 誰かを 愛したその日には たとえば  ちっぽけな絵葉書にも心が動き  愛をなくしたその日には 街角の唄にも ふと足を止めたりする
 風よ 季節の訪れを  告げたら 淋しい人の心に吹け  そして めぐる季節よ その愛を拾って 終わりのない物語を作れ
 やさしかった 恋人達よ  ささやかな この人生を  喜びとか 悲しみとかの 言葉で決めて 欲しくはない


 総会、総会後の研修会は、私は未だ霊障が続いていて些か身体状況が不調で、最悪でほとんどお休みでした。研修会では私も「今必要なことと」題してお話しましたが、思考停止状態で果たして前座の役目も果たせたか些か?です。
 懇親会も早目に終わり帰宅して、回復に向けて諸々することをしてゆっくり休みました。お蔭様で16日朝は嘘のように快調に変わることが出来ました。総会の日が区切りだったのでしょう、新生して元気回復、スイッチオンです。身体が変わると心が変わる、新たなスタートも出来そうです。

 21日は山元加津子さんの講演会です。会場一杯の参加を頂き嬉しいことです。かっこちゃんに会うのが初めての人も半数以上です。震災後初めてお会いしましたが、私の元気な姿を見て喜んで頂きました。
 2011年2月11日がかっこちゃんの前回の仙台講演会でした。その丁度1か月後に震災がありました。いろいろ心配の電話を何度も頂き、物資も送って頂く用意をして下さったり、ありがたいことでした。

 かっこちゃんは不思議な方です。特別支援学校で教えていますが、そこの子供達は不思議な力を持っています。初めて聞いた曲を譜面が読めないのに弾けたり、初めて聞く外国語の意味が分かったり、まるで心を空に飛ばせ、航空写真のような正確な絵を描けたり。そばにいるだけで人を優しく幸せな気持ちにさせてくれるそんな子供たちが沢山です。そんな力を持っている子供たちは私達大人よりずっと宇宙と繋がることが上手で、動物、植物も宇宙と繋がるのが上手です。だから、子供達や自然の景色を眺めていると宇宙と繋がる方法を教えてくれるような気がする。と言います。

 私が足の指を骨折して、骨折と分からずにカーテンの中で痛くて泣いていていました。授業に行こうと出たら、千夏ちゃんが心配で外で1時間も涙を溜めて立っていて、私を抱きしめて頭を小さな手で何度も撫でてくれて、声にならないけど「かっこちゃん痛いよね、痛いよね」と言ってくれました。相手が痛いと自分が痛いと自分のことの様に感じてくれました。
 バリ島に行った時に博物館を見学しました。ガイドのユダ君がバリの歴史のジオラマで、銃を持ったオランダ兵にバリの人達が弓矢で立ち向かうところに来たらボロボロと涙をこぼされた。そこでユダ君は教えてくれました。
「バリには、“あなたと私 私とあなた”という言葉があるよ。それは“あなたの痛みは私の痛み 私が寂しい時はあなたも寂しい あなたがつらいときは私もつらい”という意味だけで、そのほかに、生まれた場所も、今いる場所も違っていても思っていれば、離れていても心は一つという意味もあるよ。」
 村上和雄先生が「SWITCH」という自主上映の映画の中でミラー・ニューロンのことを話しています。高等動物は他に起きていることを自分の身に起きているように頭の中でシミュレーションする能力を持っていて、相手を見るだけでも活動していて、そこでは相手の想いや感情も入ってきます。それは私達の遺伝子の中の最初に一点に書かれたもので、その最初の1点は、すべてが上手くいくようにと考えられた「愛」なんだと私は想っています。私達の心の根っこのその「愛」があるから「あなたが痛いと私も痛い、あなたが嬉しいと私も嬉しい」のだと思います。それがあるから私達は助け合って、支え合って生きていける。誰も一人でないし、皆おなじいのちを生きていると思う。その事は今回の震災で強く感じさせられました。

 みやぷーの回復のお話も伺えました。新たに白雪姫プロジェクトも始まりました。(http://shirayukihime-project.net/)プロジェクトの目的は以下ですが私も協力します。
「・・・白雪姫プロジェクトは、回復の方法や、それにつながる意思伝達の方法、口から食事をとること、リハビリの方法、介護の方法などの情報を集め広めるプロジェクトです。私たちは、「誰もが思いを持っていて、回復する可能性がある」ということが当たり前になっていく世界をめざします。 白雪姫は王子さまの愛によって、目覚めることができました。白雪姫プロジェクトはそんな愛でいっぱいのプロジェクト」
 介護法の実習も行って頂きました。お話な中で介護の基本、今の医療界の欠陥を改善する願いが強く感じられました。病床にある相手は、周りのことを全部分かっていること、脳は回復する力がるのであきらめないこと、1回でも多くリハビリをすることで神経の軸索が伸びること、思いを通わせることが大事だという事をお伝え頂きました。
 1年ぶりのかっこちゃんは別人のように私には見え、感じられました。とてもしっかりと、強い、太い、パイプが宇宙と繋がったのでしょうか、放射するエネルギーが確固とたる役割、使命に些かのぶれも無く、柔らかく、優しく、暖かい、でも厳しいそんな愛を感じました。
 何もない、でも幸せ。いつも幸せは自分の手の中にある。気づき動くこと、本心で人間を生きる楽しみを、また教えて頂いた講演会でした。きっと参加されえた多くの方のスイッチオンがあったことでしょう。
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 かっこちゃんの新しい本「手をつなげばあたたかい」(サンマーク出版)は素晴らしいです。少し紹介します。
「なぜ、相手の痛みを自分の痛みのように感じてしまうのだろう。赤い血が流れれば、みんな痛いという事を本当は誰もが知っているんだよ。」
「人は誰でも感じる心を持っています。いったいどこで、人はいろいろな事を感じるのかなとよく考えます。私には、子供達の感じる心は、宇宙の愛と繋がり、自然と1つになっているように思えるのです。」
「本当にどんなことも、いい日のためにあるのかな?悲しいことがあって、うれしいことがある。うれしいことがあって、悲しいことがある。でも最後はいつもうれしいこと。」
「人と人が交わると、人はいろんな大切なことに気付くことができて、変われるのだなと思うのです。それが、人がいろいろに生れる理由なのかな?それが出会っていくことの意味なのかな?誰かと出会った時、長い時の流の中、広い宇宙の中、お互いが必要だから神様が出会わせて下さるのだなと私はいつも思うのです。」
「どうして、神様はそんなにも、宇宙の仕組み、約束について、みんなに知ってもらいたいと思っているのでしょう。どんな自分であろうとも、大きな宇宙が、その姿かたち、そして、この状況においてくれたということには、きっときっと大きな意味があるはず。」

「満天の星」
満天の星 空をめぐり 白鳥座の十字を 目で追って 僕たち宇宙に浮かんでいると
あなたはぽつりとつぶやく あなたと私 どうしてここに 一緒に いられるのだろう
銀河の流れ指でたどり 宇宙のひとつでいよう

宇宙にかかる億万の星 海で光る億万の砂 億万の花 億万の気持ち 
そしてつながる命 あなたと私 どうしてここに 一緒にいられるのだろう 
時の流のその中で 宇宙のひとつでいよう 

宇宙のひとつでいよう

148「開墾」2012,4,26

 テンメイの会員のGさんの暖かい申し出で大和町の七ツ森の農地を使わせて頂けることになりました。昨年から現地を何度か視察したり、農場長が草刈などに出向いていました。3月に伺った時はまだ沢山の積雪があり、雪掻きを少しして、Gさんと四方山話を楽しくして帰ってきました。そしてようやく雪が消えたこの4月になり11日に農場に行き作業をしてきました。
 
画像2012テンメイニュース春号 003 イメーシ#12441; 2 イメーシ#12441; 

 刈り取った枝や草を燃やし、蔓の根を掘り出して、石を捨てる、開墾、整地作業を一日しました。まずは畑の測量をして、今後の農場に耕作のプランニング資料作成です。次は枝や草を集めて燃やしますが、人は火を見ていると安らぎ、達成感も湧いてきます。天空に煙をたなびかせてこの地をテンメイ農場として使用開始の合図を発したような感じでした。しかし、強固な蔓の根の掘り出しには些か難儀しました。スコップで掘り起こすのですが太さとその広がり長さには驚きです。最後は身体が悲鳴を上げた感じでかなり疲労困憊しました。農場長は耕運機をかけて畝建てです。夕暮れ近く雨が降り出して作業は終わりました。農場長は翌日も行ってじゃがいもを植えてきたようです。

画像2012テンメイニュース春号 005

 船形山の東で七ツ森の懐にあるこの農場は、直ぐ脇を沢が流れていて、不動明王が祀られています。北、西は林で東、南に開けてすこぶる地の利が良い処です。梨の木もあり景色も素晴らしく、場のエネルギーがかなり高い処です。ここの農場はあまり手を掛けずにできる農法をいろいろ取り入れ組み合わせて自然を活かした楽しみの場になりそうです。サバイバル講座の佐々木義秋さんの手法も活用させて頂く予定です。Gさんのご厚意で農場に東屋の建設もして頂けるようでとてもありがたいことです。名取の生体エネルギーの生態系生体システムプログラム農法とは一味違った作物が出来ると思います。私も毎月作業に行くことを決めていますが今後どのような世界が、楽労楽土が出来て行くのかとても楽しみです。興味のある方は是非一度足を運んでみてください。

 その日の夜はあわ歌39会でした。私はお疲れ状態でしたが頑張って歌うことが出来ました。実は前日に今月末の木内鶴彦、中山博あわ歌天地開闢ツアーの下見に福島に行ってきました。やはり何事も事前準備をしっかりしておかないと大勢での旅は問題ありです。しかしその事前の下見が事前でなく、自分にとって些か初体験、未知との遭遇と成ってしまいました。
 全ての目的地を確認し最後に訪れたところは梁川八幡宮でした。既に陽も暮れて夕闇に覆われ始めていました。拝殿で参拝し、あわ歌3回歌って車に戻るとすっかり身体が別人のようになってしまいました。背中の中央部が重く身体がだるく、目も頭も機能不全です。何かに憑かれた様な感じです。どうやらある存在と同調して引き寄せてしまったようです。
 もうすでに後の祭りですが、私は是までほとんど霊障の経験がありませんでした。あったとしても自覚するほど身体変化をきたしたことがありません。そういった意味では今回は初体験でした。その状態で翌日の開墾作業で肉体を酷使しましたので身体反応がかなりきついものになりました。それからはいろいろなアプローチを重ね、物理的なこと、エネルギー的なこと、言霊など駆使して5日目朝に心身ともすっきり回復することが出来ました。真に良き体験を出来ました。これから万が一あっても大丈夫でしょう。
 果たして梁川八幡宮は如何なるところだったのでしょうか。伊達家ゆかりの神社で政宗が初陣の際には梁川八幡宮にて戦勝祈願を行なっています。また、夫人・愛姫が田村家より輿入れの際、この地で田村家から伊達家への引渡しが行なわれています。八幡宮の隣には龍宝寺という八幡宮の別当寺院があり、八幡宮とともに伊達氏に厚く庇護され、その龍宝寺の子院・鬼石観音が八幡宮本殿の前に建てられており、鬼石観音は坂上田村麻呂が建立したと伝えられています。
 今回の4月末のツアーはまさにキーワードが伊達政宗、坂上田村麻呂、福島です。果たして如何なることか楽しみです。梁川八幡宮を参拝して駐車場に戻ると小さな鳥が何匹も乱舞しています。果たして何かとよく見ると何と蝙蝠です。驚きです。如何なる霊存在がかかわったのか私には皆目見当が付きませんが、ツアーの意図と呼び合う何かがあるのかもしれません。それも今度、中山さん木内さんと訪れた時に明らかになることでしょう。
 
 14,15日はテネモス国際環境研究会の飯島秀行さんの講演会でした、飯島さんは仙台が初めてとのこと、仙台駅に迎えて昼食をとり、青葉城に案内しました。とても喜んで観光して下さいました。お話は自然の法則です。一部紹介します。

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 宇宙にはたった一つの法則しかない。そしてたった一つの意味しかない。いろんな学問が在る様に錯覚している。全てエネルギーで万象万物は出来ている。
 水は形を作る質量とエネルギーが一体になって1つの物として存在している。そして何かを作ろうという想いがエネルギーで、その想いが全てを吸引して行く。フリーエネルギーは始めから持っているものでそれがたった一つのエネルギーです。その認識が無いと使えません。エネルギーとは空のことです。私達は空気を吸って生きている。生きている空気を吸っているから生きている。空気のことを意識、魂、命、神ともいえる。全ては意識の通りに現象化して行く。
 物質は高い処から低い処に流れるが、同時にエネルギーは低い処から高い処に流れる。どんなメカニズムも全て一つで、エンジンも人間の心臓も同じ。エンジンは爆発すると空気が入る。人間も食べるとお腹が膨らんで、圧が高くなると酸素が入ってエネルギーになる。植物でも、肥料を土にあげると土圧が上がって酸素が入って植物が成長する。水槽に銅版を2つ入れ電気を流すと水圧が上がって空気が入ってくる。3ボルトで動かすと何年も動いている。つまり空気が電気でありエネルギーだ。
 ビニールハウスも飛行機と同じように羽の枚数を多くつくると作物が伸びる。
 セシウムを糠漬けにすると消える。フグ毒も同様。重金属なども全て発酵させたら変化する。発酵は内圧を上げる作用がある。発酵するとは真理に目覚めることで、毒を消すことが出来る。
 身体と地球構造も同じ。圧が低いと腐り、気が抜けると腐る。圧を上げないとエネルギー入らない。自分がやろうとすると気が入る。自分の意識がエネルギー。
 知恵はエネルギーで真理の応用です。それは無限でコンピューターにはなく、人間が持っているもの。動物は法則を守っているが、人間は今、その法則を守らないし知恵を発揮していない。
 意識革命で元気になる。自然を残すためには法則を知らないと無理。病気は作るもので気が入らないから病気になる。意識が逆になっている。癌にならないと身体は即死する。臓器に穴が空いたら圧が抜けて即死するので異常細胞を作って穴をふさぎ、人間の自然治癒力が働いて即死を避ける。
 料理は圧を高めて、火を加えて、発酵させて、生きたものだけをたべると大丈夫。死んだものを食べてはだめ。生野菜も洗い方次第で変わるし、焼き塩が有効だ。
 分離感は酸欠で、ため息や腹を立てるとなる。いのちは中性でプラスかマイナスになると病気になる。質量とエネルギーのバランスを取るとOK。バランスが調和で愛。いのちと物質のバランスを取ること。分離感、不調和が病気です。
 肉は発酵すると圧が高まり空気が入る。発酵時間長いのでエネルギー引き付けるのが長く、腹持ちが良く太る。ごはんや野菜は発酵時間短い。腹八分目で発酵が進んで空気が入るのが2分。良く噛むことで発酵が良く進む。
 人間が意識を変えて、サイクルを変えると自然は直していく。放射能も直していく。宇宙法則はブッタやキリストも同じことを言っていた。
 汚れは酸欠状態で圧を高めてあげて吸引して行くと毒を出さなくなる。吸引して分解している。物質は吸引してエネルギーを出すもので、出したものに入る。
 日常生活そのものは中性で良い悪いはない。肉体は有限で魂が未熟な世界を楽しんでいる。いのちは全体のこと。自然は中性に戻していく。
 ぶつかったりして肉体から酸素が逃げると痛い。入ると痛くない。ボクシングで殴られて電圧止まるとノックアウトになる。アルコール殺菌は酸素が抜けるので痛いが吸引殺菌の方が良い。病原性大腸菌0157はアルコール殺菌ではだめで、直ぐ元に戻ってしまう。
 農薬を使うが、虫の意識を抜くことが殺虫。人間の意識を抜くことが殺人。病気は異常サイクルに合わせたことで起きる。自分の圧を上げて行くこと。考えることで頭に圧がかかるとインスピレーションを得られ、全知全能の存在から入ってくる。人が思ったらOKで、やってみたらOK.やがて意識を変えることで人間は歩く洗浄機になって地場調整をしていく。それが人間の本来の役割だ。
 自然を作り上げて行くメカニズム、法則に則って促進していく。今のやり方では害が出る。法則のことをいのちといい、学ぶものではなく、実践するものだ。
 
 色々なお話を伺いました。1日目終了後の懇親会も大いに盛り上がりました。飯島さんのテーブルは真面目な面白い話に終始し、飯島さんはあまり食事出来なかったようです。
 飯島さんに2日目の朝、講演会前に名取農場を見学して頂きました。今年はハウスを設置する予定ですので具体的な助言を頂きました。農場長も目を輝かせて話を伺っていました。近くの被災地の閖上も見学頂きましたが、初めての現場の悲惨な状況に驚きを感じておられました。

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 講演会に参加された方々は真剣に真面目に傾聴していました。面白い、興味深い、実際の実践場を見学したいとの声も沢山いただきました。既成概念の意識で不可能と思えて深く太く根を張っていたものを掘り起し、開墾されたようでした。後は可能という新たな意識の種をバランスよく植え付けて行く、実践の楽しみの様です。お蔭様で丁度良い時にまた新しい意識の地平は広がりました。ありがたいことです。いずれ皆さんと埼玉の飯島さんの見学会も行われることでしょう。

147「楽生面授」2012,4,24

 20日ほどブログお休みでした。色々なことがありましたがなぜか書く時間が無いままにあっという間に過ぎました。しかし稀有な体験の連続で消化不良で身体機能低下状態だったかもしれません。
 天命塾の育ての親は宇宙僧杉浦静始師ですが今年の正月明けに目の手術をされました。眼底出血がありこの半年ほど幻の世界を満喫されていました。「この世は幻」とはお導師の日ごろのお言葉ですから、さして気にもせずに実際それを体験することを楽しんでおられたようです。しかし、ついに手術をされ、晴れて靄が消えて3次元の視覚を再度回復されました。
 4月7日のチャレンジPPK例会で久々にお導師の楽生面授に参加しました。以前と見違えるほどの輝きと切れ味があり、新生杉浦宇宙僧に遭遇し、楽しい時空間を味わってきました。
 
 2012年はどうなっていくのか。色々な事象に係って人間がどう変わったのか。そんなお導師の問いかけから始まりました。
 これまで何もなかったことがとても凄いことと気づく。ただただ生かされている事がなんと凄いことなのか。しがらみから離れて楽になり、肩の荷をおろし、理屈で理解するのではなく苦しいことを反転でき、嬉しくありがたく、なんとなく楽になった。そんな声が面授を受けた方々から聞けました。世の中は断捨離ブームですが、主婦の友のアンケート調査によると主婦の1番の断捨離は夫を捨てることとか。果たして夫は幸せな?存在なのでしょうか。世の中は全て陰陽、反の世界ですから夫の断捨離は?の逆もありですね、きっと。
 
 お導師の2012年の言霊は「楽労」です。「労を楽しみましょう。楽しみながら労を、苦労なしで!」がその解説です。今が楽しいと思えたら全てはOKで、明日に楽しいことが出てきます。これが宇宙の叡智です。一瞬が永遠です。一瞬でそう思えたら永遠です。生きている事は意識の変換が目的です。
 人生苦労したことが宝物、いろいろあったとしても宝物を得たと切り換える。何かをしたい、何かをすることを共有したいと思う事が囚われ。21世紀は囚われのない生き方をすること。ブータン国を理想と思うことは、それはここにないことで無理なこと。まずは自分がピンピンころり生きること、日本で生きながら出来ることをする。
 人に喜ばれる生き方をする前に一人ですることがある。ひとり輝いてピンピン生き、イキイキワクワクして、死を喜びで今の意識で生きること。自分の戒名を作って楽しむ。自分は死んだら孫に面白い人だったと言われたいと思っている。
 20世紀の意識を払しょくする。今はまだ残像が残っていて自己中と言われるが、世の中にはエゴはない、と思っている。兎に角、自分が嬉しく楽しく幸せと思えたらOK。自分が楽しくなると周りも楽しくなる。自分が楽しく、嬉しく、ありがたく思う事をすること。4.5才の子供の意識になったら良い。その子供には大人社会の名刺が通じない。大人は色々なものを持ちすぎているので宇宙エネルギーが入ってこない。この世は只々今だけ。

 人間クラブでは変化、メリハリを楽しんで、その後は淡々とした生き方が生じてくる。それは海の底にいるような、淋しそうで楽しく面白くという感じ。何かに向かってエネルギーを出している間はたいしたことはない。人間の時にすることは、どんなことが起きても、それは人間の練習場で、淡々とした意識を作り出すことと理解すること。
 何があってもニッコリ笑って海底で面白そうと思う。倒産、破産、離婚、病気はたいしたことではない。物事に左右されない意識を作ること。それを培うのが人間世界のこの場。出来事は全て完成、完全で、ありがたいことと思う。その意識を作る。出来たことは全てOK。この3次元世界でそう思える意識を作る練習をし、訓練をしていく。思うだけでなく実生活が変わらないと成果が出てこない。しがらみとは死からみ。
 何かあるからこの時空を共有できている。その仕組みがやがて全て分かってくる時が来る。過去の豊かならざるもの、決められたものを自分でそれを変えることができる。自分に都合の良いものだけを引っ張り出せば良い。そして未来は無限大の豊かをいくらでも引き出せる。大ボラを寄せ集めたら良い。2012年はお任せの時代。
 素になると3次元と天界の5次元が通じる。その天界は思考を止めたところ。遮る4次元を通るには思考を止める必要がある。自分を生きる世界を作れるのは自分以外いない。生きたいことを思い切って断言する。大勢の前で断言する。我々が生きていることは、それを何者かに授かったこと。そこにお任せする。知らないことは任せる。そして起きたことはありがたいことと思う。

 死のことを生きている認識で思うのには無理がある。死の瞬間には光がぱっと入って死ぬ。生きている肉体の感覚がない。それが天の采配。
 今年の1月1日にご縁の方が亡くなった。ピンピンころりだった。
 12月の押し迫った暮れ29日に体調が悪く病院に受診した。かつて癌と診断されていたのだが既に末期と言われ即入院を勧められた。しかし本人は帰宅を希望して、自宅で過ごし、元旦を家族で迎え、お節料理を美味しく頂き昼過ぎに穏やかに亡くなった。正月は火葬が出来ずに留め置かれたが、死んで通常は死後硬直が起きるのに身体がぐにゃぐにゃで、合掌させて数珠を掛けていると手がほどけてしまう状態で硬直が起きずに逝かれた。これが本来の自然への還り方だ。お導師が伝授する生前葬がそれを可能にしているようです。

 私達は5次元の意識になることを目指す。そして3次元の事象にあたふたしていてはだめ。そこでは少々のことは解決できてもそれ以上の事はなく、3次元に振り回らされているだけで、その事象を通して超現象を起こす訓練することです。人間界にいる間に起きる現象が大きければ大きいだけ、にっこり笑って面白く生きられるかだけ。3次元で起きる事柄は大したことはない。
 これからは言葉の時代ではなく、思いが伝わる時代。兎に角、何があっても動じないこと。自然に還り、超現象に持っていく。ただただ、この地球を緑多き星に蘇らせようと意識を飛ばすだけでいい。そして超意識に持っていく。それは海の底から海上を見ている意識です。そうすることで相手が目の前にいなくても思ったことが現象化する。
 3次元と5次元を遮る4次元のノイズは人の想いが作っている。それを払しょくする訓練をする。生きている事を面白がることで宇宙エネルギーが入る。しかし七面倒くさいことを思うとエネルギーは入ってこない。これが宇宙の仕組みです。

 お導師は「この世は幻」といいます。3次元と5次元を仲介する4次元は心のノイズが働く次元です。お導師が目の手術をしてこれまで以上の光、エネルギーが放射できるように新生したように、2012年の変化はこの4次元の大変化なのでしょう。4次元のノイズが払われて、5次元からの光、情報が直に3次元に届くようになり、それを素直に受け入れること、あるいはこれまでの既得、既成概念で受け取りを避けようとするか各自の選択です。生き方が大きく2極に分かれる時なのかと思います。21世紀の生き方は直のエネルギーを頂いて3次元現象を思いっきり楽しんで面白がって、終わったらさっと還る。PPKの神髄を伝授頂いた楽生面授でした。懇親会は明るい暖かい全てがありがたい、幸せな時間でした。
プロフィール

Author:仙台天命塾長
 大久保直政
http://genkiup.net/

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